春夏秋冬

いろは

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イチャモメ編

恋距離遠愛 ※R18

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 都心を離れた地方で開催される野外ライブに、大河は出演者として参加していた。
 グループとしてではなく、ソロでのロックミュージシャンとして呼ばれたインターネット配信限定の音楽フェスだ。
 週末の土日に二日間。
 近頃はライブで歌う機会が少なく、大河には張り合いのない日々が続いている。
 それを払拭するかのごとく、本番の前日に現地で行われたリハーサルから、すでに意気込みは充分だった。
 一日目を終えた夜、大河はサポートのバンドメンバーや気心の知れた出演者と食事のついでに酒を酌み交わし、二日目に向けての気合いを新たにした。
 本人は翌日に備えて、無茶な飲み方はしていないつもりである。
 しかしホテルの部屋でベッドに勢いよく寝転がった大河は、頭に回ったアルコールのおかげで、無自覚にひどく上機嫌だった。
 ぼうっと宙を見つめていると、まだ冷めきらないライブの高揚感が胸に燻って消えない。
 これがグループでのライブなら、高ぶる熱を治める方法は、すぐ手の届くところにある。
 氷点下の氷が大河の熱に溶かされて、ふたりの境界線がわからなくなるまで混じり合うと、ようやくすっきりと落ち着けるのだ。
 けれど今回の音楽フェスに、大河の熱をその身に受けるルカは名を連ねておらず、抑えきれない熱情に胸が苦しくて、酒のせいで思考もまともに巡らない。
 ルカとは昨日の朝に顔を合わせた。
 三日分残していけ、とかわいいことを言うので(口調はまるで強盗のようだったのだけど)跡がつくほど胸元にキスをしながら抱いたのだから、欲求不満を感じるにはまだ早すぎる。
 それでも沸き上がる衝動は、性欲というより、高揚感から溢れ出す恋心。
 物理的に触れ合えない距離が一層せつなさを増長させた。
 眠ってしまう前にせめて声だけでも聴きたくて、大河は逡巡する間もなくスマートフォンを操作する。
 数度のコール音が途切れると、回線の繋がった先でルカの息遣いが聞こえた。
「おう、おつかれ」
「首尾良く事は運んだか」
「見てねぇの?」
「仕事だ馬鹿犬」
 ライブの出来を尋ねられ、そうだろうなとわかっていながら聞いたので、罵りを加えた返答はさして気にならない。
 そんなことより機械を通してなお艶のある低音に、大河の胸は鼓動を速める。
 恋心の先にあるのは、隠しきれない下心。
「ライブの後ってなんでこんなやりたくなるんだろうな」
 上機嫌が滲む大河の言葉に、電話の向こうでルカは嫌な予感がよぎって顔を歪めた。
 アルコールの回った大河は、普段と比べて頭のネジが数本緩んだ発言をすることがある。
 これまでの経験から、続く言葉で何を言い出すのか、ルカにはそれなりに予想がついた。
「知ったことか。私はならない」
「なんでおまえここにいねぇんだよー」
「文句を言う暇があるならお前が今すぐ帰って来い」
「明日のリハも朝早ぇからむり」
「だろうな」
 そもそも都心へ戻る手段もすでに限られた時間だ。
 タクシーに飛び乗ったとして抱き合えるまでに数時間かかるのだから、現実的とは到底言えない。
 互いに無茶とわかりながら言い合って、大河はルカの声色を愉しんでいる。
 けれど人間とは欲深き生き物だ。
 会えないならば声が聴きたい。声が聴けたなら、その次に望むのは。
「顔が見てぇな」
「嫌だ。酔っ払いの顔なんて見たくもない」
 ルカが無慈悲に即答しても、酔っ払いは恋人の拒否を無視して、勝手に回線をビデオ通話に切り替えた。
 着信を渋々と受けたルカは、明らかに嫌そうな顔でカメラに映る。
「そんなに飲んでねぇし」
「量の問題ではないと自覚しろ」
 不服の表情でも大河にとってはそれが見慣れた恋しい顔に違いなく、また一段と胸の燻りが熱を上げた。
 画面に映るルカは、寝着を纏ってベッドにいると知れる。
「やべぇ顔見たら余計やりたくなってきた」
「だから嫌だと……!」
 予感の的中したルカが語気を強めるのも聞き流して、大河は欲望の赴くままさらに要求をエスカレートさせた。
「ついでにちょっと脱いでくんねぇ?」
「断る!」
「見るだけだから、頼む」
 欲情の火が揺れる熱い眼差しで、真っ直ぐに見つめる。
 鋭いアンバーの眼に射抜かれると、ルカの心は否応なくきゅんと疼いた。
 餓えた雄に己の身を求められる快感が、ぞわりと肌によみがえる。
 大河が画面を食い入るように眺めていると、戸惑いを色濃く顔に浮かべたルカは、自身をフレームアウトさせた。
 それからカメラを伏せて端末を置いたのか、画面が真っ黒になってしまう。
 回線はまだ繋がっているものの、姿が見えないことに大河は焦りを隠せない。
「ルカ、怒ったのか? 悪かったって、ルカ、」
「やかましい。聴こえている」
 しばらくして再び響く声と共に画面が明るくなると、白くまぶしい一糸纏わぬからだがそこにあった。
 寝間着の上下を脱いだルカが、仰向けになって端末を持った腕を自身の正面に伸ばし、胸から下腹部を映して見せる。
 画面におさまった裸体は、カメラ越しの映像で見ても色も線も艶かしく、うつくしい。
 大河は不埒な欲で望んだ映像だという現実を忘れて、思わず口をあけたまましばらく見惚れた。
「きれいだな……」
「酔っ払いの戯れ言など嬉しくもない」
「シラフじゃ言わねぇだけでいつも思ってんぞ」
「無駄口を叩くならもうおしまいだ」
「本気だって。おまえのからだすげぇ好き。からだだけじゃねぇけど」
「……うるさい」
 直球に口説くとルカは顔をカメラからはずしてしまうけれど、その頬はきっと紅潮しているに違いない。
 胸元には大河のつけたキスのあとが赤く残っていた。
 それが無性に嬉しくて、その肌を抱いた感触が急速にフラッシュバックすると、無意識に右手が股間に伸びる。
 はあ、と熱く吐き出した息と、性感に没頭する顔で、何を始めたかなどルカには当然知れていた。
「おまえは、見られてるだけでいいのかよ」
「余計なことを考えるな」
「なぁ、むねだけでいいから自分でいじって」
「寝言は寝て言え」
「おれが触れねぇんだからしかたねぇだろ」
「またわけのわからない屁理屈を……」
「帰ったら好きなだけしてやるから、な」
 握った劣情に刺激が欲しくて、ルカの機嫌を必死に宥める。
 大河の不純な熱意に観念して、ルカは体を横向きに倒すと、胸元から下をカメラに映した。
 ゆっくりと自身の胸に手を這わせ、戸惑う指先が突起に触れる。
 ふに、と柔いそこがかたちを変えた。
「さっさと、済ませてしまえ」
 指一本で控えめに擦る。それだけの仕草でも、ルカが自分で弄っているのだから、大河の視覚は充分にいやらしい行為だと認識した。
「かたくなってきた?」
「なってない」
「もっと好きにいじってきもちよくなりゃいいのに」
「なるわけがない」
「あぁ、おれが触るからいいんだっけ?」
「勝手に言っていろ……っ」
 触れる指が大河のものなら、きつく摘んだり、爪で引っかいたり、弾いたり、好きに弄んで芯を持たせてやれるのに。
 そうすればルカだって快感に身を捩らせ、辱められると顔を隠す仕草がいじらしく、いとおしさと加虐心が絡み合った感情が大河の性器を膨らませていく。
 いつもみたいにきもちよくとろとろに溶かしてやりたいのに、画面越しの体には手が届かない。
 直接触れることができないもどかしさを、大河は言葉に変えて攻め立てた。
「もう少し、あし、開いて」
 先ほどから画面の下部にちらちらと映り込んでいた、腹の下の秘部が見たくてねだる。
 欲情で擦れた大河の声に、もう抵抗すら諦めて、ルカはおずおずと重ねていた両の太腿を離して見せた。
 画面にぎりぎりのところで性器がちらつくと、すべて見えてしまうより淫猥に感じて、高ぶりへの刺激となる。
 目の前にこのしなやかな裸体を差し出されたら、ルカが自らの手で擦る薄桃色の突起に吸いつき、迷うことなく腿の隙間へ自分のものを捻じ込んでやるのに。
「う、」
 想像の中でルカを犯しながら、大河は己の手で達した。
 どくどくと脈打つ性器がすべて吐き出す大河の顔を、ルカは画面越しに見つめて目が離せない。
「は——……さわりてぇ~~……」
 性器を握ったままの大河が堪えきれずに願望を口にすると、ルカもまたじわじわと胸を焦がした。
「……私も、」
「おまえもおれにさわりてぇ? おれにさわってほしい?」
「うるさい。早く寝てしまえ」
 ぽつりと漏れた呟きを聞き逃さず食いつくと、ルカは鬱陶しそうに目を細め、傍らの寝巻きを手繰り寄せてさっさと素肌を隠してしまった。
 けれど、恨めしそうに大河を睨む瞳は潤んで見える。
 こういうときはぎゅっと強く抱きしめてしまいたい衝動に駆られるのだけど、虚しくも今はそれが叶わない。
 代わりに画面越しの恋人へ、ちゅっとキスの振りをした。
「ありがとな、愛してるぜ」
「明日には忘れてしまうくせに」
「録画しとけばよかったな」
「お前の持っているその板、叩き割ってやろうか?」
 酒の回った大河は、記憶を翌日に持ち越さないことも多い。
 どうせ忘れてしまうのだろうと期待して、ルカは痴態を晒してくれたのだろうか。
 だとしても、大河の眼には今夜のルカが焼きついて、忘れてやれそうになかった。
 ルカには生憎だが、これくらいの酔いなら意識もはっきりしている。
 どちらかと言えば、ライブで昂った熱に浮かされての言動だった。
 それでも、艶かしく官能的な光景を、記憶にしか残せないことが残念だとは思う。
 データにしてしまえばいつどこから流出するかわからないし、写真一枚でも常に気を張る立場にあるのだ。
 だからふたりの時間は互いの胸にだけ積み重ねられ、大河は今日のことも、ずっと覚えていたかった。
 付き合わされたルカは早く忘れろと苦々しく言うのだろうけれど、ふたりにとって噛み合わない主張はいつものこと。
 軽口を叩き合ううちにようやく高揚が熱を冷まし、おやすみ、と囁いて、大河は通話を終了させた。
 翌日、ライブの二日目は昼過ぎに始まり、夜の始め頃には終演を迎えた。
 現地での打ち上げに取る時間がないからと、大河は東京に戻る新幹線の中で仲間らとささやかに祝杯をあげる。
 降車駅に着く頃にはすっかり気分が良くできあがっていて、意気揚々とひとりでタクシーに乗り込んだ。指定した行き先は、事務所近くの閑静な住宅街。
 人通りのない往来をふわふわとした足取りで、外れに佇む洋館を目指した。
 数日振りに訪れる屋敷の扉を開くと、物音に気づいて玄関まで降りてきていたルカとかち合う。
「なんだ、もう戻ったのか。帰りは明日になると思、んっ」
「ただいま」
 考えるより先に体が動いて、ルカを抱き寄せ唇を塞いでいた。
 口づけから香るアルコール臭に、ルカは呆れて目尻を歪ませる。
「……お前、また懲りずに酒を」
「あー、触りたかった」
 ルカの言葉を遮りながら、切望していた体に正面からがっちりと腕を回した。
 遠慮のない手を服の中に潜り込ませ、白い肌の上を這いずり回る。
 昨夜と同様に、大河は酒とライブ後の開放感でたかが外れていた。
 またしてもルカには嫌な予感しか浮かばなくて、嫌味のように大袈裟な息を吐く。
 けれど無粋にも聞こえる素直な欲求は、会いたかった、などという食べられもしない甘いだけの言葉より、余程ルカの胸をひと突きにした。
 手加減もない熱情でこの身を欲してくれることが、嬉しいとさえ感じている。
 自身の想いを認めてしまえば、もう好きにすれば良いと諦念の想いで、からだの全てを大河に委ねた。
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