77番目の絵

きーぼー

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その3

77番目の絵

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 シーン1

 「ジュディ!!」

息を切らしたベルモンドが医師を連れてジュディの家に戻った時、彼女の病状はさらに悪化していました。

「ベルモンド、良かった。また会えた」

苦しい息の中、粗末なベッドに横たわるジュディはそれでも嬉しそうな笑顔を浮かべました。
うっすらと目を開いて戻って来たベルモンドを見つめるジュディ。
しかしその瞳の焦点はすでに光を失いぼんやりとしか見えていないようでした。
そんなジュディの様子を見てベルモンドが街から連れて来た医者は深刻な顔をして首を振りました。
ベルモンドはジュディがぐったりと横たわるベッドに駆け寄り彼女に覆い被さるような姿勢でベッドの上に手をついて懸命に彼女に話しかけます。

「ジュディ、僕の絵が売れたんだ。そのお金でお医者さんを連れてきたんだ。町一番のお医者さんだ。きっと君の病気を治してくれるよ。君の好きなパンケーキも買ってきたよ。いっぱい買ってきたんだ。さあ、お腹いっぱい食べなよ。きっと元気になるよ」

ジュディはベルモンドのその言葉を聞くと少し元気を取り戻したのかやつれた表情をしながらも嬉しそうにうなずくのでした。

「ありがとうベルモンド。でもあたし何よりあなたが側にいてくれるのが嬉しい」

二人のそんな様子を少し離れて見ていた街医者は何故か恥じる様にうなだれ顔を俯かせていました。
その後ベルモンドは医者の許可を得てジュディの身体を支えながら彼女にパンケーキを食べさせました。
ベッドに臥せるジュディの背中に腕を回しそのやつれた身体を起こすと細かく切り分けたケーキを自身の手で彼女の口に運ぶベルモンド。
ゆっくりと口を動かして少しずつケーキを食べるジュディを見ながらとうとうベルモンドはずっと胸に秘め続けた思いを彼女に告げました。

「ジュディ、僕と結婚してくれ。どんなに貧しくても僕は君と一緒にいたい。君と一緒なら苦しみは半分になる。そして幸せは何十倍にもなるんだ」

その求婚の言葉を聞いたベッドの上のジュディはベルモンドの腕に抱えられながら安らかな顔で目を閉じると微かに微笑んで言いました。

「うれしいわ、ベルモンド。夢みたい。なんて幸せなの。わたしやっぱり生まれてきて良かった。だって大好きな人に会えたもの」

ジュディの頬にひとすじの涙が流れました。
貧しく内気な二人の若者はここに来てようやくお互いの気持ちを確かめ合うことが出来たのです。
けれどー。
とても残念な事ですが二人の夢は結局は叶いませんでした。
医師の懸命な治療も虚しくジュディの容態は徐々に悪化していきました。
そしてとうとう翌日の朝ベルモンドと医師が見守る中で彼女は静かに息を引き取りました。
天国の門に飾られた自身の絵を果たして彼女は見たのでしょうか。
ベルモンドはジュディの為に彼女がよく花を摘んでいた街はずれの丘に小さなお墓を立てました。
墓の前に立つベルモンドの落とした涙が地面に吸い込まれたその時に強い風が吹いて丘に咲く草花が一斉にその首(こうべ)を垂れました。
ベルモンドはジュディの死後も何十年も生きて絵を描き続けましたが生前に有名になる事はついにありませんでした。
しかし彼が亡くなってからしばらくしてある画商が彼の絵の価値に気付きその絵を買い集め始めると事態は一変しました。
ベルモンドの画家としての名声は不動のものとなりその作品も信じられない様な高値で取り引きされる様になったのです。
やがて彼の作品を集めた大きな美術館が有志の人々によって地元に建てられました。
そこには生涯で500点以上にのぼる彼の絵画のほとんどが収納されています。
しかし彼の作品を見る為にこの美術館に世界中から来訪した観光客や美術愛好家は鑑賞中に一つの奇妙な事実に気づく事でしょう。
それは年代順に所狭しと彼の作品が並べられた展示室の壁に一箇所だけ不自然なスペースがある事です。
実はこの美術館にはベルモントの500点以上の作品のほとんど全てが集められているのですが一点だけ行方不明の作品があったのです。
それは彼が77番目に描いたといわれる絵画で未発見のその絵が見つかった時のために壁のスペースが大きく空けられていたのでした。
しかしベルモンド・ローランの最高傑作といわれ美しい少女を描いたというその77番目の絵の行方を知る者はこの世には誰もいないのです。


 [完]



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