蒼き航路

きーぼー

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解決編

その4

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確かに、山形刑事の言う通りであった。
船の甲板の舳先付近でそこに設けられた白い欄干に掴まった俺の目には今乗っているこの「船」が海の上を波間を切り裂きながら高速で走っておりその蒼き航路をどこまでも真っ直ぐに突き進んでいる様に見えた。
だが実際には俺が乗っているこのサンフェスタ号のまがい物は港の埠頭を模したコンクリート製の護岸にその船尾をぴったりとくっつけながら海の上をプカプカと浮いているだけであり結局の所そこから全く動いてはいなかった。
その衝撃の事実に驚く俺の耳に山形刑事の言葉が更に響く。

「これは、一般的には誘導運動と呼ばれるもので手品や遊園地等のアトラクションなどによく利用されている一種の錯覚現象なのです。何かの静止した乗り物に乗っている際に高速で周囲の景色が動くと人間はまるで今自分が乗っている乗り物の方が動いている様に感じてしまうのです。周囲の景色の動きに引きずられるというかー。電車に乗っている時に窓に左右逆さまの景色が映ると乗客が実際に進行している方向とは逆の方向に電車が進んでいるみたいに感じるのも同じ現象です。そうそう、昔のミステリーのトリックでも確かそんなのがありましたね」

船の舳先に立つ俺が白い欄干を掴みながら首だけを振り向かせると山形刑事は甲板上で後ろ手を組んでおりこちらの方を少し悲しそうな目で見つめると言葉を続けた。

「もう、分かったでしょう。野原伸太さん。あなたがなな子さんと一緒に甲板の上で海を突き進む船の様子を見ていたその場所は他でもないここだったのですよ。本物のサンタフェス号の船上ではありません。本物のサンタフェス号で奥さんと共に名古屋の港を出港したあなたはその夜のうちに船の中から運び出されたのです。恐らく眠らされた状態でねー。奥さんとその息がかかったサンタフェス号の船長を始めとする船員たちの手によって。そしてこの場所、つまりはズブリパークの園内へと秘密裏に運ばれたのです」

確かにサンタフェス号で夜の港を出航した際に俺は船室でなな子と愛し合った後ですぐに眠りに就いたはずだ。
それから朝までの記憶は一切ない。
そういえばあの時サンタフェス号は、沖合の海でしばらくの間、停泊していたはず。
もしかしたら俺はその間に船から運び出されていたとでも言うのだろうか。
まさかー。
衝撃の言葉の連続に呆然とする俺に対して山形刑事が更に追い打ちをかける。

「翌朝、ズブリパーク内のこの偽物の船の船室の中で目覚めたあなたはここが本物のサンタフェス号だと思い込んでしまいました。まぁ、無理もありません。なにせ、あなたが目覚めたあの船室はまがい物だとわからない様にする為、電気や水道を通すなどして入念に工作されていたのですから。そして奥さんと共にその船室から甲板上に出たあなたはそこでまた気を失ってしまった。もちろんそれも奥さんの仕業です。多分こっそりと薬でも盛られたんでしょう。そしてまたしても気を失ったあなたは本物のサンタフェス号が日本へと帰国する直前を見計らって再びその船内へと運び込まれた。後日、そこで目覚めたあなたは奥さんの発言を信じて今度は本物のサンタフェス号が海外との航路を往復する間ずっと自分がその船内にいたものだと思い込んだのです。だけど実際には例の殺人事件が起きた当日にはあなたと奥さんは日本国内であるこのズブリパークにいて本物のサンタフェス号が帰国する直前までここに潜伏していたのです。この偽物の船の中にねー。もっともあなたはずっと気絶していたのでまるで覚えていないでしょうが」

山形刑事はそこでいったん間を置くと更に言葉を続けた。

「野原伸太さん。あなたは本物のサンフェスタ号からズブリ・パークの敷地内であるこの場所に気を失った状態で真夜中過ぎに運び込まれました。そして翌朝、目覚めた時にここが本物のサンフェスタ号の船の上だと思い込んでしまった。そう、今回の事件における最も重要なキーワードは「思い込み」です。ここで目覚めたあなたは、ただ水に浮かんでいる船を擬しただけのこの建物が、洋上を高速で移動しているのだと思い込み、更にはこの場所でまた気を失って、もう一度本物のサンフェスタ号の船内に戻された際にも、付き添っていた奥さんの言葉を鵜呑みにしたあなたは、またしても自分がずっとそこにいたのだと思い込んでしまった。韓国との2泊3日の往復旅行からはるばる帰国したばかりのあの船の中にね。まぁ、我々、警察だって残された映像等を見てあなたが本物のサンフェスタ号に乗っていたとすっかり思い込んでいたのだからあまり偉そうな事は言えませんがね。人間とは不思議なもので一度ある物事を正しい情報だと思い込むとそれに反する情報がたとえ目の前にあったとしても一切気づかない事が良くあるのです。大学で心理学を専攻した才媛であるなな子さんはその辺りも熟知しており今回のトリックに巧く利用したのでしょうね」

俺は彼の言葉を聞きながら船の舳先付近の甲板上に呆然と立ち尽くしている。

「ともあれこれであなた方ご夫婦のアリバイは崩れましたね。もちろんあなたの元同棲相手の女性を殺したのは奥さんです。あなたがこの偽物のサンタフェス号の中で気絶している間に奥さんはここから車で30分もかからない市内のホテルに彼女を呼び出してそこであの気の毒な女性を殺したのです。ナイフでグサリとね。自らの手を汚すとは、よっぽど彼女の事が憎かったんでしょう」

呆然としながら船の舳先に立つ俺は少し離れた場所で同じく甲板上に立つなな子を思わず見やる。
なな子は甲板上で本田刑事に寄り添われながらこちらの方をじっと見つめていた。
俺はフラフラとした足取りで甲板の上を歩き彼女の元に行こうとする。
するとー。
なな子が俺に向かって怯える様な姿勢を取ると絹を切り裂く様な声で叫んだ。

「みんなあなたのせいよっ!あなたとあの女のっ!!だってあなたがいつまで経ってもあの女の事を忘れないからー」

[続く]
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