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第3話 地獄耳とてんとう虫
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「…………げ!?」
今日から新学期がはじまるということで、遅刻しないように俺も朝早くから登校したのだが、すごく見られている。
ただ見られるだけならまだいい。
問題は――
「おいおい。昨日の今日でどういう神経してんだよ」
「たしか昨日こっ酷くアリシア殿下に振られたんだろ? なのになんで今朝は真面目に登校してんだ?」
「先輩たちが話してた醜いゾンビ公爵って絶対あれだよね」
「昨日アリシア殿下に婚約解消を突きつけられて、床に頭突きしたらしいぜ」
「キモ過ぎ」
「右と左で天国と地獄だよな、あの顔」
「そりゃ婚約破棄したくなるっつうの」
俺の地獄耳、ちょっとすご過ぎやしないか!
って、なんで聞きたくないナイショ話までなんでこんなにはっきり聞こえるのだ!
これもラスボスたるリオニス・グラップラーの能力のひとつだというのか。
だとすれば、これだけ好き勝手陰口叩かれ続けてれば、性格だってひん曲がってしまうというものだ。
少しだけリオニスに、自分に同情してしまう。
イライラするとお腹がカッと熱くなる。
まさかとは思うが、炎雷の死神とはこういうことを云うのではなかろうな? なんてことを思案しながら、俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
されど、教室に入ってからも状況が変化することはない。
俺が入室するや否やクラスメイトたちの顔からは表情が消え失せ、空気が凍って張り詰めた。
授業がはじまるまでの間、俺は大人しく席について待っていたのだけれど。
やはり聞きたくもない皆の声が嫌でも聞こえてくる。
「ごめん、あたし本当に無理。あの気持ち悪い顔見ちゃったら吐き気がしちゃって」
「仕方ないよ。それより無理しちゃダメだよ。私この子のこと医務室に連れて行ってくるね」
「なんで二年になったら普通に来てるのよ」
「ホントだよね。みんなの迷惑になるんだから今まで通り来んなっつーの」
ああ、そういうことか。
ゲームをやっていた時はなぜリオニスが授業に出なかったのかと不思議に思っていたけれど、これは出なかったんじゃない。
きっと彼は出たくても出れなかったんだ。
これは……中々にきついな。
「はぁー……俺は何をやっているのだ」
醜い俺がいることで誰かの迷惑になるのならば、俺はあの場にいない方がいい。
そう思って教室を飛び出してしまった。
……いや、違う。
本当は辛くて悲しくて苦しくて、居たたまれなくなって逃げ出してきたのだ。
ゲームのリオニスもこんな気持だったのだろうか。
「………」
……めっちゃ見られてる。
中庭のベンチに腰掛けて花壇をぼんやり眺める俺を、健康的な褐色の肌の銀髪美少女がじっと睨みつけてくる。
制服の胸に赤のラインが二つ入っているところを見るに同学年、二年生で間違いない。
あんなキャラ居たかな? モブキャラだろうか? それとも俺が忘れているだけか?
【恋と魔法とクライシス】をプレイしていたのは前世の感覚で十年以上前のこと。意外と忘れていたりする。
ダウンロードコンテンツのシナリオやキャラに至っては、もうほとんど記憶にすらない。その上、俺がプレイしていなかった間にもちょくちょくアップデートがあったみたいだし、尚更だ。
にしても、俺って本当に嫌われているのだな。
教室どころか校内に居場所がない。これではリオニスが不登校になるのも頷ける。
「はぁ…………ったく」
醜い男が美しい花を愛でてどうもすみませんねと思いながら立ち上がり、この場から立ち去ろうとする俺に、
「美しい花だろ?」
「え?」
今、俺に言ったのか?
思わず立ち止まり振り返ってしまった。
「これはストックという花でな。全般の花言葉は永遠の美と言う意味だそうだ」
「……俺とは正反対だ」
「ピンクのストックはふくよかな愛情。白は思いやり。紫はおおらかな愛情。黄色はさびしい恋。赤は私を信じて……だそうだ」
花について解説する女が、花壇の前で膝を折る。矢継ぎ早にこちらに向かって手招きをする。
キョロキョロと周囲を見渡すが、ここには俺と褐色の彼女の二人だけ。
「ほら、見てみろ」
「ん……?」
なんだろうと近づいてみると。
花を愛でる彼女の指先に、赤と黒の水玉模様のてんとう虫が付いていた。
彼女はそれを見て、とても幸せそうに微笑んだ。
「てんとう虫は幸運のシンボルと云われていてな。てんとう虫が家に入ってきたり、手や体にとまると幸運が訪れるというらしい」
「初耳だ」
「退屈な毎日でも、こうやってよくよく目を凝らせば小さな幸せはあるものだ。きっかけなんてものは何だっていい。例えばこうしててんとう虫を見つけた今日をきっかけに変わってみるのもいいんじゃないか?」
「………」
何が言いたいんだ、こいつ。
「私はダークエルフと人間のハーフだ。故に不吉だと忌み嫌われてきた。いや、今も私を受け入れられない者は大勢いる」
言われてみれば、たしかに耳が特徴的だったりする。
それに目鼻立ちもはっきりしており、人間離れした美しさを有している。
【恋と魔法とクライシス】の世界では、ダークエルフは災いを呼ぶ魔女と云われていた。
普段は森の奥深くに暮らす彼らが人里に降りてくると、必ずといっていいほど魔物が襲ってくるためだ。
しかし、それはダークエルフが原因ではない。ダークエルフもまた魔物に襲われ、森から逃げてきているだけなのだ。
「せっかく来たのだから、授業のひとつくらい受けていったらどうだ?」
ひょっとして、こいつは俺を励ましてくれようとしてるのか? この醜い俺を?
「これまでの行いを悔い改めるれば、あるいはアリシア殿下にも気持ちが届くやもしれんぞ」
「見てたのか? 昨夜の、あれ」
「残念ながら、私は昨夜のダンスパーティには参加していない。同室の者に聞いただけだ。ゾンビ公爵が……失礼。グラップラー公爵が派手に婚約破棄を言い渡されたとな」
「いいよ、もうゾンビ公爵で」
「いや、今のは口が滑っ……すまない」
「そんなに謝ることはない。俺がゾンビのように醜いことは事実だからな。今朝も自分の顔を鏡で見て、思わず叫んでしまったくらいだ」
苦笑する俺を不思議そうに見つめるダークエルフ。
「どうかしたか?」
今のは俺なりの精一杯のブラックジョークだった。できれば笑ってほしいところだったんだけどなと思いながらも問いかける。
「いや、随分噂と違うのだなと思ってな」
きっとユニが言っていたような、暴力的で横暴なゾンビ公爵をイメージしていたのだろう。
「うちの女中いわく、俺は振られたショックで頭がおかしくなったらしい。思いっきり額を床にぶつけたしな」
「では、結果的に振られて良かったではないか! あっ、いや……これはすまない」
「ぷはっ、あははははは――」
やってしまったという顔のダークエルフに、俺は思わず腹を抱えて笑ってしまった。
彼女もおかしかったのだろう。
俺を見て堪えきれず吹き出した。
「私はクレア・ラングリーだ」
「俺はリオニス。よろしくな、クレア」
「こちらこそよろしくだ。リオニスさえよければ、一緒に教室までどうだ?」
先程の教室での出来事が脳裏をよぎる。
俺は少し考えたが、差し出された手を握り返すことにした。
「ぜひ!」
クレアの言う通り、きっかけなんてものは何だっていいのかもしれない。
辛くても悲しくても苦しくても、訪れた幸運を見過ごすことは愚か者のすることだと思うから。
なにより、俺はこの世界を存分に楽しみたいのだ。
今日から新学期がはじまるということで、遅刻しないように俺も朝早くから登校したのだが、すごく見られている。
ただ見られるだけならまだいい。
問題は――
「おいおい。昨日の今日でどういう神経してんだよ」
「たしか昨日こっ酷くアリシア殿下に振られたんだろ? なのになんで今朝は真面目に登校してんだ?」
「先輩たちが話してた醜いゾンビ公爵って絶対あれだよね」
「昨日アリシア殿下に婚約解消を突きつけられて、床に頭突きしたらしいぜ」
「キモ過ぎ」
「右と左で天国と地獄だよな、あの顔」
「そりゃ婚約破棄したくなるっつうの」
俺の地獄耳、ちょっとすご過ぎやしないか!
って、なんで聞きたくないナイショ話までなんでこんなにはっきり聞こえるのだ!
これもラスボスたるリオニス・グラップラーの能力のひとつだというのか。
だとすれば、これだけ好き勝手陰口叩かれ続けてれば、性格だってひん曲がってしまうというものだ。
少しだけリオニスに、自分に同情してしまう。
イライラするとお腹がカッと熱くなる。
まさかとは思うが、炎雷の死神とはこういうことを云うのではなかろうな? なんてことを思案しながら、俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
されど、教室に入ってからも状況が変化することはない。
俺が入室するや否やクラスメイトたちの顔からは表情が消え失せ、空気が凍って張り詰めた。
授業がはじまるまでの間、俺は大人しく席について待っていたのだけれど。
やはり聞きたくもない皆の声が嫌でも聞こえてくる。
「ごめん、あたし本当に無理。あの気持ち悪い顔見ちゃったら吐き気がしちゃって」
「仕方ないよ。それより無理しちゃダメだよ。私この子のこと医務室に連れて行ってくるね」
「なんで二年になったら普通に来てるのよ」
「ホントだよね。みんなの迷惑になるんだから今まで通り来んなっつーの」
ああ、そういうことか。
ゲームをやっていた時はなぜリオニスが授業に出なかったのかと不思議に思っていたけれど、これは出なかったんじゃない。
きっと彼は出たくても出れなかったんだ。
これは……中々にきついな。
「はぁー……俺は何をやっているのだ」
醜い俺がいることで誰かの迷惑になるのならば、俺はあの場にいない方がいい。
そう思って教室を飛び出してしまった。
……いや、違う。
本当は辛くて悲しくて苦しくて、居たたまれなくなって逃げ出してきたのだ。
ゲームのリオニスもこんな気持だったのだろうか。
「………」
……めっちゃ見られてる。
中庭のベンチに腰掛けて花壇をぼんやり眺める俺を、健康的な褐色の肌の銀髪美少女がじっと睨みつけてくる。
制服の胸に赤のラインが二つ入っているところを見るに同学年、二年生で間違いない。
あんなキャラ居たかな? モブキャラだろうか? それとも俺が忘れているだけか?
【恋と魔法とクライシス】をプレイしていたのは前世の感覚で十年以上前のこと。意外と忘れていたりする。
ダウンロードコンテンツのシナリオやキャラに至っては、もうほとんど記憶にすらない。その上、俺がプレイしていなかった間にもちょくちょくアップデートがあったみたいだし、尚更だ。
にしても、俺って本当に嫌われているのだな。
教室どころか校内に居場所がない。これではリオニスが不登校になるのも頷ける。
「はぁ…………ったく」
醜い男が美しい花を愛でてどうもすみませんねと思いながら立ち上がり、この場から立ち去ろうとする俺に、
「美しい花だろ?」
「え?」
今、俺に言ったのか?
思わず立ち止まり振り返ってしまった。
「これはストックという花でな。全般の花言葉は永遠の美と言う意味だそうだ」
「……俺とは正反対だ」
「ピンクのストックはふくよかな愛情。白は思いやり。紫はおおらかな愛情。黄色はさびしい恋。赤は私を信じて……だそうだ」
花について解説する女が、花壇の前で膝を折る。矢継ぎ早にこちらに向かって手招きをする。
キョロキョロと周囲を見渡すが、ここには俺と褐色の彼女の二人だけ。
「ほら、見てみろ」
「ん……?」
なんだろうと近づいてみると。
花を愛でる彼女の指先に、赤と黒の水玉模様のてんとう虫が付いていた。
彼女はそれを見て、とても幸せそうに微笑んだ。
「てんとう虫は幸運のシンボルと云われていてな。てんとう虫が家に入ってきたり、手や体にとまると幸運が訪れるというらしい」
「初耳だ」
「退屈な毎日でも、こうやってよくよく目を凝らせば小さな幸せはあるものだ。きっかけなんてものは何だっていい。例えばこうしててんとう虫を見つけた今日をきっかけに変わってみるのもいいんじゃないか?」
「………」
何が言いたいんだ、こいつ。
「私はダークエルフと人間のハーフだ。故に不吉だと忌み嫌われてきた。いや、今も私を受け入れられない者は大勢いる」
言われてみれば、たしかに耳が特徴的だったりする。
それに目鼻立ちもはっきりしており、人間離れした美しさを有している。
【恋と魔法とクライシス】の世界では、ダークエルフは災いを呼ぶ魔女と云われていた。
普段は森の奥深くに暮らす彼らが人里に降りてくると、必ずといっていいほど魔物が襲ってくるためだ。
しかし、それはダークエルフが原因ではない。ダークエルフもまた魔物に襲われ、森から逃げてきているだけなのだ。
「せっかく来たのだから、授業のひとつくらい受けていったらどうだ?」
ひょっとして、こいつは俺を励ましてくれようとしてるのか? この醜い俺を?
「これまでの行いを悔い改めるれば、あるいはアリシア殿下にも気持ちが届くやもしれんぞ」
「見てたのか? 昨夜の、あれ」
「残念ながら、私は昨夜のダンスパーティには参加していない。同室の者に聞いただけだ。ゾンビ公爵が……失礼。グラップラー公爵が派手に婚約破棄を言い渡されたとな」
「いいよ、もうゾンビ公爵で」
「いや、今のは口が滑っ……すまない」
「そんなに謝ることはない。俺がゾンビのように醜いことは事実だからな。今朝も自分の顔を鏡で見て、思わず叫んでしまったくらいだ」
苦笑する俺を不思議そうに見つめるダークエルフ。
「どうかしたか?」
今のは俺なりの精一杯のブラックジョークだった。できれば笑ってほしいところだったんだけどなと思いながらも問いかける。
「いや、随分噂と違うのだなと思ってな」
きっとユニが言っていたような、暴力的で横暴なゾンビ公爵をイメージしていたのだろう。
「うちの女中いわく、俺は振られたショックで頭がおかしくなったらしい。思いっきり額を床にぶつけたしな」
「では、結果的に振られて良かったではないか! あっ、いや……これはすまない」
「ぷはっ、あははははは――」
やってしまったという顔のダークエルフに、俺は思わず腹を抱えて笑ってしまった。
彼女もおかしかったのだろう。
俺を見て堪えきれず吹き出した。
「私はクレア・ラングリーだ」
「俺はリオニス。よろしくな、クレア」
「こちらこそよろしくだ。リオニスさえよければ、一緒に教室までどうだ?」
先程の教室での出来事が脳裏をよぎる。
俺は少し考えたが、差し出された手を握り返すことにした。
「ぜひ!」
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