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イチャモメ編

Sweets melt

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 結婚しよう、などと大河が口走ったのは、酒に酔っていたわけでも、ましてや冗談を言ったわけでもない。
 胸にこみ上げるいとおしさをそのまま言葉にしたら、自然と口をついたのがそれだった。
 ルカとの仲を恋人と呼ぶようになってから、半年と少しが経つ。
 決着をつけるまでには曖昧な関係を何年も続けていたのだから、付き合い自体はそれなりに長い。
 想いを確認し合い、これから一生一緒にいるのだと思えば、「結婚」の二文字が頭に浮かんでしまったのだ。
 勢い任せではあったものの、真剣に想いを伝えた偽りのないプロポーズ。
 その場では素っ気なく流されたけれど、体を重ねれば言葉も甘くとろけるのだから、どうにもかわいい。
 大河の熱を求める嬌声の合間に、結婚する? と尋ねてやったら、ルカはとろとろに溶けた意識で素直にすがりつきながら、する、と頷いた。
 実際問題としてできるとかできないとか、そういうことはこの際どうでもよく、ルカも同じ想いでいることが大河には何より大事だ。
 色良い返事に抱き合う腕の力も増し、その日は互いが眠りに落ちるまで繋がった。
 後日。冷静に考えてもやはり自分たちが婚姻を結べる方法は現状ありえなくて、けれど、幸いの溢れる大河はさらなる欲をつのらせていた。
 ふたりの想いが形となって、手元にあれば良いのに。
 大河の胸に芽生えた証を願う気持ちは、日に日に強まっていく。
 奇しくも季節は冬を迎え、街中にはそろそろ赤と緑の色合いが舞い踊り始めた。
 大河とルカが恋人として過ごす、初めてのクリスマスがやって来る。
 本来はとある神の子の降誕祭だが、この国ではやたらとカップルにとって大切な記念日のような扱いをされている日だ。
 想い合うふたりはクリスマスにデートをして、プレゼントを贈り、蜜月の夜を過ごすのがセオリーなのである。
 と、恋愛偏差値がまったくのゼロからスタートしたルカは、初心者なりに「恋人同士のお付き合い」なるものを学んでいた。
 ならば自分たちも世間に倣おうではないか、とルカが言い出したある日の夜。
 上に乗せて睦み合った行為のあと、ルカがぱたりと大河の胸に倒れ込んだ態勢で熱を落ち着かせ、恋人たちの閨での語らいはクリスマスプレゼントについて及んでいた。
「何か望む物があるのなら言ってみろ」
 乗り上げたまま大河の胸板へ置いた手に頬を乗せ、透き通るペールグリーンの双眼でルカがじっと見上げてくる。
 ぺたりと密着した肌の温もりが心地よく、大河は無意識にルカの腰を撫でていた。
「欲しい物、なぁ……」
 考える振りをして、実のところ思い当たる物はすでに浮かんでいる。
 けれどそれを望んで、ルカにどんな顔をされるのか考えると怯んでしまって口が重い。
 それでも尋ねられたのだから、と反応を窺いつつ意を決した。
「ゆ……」
「ゆ?」
 歯切れの悪い大河に、ルカは顔を顰めながら首を傾げる。
 その仕草が愛らしく見えてしまって、恋の盲目さに眩みながら顔を逸らした。
「指輪……」
 それは想い合う相手がいるという証。
 ルカから貰いたいし、贈りたいとも思う。
 けれど言い淀んでしまうのは、時にそれが束縛の呪いとなる物だからだ。
 大河の望む物が意外だったのか、ルカは一瞬目を見張って、黙考した。
「重いな」
 だよな、と内心で自身の呪縛に呆れて頷いてしまう。
 まだ一年足らずの付き合いで、そもそもルカは恋人という形にすら拘らない男だった。
 目に見える形で大河に縛られることを、自ら望むことなどないのだろう。
 しかし大河の願いを咀嚼したルカは、ふむ、と納得して不敵に笑った。
「いいだろう。お前の重圧など、私ともなれば抱えるに容易い」
 得意げに言いきるルカの自信に、大河の心臓は鷲掴みにされる。
 不遜な態度がこれほど頼もしく、愛おしいことなど他にない。
 色恋について知識としては携えていても、自分には必要のない感情だと切り捨てて生きてきた男なのだ。
 大河との関係を恋愛にすると決めたことは、随分と大きな決断だったのではないかと思う。
 それでも、経験のない恋の甘さに戸惑うこともありながら、ルカは大河の想いも、体の熱も、真っ向からすべて受け止めるのだ。
 それができるのは自分だけだと自負するように。
 思わず歓喜で涙腺まで刺激され、情けない顔を見られてしまわないように、ぐっとルカの頭を抱いて胸に押しつける。
 力のこもった腕の中で、苦しい、とルカはしあわせそうに文句を言った。
 そのままの勢いでもう一度繋がったあと、今度は隣に寝転んだルカが、横から大河の操作するスマートフォンを眺める。
 画面にはいくつかペアリングの画像が並んでいた。
 互いにこういう用途の指輪には今まで縁がなく、どんな物を選ぶべきか、どこで購入できるのかとそこから調べ始め、大河は画面の上で指を滑らせ検索する。
 結婚指輪、と安直に入力すれば有名なジュエリーブランドがずらりと並び、その価格帯の幅広さに大河が悩む。それなりのものを選ぼうとすると、上を見ればきりがない。
 普段からファッションリングの類いなら身につける大河だが、自分の知る指輪とは桁がひとつ違った。
「こんなにするもんなんだな」
「マリッジリングなら相応だろう。カジュアルなペアリングならそれほどでもない」
 手頃な価格のものもあるとルカに指摘されると、大河はううんと唸って考え込んだ。
「値段の問題じゃねぇけど、そういうのはなんか、違うっつーか」
 うまく言葉にできずとも否定した大河のもどかしい様子に、ルカはふっと唇を綻ばせた。
「そうだな、もっと重いのだったな」
 これは言わば互いの心の具現化で、ただ指を飾るアクセサリーを求めているわけではない。
 だからやはり、大河はそれなりのものを選びたいのだ。
 そのこだわりがルカの胸をくすぐって、むず痒くて、笑みが溢れてしまう。
 ルカは大河が選ぶのならどれでも良かったのだけど、指輪を欲しがる当人が納得するものでなければ意味がない。
 どこに決着するのだろうとルカは大河の様子を窺った。
 何か自分たちらしいモチーフで決め手になるものはないかと探していた大河は、ふと思いついてルカの好みそうなスイーツを模したアクセサリーを扱うブランドのページにたどり着く。
 スイーツアクセサリーは、ファッションリングの他にウェディングラインも揃っていた。
「これがいい」
 画面をスクロールしながら眺めていると、ルカが目を止めたリングを指で示す。
 しなやかな指の先には、シンプルなプラチナ台のアームがチョコレート型をしていて、横の部分が溶けたデザインの指輪が表示されていた。
「おいしそう」
 とろけるチョコレートを指さしながら、ルカは頬を緩めた。
 その言葉に大河は、ルカが日課にしているコーヒータイムを思い出す。
 知り合ったばかりの頃、仕事の合間でも必ず甘いものを口にしているルカのことは、ただ菓子が好きな甘党の男なのだ思っていた。
 しかし付き合うようになってから、ルカの生まれ育った国ではコーヒーと一緒に甘いものを食べる習慣が、文化として根づいていることを知った。
 ルカはケーキやクッキー、チョコレートにアイスクリームなど、甘い甘いスイーツを味わいながら、コーヒーはブラックで香りを楽しむ。
 普段は難しい顔ばかりしているルカだけど、甘いおやつタイムには穏やかに目尻を下げる姿が見られた。
 ルカの好物は味も見た目も甘ったるくて、大河にはまったく似つかわしくない。
「本当にこれでいいのか?」
「何か問題でも?」
「いや、おれもこいつがいい」
 ルカの意図が冷やかしではないと確認して、大河の口元が自然と緩む。
 大河の想いを形にしたものが、ひと時の安寧をルカにもたらす菓子のひとつになれるのなら、嬉しくないはずはなかった。
 互いの立場を考えると、指輪というアイテムは四六時中つけていられるわけではない。
 おそらくはずしている方が、指を飾る時間よりずっと長くなるだろう。
 それを踏まえて、本来の使処ではなくても身につけられるようにと、ペンダントチェーンも揃えることにした。
 肌身離さず、幸いの証が形を持ってそこにあるというだけで、大河には大きな意味がある。
 オリジナルのオーダーリングは、今からだとクリスマスの当日には間に合わない。
 けれど、数週間後には屋敷の最上階にある寝室で、キャビネットの上に白い陶器のリングケースが並ぶことになった。
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