異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。

葉月

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カップラーメン

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【カップラーメン(みそ味)】と記された項目にそっと指を触れると、目の前に淡い光が立ち上がり――

【カップラーメン(みそ味)を取り出しますか?
 はい / いいえ】

 また、この不思議な選択肢だ。
 俺は、迷う理由もなく【はい】を押した。

 その瞬間、配信画面が白炎のように輝いた。反射的に目を閉じた直後――

 ――ばしっ。

「ッてぇええぇ!」

 額に鋭い衝撃。反射的にしゃがみ込み、赤くなっているであろう場所を押さえる。
 床には、さきほどのスパチャのときと同じく、“何もない空間”から投げ出された物体が、無造作に転がっていた。

「……なんだ、これ」

 本日、何度目の疑問だろう。声は自然と漏れていた。
 拾い上げて軽く振ると、ガサガサと乾いた音がする。どうやら、何かが中に詰まっているらしい。

 だが――

「開く場所、どこだ?」

 見渡しても開口部らしきものはない。むしろ精巧な紙でぴたりと封じられ、その紙には細密画のような絵が描かれていた。
 いや、紙だけじゃない。筒そのものにも、驚くほど緻密で美しい絵画が施されている。

 ……わかる。絵心のない俺にだって、これが高名な絵師の手によるものだとわかる。
 そんな品を、神はまるでガラクタでも渡すかのように俺へ投げつけてきたのだ。

 俺の知るクソ女神とは格が違う。
 だけど、これは……一体何に使うんだ?

 :上の紙は蓋だ。半分剥がして中のかやくを麺の上にぶち撒けろ

 蓋……?
 神は、こんな芸術品を蓋扱いするのか……?

 気圧されつつも、俺は震える指で紙をめくった。絵を傷つけないよう、宝物でも扱うように。
 すると――中に“奇妙な乾物の小袋”が入っているのが見えた。

「かやく……これか」

 言われた通り、それを麺らしきものの上へ振り撒く。
 だが、正しいのかどうかは皆目わからない。

「次は、どうすれば……?」

 :まるで原始人で草
 :慎重すぎて逆に好感あるわ
 :カップラーメン開けるのをここまで神妙な顔でするやつ初めて見たwww
 :骨董品じゃねぇぞそれwww
 :腹痛ぇww
 :まあ異世界人じゃ仕方ない
 :ヴェル嬢はそのまま齧ってたしな
 :あれはクソワロタ
 :彼女は脳筋姫だから
 :誰か早く作り方教えてやれ
 :ちなみにカップラーメンは食いもんだぞ
 :まずはお湯持ってこい

「お湯……!」

 雷に打たれたみたいに理解した俺は、カップと呼ばれる謎の容れ物を抱えたまま、部屋を飛び出した。

 階段を駆け下りる足音が、空腹のせいか妙に軽い。
 最初に腹が鳴った時は情けなかったが、いまは違う――

 これは、神々が与えた“試練”なのかもしれない。
 この不可思議な食べ物を完成させるための、崇高なる儀式……かもしれない。

 一階の受付カウンターへ、息を切らしながら全速力で向かった。

「す、すみません! お湯! お湯ってありますか!」

 俺の勢いに圧されたのか、宿の娘は目を瞬かせながらも、湯気の立つ鍋を差し出してくれた。礼もそこそこに受け取り、受付台の片隅で慎重に湯をカップへと注ぎ込む。

 湯が白い蒸気を上げて注がれるあいだ、娘は唇をすぼめ、まるで珍妙な儀式でも見たかのように俺を観察していた。
 だが、気にしている余裕などない。
 これは、天より授かった神饌の調理――一種の神事なのだ。

 湯が溢れぬよう両手でしっかり抱え、俺はそろそろと階段を昇る。
 神々の話では、お湯を淹れて百八十秒――その短い時を待つだけで、カップラーメンなる天上の料理が完成するらしい。

 胡散臭いにもほどがあるが……すでに二度、神の奇跡を見せつけられた後では、疑う方が愚かというものだ。

 問題は時間だった。
 あいにく砂時計を持ち歩いてはいない。数を数えておけばよかったのに、興奮しすぎてそんな知恵は吹き飛んでいた。己の浅慮が恨めしい。

 だが、俺には神々がいる。
 チャットという、天の声を聞く手段が。

 フォークを握りしめ、ちらちらとコメントを窺う。

 :ウチの犬のポチ太みたいで草
 :ちゃんと“待て”してて可愛い
 :初見だけど何この光景ww
 :ポチ太への餌やり配信やん
 :ひどすぎて泣いた
 :めっちゃチラチラしてるの草
 :なんで正座待機なんだよ
 :誰か三分測れ
 :三分経った。さあ食え!

「よし……!」

 蓋をそっと剥がすと、ふわりと湯気が立ち昇り、鼻先を優しく撫でた。

 その瞬間、俺は息を呑んだ。

 なんだ、この香りは。
 土の匂いでも、獣脂の匂いでもない。
 もっと深く、もっと穏やかで、胸の奥をあたためる匂い――まるで母の腕に抱かれた幼い日の記憶のような。

 絵の蓋を傷つけぬよう慎重に外し、中を覗けば、細い糸の束が湯に沈んでいる。

「これを……食べるのか?」

 誰に向けた問いかけでもなく口から漏れ、俺は恐る恐る麺をすくい上げる。

 そして口に運んだ。

 刹那、熱さが舌を刺し――
 その直後、世界が変わった。

「……っ、う、うまい……!」

 込み上げる驚愕に声が震えた。
 味噌というものらしいその汁の味は、深く濃い。だが重くはなく、喉から胸へ染み入り、身体の中心へ向かって静かに沁み込んでいく。

 七日間の座り込み。昨日の彷徨。胸に巣食った痛みと疲労。
 そのすべてが、あたたかな光に溶けていくようだった。

「こんな料理……聞いたことがない。これって……やはり天上の食べ物なのか……?」

 麺をすするたびに香りは広がり、旨味は波のように押し寄せる。
 気づけば俺は、器に引き寄せられるように身を屈め、夢中でフォークを進めていた。

 最後の一滴まで琥珀色のスープを飲み干し、長い息をついた。

「……恐ろしい食べものだ。湯を注ぎ、ほんの数分待つだけで、これほどの……」

 器を名残惜しげに撫でながら、小さく漏らす。

「……もう一杯、欲しい」

 その呟きは、誰に聞かせるでもなく、しかし深い渇望に満ちていた。

 ちらりとチャットへ目を向けると、そこにはひときわ鋭い神の叱責が表示されていた。

 ――“簡単に神の施しを乞うな”。

 胸の奥に冷水を垂らされたような感覚が走る。
 もっともな意見だ、と素直に頷いてしまった自分が少し情けない。

 :もっと旨い食いもん山ほどあるぞ

「本当か!?」

 思わず声が裏返っていた。
 カップラーメンより旨いものが“山ほど”あるという。
 にわかには信じがたい。だが、神々の言葉ならば疑う余地もない。

 一体どれほどの味に到達できるのか――胸がざわついた。
 未知の料理が、俺の寂れた世界に色を塗り直していくような気がした。

 :お前配信者だろ
 :食いたいなら配信者らしく俺たちを楽しませろ
 :つまらん奴に食わせる飯はない
 :不人気配信者は即デリートw

「……配信者、か」

 たしかに、そんなことを言っていた。
 俺の人生を“配信”として神々に晒すのだと。
 つまらなければ、評価は下がり――
 基準値を割った瞬間、死神めいた存在が俺を狩りに来る、と。

 冷静に考えれば、洒落にならない話だ。
 チャット欄の神々が、一瞬、邪悪な化け物のようにも思えてくる。

 だが――

 金もくれた。
 食べ物も降ってきた。
 祈っても知らん顔の、どこぞの女神よりよほど慈悲深い。

 問題は唯一。

 俺なんかが、神々を“楽しませられる”のか。

「……自信、ないかもな」

 ぽつりと漏れた独白に、すぐさまチャットが反応する。

 :少なくとも配信者に選ばれたってことは、お前の人生が面白そうだということだ。自信持て
 :公爵子息に恋人をNTRされたやつなんてそうそういねぇよ
 :そのあらすじだけでチャンネル登録したわw
:有望株で草
:振られたその日に娼婦買って童貞捨てるサイコパス。うん、おもろい
:エロ配信あるなら見る
:欲望丸出しで草
:お前、戦闘経験は?
:エロもいいが、まずは冒険者になれ!

 ――冒険者。

 その言葉に、胸の奥がかすかに震えた。
 幼い頃、憧れた職業。
 だが、現実を知るほどに諦めた夢でもある。

 しがない村の農夫の息子が冒険者?
 そんなもの、死にに行くようなものだ。

 :とりあえずスキル習得しろ!

「あっ、そっか!」
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