Seele―目が見えるようになったのは奇跡ではなく、罰だった―

真紀

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第一章

op.12『ジュネーヴかぁ』

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 先輩たちが思案するように天井を見上げる。


「けどほんと、和沙いなくなると困るなぁ。東音祭の練習は和沙抜きじゃ出来ないのに。『Seele』弾けるやつなんて、学内に一人もいな」

 ぶっつりと言葉を切られたから、光は迷わずクルリと背を向けた。

「おれ今日は帰るね急いで帰って家族調査票書いてもらわなきゃだし早く帰って掃除とか手伝わないと施設の先生怒るから」

 一気に言って去ろうとした襟首を、ガッシと掴まれ、光が恨めしそうに振り向いた。

「そのへんのピアノ科の人つかまえなよ。Aオケのピアニストの座狙ってるやつなんて山ほどいるでしょう、おれよりそういう子の方がいいよ」
「おまえ『Seele』の楽譜知ってんのか? 誰にでも弾けるもんじゃないよ。光ボー、弾けるでしょ?」
「弾けるけど……でもおれだって、ピアノは副科目なのに」
「大丈夫、ピアノ科の奴らよりは弾けてるから。まともに勉強してなさそうなのに」
「してますとも」

 先輩の暴言に光が口をとがらせる。

「和ボーがジュネーヴから戻るまでは、おまえがピアニスト決定な! 弾きながら歌いなさい」

「無理に決まってる! いくら東音祭がフェスティバルだからって、そんなサーカスみたいな楽曲嫌だよ」

「いいかよく考えてみろよ。上手に鳴ける光ボーと、まだそもそも全然『弾けてない』Aオケメンバー。東音祭までに急を要するのはどっちでしょう」

「……Aオケメンバー」
「はい決まりね」「なんで!」

「だから、和ボーがいない間だけだって! 和ボーがいない間はオケの練習に重点おいて、和ボー帰ってきたらまた歌つけて練習しようぜ」

「おればっかり大変そうでヤダ」

「だっておまえもう歌えてるからいいの。『Seele』暗譜してるし。ま、同じ家の中で藤宮和沙のピアノが聴こえてりゃあ、嫌でも暗譜しちまうわな」

「おれ、見えないから暗譜するしかないんだって」

「まあまあ拓也も光ちゃんも落ち着いて。ねぇ光ちゃん、マジな話、頼めない? 光ちゃんのピアノ好きだけどな、歌の人が弾くピアノって感じ。ピアノの才能もちゃんと伸ばした方がいいよ。もともと藤宮和沙の双子の兄って血統書付きだもん、意外といいところまでいくかもしれない。年中歌ってるか弾いてるかしか能が無い、ほかにはなんの取り柄もない、どうしようもないきみが」

「だ~っ、もう! 拓也先輩といい杉本先輩といい、どうして管楽器には嫌な奴が多いかなあっ!?」
「ぬぁんだとぅっ!?」
「ああああ拓也、落ち着けって!」
「とにかく、弾かないったら弾きません! おれは歌を歌うんだよ、和沙の代わりなんてまっぴら!」

 言い捨てて光は、さっさとホールに入って行った。

「まったくあのクソガキッ! 見えないのにスタスタ動きやがって~!」
「ははは。ほんとにあの子、見えないのかねぇ、校内で不自由してるとこ見たことないよな。まぁ幼稚舎からずっとこの建物だからなー」

 Aオケの一人が、ヴァイオリンを片手にクックックと喉を鳴らす。

「でも拓也、光ちゃんのこと可愛くて可愛くてしょうがないってカオしてるぞ」

 図星をさされて、拓也はさらに真っ赤になった。

「だって、和ボーの方はしっかりしてキチンとして安心して見てられるんだけど、光ボーってほっとけないんだ莫迦だから! それにしても、一卵性の双子ってあんなに似ないものか!? 姿形ばっかり似やがって、どうしてああも性格が違うんだ!」

 ちくしょうちくしょうと地団駄を踏む拓也に、横で杉本がため息をつく。

「まあね。見てる分には十年くらい見てても見分けつかないけど、口を開かせたら二口目で分かるからな、あそこの双子は……」

 光と和沙の性格は、本当に違った。
 和沙の方が抱えているものが大きいからしっかりせざるを得ない。光は明るくて無邪気で人懐こくて元気なばかり―――それが大体の見方だったけれど、それでもこの双子を知っている者なら誰もが知っていた。

 好意が隠せない分、光の方が和沙より、傷つけられることが多いだろうということ。
 笑おうと計算して微笑んでいるような和沙と、『好き』って感情を隠せない光、二人がお互いを支え合いながら心細そうに生きていることを。

「仕方ない、今日のところはピアノなしだな」

 あの楽譜を弾ける人間が他にいない以上仕方ない。全員、やれやれとホールの入り口をくぐりながら、思い出したように感嘆の声をもらした。

「ジュネーヴかぁ……」

  ホールの中では光が、ピアノに背を向けて歌手の立ち位置に胡坐をかいていた。みんながそれを見て苦笑する。

 胸ポケットにしまった調査票の存在をふと思い出した。そっとおさえる。

―――和沙がいなくなる。紙の感触が、やけに頼りなく感じられた。
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