異世界定食屋 八百万の日替わり定食日記 ー素人料理はじめましたー 幻想食材シリーズ

夜刀神一輝

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行商人 タント

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 -行商人 タントー 
 
 行商人タント、この世界年寄りになる前に店などに引っ込む者が多い中、私は東に西へと色んな町を練り歩き、その町の独特の空気を味わい、名産物を味わい、人に触れあいながら生きて来た。 
 
 変わっていくものがあれば、逆に変わらない物も沢山ある。 
 
 きっと私は死ぬまで、そうこの体、足が悪くなるまで、街から街を歩いて回り商売を続けていく事だろう。 
 
 息子や孫にもうやめないかと言われても、これは私の楽しみであり、商品を滞りなく運んだ時のみんなの笑顔が見れる唯一の特権でもある。 
 
 だがその体が、うまく動かない時が時々あるのだ。 
 
 流石の私も、もう家の奥でのんびり生活するべきか、悩んだがまだだまだ頑張れると思っている。 
 
 ここ最近では一番変わった街、ウェールズ。 
 
 昔は本当に何もなく、港町と王都、ダンジョンに近い農村だった。 
 
 気が付けば城壁を築き、りっぱな城主の館にギルド会館、街並みも良く整備され綺麗な街に育った。 
 
 だけどなぁ、知っているかい?その支援物資や城壁の材料なんかを運んだのは、そう私だ、そうやって私達行商人が商人として育っていくように、街だって育っていったもんだ。 
 
 今でも目を閉じれば、一面麦畑だったのを思い出す。 
 
 そして少しずつ少しずつ、人が移り住み、利便性を求めて改良して、人に住みやすい街になった。 
 
 だがそれだけで終わらなかった。 
 
 まだウェールズは進化した。 
 
 高級宿に誰もが楽しめる施設、公園、庭園、料理屋。 
 
 人の熱量とは恐ろしく、それでいて素晴らしく情熱的に変わる、その時代を代表するかのように。 
 
 こんな老いぼれの私も、もうこの街にこれるのも最後かと思っていたら。 
 
 ねねお嬢ちゃんとリリお嬢ちゃんに、宿に泊まりにきたらいいと言われた。 
 
 嫌々、私なんて一介の行商人が泊まれる所じゃないと断ると、そんな事はないと、この街に住んでいる人でタントのおじちゃんを知らない人はいないよと言われた。 
  
 お言葉にあまえて、泊まった宿の豪華さ、お風呂の素晴らしさに涙しながら、先に逝ってしまった妻を思った。 
 
 人間ってのはどうしようもない生き物でね、今生の別れになって、最後の最後に本音が出る、柄にもなく愛していたと強く言う、どうしてだろうねぇ、生きている時に後悔のない様に言えていれば、もう少しは心が晴れやかだったかもしれない。 
 
 亡くなってから思う、ああした方がよかった、もっとこうしていれば、もっと一緒にいれば。 
 
 風にあたりながら、どこか力の抜けた、終わりを感じる。 
 
 そんな日の夕食に出た料理。 
 
 「タントのおじちゃん!今日の晩御飯はハンバーグ定食だよ!キャラメル豚と琥珀牛を使ってるの!美味しいんだから!それにね、目玉焼きのトッピングにチーズソースもつけちゃう!ご飯もお味噌汁もお替り自由だからいっぱい食べてね!」 
 
 ハンバーグ?肉が豪快にどんっと焼かれている、香ばしくじゅうじゅうと音が食欲をそそる。 
 
 これは確かに肉だが、キャラメル豚と琥珀牛と言ったはずだ、まさか一つにまとめたのか!? 
 
 肉一つでも贅沢なのに、種類の違う肉をこねて一つに?失敗すれば美味いも何も台無しになる様なそんな料理。 
 
 フォークとナイフで頂くと、なんとまぁ柔らかい、肉を噛む、するとじゅわとじゅわじゅわっと肉汁が飛び出て来る! 
 
 私はすっかり弱気になっていた心に、エネルギーを直接ぶち込まれたかのような感覚を感じる。 
 
 美味い!!! 
 
 肉の旨味が綺麗に調和されていて、キャラメル豚の濃厚さも琥珀牛のまろやかさに味わい深い風味も一切が喧嘩するどころか、まるでもともと一つだったかの様な一体感。 
 
 米を食う!これがまた美味い!驚くべき一体感!米の甘味やもっちり感が肉の味を受け止め、さらに喉奥に美味さを伝播させるが如く広がっていく。 
 
 スープがまたいい塩味で、さっぱりとさせる。 
 
 ついてきてる小鉢たちがまたいい、ナスと味噌の炒め、漬物、芋の煮物、胡麻和え、ゴマの香の豆腐、どれもが美味い!こいつは宴だな!ナスの味噌炒めがまた凄く美味い!私の好きな味だ。 
 
 またゴマ和えとゴマ豆腐は同じゴマなのに別物かと思う豆腐の存在感、あっさりな和えがまた全然違っていい。 
 
 肉も美味いが箸休めが私の様な年寄りには美味く感じる。 
 
 もちろんこのハンバーグが劣る訳ではない、また肉を食う。 
 
 いつもは一口二口で満足するが、これは食べたくなる、不思議だ、それでいて混ぜてある肉なのに純粋さをどこかに感じる。 
 
 若かった事妻とレストランにいった時に初めて食べた高級な肉の旨味、会話を楽しみたい所なのに料理の美味さにやられ、夢中になってしまった私、そしてそれを微笑みながら見ている妻。 
 
 そんな懐かしい情景が浮かんでくる。 
 
 チーズソースが濃くがあり、胸焼けするんじゃないかと思わせて、実はさっぱりと食べれてしまう。 
 
 また卵の黄身!こんな生焼けで出す店は、世界広しといえどこの店だけだろう、安全性の確認された半熟の卵の黄身の濃厚さ!だが一番美味いのは、この肉の為のソース!肉の為だけに濃厚にそしてさっぱりと食べられるように手間がかかっているこのソース!これがまた素晴らしくて美味い!。 
 
 肉の旨味をこんなに余す事無く、堪能したのはいつ以来だ?私はいつから肉が重く感じる様になっていたのだ?こんなにも力強く若さをくれる食べ物だと言うのに!。 
 
 そして米!私はパンばかりで育ってきたはずなのに、どこか郷愁を感じるこの米との組み合わせ!赤い糸で繋がっているかのような絶妙感、米を食う!そして肉を食う!一時のまやかしの様に私の中の時が若返る! 
 
 私は食った!生きる為に!そして満足する為に、命をいただいたのだ。 
 
 食べなければ死んでしまう、そんな人間の業、美味さを求めるのもまた業だろう、だが私は私の為に自分で決めて命を食べた、どれだけ罪深くてもこれが人間なのだ。 
 
 野生の魔物と違うのは食べる事に感謝する事が出来るのが人間である所以だ。 
 
 満足すれば食べ残す野生とは明確に違い、知性をもって慈しみ食べた。 
 
 水を飲み、強く思うのは、また明日も生きていける、先に逝った妻より少しでも長くこの世界を目に焼き付けようと思う。
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