異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。

葉月

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コミニケーション

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「え、と……とりあえず一番安い部屋で!」

 自分の声が、朝の静寂に満ちた木造の受付に軽く反響し、どこか頼りなげに消えていった。

 現在――俺は神々の声に導かれ、王都北東の宿場街。その一角にある【猫のしっぽ亭】へ辿り着いていた。

 外では、朝靄がまだ薄く残り、馬車の車輪が石畳を軋ませる音が、低く――まるで一日の始まりを告げる鐘のように響いている。

 旅人たちのざわめきも夜の喧噪とは違い、どこか眠気の残る、柔らかな空気に包まれていた。

 受付で鍵を受け取った俺は、逸る気持ちを隠しきれず、半ば駆けるように階段を上った。

 部屋の扉を閉めた直後、淡い光が視界を横切る。
 あの奇妙な“チャット欄”が、朝の陽光に照らされるように浮かび上がった。

 :一番安い部屋ってww
 :朝イチでそれ言うの強いな
 :受付の子、苦笑いしてたぞw
 :逆に好感持てる
 :お前ほんとに金ないの?

 好き放題な物言いに、思わず口の端がひくつく。

 十六年祈り続けても見返り一つ寄越さなかった“女神”なら、文句を百は並べ立てていたところだが、あいにく画面の向こうは金をくれる神々。ここで噛みつくほど俺も愚かではない。

「金ならあるよ。……ほら」

 俺は封筒を取り出し、その中身――札束の厚みを神々に見せつけるように掲げた。

 たちまちチャット欄がざわつく。

 :盗みは感心せんな
 :返してこい
 :憲兵さーん!ここです!
 :明日には豚箱配信だな
 :それ新ジャンルじゃね?www

 あまりの決めつけに、胸の奥がじり、と熱を帯びた。
 確かに俺は平民だが、だからといって即『泥棒扱い』されてはたまらない。

「盗んでないし。貰った金だから」

 :嘘乙
 :そんな大金やるやついねぇよ
 :貴族でも怪しいわ
 :自首してこい
 :豚箱行き確定www

「本当に貰ったんだよ!」

 冤罪はごめんだ。
 俺は仕方なく、この封筒が自分の手に押しつけられた経緯を、最初から丁寧に説明した。

 聞き終えた神々の反応は――相変わらず勝手気ままだった。

 :いや普通叩き返すだろ
 :受け取るなよwww
 :そいつボコる配信したら伸びそう
 :公爵子息が百万ポンとか草
 :相手の女クソ過ぎるだろ
 :別れて正解
 :ざまあ期待www

「一応、貰えるもんは貰っとかないと損だと思ったから……」

 ぽつりと言いながら、寝台に腰を下ろす。
 古いバネがぎし、と沈み、俺の体重だけでなく昨夜の疲れまで受け止めたようだった。

 :で、女に振られて家出中のお前の名前は?
 :そういや、まだ名乗ってなかったな
 :さっきから欠伸ばっかしてるけど寝てねぇの?
 :失恋ショックで不眠症か?
 :哀れで草

「……ロイド。名前はロイドだ。
 べ、別に失恋で寝不足なわけじゃないからな。昨夜は、その……その……初めての……娼館にいたんだ!」

 言い終えた瞬間、胸の内側が、氷で殴られたようにズキリと痛んだ。
 言わなければよかった――。
 そんな後悔が、喉元までせり上がってくる。

 案の定、神々の反応は容赦なかった。

 :振られたその日に女買って初体験とかどこのサイコパスだよ
 :しかも公爵子息から貰った金でなww
 :清々しいほどのクズムーブ
 :ユリアナちゃんが振ったの正解すぎ
 :↑同意
 :いやユリアナも大概だろ
 :どっちもどっち
 :似た者同士の破滅カップルで草

 ――クズ。
 わざわざ指摘されなくたって、そんなこと自分が一番知っている。

 けれど、あのとき。
 あの薄暗い娼館の部屋で、優しく抱きしめてくれた彼女がいなければ――
 俺の心は本当に壊れていたかもしれない。

 それほどまでに、ユリアナは俺の“すべて”だった。

 冷たく、見下すようなまなざし。
 最後に向けられた、あの絶望的な距離感。
 思い出すだけで、胃の底がぐらりと揺れ、喉奥から酸っぱいものが込み上げてくる。

「……っ」

 本当は――
 本当は、初めての相手はユリアナがよかった。
 ユリアナの初めても、自分でありたかった。
 触れたかった。
 抱きしめたかった。
 ユリアナとしたかった。
 ……したかった。したかったんだよ! ちくしょう!

 でも、その願いはもう叶わない。
 あの瞬間に壊れたものは、もう二度と戻らない。

 忘れるために、別の温もりで前へ進むしかなかった。
 それが最低な行為だったとしても……。

 ――彼女はもう、届かぬ場所へ行ってしまったのだから。

 ぐぅ~。

「あ……」

 こんなにも胸が締めつけられているのに、腹だけは正直だ。
 思い返せば、きちんとした食事をしたのは一週間以上前。
 座り込みの間もほとんど口にしていない。
 空腹に気づいた途端、それは暴力のように全身を襲った。

 :性欲も食欲も全開で草
 :どうせ幼馴染みに会うために何日も食わずに突っ走ったんだろ
 :若さゆえ、だな
 :見た目まだガキなんだから飯は食え
 :その宿、ルームサービスあんの?
 :あるわけねぇだろw

「るーむ……サービス」

 神の言葉は時折、まるで異国の呪文のようで理解できない。

 それより、腹が減った。
 市場に行くのは面倒だし、まずは宿の人に何か食べ物がないか聞いてみるか。

 そう思った矢先、ひとつのコメントが目に飛び込んできた。

 :メニューからファンBOX開け。神の施しじゃ

「……?」

 半信半疑で【メニュー】を開き、指示通りファンBOXの項目を押す。

 すると――
 つい先ほどまで空白だったはずの画面に、見慣れない単語が浮かび上がった。

【カップラーメン(みそ味)】

「カップ……ラーメン……?」

 またひとつ、この世界の理から外れた、謎の語句が俺の前に立ちふさがった。
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