125 / 125
エピローグ
エピローグ
しおりを挟む
「いいかげんにしろ――もう、沢山だ!」
賑やかなパーティー会場に、相応しくない苛立った青年の声音が響いた。途端、会場がシンと静かになった。
「ジークハルト様、どうなさったんですか? もしかして、お酒を呑み過ぎなのでは?」
巻いていただろう髪は緩いカーブになった銀髪に緑の瞳の、豪華な筈なのに皴だらけのドレスを着た女性が顔を強張らせて黒髪の声を荒げた青年の腕を取ろうとした――が、強い力で振り払われた。「きゃっ」とわざとらしい大きな声を上げて、彼女は床に座り込んだ。
売春宿から抜け出して、城に潜り込んだらしい。かつて美しさと気品を身にまとっていた彼女は、みすぼらしく憐れだった。静まり返った会場の中、彼女を見る誰もの視線が冷たかった。
「フロレンツィア、言い忘れていたが君との婚約は解消させて頂く。君のような人間と結婚するなんて、俺には耐えられそうにない――大事な事を、伝え忘れていた事を詫びる」
倒れた彼女に目もくれず、ジークハルトはしっかりした足取りでホールの端で男性に取り囲まれている女性の元に向かった。
「待ってください! 魔法なんて恐ろしいものを使う上、沢山の男性を取り巻きにしている性悪女を選ぶのですか!? 私は、今でもあなたを愛しています! あなたの婚約者は、私ではないと駄目なのよ!」
泣き叫ぶフロレンツィアの傍に、赤薔薇騎士団が集まって彼女を取り押さえた。「ジークハルト様! ジークハルト様!」と叫ぶ彼女は、城の外へと連れ出された。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー。俺と、婚約して頂けないでしょうか?」
片膝を付き、ジークハルトは彼女の手を取ると真摯にそう告げた。腕を取られたヴェンデルガルトが思わず頬を染めるほど、真っ直ぐに彼は自分を見つめていた。
ジークハルトが初めて好きになった、護りたいと思う唯一の女性だった。
「ふざけるな、クソ兄貴。ヴェンデルは俺様のもんだ」
ジークハルトの手を、ランドルフが払いのけた。そうしてふんと鼻で笑って、彼女を抱き締めようとする。
「僕はどちらも反対だ。ヴェーは僕のものだ」
反対側にいたイザークが、低い声でそう呟く。
「ジークハルトもランドルフも、更にはイザークまで冗談はやめてください。ヴェンデルは私の伴侶になって頂きます。ジークハルト、私はあなたにお願いしたではありませんか」
抱き締められそうになったヴェンデルガルトの腕を掴んで、ギルベルトが優しく引き寄せる。
「おい、ギルベルト。お前どさくさにヴェンデルを連れて行くな」
「みんな、何勘違いしてるの? ヴェンデルは俺と結婚するんだよ!」
ヴェンデルガルトの為にお菓子を沢山乗せた皿を持ったカールが、大きな声を上げた。
「うるさい、カール!」
四人の声が、揃った。さっきまでフロレンツィアの襲撃で凍り付いていたパーティーの参加者たちが、小さく噴き出して会場は賑やかさを取り戻す。
それから、容姿が整った青年たちが言い争いを始める。最近見慣れた光景で、何時ものように困った顔で止めようとするヴェンデルガルトに一人のメイドが近寄った。
「こうなったら止められません。ヴェンデルガルト様、部屋に戻りましょう――薔薇騎士団長たちを止められる者は、皇帝しかいないでしょうから」
「ビルギット! そ、そうね……今回も逃げちゃいましょう」
ヴェンデルガルトとメイドのビルギットは、そろりとその場から逃げようとした。
「あ! ヴェー!」
「ヴェンデル!」
それを見つけた青年たちが声を上げた。ドレスの裾を摘まんで、笑いながらヴェンデルガルトとビルギットは早足にホールを抜けて部屋へと戻った。
部屋に戻るとヴェンデルガルトは、大事に直していた小瓶を取り出した。すると迷わずに、小瓶の中身を飲み干した。爽やかな香りが喉を通り、胸の奥で黒く固まっていたものが消え去るかのようだった。
「早いですね、ヴェンデルガルト様。もう、一年が過ぎたんですね」
「ええ、ビルギット。私達が目覚めて、もう一年だわ」
二人は、くすくすと笑い合った。かつて友人の古龍と暮らしていた二年、そうしてその後二百年寝ていた二人。彼女たちは、お茶を飲みながらしばらく懐かしい思い出を語り合った。
その時、彼女の進む道は幾つかに分かれる。水に包まれていた青年が瞳を開く世界。記憶を取り戻さず彼女から去った青年が、振り返って彼女の名を呼ぶ世界。赤や白、黄に青と紫の名を持つ青年たちの手を取る世界。
彼らとのその次の物語は、新しい書物に綴られている。ヴェンデルガルトが恋し愛した物語が、そこに溢れている。ヴェンデルガルトが幸せに暮らした日々は、また新たなページにて。
薔薇と龍と、魔法を使う少女の話は終わらない。
賑やかなパーティー会場に、相応しくない苛立った青年の声音が響いた。途端、会場がシンと静かになった。
「ジークハルト様、どうなさったんですか? もしかして、お酒を呑み過ぎなのでは?」
巻いていただろう髪は緩いカーブになった銀髪に緑の瞳の、豪華な筈なのに皴だらけのドレスを着た女性が顔を強張らせて黒髪の声を荒げた青年の腕を取ろうとした――が、強い力で振り払われた。「きゃっ」とわざとらしい大きな声を上げて、彼女は床に座り込んだ。
売春宿から抜け出して、城に潜り込んだらしい。かつて美しさと気品を身にまとっていた彼女は、みすぼらしく憐れだった。静まり返った会場の中、彼女を見る誰もの視線が冷たかった。
「フロレンツィア、言い忘れていたが君との婚約は解消させて頂く。君のような人間と結婚するなんて、俺には耐えられそうにない――大事な事を、伝え忘れていた事を詫びる」
倒れた彼女に目もくれず、ジークハルトはしっかりした足取りでホールの端で男性に取り囲まれている女性の元に向かった。
「待ってください! 魔法なんて恐ろしいものを使う上、沢山の男性を取り巻きにしている性悪女を選ぶのですか!? 私は、今でもあなたを愛しています! あなたの婚約者は、私ではないと駄目なのよ!」
泣き叫ぶフロレンツィアの傍に、赤薔薇騎士団が集まって彼女を取り押さえた。「ジークハルト様! ジークハルト様!」と叫ぶ彼女は、城の外へと連れ出された。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー。俺と、婚約して頂けないでしょうか?」
片膝を付き、ジークハルトは彼女の手を取ると真摯にそう告げた。腕を取られたヴェンデルガルトが思わず頬を染めるほど、真っ直ぐに彼は自分を見つめていた。
ジークハルトが初めて好きになった、護りたいと思う唯一の女性だった。
「ふざけるな、クソ兄貴。ヴェンデルは俺様のもんだ」
ジークハルトの手を、ランドルフが払いのけた。そうしてふんと鼻で笑って、彼女を抱き締めようとする。
「僕はどちらも反対だ。ヴェーは僕のものだ」
反対側にいたイザークが、低い声でそう呟く。
「ジークハルトもランドルフも、更にはイザークまで冗談はやめてください。ヴェンデルは私の伴侶になって頂きます。ジークハルト、私はあなたにお願いしたではありませんか」
抱き締められそうになったヴェンデルガルトの腕を掴んで、ギルベルトが優しく引き寄せる。
「おい、ギルベルト。お前どさくさにヴェンデルを連れて行くな」
「みんな、何勘違いしてるの? ヴェンデルは俺と結婚するんだよ!」
ヴェンデルガルトの為にお菓子を沢山乗せた皿を持ったカールが、大きな声を上げた。
「うるさい、カール!」
四人の声が、揃った。さっきまでフロレンツィアの襲撃で凍り付いていたパーティーの参加者たちが、小さく噴き出して会場は賑やかさを取り戻す。
それから、容姿が整った青年たちが言い争いを始める。最近見慣れた光景で、何時ものように困った顔で止めようとするヴェンデルガルトに一人のメイドが近寄った。
「こうなったら止められません。ヴェンデルガルト様、部屋に戻りましょう――薔薇騎士団長たちを止められる者は、皇帝しかいないでしょうから」
「ビルギット! そ、そうね……今回も逃げちゃいましょう」
ヴェンデルガルトとメイドのビルギットは、そろりとその場から逃げようとした。
「あ! ヴェー!」
「ヴェンデル!」
それを見つけた青年たちが声を上げた。ドレスの裾を摘まんで、笑いながらヴェンデルガルトとビルギットは早足にホールを抜けて部屋へと戻った。
部屋に戻るとヴェンデルガルトは、大事に直していた小瓶を取り出した。すると迷わずに、小瓶の中身を飲み干した。爽やかな香りが喉を通り、胸の奥で黒く固まっていたものが消え去るかのようだった。
「早いですね、ヴェンデルガルト様。もう、一年が過ぎたんですね」
「ええ、ビルギット。私達が目覚めて、もう一年だわ」
二人は、くすくすと笑い合った。かつて友人の古龍と暮らしていた二年、そうしてその後二百年寝ていた二人。彼女たちは、お茶を飲みながらしばらく懐かしい思い出を語り合った。
その時、彼女の進む道は幾つかに分かれる。水に包まれていた青年が瞳を開く世界。記憶を取り戻さず彼女から去った青年が、振り返って彼女の名を呼ぶ世界。赤や白、黄に青と紫の名を持つ青年たちの手を取る世界。
彼らとのその次の物語は、新しい書物に綴られている。ヴェンデルガルトが恋し愛した物語が、そこに溢れている。ヴェンデルガルトが幸せに暮らした日々は、また新たなページにて。
薔薇と龍と、魔法を使う少女の話は終わらない。
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(17件)
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
まさか私が王族の一員であることを知らずに、侮辱していた訳ではありませんよね?
木山楽斗
恋愛
王城の使用人であるメルフィナには、ある秘密があった。
彼女は国王の隠し子なのである。
その事実は、半ば公然の秘密となっていた。公にされたことは一度もないが、嗅覚に優れた者達はそれを察知していたのだ。
しかし中には、そうではない者達もいた。
その者達は、メルフィナを一介の使用人として考えて、彼らなりの扱い方をした。
それは許されるものではなかった。知らぬうちに王家に牙を向けた者達は、その行為の報いを受けることになったのだ。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
NOGAMI様
どうなんでしょうね。彼女は何者なんでしょう?お楽しみにして下さい(*´ω`)
七海美桜
みかん様
感想有難うございます。それと、コンスタンティンを愛して下さり有難うございます(*´ω`*)
ラファエルの言葉だけで、それが本当かどうかは誰にも分かりません。東の国は、謎に包まれています。今回の事も重要なシーンですので、いずれなにかと関係あるかと思います。この先どうなるかを見届けて下さると嬉しいです。頑張って書きますので、応援して下さると嬉しいです!
何時も感想有難うございます。頑張る気力になります(*´ω`*)
七海美桜
新しい赤い目の方が登場しましたね。更新のたびに続きが読みたくなります。先生からのお返事、嬉しかったです。これからも応援しています。
淡雪様
何時も嬉しい言葉有難うございます。新しく赤いの龍の目を持つ人物は、一体何者なのでしょうか。楽しんで頂けると嬉しいです。応援も、本当に嬉しいです。どうぞこれからもよろしくお願いします(*´ω`*)
七海美桜