二百年の眠り姫は、五人の薔薇騎士と龍に溺愛される

七海美桜

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黄薔薇騎士 カール

カールとお散歩デート?

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「皇国に脅威があるか調べろ? ジークハルト、何言ってるんだ。彼女がそんな事する筈ないだろ! 今彼女は、知らない環境で戸惑って不安なんだ」
「しかし、これが前例となっては困る。別に俺も彼女がそんな事をするとは思っていない。だが、周りの誰かがそれを利用とするかもしれない――まあ、お前に頼んでも仕方ないか。イザークに頼むとしよう。カール、お前は彼女に不審な貴族が近寄らないか、見張っていてくれ」
 ジークハルトの執務室で、そんなやり取りが起こった。カールの怒鳴り声で赤薔薇騎士が慌てて入室しようとしたが、ジークハルトは視線だけで彼らに出ていくよう促した。

「ジークハルトは、彼女がどんなに不安なのか理解できてないんだな」
 赤い扉のジークハルトの執務室を出たカールは、目覚めたヴェンデルガルトが皇国に何かをする気がないか探れ、と言われた事に怒っていた。正確には、彼女を利用した貴族が出るかもしれない、という事を伝えられたはずだった。だが、カールにはヴェンデルガルトを疑われた気がして怒っていたのだ。
 足早にヴェンデルガルトの部屋に向かう最中、すれ違う騎士たちが普段温厚な彼が怒っている様子に、少し驚いた顔で振り返っていた。

 複雑な気持ちのまま、カールはヴェンデルガルトの部屋で少し立ち止まっていた。そうして、深呼吸してから遠慮がちにノックした。

「どうぞ」
 中から聞こえたのは、カリーナの声だ。女性の湯浴みの時間を気にして、先にジークハルトの執務室に向かっていたのだ。騎士団の――黄薔薇騎士団の多くは、汗や泥、魔獣の体液さえ落ちればさっぱりする。しかし女性はそうではない事は、カールでも理解していた。だから彼女たちが部屋に帰っている事に安心して、カールは中に入った。

「カール様!」
 途端目に入ったのは、眠っていた時の古めかしいドレスではない。カールが最初に選んだ、ヴェンデルガルトをより可憐に魅せるドレスを着た、笑顔の彼女だった。その可憐な姿に、カールは少し呆けたように見つめてしまった。
「素敵なドレスを有難うございます、どれも素敵で、選ぶのに困りましたわ」
 「どうですか?」とくるりと舞ったヴェンデルガルトに、カールは赤い顔のまま「素敵で、よく似合っています」と呟くので精一杯だった。

「折角のお天気ですし、カール様はヴェンデルガルト様を庭にご案内して下さりませんか? 私は、ビルギットさんに今のメイドの仕事の説明をしたいんです」
「まあ、お庭に?」
 カリーナが提案した言葉に、カールが何かを言う前にヴェンデルガルトが嬉しそうな声を上げた。期待に満ちた顔で見上げられると、カールは断る事が出来ない。


「ヴェンデルガルト様、退屈ではありませんか?」
 城の中庭は、春の花で溢れていた。時刻は、夕方の四時くらいだ。厳しい冬が終わり春を迎えた今、庭師が丁寧な作業をしたので花はとても綺麗に咲いている。花の名を良く知らぬカールは、隣で嬉しそうなヴェンデルガルトと並んで歩きながら、少し困った様にそう声をかけた。
「退屈?」
 ヴェンデルガルトはその言葉に、不思議そうに繰り返して立ち止まった。
「いえ、あの……俺は、女性をエスコートするのに慣れていません。今も、ヴェンデルガルト様に気の利いた言葉をかける事が出来ません。ですから……」
 ランドルフなら、きっとヴェンデルガルトを喜ばせる言葉を簡単に言うのだろう。しかし、カールにはそれが出来ない。
 ただ、彼女の隣に居れるだけでどこか満ち足りた思いになってしまっていた。

「――カール様は、黄薔薇騎士団の団長で魔獣が現れれば最前線で戦っていらっしゃるのよね?」
 突然、意外な事をヴェンデルガルトが尋ねた。「退屈ではないか?」と聞いたはずの答えを待っていたカールは、不思議に思いながらも素直に「はい」と頷いた。

「それはとても勇敢で、勇気の必要な事です。カール様は必死にこの国を魔獣から護っていらっしゃいます。そんな素敵な方と居て、退屈なんて――私は、今カール様と一緒にいて光栄ですわ。そして、話すことがなくそばに居るだけで安心して落ち着きますよ」

 ヴェンデルガルトの言葉は、カールを赤面させるには十分だった。戦う事しか取り柄がないと思っている自分を、ヴェンデルガルトは褒めてくれて「素敵」だと、言ってくれた。それだけで、カールの心は躍るように高鳴った。
 陽の光が当たるとキラキラと輝く長く緩やかなカーブを描く金の髪の姿は、まるで女神のようだ。そんな彼女を、カールは眩しそうに見つめた。しかしそう言われても――カールは、ヴェンデルガルトを喜ばせる言葉を口にしたい。魔獣と戦う時より、ヴェンデルガルトを喜ばせる言葉を探す方が難しかった。

「今は――国にまで魔獣が出るのですね。多いのですか?」
 カールが頭の中で色々と言葉を探している途中、ヴェンデルガルトがそう尋ねた。会話が続いた事に、カールはほっとする。
「ええ、春になると増えます。春の祝典と成人の儀式が終わる頃には、もっと――つまり、そろそろですね。ヴェンデルガルト様の時代には、魔獣は出なかったんですか?」
「ええ……出ても、古龍が退治してくれていたわ。彼にとっては食事だったのかもしれないけれど、確かにバッハシュタイン王国を護ってくれていたの。契約だとしても、私が生まれた国を守ってくれていました」

 ヴェンデルガルトは、確かに古龍を『彼』と呼んだ。龍族の一部には知性があり、また人間の姿になれるものがいると聞いた。龍語ではなく、人間の言葉で会話が出来たらしい。その中でも『古龍』という種類は龍族の中で、トップクラスの存在だ。黄薔薇騎士団総出――いや、全薔薇騎士団が挑んでも、古龍には勝てないだろう。
 しかし、何故古龍は人間の生贄を望んだのか? 食べるなら、契約などせずに簡単に食う事が出来ただろう。それを証明するのは、ヴェンデルガルトの存在だ。彼女は古龍の最後の生贄になったが、食べられていない。二年も一緒に住んでいた。古龍と彼女の間には、一体何があったのだろうか。

「――『彼』は、ヴェンデルガルト様にとって善い古龍だったのですね」
 カールは、ヴェンデルガルトが古龍の話をするときどこか遠くに思いを馳せているようだ。『彼』を、懐かしんでいるようにカールには感じた。ヴェンデルガルトが好意を抱いているのならば、その古龍は『善い』存在だったのだろう。

「コンスタンティン……」
 ヴェンデルガルトは小さくそう呟いて、ふと空を見上げた。目覚めた時に、ずっと呼んでいた名前だ。もしかしたら、ヴェンデルガルトは泣いているのかもしれない。

「ええ、とても優しく――私とビルギットを大切にしてくれて、愛してくれました」
 少し目が赤くなったヴェンデルガルトは、カールに視線を移した。そうして、にっこりと微笑む。
「もうこの世にはいない――寂しい。でも、今はカール様がいるから私は安心出来るわ」
 その言葉は、彼女なりの意地だろう。生まれた国は滅び、二百年後の地にはメイドと二人。寂しい、心細くて当然だ、とカールは思う。そんな我慢を、彼女にして欲しくなかった。

「勿論です。俺は先ほど約束した通り、あなたを護ります――絶対に」

 カールの中で、ヴェンデルガルトは出会った時――殻から姿を見せて眠ったままだった時以上に、特別な存在に思え始めていた。彼女の言葉や笑顔。気遣いやあどけなさが、次第にカールの心を惹きつけていく。
 ――もし皇族が彼女を持て余す存在に思うなら、俺の伴侶に――と、思えるほどに。

 ヴェンデルガルトは幼くてあどけなさが残るまだ若い少女だが、どこか大人びた雰囲気も時折垣間見える。カールが今までであった事がない、不思議な少女だった。
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