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南の国の戦
旅立ち
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カールもイザークも、ジークハルトの判断に従うしかなかった。ジークハルトの指示で急いで準備が進むが、誰がヴェンデルガルトに付き添うかで揉めることになった。
「騎士団長の皆様では、顔が知られています。それに、国を護る事が大事です。三人は、付き添わないでください」
「私も付き添います、ヴェンデルガルト様! 私には、あなたを護る魔法があります!」
追いついてきたビルギットが、状況を把握してそう名乗り出た。戦いに慣れていない二人の女性を連れて行くのは、かなりの危険行為だ。しかし、確かにビルギットには『壁』の様な、刃が当たってもそれを弾く魔法が使える。ヴェンデルガルトを護るのに、ビルギットは必要だった。
「黄薔薇騎士団の副団長――ディルクと、黄薔薇騎士団の騎士三人と青薔薇騎士団二名。後は医者を付き添わせる。それ以上多くては、不自然になる。すぐに精鋭を呼んでくれ」
カールとイザークは自分の騎士団から、頼りになる騎士を呼んできた。そうして、騎士服を脱ぎ商人の服に着替えた。医者も着替え、別室でヴェンデルガルトとビルギットも旅商人の娘風の服に着替えた。ヴェンデルガルトの金の髪は目立つので、編みこんでまとめると、ショールで巻いて隠した。瞳はどうしようもないので、ビルギットの陰に隠れてなるべく目立たないように、とジークハルトに命じられた。
「俺も行きます!」
ロルフがそう懇願したが、ジークハルトは許さなかった。
「ランドルフの治療と、ヴェンデルガルト嬢の護衛が最大の任務だ。ランドルフの元に向かうまでに、魔獣が出るかもしれない。君たちしか、この任務を任せられない――ヴェンデルガルト嬢。本当に構わないんだな? 今なら、止める事は出来る」
ヴェンデルガルトの脳裏に、高飛車だが本当は心優しく、不器用な性格の端正な顔立ちのランドルフが思い浮かんだ。彼を見捨てる事は出来ない。
「行きます――絶対に、ランドルフ様をお助けいたします」
ヴェンデルガルトの心は揺るがなかった。ジークハルトは神妙な顔で頷き、カールとイザークは心配で堪らない表情をしていた。
「心配しないでください――確かに私は戦を知りませんが、戦の中に行くのではありません。もう随分こちらに近付いているはずです――大丈夫」
自分に言い聞かせているようにも聞こえた。本当は、ヴェンデルガルトは怖かった。だが、ランドルフの傷を考えると医者が行くより自分が行かなければならないと、そう自分に言い聞かせていたのだ。
「どうか――どうか、無事で」
カールが、ぎゅっとヴェンデルガルトを抱き締めた。久し振りに感じる、カールの大きな胸だ。ヴェンデルガルトは、カールの身体を抱き返した。
「ヴェー、何かあれば――僕が必ず、助けに行くから!」
カールの腕の中からヴェンデルガルトを抱き寄せると、イザークは彼女の額に自分の額を触れさせた。
本当は、ジークハルトも彼女を抱き締めて無事を祈りたかった。しかし、婚約者がいる身で今は皆を指揮しなければならない立場だ。切ない想いで、じっとヴェンデルガルトを見つめた。
「準備が出来ました!」
用意されたのは、二頭の馬が引く馬車だ。馬車を操作するのは黄薔薇騎士でディルクも横に座り、後の者は荷台に乗る。ちゃんと、商人の様に交易で使う日持ちのする野菜や塩漬けの肉など、邪魔にならないように少なめに積まれていた。
「もし本当に危険なら――ランドルフは諦めて帰ってきて構わない。ヴェンデルガルト嬢の事は、何としても守れ」
ヴェンデルガルトとビルギットと医者を真ん中に、彼らを護る様に商人に扮した騎士たちが乗り込んだ。ジークハルトの言葉に、騎士たちは黙ったまま頷いた。
「大丈夫ですよ、きっと後をつけてくるような人はいない筈です。戦が始まるのですから」
心配げな皆を安心させるように、ヴェンデルガルトはそう言って出来る限り自然な笑みを浮かべた。ビルギットが、そんな彼女の手をぎゅっと握る。
「では、行きます」
ディルクがそう言うと、馬車は走り出した。ヴェンデルガルトがランドルフを助けに向かっている事は、出来るだけ知らせないようにしている。皇帝にも報告していない。ジークハルトもカールもイザークも、ただランドルフとヴェンデルガルト、ギルベルトの無事を祈るしか出来なかった。
馬車はひっそりと裏門から出て、南へと向かう。門を出ると、馬の速度が速くなる。「舌を噛まないように気を付けて下さい」と言われ、初めて乗る馬車の荷台でヴェンデルガルトとビルギットはお互いの手を握り合った。
「騎士団長の皆様では、顔が知られています。それに、国を護る事が大事です。三人は、付き添わないでください」
「私も付き添います、ヴェンデルガルト様! 私には、あなたを護る魔法があります!」
追いついてきたビルギットが、状況を把握してそう名乗り出た。戦いに慣れていない二人の女性を連れて行くのは、かなりの危険行為だ。しかし、確かにビルギットには『壁』の様な、刃が当たってもそれを弾く魔法が使える。ヴェンデルガルトを護るのに、ビルギットは必要だった。
「黄薔薇騎士団の副団長――ディルクと、黄薔薇騎士団の騎士三人と青薔薇騎士団二名。後は医者を付き添わせる。それ以上多くては、不自然になる。すぐに精鋭を呼んでくれ」
カールとイザークは自分の騎士団から、頼りになる騎士を呼んできた。そうして、騎士服を脱ぎ商人の服に着替えた。医者も着替え、別室でヴェンデルガルトとビルギットも旅商人の娘風の服に着替えた。ヴェンデルガルトの金の髪は目立つので、編みこんでまとめると、ショールで巻いて隠した。瞳はどうしようもないので、ビルギットの陰に隠れてなるべく目立たないように、とジークハルトに命じられた。
「俺も行きます!」
ロルフがそう懇願したが、ジークハルトは許さなかった。
「ランドルフの治療と、ヴェンデルガルト嬢の護衛が最大の任務だ。ランドルフの元に向かうまでに、魔獣が出るかもしれない。君たちしか、この任務を任せられない――ヴェンデルガルト嬢。本当に構わないんだな? 今なら、止める事は出来る」
ヴェンデルガルトの脳裏に、高飛車だが本当は心優しく、不器用な性格の端正な顔立ちのランドルフが思い浮かんだ。彼を見捨てる事は出来ない。
「行きます――絶対に、ランドルフ様をお助けいたします」
ヴェンデルガルトの心は揺るがなかった。ジークハルトは神妙な顔で頷き、カールとイザークは心配で堪らない表情をしていた。
「心配しないでください――確かに私は戦を知りませんが、戦の中に行くのではありません。もう随分こちらに近付いているはずです――大丈夫」
自分に言い聞かせているようにも聞こえた。本当は、ヴェンデルガルトは怖かった。だが、ランドルフの傷を考えると医者が行くより自分が行かなければならないと、そう自分に言い聞かせていたのだ。
「どうか――どうか、無事で」
カールが、ぎゅっとヴェンデルガルトを抱き締めた。久し振りに感じる、カールの大きな胸だ。ヴェンデルガルトは、カールの身体を抱き返した。
「ヴェー、何かあれば――僕が必ず、助けに行くから!」
カールの腕の中からヴェンデルガルトを抱き寄せると、イザークは彼女の額に自分の額を触れさせた。
本当は、ジークハルトも彼女を抱き締めて無事を祈りたかった。しかし、婚約者がいる身で今は皆を指揮しなければならない立場だ。切ない想いで、じっとヴェンデルガルトを見つめた。
「準備が出来ました!」
用意されたのは、二頭の馬が引く馬車だ。馬車を操作するのは黄薔薇騎士でディルクも横に座り、後の者は荷台に乗る。ちゃんと、商人の様に交易で使う日持ちのする野菜や塩漬けの肉など、邪魔にならないように少なめに積まれていた。
「もし本当に危険なら――ランドルフは諦めて帰ってきて構わない。ヴェンデルガルト嬢の事は、何としても守れ」
ヴェンデルガルトとビルギットと医者を真ん中に、彼らを護る様に商人に扮した騎士たちが乗り込んだ。ジークハルトの言葉に、騎士たちは黙ったまま頷いた。
「大丈夫ですよ、きっと後をつけてくるような人はいない筈です。戦が始まるのですから」
心配げな皆を安心させるように、ヴェンデルガルトはそう言って出来る限り自然な笑みを浮かべた。ビルギットが、そんな彼女の手をぎゅっと握る。
「では、行きます」
ディルクがそう言うと、馬車は走り出した。ヴェンデルガルトがランドルフを助けに向かっている事は、出来るだけ知らせないようにしている。皇帝にも報告していない。ジークハルトもカールもイザークも、ただランドルフとヴェンデルガルト、ギルベルトの無事を祈るしか出来なかった。
馬車はひっそりと裏門から出て、南へと向かう。門を出ると、馬の速度が速くなる。「舌を噛まないように気を付けて下さい」と言われ、初めて乗る馬車の荷台でヴェンデルガルトとビルギットはお互いの手を握り合った。
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