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南の国の戦

幻の様な

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 真夜中。今回のヴェンデルガルト奪還軍はひっそりと裏門から出て、南に向かった。レーヴェニヒ王国の使者と落ち合うのは、二日ほど先の場所だ。先に出発した使者たちを追い抜かないように、く気持ちを押さえて馬を進めた。

 魔獣や盗賊などの問題もなく、無事に一行は目的地に着いた。やはり急ぎ足になったので、昼前には到着した。南の植物が多くなり始めた荒野が広がる中、先に出たレーヴェニヒ王国の使者たちの姿が見えない。
 見渡していると。大きな木の陰でひらひらと白い布を振るのが見えた。赤薔薇騎士が馬をそちらに向けると、自軍に向かい腕を上にあげてこちらに来るように指示した。

「ジークハルト殿に、カール殿、イザーク殿。無事お着きで安心いたしました」
 右の大臣のエトヴィンがいた。彼の後ろには彼らの旅の付き添いの一行が控えていた。この荒野で唯一の大きな木で、少し地が窪んでいたので見つけ難かったようだ。
「こちらこそ、お待ちさせてしまい申し訳ありません」
 ジークハルトは馬を降りた。そうして、左と右の大臣に頭を下げた。
「しかし、こんなに大勢で向かって大丈夫なのでしょうか? 先に、レーヴェニヒ王国の支援軍が二万向かった時来ましたが」
 イザークは、二万の大軍よりは少ないが一行を眺めて呟いた。こちらには、各国の地位の高いものが多い。バーチュ王国がこちら側に来たのかまだ分からない状態で、進むのは少し難しいように思う。

「少し、この地でお待ちを。便りが参ります」
「便りが?」
 左の大臣であるエッカルトがそう言って、部下に指示をして火を焚き始めた。
「休憩にしましょう。水分の補給と食事を。一軍は余裕がありますが、二軍は地道を走ってもらう事になるので、休憩はしっかりして貰いたい」
「二軍は、地道を走る? それは一体どういう――」
 カールが不思議そうに訊ねた時、不意に日が陰った。一同が不思議そうに見上げたが、驚きで身体が竦んだ。

「龍だ! 水色の龍が!」

 彼らの上空に龍が現れたため、日差しが遮られたのだ。初めて龍を見るバルシュミーデ皇国の騎士たちは、声を上げた。
「敵ではありません、彼女は我々の国を助けてくれている水龍です。一軍は、彼女に乗ってヘンライン公国に向かいます」

 ――龍だ。

 イザークは、幻の龍を初めて見て何故か胸の高ぶりが収まらない。書物でしか見た事が無い龍が、目の前にいる。龍の赤い目が、イザークと合った。

『あら――龍の血を引く者がいるわね』
 直接脳裏に響くような、女の声がした。それは全員に聞こえたようで、ざわざわと辺りを見渡す。

 すると、水龍は地面に降りた。そうして輝くような光を放つと、一人の女の姿になった。東の国の衣装を身にまとった、水色の髪に赤い瞳の整った顔の二十代半ばの女だ。彼女はこちらに歩み寄り、左と右の大臣に軽く頭を下げた後イザークに歩み寄った。
「あなた、龍の子ね。随分血は薄くなっているけど」
「え!?」
 イザークが驚いた声を上げた。それは、ジークハルトとカールも同じ心境だった。
「そういえば――イザークの祖先は西との戦争で功績を上げていき、公爵の位を得たな? それまで……確か、東にいたのではないか?」
 ジークハルトは、ある程度の人物の家の成り立ちを覚えている。イザークはその言葉に、僅かに震えながら頷いた。元々は東の地の出身だと、親から教えられていた。
「特別な能力は受け継いでないみたいですが、あなたは賢いでしょう。あなたに、同胞として心から祝福を」
 赤い目に見られて、イザークは動けない。水龍はイザークの額に手を触れさせると、古の言語で何かを唱えた。そうして手を離すと、左と右の大臣の元に向かった。

「すごいな、イザーク。だからお前は、昔から賢かったんだな」
 カールがすぐにイザークの側に寄り、何故か誇らしげに笑顔になった。突然の状況に、イザークは頭の整理が追い付かない。
「バーチュ王国も、龍の末族だと聞いている。アロイス王子の目を見ただろう?」
 ジークハルトの言葉に、イザークは彼が国に来た時の事を思い出した。確かに彼の眼は赤色だったが、まさか龍の血を引く者の中に赤い目になる人がいるとは思っていなかった。

「ここだ!」
 それぞれに食事や休憩をしている所に、白い鳩が飛んできた。左の大臣が手を伸ばすと、疲れたようによろよろとその腕に乗った。労わる様にエッカルトがその鳩を撫でてから、足に括られている手紙を取りだした。
「成功だ! バーチュ王国から、ヘンライン王国に同盟の申し出が来たそうだ。手前で待機させている先陣を動かそう。我々も、ヘンライン王国に参りましょう」
 左右の大臣の言葉に、ジークハルトは頷いた。動揺していたイザークもようやく目的を思い出して、カールと共に頷いた。
 一陣の乗っていた馬や馬車は二軍が預かり、再び龍の姿になった水龍は大きな籠を創り出して自分の首に掛けた。
「落ちないように、気を付けて乗ってください」
 左右の大臣と三人の部下、それとジークハルトと一陣の騎士団が乗り込んだ。水龍は気を付けながら、羽ばたきをして空に飛びあがった。

 それを見送った二陣は、火の始末をしてレーヴェニヒ王国の軍と共に南に向かった。
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