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南の国の戦

死を選ぶ国

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「コンラート殿! お待ちしていました!」
「大変遅くなり、申し訳ございません。よくぞ耐え抜いて下さいました」
 レーヴェニヒ王国の右と左の大臣が、先頭のコンラートに駆け寄った。五千の兵はバーチュ王国に残して来ても、それでも一万五千の軍隊だ。こちらにいる兵と合わせると、負ける気がしなかった。レーヴェニヒ王国の兵は、戦いに慣れた風情で貫録を感じるのだ。

『水龍、聞こえてる!? アンゲラー王国に入った、今から王都を目指す!』

 水龍のヘートヴィヒから、イザークの声が聞こえて来た。息が荒い。馬の蹄の音が大きく聞こえた。彼らは国境の兵を倒して、もうアンゲラー王国内に入ったようだ。こうなれば、もうアンゲラー王国は挟み込まれている。
「分かりました。先ほどこちらに攻めてきた兵とともに、王族は再びヘンライン王国に攻めて来るでしょう。こちらへはもう援軍は着きました、アンゲラー王国を滅ぼすことに集中して、全力で攻めて下さい」
『分かった。でも、その前にヴェーの声を聞かせてよ!』
 ヘートヴィヒは、ヴェンデルガルトに視線を向けた。ヴェンデルガルトは、彼女の許に駆け寄る。
「イザーク様、カール様、薔薇騎士団の皆様! ヴェンデルガルトは元気です、皆様のご武運お祈り申し上げます!」
 ヴェンデルガルトがそう言うと他の者達にも聞こえたのか、『ヴェンデルガルト様だ!』『頑張ります、聖女様の為に!』『勝利を我らの聖女様に!』と騎士団の歓声が上がった。これで彼らの士気も高まっただろう。
『ヴェンデル、安心したよ! でも、気を付けてね! すぐにそっちに向かうから!』
 久し振りに聞くカールの優しい声だ。ヴェンデルガルトは懐かしさに、涙が出そうになった。
『ヴェー、無茶はしちゃダメだよ? 迎えに行くから、君は安全な所にいて』
「分かりました、皆さん、どうか無事で!」
 そこで、ヘートヴィヒは会話を終わらせた。
「バルシュミーデ皇国の士気も上がったようですし、もうアンゲラー王国は占拠されるでしょう。そうなれば、こちらに来る兵士は死を覚悟で来るでしょう。皆様、気を引き締めて下さい」

「敵襲―!! 北よりアンゲラー王国の兵が向かって来ています!およそ二万近くです!」
 見張りの兵の大声と共に、鐘が激しく鳴った。人数が増えたという事は、ほぼ国内の全兵力で攻めてきたのだろう。また興奮と幻覚作用の薬を飲んでいるなら、昼頃以上の戦いになる。

「ヘンライン王国王族とヴェンデルガルトは城の中に! 絶対に外へは出ないでください!」
 ヘートヴィヒの指示に従い、ヴェンデルガルトはカサンドラ達と共に城に入った。アロイスとジークハルトを、心配そうに見つめて。ジークハルトは安心させるように頷いて、アロイスは小さく笑いかけた。

 王族が城の中に入ると、騎士や兵士たちは剣を手にして鞘から抜く。緊張した面持ちの兵たちの顔を、沢山の篝火が照らしていた。
 この戦いで、一つの国が亡びる。アンゲラー王国は、降伏する事より死を選ぶのだろう。何故そのような道を選ぶのか、ヴェンデルガルトには分からなかった。

「ここからは、我らレーヴェニヒ王国が前線に出ます。どうぞ皆様は、後方をお願い申し上げます」
 コンラートの声が、兵たちに響いた。そこに、駱駝が駆ける音が大きく地鳴りのように響いてきた。

 アンゲラー王国の兵たちだ。
 昼間受けた傷を簡単に包帯で巻いている者が所々に見られるが、その包帯に血が滲む事に臆することなく剣を振り上げて、少し崩れた門を目指してやって来た。

 砂埃が舞う。視界が悪い中、それでもアンゲラー国の兵は走る速度を緩めず突進してきた。
「アンゲラー王国に勝利を!」
 そう叫んでいるのは、アンゲラー王国の王子だ。彼が剣を振り上げると、彼の後ろから火の塊がいくつも飛んできた。
 それを、ヘートヴィヒが水の魔法で消していく。
「勝利は我らに!」
「火の魔法使いは、馬車に乗っています! 気を付けて!」
 レーヴェニヒ王国の兵が、アンゲラー王国の兵に向かって行った。最後の戦いになるだろう。

 暗い闇の中、駱駝と馬の蹄の音。剣が打ち合う時に産まれる火花。アンゲラー王国の兵の興奮した声。様々なものが、飛び交っている。

「ヴェンデルガルト、これが人間の戦いです。あなたが知らぬもの。学びなさい、戦いがもたらす悲しみを――コンスタンティン様が教えなかった事を」
 カサンドラが、戦いの迫力に飲まれているヴェンデルガルトにそう語りかけた。
「あなたは、コンスタンティンを知っているの?」

「私とヘートヴィヒが産まれた時、名を付けてくれたのはコンスタンティン様です。あなたを探して、龍族から去る前に。龍族の王の座を捨てる、前の事です――お会い出来て、私は嬉しい……有難う。コンスタンティン様に幸せな時を与えて下さって。その感謝を、伝えたかった」

 たった、二年だけの事だ。それでも、コンスタンティンは幸せだったのだろうか。
 城の外から聞こえる戦いの音を遠くに聞きながら、ヴェンデルガルトは涙を一粒零した。

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