戦争犯罪人ソフィア

司条西

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6:復讐

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「ほら、ここがあなたの独房よ」

ドン、と背中を押されてソフィアは独房へと入れられる。
そこは今までいた独房よりさらに粗末な造りだ。
冷たいコンクリートの床と壁。
衝立さえなく丸見えのトイレ。
明かりが取れるだけの、小さな鉄格子入りの窓。
必要最低限な物のみで構成された、牢屋としか言いようがない部屋。

「429番、この独房での生活について説明するわ」

「はい」

マクダ少尉の高圧的な口調にソフィアは静かに頷く。

「裁判所でああいう事があったでしょう? だから自殺防止のために、囚人にはこれを常時身につけて生活してもらうわ」

マクダ少尉が見せたのは、長い鎖で連結された鉄枷だ。
見るからに重そうな枷に、ソフィアの美貌が蒼に染まる。

「戒具は看守が必要と認めた時を除いて、いかなる場合も外すことは禁止。ま、あなたのような動物以下の理性しかない殺人者には当然の措置よね」

ソフィアの長い脚に足枷が嵌められる。
それはあまりに重く、そして冷たかった。

(いくら死刑囚だからといって、ここまでするの?)

マクダ少尉からの仕打ちに身を震わせるソフィアだが、説明はまだ終らない。

「それから設備の利用についてだけど、水回りの使用は全て我々の許可を必要とするわ。もちろんトイレも含めてね。無断で利用した場合は懲罰対象よ」

もう驚く事ではないかもしれないが、マクダ少尉は自分から徹底的に自由を奪うつもりらしい。
人間としての尊厳は、ここでは一切認められない。

「食事は日に3回、この差入孔から配給するわ。起床は朝6時、就寝は9時。そして午前と午後の2回、拘束具の点検と点呼を行うから覚えておくように。労働は無いから、それ以外はのんびりしていいわよ。死刑の恐怖に震えながらね、うふふっ」

マクダ少尉の冷笑と共に独房の鉄扉が閉じられる。
深く項垂れるソフィアは、自らの手足を戒める枷をいつまでも見ていた。



それから一週間が経過した。
パンと冷めたスープだけの朝食の後、ソフィアはアルミ製の食器を差入孔から返却した。
そしていつものように、看守に向かってトイレの使用許可を申し出る。

「429番、大と小、どっち?」

「小です」

「よろしい、429番、トイレの使用を許可します」

「ありがとうございます」

手錠を嵌められた不自由な手で、ぎこちなくショーツを下ろした。
視線の先には、覗き窓から中を見る看守の目。
排泄という最も恥ずかしい行為でさえ、人前で行わなくてはいけない屈辱。
軍人とはいえ若い女性に、それはあまりに辛すぎた。

「終わりました、便水お願いします」

看守が外にあるボタンで水洗トイレを作動させる。
監視下に無ければ、死刑囚は水一滴たりとも自由に使うことができない。
その過剰なまでの自殺対策にソフィアはため息をつく。

(戦犯として処刑されるために、私は生かされている。家畜というのはこんな気持ちなのかしら)

ソフィアは自虐的に笑いながらショーツを引き上げる。
そして寝台に腰かけて、家族や知人への遺書を書く。
それは死刑囚に残された最後の自由であった。



午前10時、独房の鉄扉がノックされる。
日に2回の拘束具点検の時刻。
開かれた扉の先にはマクダ少尉がいる。

(死刑囚監房全体の責任者なのに、私の独房には毎日やってくるとはご苦労なことね)

薄々察してはいたが、マクダ少尉は明らかに自分をターゲットにしている。
ソフィアは小さくため息をつく。

「429番、拘束具の点検よ、起立しなさい」

マクダ少尉の威圧的な命令。
少しでも遅れれば胸倉を掴まれるため、すぐに立ち上がる。
そして規則通りに手錠を嵌められた両手を前へと差し出した。

「ふむ、よろしい」

言葉とは裏腹に、マクダ少尉の声には不満の色がある。
ソフィアの失敗を見つけて叱責ができないのが残念らしい。
些細なミスを見つけようとマクダ少尉は目を皿にして、今度は足枷のチェックを行う。

「429番、足枷に傷がついているけど、これは何?」

「それは室内を歩いている時に、ベッドにぶつけて作ったものです」

「嘘をつきなさい! 本当は足枷を外そうと企んでいたのでしょう」

マクダ少尉の失跡にソフィアは言葉を失う。
こちらは独房で一日中、足枷をつけて生活しているのだ。
傷をつけないことなど不可能である、言いがかりにも程があると思った。

「429番、あなたは脱走か自殺を図っている可能性があるわ、これから身体検査よ」

「そ、そんな……あぁっ!」

ソフィアが声を上げた時には、マクダ少尉は囚人服を掴んでズボンとショーツを降ろしていた。
上着とシャツも捲り上げられ、胸も露出させられる。
その後は徹底的な身体検査。
無意味に胸を掴まれたり、臀部を揉まれたりして体中を調べられる。
さらにその場で四つん這いになるよう命じられ、排泄器官を指で弄ばれる。
看守の権限を用いられた容赦のない辱めに、ソフィアはただ耐えるしかない。

「429番、終わりよ」

そう言うとマクダ少尉は腕を振り上げ、平手で思い切りソフィアの尻を叩いた。
パァンという乾いた音が独房に響く。
耐え続けていたソフィアも、これにはさすがに抗議した。

「い、痛いっ、何をするの!」

「あらあら、敗戦国の殺人鬼が抗弁するの? これは懲罰が必要ね」

そう言うとマクダ少尉は思い切りソフィアの腹を蹴り上げた。
黒い軍靴が鳩尾へと突き刺さり、ソフィアの体が四つん這いのまま浮き上がる。

「がっ! あっ……うげぇ……おぅぇ……」

うめき声をあげながら、ソフィアの体が独房の床へと崩れる。
内臓をかき回されるような鈍痛に、息が詰まって呼吸ができない。

「がはっ! げほっ、げほっ……おぅぇ……」

「ふん、ざまぁ無いわね、アルトリアの殺人鬼め」

ピクピクと痙攣するソフィアの頭を、マクダ少尉の軍靴が踏みつける。
囚人服を直していないため、乳房も臀部も丸出しのままだ。
その惨めな姿に取り巻きのゲール軍人たちも失笑する。

「ははは、人殺しの雌豚にはお似合いの姿よ」

「う、うるさい! 人殺し人殺しって、だったらアンタは何なのよ、無抵抗な人間をいたぶる暴力看守じゃない」

頭を踏みつけられながら、遂にソフィアは激高する。
模範囚でいるのはもう不可能だった。

「どうやら私に含むところがあるようだけど、いったい私が何をしたっていうのよ! あなたに恨まれる覚えなんてないわ!」

「ふん、だったら罪を思い出させてやるわ」

黒髪の少尉はソフィアのブロンドヘアを掴むと、強引に頭を持ち上げた。

「バンナ島で殺された捕虜が乗っていた爆撃機。それを落としたのはあなたが指揮していた高射砲部隊、そこは間違いないわよね」

「え、ええ」

先ほどまで怒りに体を震わせていたソフィアだったが、マクダ少尉の瞳を覗きこむと震えの種類が変る。
その瞳には底が見えないような狂気と怒りがあった。

「ま、まさか、あなたは殺害された3人の捕虜の関係者? それなら私を責めるのは筋違いよ、だってあのリンチに私は一切関わって……あうっ!」

ソフィアの言葉はマクダ少尉のビンタで遮られた。

「話は最後まで聞きなさい」

マクダ少尉はゆっくりと、そして憎悪を込めて語り始めた。

「あの爆撃機の搭乗員は8名、つまり撃墜され脱出できずに亡くなった者が5名いるの。その中の一人で機長だった男が、私の恋人よ」

「……ッ!」

ソフィアの美貌が凍り付いたように蒼に染まる。
爆撃機を撃墜したあの日、彼女は部下と共に墜落地点へ赴いた。
その時にはもう爆撃機は炎上していて、後日真っ黒に炭化した5つの遺体だけが発見された。
その一つがマクダ少尉の恋人だったのだろう。

「ああ可哀想なグスタフ。戦後は英雄としての出世が約束されていたのに、こんな雌豚のせいで全てを失うことになって」

「そ、それは……確かに済まないとは思うけど……でも、あれは正当な戦闘行為よ。あなたも軍人ならわかるでしょう、恨まれる筋合いなんて……あうっ!」

言い切る前に再びマクダ少尉の平手がソフィアの頬を打つ。
その目つきは憎しみと怒りと哀しみに濁っていて、今にもソフィアを睨み殺す勢いだ。

「うるさい! 敗戦国の雌豚が! 戦勝国民に! 抗弁する気!」

ビシッ! バシッ! ビシッ! バシッ!

言葉の一区切りごとに、マクダ中尉のビンタがソフィアの頬を打つ。

「こうして貴女が! 私の手が届く所に来たのは! きっとグスタフの導きね! たっぷりと! 可愛がってあげる!」
 
加減の無いビンタの音が独房に響き続ける。
嵐のような平手にソフィアは為すすべが無い。
それはマクダ少尉が気が済むまで続けられた。

「あうっ……くぅ……ぅぅ……」

顔を真っ赤に腫らしたソフィアがどさりと床に転がった。
口の中を切ったため、唇の端からは血が流れている。

「今日はここで引き上げるけど、あなたは絶対に許さない。処刑の日まで徹底的に弄り抜いてあげるから、楽しみにすることね」

最後に臀部を蹴り飛ばしてから、マクダ少尉は独房から出て行った。
鉄扉が閉じられても、ソフィアはしばらく動けなかった。
何度もビンタを喰らって腫れた口から、こらえきれない愚痴が漏れる。

「どうして、どうして私がこんな目に合わなくてはいけないの?」

その言葉を吐いた瞬間、ソフィアの心は決壊した。
マクダ少尉の前では耐え続けていたものが遂に溢れ出す。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

嗚咽、嗚咽、嗚咽。
それはいつまでも独房の中に響いた。
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