悪役令息のやり直し~酷い火傷でゾンビといわれた俺、婚約破棄を言い渡されたけど幸せになってやります

葉月

文字の大きさ
22 / 29

第22話 紅茶で知った彼女の偉大さ

しおりを挟む
「しっかりするんだMr.グラップラー!」

 愕然と膝をつく俺を見た師範ガーブルは、目前の石像を一瞥してから君の友人かねと言った。
 俺はとても大切な友人だと頷き応える。

「大丈夫ですよ。Ms.ラングリーも、他の石に変えられてしまったみんなさんも、今パセリ先生が石化解除の魔法薬を調合してくれていますから」

 俺たちのやり取りを聞いていたサシャール先生が教えてくれる。
 その言葉を聞き、分厚い雲に覆われた心にも、少しだけ希望の光が差した。

「しかし、これは意外と早く犯人にたどり着けるかもしれんぞ」
「どういうことでしょう?」

 浴室を見渡した師範ガーブルは小さく微笑み、その場でサシャール先生たちに身振り手振りを交えながら口上と自身の考えを力説。

「御覧の通り、浴室ここには出入口が一つしかない。ということは、彼女たちを石に変えた者は必ず脱衣場を通って廊下に出なければならないということだ」
「なるほど! 女湯から出てきた人物を調べれば犯人にたどり着くということですね!」
「御名答。それこそ先程の生徒たちが目撃している可能性は大いに考えられる」
「―――残念ながら目撃者はいませんよ」

 得意気に語る師範ガーブルだったが、即座に別の教員から否定の言葉が飛んでくる。

「それはどういうことかな?」

 横槍を入れられて不機嫌な面構えの師範ガーブルが、声の主に顔を向ける。
 浴室の出入口には、先程女子生徒たちをどこかへと連れて行った教師が佇んでいた。

「彼女たちに掛けられていた無音サイレントを解除して事情を聞いたんですが、彼女たちは誰も見ていないと言うんです」
「誰も見ていないだと!?」

 疑問符を浮かべる師範ガーブルに、遅れて来た教師が言った。

「彼女たちはそちらの生徒と一緒に、入浴しに来たんだそうです」

 そう言って教師は浴室の入口付近で石化した女子生徒に視線を流した。

「彼女と一緒に?」
「どういうことですか?」

 理解が追いつかず考え込む師範ガーブルに代わり、サシャール先生が素直に尋ねる。

「彼女は他の子たちよりも制服を脱ぐのが早かったらしく、先に浴室に入ったらしいのです。そして遅れて彼女たちが浴室の扉を開けると、御覧の光景が広がっていたというわけです」
「その間に浴室を出入りした者はいなかった、と?」

 サシャール先生の問に、教師は肯定だとうなずいた。

「そんなバカなッ!? では犯人は密室で、それも極短時間の間に犯行を行い、湯けむりの如く姿を消したと言うのか!?」
「そのようです」

 そんなことは不可能だと言い張る師範ガーブルだが、目撃者がそう証言しているのだからそうなのだろう。

「わかったぞ! 犯人は目撃者の彼女たちがお喋りに夢中になっている間にこっそり脱衣場から廊下に出たのだ!」
「それはいくら何でも無理がありませんか?」

 師範ガーブルにあきれるサシャール先生が苦笑いを浮かべる。

「石に変えられた彼女が浴室に入り、目撃者である生徒たちがその後浴室に入るまでの時間は、せいぜい5秒程だったそうです」
「では、やはりお喋りに夢中になっている間に、というのは無理ですね」

 尽く推理を否定された師範ガーブルは、トウガラシを食べたサルのような顔で教師を睨んだ。完全な八つ当たりである。

 俺は先に浴室に入り、奇しくも石に変えられてしまった彼女に着目した。
 彼女の表情は何かに驚いたように見える。
 けれど奇妙なことに、彼女の視線の先には同じように石に変えられた女子生徒の姿はなかった。
 彼女は何もない場所を見て驚いているのだ。

「(やはり妙だ)」

 もしも俺が石に変えられた彼女だったなら、浴室に入った時点で石に変えられたクレアたちを見て驚くだろう。
 その場合、彼女は石化した女子生徒の誰かに目線が定まっていなければおかしい。
 ところが、彼女は石に変えられた時点では他の生徒を見ていなかった。

「(なぜだ?)」

 考えられることは一つ、彼女の視線の先には彼女たちを石に変えた何者かが居たということ。
 そして、その何者かを見た彼女は驚いた。
 そこを石にされたと考えるのが妥当だろう。

「(ん、待てよ。これはどういうことだ?)」

 俺はもう一度石になってしまったクレアを見て、違和感に気がついた。

「(なぜクレアは床を見ているのだろう?)」

 そこで石になった生徒たちの目線がどこを向いているのかを確認すると、奇妙なことに全員下を向いていたのだ。

「(床に何かがいた?)」

 改めてドア付近の驚く石像に顔を向け、俺は彼女の目線を目で追った。
 彼女の視線の先には――

「(排水溝?)」

 なぜ彼女は排水溝を見て驚いたのだろう。

「(!?)」

 俺は無意識のうちに禁書庫での出来事を思い出していた。
 漆黒の蛇と化した彼女がダクト管に消えていったあの瞬間を。


 結局先生たちの話し合いは平行線のまま終わった。
 石像と化したクレアがちゃんと医務室に運ばれたことを確認した俺は、ひとまず部屋に戻ることにした。

 八階の廊下を真っ直ぐ進んでいると、ふと窓の外にとある人物を発見する。
 肩口で切りそろえられた黒髪がよく似合う、サシャール先生だ。
 先生は少し慌てた様子で、湖の方に小走りで駆けていく。

「(あんなに慌ててどうしたんだろう?)」
「リオニス!」

 サシャール先生の姿を目で追っていると、突然笛のように綺麗に澄んだ声が前方から響いてきた。
 部屋の前に顔を向けると、そこにはお姫様然とした縦ロールがお似合いな彼女の姿があった。
 アメント国第三王女にして、俺の婚約者アリシア・アーメントである。

「…………」

 しかし困った。
 名前を呼ばれても返事ができない。仕方なく柔和な微笑みで応えてみる。
 すると、見る見る顔を赤く染めるアリシア。
 返事をしない不敬な婚約者に怒ってしまったのだろうか?

「少し、お時間よろしいかしら?」
「………」

 構わないよと鷹揚にうなずき微笑んだ俺は、紳士然とした態度で部屋の扉を開ける。彼女をエスコートするように手のひらを上に向け、部屋のなかに入るよう促した。
 彼女にはソファに座って待つようジェスチャーで伝え、俺は棚を漁る。

「(茶葉くらいどっかにあるだろ? あった!)」
「私も手伝った方がよろしいのでは?」

 ブルブルブルと濡れそぼる犬のように首を横に振り、俺はアリシアに座っていてくれと身振り手振りで伝える。
 彼女は怪訝に眉根を寄せた。

「どうして口でいいませんの?」
「…………」

 言いたくても言えないのである。
 きっと今口を開けば、一国の姫君にとんでもない暴言を吐いてしまうだろう。
 それこそ不敬罪で国外追放もあり得るほどの罵詈雑言の数々を。
 考えただけで恐ろしい。

 よって微笑みで誤魔化し、俺は慣れない手つきで紅茶を淹れる。棚にあった高価そうなクッキーと一緒にアリシアに出した。

「と、とても美味しいですわ」
「………」

 きっと彼女は嘘をついている。
 なぜなら一瞬顔が引きつっていた。

「(どれどれ)」

 彼女の対面に腰を下ろし、俺もはじめて自分で淹れた紅茶を一口飲んでみる。

「(―――苦っ!? なんだこれ!? 紅茶ってこんなに渋くなるものなのか!)」

 ひょっとしてユニは紅茶を淹れる天才だったのではないだろうか。
 俺は心のなかでいつも美味しい紅茶を淹れてくれるユニに感謝をしながら、こんなクソ不味い紅茶を出してしまったことを謝罪した。

「あのリオニスが私のために紅茶を淹れてくれた。それだけで私はとても嬉しいですわ。ですから殿方が、公爵家の人間がそのように簡単にヘリ下ってはいけませんわ」
「………」

 まったく以てその通りだと思った俺は、すぐに顔を上げた。

「それより、どうして先程から一言も喋らないんですの? ひょっとして……やはりあのことを怒ってますの? その、パーティでの一件を」

 気まずそうに肩を落とすアリシアは、まるで萎れた花のようだった。

「私、アレスが側にいると、まるで自分が自分じゃなくなってしまったみたいになってしまいますの。それに……ずっと気になっていたんですのよ、その顔のことも」

 説明してくれるんだろうなと目で訴えかけてくる彼女に、俺は負けたと項垂れる。
 俺はテーブルに置いてあったメモとペンを取り、こうなった経緯を書き記した。

「では、顔の呪いが口に移動してしまったと?」

 メモに目を通した彼女はにわかには信じられないと言いたげな表情だったが、ホトホト困り果てたという俺の顔を見て、考えを改め直してくれた。

「では、私もクレア・ラングリーさんに協力して魔法薬を一緒に調合致しますわ! 彼女は今どちらに?」

 俺は再びペンを走らせた。
 ヴィストラールからはくれぐれも事件のことは口外しないようにと念を押されていたのだけれど、この国の王女であるアリシアにならば問題ないだろうと俺は判断する。

 俺は現在アルカミア魔法学校で起きている石化事件を彼女に伝えることにした。

 彼女には巻き込まれないように自室で大人しくしておいてもらいたかったのだが。俺は幼少期、彼女が手がつけられないほどのお転婆娘だったことを忘れていた。

「久しぶりに腕がなりますわね、リオニス!」
「(マジか……)」

 アリシアはやる気満々だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...