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幻影のミネルバ
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「さっきも言ったが、殺しは無しだぞ」
低くつぶやくギルドマスターの声に、ミネルバは肩をすくめ、鼻で笑った。
「あんた、あたしをなんだと思ってるんだい」
飄々と返す一言。
だがその裏に、どこか誇りのようなものが透けて見えた。
ミネルバは手首だけで軽やかに剣を回し、金属が空気を割く鋭い音が、演習場の静けさを一瞬震わせた。
そして次の瞬間、彼女はゆっくりと腰を落とし、無駄のない姿勢へと移る。
その構えは――獲物を屠る寸前の豹のようだった。
瞳は深い闇を湛え、呼吸すら静かに沈んでいく。
先ほどまでの“軽く遊んでいる”空気とはまるで違う。
ミネルバの身体の輪郭から、目には見えない圧が立ちのぼっていた。
ただ立っているだけなのに、皮膚がざらりと逆立つような、野生の気配。
喉が鳴った。
気づけば、俺は本能の命じるままに半歩、後ろへと退いていた。
――これが、本気の冒険者か。
胸の奥で小さな恐れと、それをかき立てる興奮が入り混じり、熱を帯びて跳ねた。
俺はひとつ長い息を吐き、胸の奥に渦巻くざわめきを静かに鎮めた。
余計な思考を削ぎ落とし、頭の中をいっそ空白にする。
――考えて勝てる相手じゃない。
戦闘経験など皆無の俺が、命を張ってきた本物の冒険者ミネルバに策で挑んだところで、意味などあるはずがない。
いま俺がこうして剣を握り、彼女の前に立てているのはただひとつ――剣士スキルという、神々から与えられた奇跡のおかげだ。
ならば、俺がするべきことは理屈をこね回すことじゃない。
与えられた力を信じ、身体を任せることだ。
受け入れろ、剣士スキルの導きを――そう言われている気がした。
思考を手放すと、奇妙な静寂が胸に広がった。
意識の底が澄み渡るように、身体が自然に動きはじめる。
正眼に構えた剣の切っ先越しに、ミネルバがわずかに口元を緩めた。
「……!」
その瞬間――ミネルバの輪郭が、揺らめいた。
疲れで視界がにじんだのかと最初は思った。
だが違う。ぼんやりと滲んだ像はやがて二つに分かれ、別々の方向へと輪郭を固めていく。
まるで鏡に映った像が、ひとりでに鏡面を抜け出して歩きだしたかのようだった。
視界が澄んだとき、そこには二人のミネルバが立っていた。
同じ呼吸、同じ構え、同じ殺気。
区別できない二つの影が、ぴたりと同じ角度でこちらを射抜いている。
「武技――│もう一人の自分《ドッペルゲンガー》」
静かな声で、ミネルバ自身が名乗った。
:ミネルバ武技持ちかよ!?
:これはまずくない?
:ロイドくんピンチじゃん
:普通試験でここまでするか?
:試されてるんじゃない?
:死ななきゃいいけど……
武技――その言葉に、脳裏にかつて耳にした知識が浮かぶ。
この世界には、根源の力が二つ存在する。
一つは│権能《オリジン》。
女神が唯一無二と認めた者だけに与える、授けられた奇跡。
才能そのものが力となる、選ばれた者の証。
もう一つは《武技》。
それは誰に祈って得られるものではない。
積み重ねた時間、滲んだ汗、折れずに耐えてきた心――その全ての果てに自ら掴み取る、人間の極限の力。
│権能《オリジン》が〈天から降る才能〉なら、
武技とは〈地を踏みしめて辿り着く努力の結晶〉。
どちらも強大だが、まるで異なる。
そして今――俺の前で影のように二つへと増えたミネルバは、紛れもなく〈努力の果てにここへ至った“努力の天才”〉だった。
先程までのそれとは質の違う殺気が、ふたつに分かれて押し寄せてくる。
同じ空気を吸っているだけで、全身に荒れ狂う突風を浴びているかのようだ。ほんの一瞬でも意識の糸が緩めば、そのまま壁際まで吹き飛ばされる――そんな確信めいた危機感が背骨の奥に冷たく貼りつく。
「「あたしの│もう一人の自分《ドッペルゲンガー》を見ても、まだ剣を構えていられるなんてね。正直、大したもんだよ。……どうやら、あたしはあんたを侮っていたらしい」」
二つの声が、ぴたりと重なり響く。
どちらが本物か、もはや見分けなどつかない。
それなのに、どちらにも同じ体温と呼吸があるように錯覚してしまう。
「「――だが、あんたが立っていられるのはここまでさ。これから“本当の戦い”ってやつを教えてやるよ」」
宣告と同時に、二つの影が烈火のように弾けた。
石畳を蹴る硬質な音が左右から交互に迫り、耳が追いつくより先に殺意だけがこちらへ叩き込まれる。
速い。常識の枠から外れた速度――本来なら、目で追うことなど不可能だ。
……だが、見える。
いや、“俺が見ている”のではない。
剣士スキルが俺の思考を先回りして、二人の軌跡を読み取り、最適な動きを身体に教えていた。
筋肉の収縮、足裏の角度、呼吸のリズム――すべてが俺の意志とは無関係に、達人めいた精度へと最適化されていく。
圧倒されているはずなのに、意識だけは湖面のように静かだった。
「右から行くよっ!」
風を裂く音。
右側のミネルバが、肩口へ鋭い斬撃を放つ。
反射ではない。
身体が勝手に沈み、迫る刃が額のすぐ上を掠めていく。
切れた髪が、光の粒のように宙へ散った。
「次だよっ!」
左から続撃。
石畳を踏み込む衝撃が胸に響く。
避けられない――と思った刹那、
腕がひとりでに浮かび、剣の平で斬撃の角度を“逸らす”。
耳奥が震えるような金属音。
散る火花が視界の端を白く染める。
「……っ!」
息が漏れ、手首が痺れた。
二人分の重みと切れ味。受け流すだけで骨が軋む。
「「――ちっ」」
二人のミネルバが同じ速度で退き、同じ角度でこちらを見据える。
双つの瞳は不気味なほどにそっくりで、しかし底に宿す熱はほんのわずかに違う。
「「……たいしたもんだよ。 だが、そんな芸当が何度も通じると思うんじゃないよ」」
賞賛とも脅しともつかぬ声が、重く胸に落ちる。
息を整える間すら与えられないまま、二人は再び地を蹴る。
次は――先ほどの比ではない。
空気そのものが裂けた。乾いた音が耳朶を打ち、直後、右のミネルバが地を蹴った。
低く、刺すような軌道で袈裟に振り上げる。
同時に、左のミネルバが天から裁きを下すかのように鋭く斬り下ろした。
上下からの挟撃。
もはや猶予など存在しない。どちらかを捌き、どちらかを受ける――その二択だけが冷酷に迫る。
だが、剣士スキルは迷わず答えを示した。
呼吸すら要らぬほど自然に、脳裏へと最適解が浮かぶ。
上だ――。
俺は左からの斬撃へ剣を合わせ、鋼が擦れる甲高い音とともに弾き返す。
同時に腰をひねり、右から迫る刃を足さばきで外へ誘導した。
石畳をかすめる靴音が、まるで舞踏の一節のように軽やかに響く。
そして――二人のミネルバが、揃って困惑した顔を浮かべた。
「……くっ」
その一瞬。
わずかな緩み。
その隙を、俺の身体は――いや、剣士としての本能は逃さない。
剣先が右側のミネルバへ向かう。
勘でもなければ虚勢でもない。
剣士スキルが、彼女の身体に走るわずかな“呼吸の乱れ”を捉えていた。
本物は――こっちだ。
「なっ――!?」
右のミネルバの瞳が揺れた。
対して左は、まるで彫像めいた無表情。
その刹那――影が滑り込むように前へ出る。
石畳を蹴る音が、鋭い刃のように空気を裂いた。
「――させないよ!」
影が本体を守るように、俺の剣へ自ら身体をねじ込んできた。
速い――!
金属がぶつかり合い、白い火花が散る。
衝撃が腕を突き抜け、指先が震えた。
影のミネルバが笑う。
「「あんたとあたしじゃ、積んできた年季が違うのさ!」」
二人の動きが重なる。
刃の軌道が螺旋を描くように変化し、容赦ない連撃を紡ぎ出す。
連撃。
連撃。
さらに連撃――。
:剣が何重にも見える!?
:もはや漫画だろ、これ!?
:ロイドの奴もなんで捌けるんだよ!
:剣士スキルってこんなに凄かったっけ?
:まだ初期スキルだからこれは異常
:剣士スキルはその人の本来の性質に大きく関わってくる
:ロイドに剣士としての才能があるってこと?
:たぶんな
まるで刃の雨の只中へ投げ込まれたかのようだった。
剣士スキルがなければ、とうに俺の身体は無残な肉に変わっていただろう。
だが――
それでも、まだ負けていない。
まだ、立っていられる。
息は荒れ、腕は痺れ、足は震え、全身が悲鳴を上げている。
それでも倒れないのは、意地なのか、スキルの御蔭なのか――自分でもわからない。
「!?」
二人のミネルバが、ふいに構えを変えた。
直感が告げる。
今までとは何かが違う。
“これで終わらせる”。
その決意が、圧となって肌に刺さる。
石畳に落ちる二つの影が――重なった。
「「――武技、│三つ爪の狩人《ケルベロス》」」
空気が凍りついた。
二撃ではない。
三人のミネルバ――三つの刃が同時に迫る。
避けられない。
受けきれない。
捌ける保証もない。
なら――賭けるしかない。
俺は剣を握りしめ、虚空を睨んだ。
逃げれば死ぬ。
なら、前へ踏み込むしかない。
「来い――!」
石畳を砕くほどの踏み込みとともに、三つの影が、中心で激突した。
金属が打ち鳴らされる――そんな生易しい音ではなかった。
:これ、ヤバくね?
:死ぬのでは?
:殺しなしじゃねぇの!?
:ギルドマスター止めろ!
鋼と鋼とが憎しみのようにぶつかり合い、爆ぜる衝撃が演習場を揺らした。
空気が震え、鼓膜が悲鳴を上げる。
視界が揺れた。
腕に奔る衝撃で、握力が一瞬、霧散しそうになる。
それでも必死に剣を離すまいと踏みとどまるが、足は石畳を滑り、横へ弾き飛ばされた。
転がりながら、横目にミネルバを追う。
彼女もまた激しく弾き飛ばされ、石畳に擦れて浅く転がり、そのまま息を呑んだように動きを止めた。
遅れて、影のミネルバが霧散する。
煙のように形を崩し、音もなく消えていった。
「……はっ、は……!」
荒い息。
胸が張り裂けそうに脈打ち、視界の端が白く滲む。
生きているだけで奇跡に思えた。
:焦った……
:死んだかと思ったわ
:ミネルバさんやり過ぎで草
ミネルバも同じ状態だった。
肩で息をしながら乱れた髪をかき上げ、こちらを見て、苦笑いを浮かべる。
「……やるじゃないか。まさか、あそこで踏み込んでくるとはね……」
返事をする余裕はない。
膝に手をつき、ようやく立ち上がろうとしたその瞬間――。
乾いた破裂音が、演習場を切り裂いた。
「――そこまでだァッ!!」
ギルドマスターの怒号だった。
雷鳴のごとき声が大気を震わせ、砂埃すら跳ねるほどだ。
気づけば、すでに彼は俺とミネルバの間へ割って入っていた。
腕を広げ、まるで押し返す壁のように立っている。
:遅っ!?
:さすがに止めるの遅すぎでは?
:とりあえず一安心だな
:心臓に悪いわ
:それな
まったく気配を感じなかった。
彼が異常に速いのか、俺たちが戦いに没頭しすぎていたのか――おそらく両方だ。
「ミネルバァ! てめぇなにぶっ放してやがんだ!!」
怒号が場を震わせる。
ミネルバは肩をすくめ、悪戯を見つかった子どものように鼻をくいっと擦った。
「だってさ、あんた“殺し無し”って言っただけで……全力を出すなとは言ってないだろ?」
「言わなきゃ分かんねぇのか、てめぇは!!」
怒声とともに演習場に沈黙が落ちる。
俺はまだ立ちきれず、膝をついたまま必死に呼吸を整えていた。
ギルドマスターがこちらを見て、深々とため息をついた。
「……よく生き残ったな。正直、止めに入るタイミングを完全に見失ってたわ」
そう言って、手を差し伸べてくる。
その掌は無骨で、大地のように温かかった。
俺はその手を掴み、身体を引き上げた。
すかさずミネルバが口を開く。
「――で、ベルガ。こいつの試験結果はどうなんだい?」
ギルドマスター――ベルガは大げさに鼻を鳴らした。
「幻影のミネルバと互角に渡り合った奴を落とす理由がどこにある。……ロイド、よくやった。お前の冒険者登録を認める」
:よっしゃぁああああ!
:これで配信者としても及第点だな
:今晩はミネルバちゃんに怪我の責任取ってもらえ
:それあり!
:エロ配信希望
:ミネルバより受付のお姉さんがいい!
:じゃあ当面の目標はその二人の攻略?
:エロゲみたいでいいじゃん!
横目にチャット欄を確認すると、神々が何やら騒がしかった。
「――だってさ。ほら、おめでとう」
ミネルバが楽しげに肩を回しながら笑う。
「あんた、なかなかのもんだよ」
その笑顔は、つい先ほどまで刃を交えていた戦士のそれではない。
純粋に勝負を楽しむ者――そんな無邪気さがあった。
俺はまだ息が整わないまま、ようやく声を絞り出す。
「……あ、ありがとう……」
ミネルバは胸を張って言う。
「次はぶっ飛ばすからね。覚悟しておきな」
その場に座り込む俺へ、ベルガが頭をかきながら怒鳴る。
「治癒師呼んでくるから動くな! 勝手に帰ったら承知しねぇぞ!! ――お前らも見世物は終わりだ! さっさと解散しろ!!」
あまりの必死さに、思わず笑いが漏れた。
――こうして、俺は憧れの冒険者になった。
低くつぶやくギルドマスターの声に、ミネルバは肩をすくめ、鼻で笑った。
「あんた、あたしをなんだと思ってるんだい」
飄々と返す一言。
だがその裏に、どこか誇りのようなものが透けて見えた。
ミネルバは手首だけで軽やかに剣を回し、金属が空気を割く鋭い音が、演習場の静けさを一瞬震わせた。
そして次の瞬間、彼女はゆっくりと腰を落とし、無駄のない姿勢へと移る。
その構えは――獲物を屠る寸前の豹のようだった。
瞳は深い闇を湛え、呼吸すら静かに沈んでいく。
先ほどまでの“軽く遊んでいる”空気とはまるで違う。
ミネルバの身体の輪郭から、目には見えない圧が立ちのぼっていた。
ただ立っているだけなのに、皮膚がざらりと逆立つような、野生の気配。
喉が鳴った。
気づけば、俺は本能の命じるままに半歩、後ろへと退いていた。
――これが、本気の冒険者か。
胸の奥で小さな恐れと、それをかき立てる興奮が入り混じり、熱を帯びて跳ねた。
俺はひとつ長い息を吐き、胸の奥に渦巻くざわめきを静かに鎮めた。
余計な思考を削ぎ落とし、頭の中をいっそ空白にする。
――考えて勝てる相手じゃない。
戦闘経験など皆無の俺が、命を張ってきた本物の冒険者ミネルバに策で挑んだところで、意味などあるはずがない。
いま俺がこうして剣を握り、彼女の前に立てているのはただひとつ――剣士スキルという、神々から与えられた奇跡のおかげだ。
ならば、俺がするべきことは理屈をこね回すことじゃない。
与えられた力を信じ、身体を任せることだ。
受け入れろ、剣士スキルの導きを――そう言われている気がした。
思考を手放すと、奇妙な静寂が胸に広がった。
意識の底が澄み渡るように、身体が自然に動きはじめる。
正眼に構えた剣の切っ先越しに、ミネルバがわずかに口元を緩めた。
「……!」
その瞬間――ミネルバの輪郭が、揺らめいた。
疲れで視界がにじんだのかと最初は思った。
だが違う。ぼんやりと滲んだ像はやがて二つに分かれ、別々の方向へと輪郭を固めていく。
まるで鏡に映った像が、ひとりでに鏡面を抜け出して歩きだしたかのようだった。
視界が澄んだとき、そこには二人のミネルバが立っていた。
同じ呼吸、同じ構え、同じ殺気。
区別できない二つの影が、ぴたりと同じ角度でこちらを射抜いている。
「武技――│もう一人の自分《ドッペルゲンガー》」
静かな声で、ミネルバ自身が名乗った。
:ミネルバ武技持ちかよ!?
:これはまずくない?
:ロイドくんピンチじゃん
:普通試験でここまでするか?
:試されてるんじゃない?
:死ななきゃいいけど……
武技――その言葉に、脳裏にかつて耳にした知識が浮かぶ。
この世界には、根源の力が二つ存在する。
一つは│権能《オリジン》。
女神が唯一無二と認めた者だけに与える、授けられた奇跡。
才能そのものが力となる、選ばれた者の証。
もう一つは《武技》。
それは誰に祈って得られるものではない。
積み重ねた時間、滲んだ汗、折れずに耐えてきた心――その全ての果てに自ら掴み取る、人間の極限の力。
│権能《オリジン》が〈天から降る才能〉なら、
武技とは〈地を踏みしめて辿り着く努力の結晶〉。
どちらも強大だが、まるで異なる。
そして今――俺の前で影のように二つへと増えたミネルバは、紛れもなく〈努力の果てにここへ至った“努力の天才”〉だった。
先程までのそれとは質の違う殺気が、ふたつに分かれて押し寄せてくる。
同じ空気を吸っているだけで、全身に荒れ狂う突風を浴びているかのようだ。ほんの一瞬でも意識の糸が緩めば、そのまま壁際まで吹き飛ばされる――そんな確信めいた危機感が背骨の奥に冷たく貼りつく。
「「あたしの│もう一人の自分《ドッペルゲンガー》を見ても、まだ剣を構えていられるなんてね。正直、大したもんだよ。……どうやら、あたしはあんたを侮っていたらしい」」
二つの声が、ぴたりと重なり響く。
どちらが本物か、もはや見分けなどつかない。
それなのに、どちらにも同じ体温と呼吸があるように錯覚してしまう。
「「――だが、あんたが立っていられるのはここまでさ。これから“本当の戦い”ってやつを教えてやるよ」」
宣告と同時に、二つの影が烈火のように弾けた。
石畳を蹴る硬質な音が左右から交互に迫り、耳が追いつくより先に殺意だけがこちらへ叩き込まれる。
速い。常識の枠から外れた速度――本来なら、目で追うことなど不可能だ。
……だが、見える。
いや、“俺が見ている”のではない。
剣士スキルが俺の思考を先回りして、二人の軌跡を読み取り、最適な動きを身体に教えていた。
筋肉の収縮、足裏の角度、呼吸のリズム――すべてが俺の意志とは無関係に、達人めいた精度へと最適化されていく。
圧倒されているはずなのに、意識だけは湖面のように静かだった。
「右から行くよっ!」
風を裂く音。
右側のミネルバが、肩口へ鋭い斬撃を放つ。
反射ではない。
身体が勝手に沈み、迫る刃が額のすぐ上を掠めていく。
切れた髪が、光の粒のように宙へ散った。
「次だよっ!」
左から続撃。
石畳を踏み込む衝撃が胸に響く。
避けられない――と思った刹那、
腕がひとりでに浮かび、剣の平で斬撃の角度を“逸らす”。
耳奥が震えるような金属音。
散る火花が視界の端を白く染める。
「……っ!」
息が漏れ、手首が痺れた。
二人分の重みと切れ味。受け流すだけで骨が軋む。
「「――ちっ」」
二人のミネルバが同じ速度で退き、同じ角度でこちらを見据える。
双つの瞳は不気味なほどにそっくりで、しかし底に宿す熱はほんのわずかに違う。
「「……たいしたもんだよ。 だが、そんな芸当が何度も通じると思うんじゃないよ」」
賞賛とも脅しともつかぬ声が、重く胸に落ちる。
息を整える間すら与えられないまま、二人は再び地を蹴る。
次は――先ほどの比ではない。
空気そのものが裂けた。乾いた音が耳朶を打ち、直後、右のミネルバが地を蹴った。
低く、刺すような軌道で袈裟に振り上げる。
同時に、左のミネルバが天から裁きを下すかのように鋭く斬り下ろした。
上下からの挟撃。
もはや猶予など存在しない。どちらかを捌き、どちらかを受ける――その二択だけが冷酷に迫る。
だが、剣士スキルは迷わず答えを示した。
呼吸すら要らぬほど自然に、脳裏へと最適解が浮かぶ。
上だ――。
俺は左からの斬撃へ剣を合わせ、鋼が擦れる甲高い音とともに弾き返す。
同時に腰をひねり、右から迫る刃を足さばきで外へ誘導した。
石畳をかすめる靴音が、まるで舞踏の一節のように軽やかに響く。
そして――二人のミネルバが、揃って困惑した顔を浮かべた。
「……くっ」
その一瞬。
わずかな緩み。
その隙を、俺の身体は――いや、剣士としての本能は逃さない。
剣先が右側のミネルバへ向かう。
勘でもなければ虚勢でもない。
剣士スキルが、彼女の身体に走るわずかな“呼吸の乱れ”を捉えていた。
本物は――こっちだ。
「なっ――!?」
右のミネルバの瞳が揺れた。
対して左は、まるで彫像めいた無表情。
その刹那――影が滑り込むように前へ出る。
石畳を蹴る音が、鋭い刃のように空気を裂いた。
「――させないよ!」
影が本体を守るように、俺の剣へ自ら身体をねじ込んできた。
速い――!
金属がぶつかり合い、白い火花が散る。
衝撃が腕を突き抜け、指先が震えた。
影のミネルバが笑う。
「「あんたとあたしじゃ、積んできた年季が違うのさ!」」
二人の動きが重なる。
刃の軌道が螺旋を描くように変化し、容赦ない連撃を紡ぎ出す。
連撃。
連撃。
さらに連撃――。
:剣が何重にも見える!?
:もはや漫画だろ、これ!?
:ロイドの奴もなんで捌けるんだよ!
:剣士スキルってこんなに凄かったっけ?
:まだ初期スキルだからこれは異常
:剣士スキルはその人の本来の性質に大きく関わってくる
:ロイドに剣士としての才能があるってこと?
:たぶんな
まるで刃の雨の只中へ投げ込まれたかのようだった。
剣士スキルがなければ、とうに俺の身体は無残な肉に変わっていただろう。
だが――
それでも、まだ負けていない。
まだ、立っていられる。
息は荒れ、腕は痺れ、足は震え、全身が悲鳴を上げている。
それでも倒れないのは、意地なのか、スキルの御蔭なのか――自分でもわからない。
「!?」
二人のミネルバが、ふいに構えを変えた。
直感が告げる。
今までとは何かが違う。
“これで終わらせる”。
その決意が、圧となって肌に刺さる。
石畳に落ちる二つの影が――重なった。
「「――武技、│三つ爪の狩人《ケルベロス》」」
空気が凍りついた。
二撃ではない。
三人のミネルバ――三つの刃が同時に迫る。
避けられない。
受けきれない。
捌ける保証もない。
なら――賭けるしかない。
俺は剣を握りしめ、虚空を睨んだ。
逃げれば死ぬ。
なら、前へ踏み込むしかない。
「来い――!」
石畳を砕くほどの踏み込みとともに、三つの影が、中心で激突した。
金属が打ち鳴らされる――そんな生易しい音ではなかった。
:これ、ヤバくね?
:死ぬのでは?
:殺しなしじゃねぇの!?
:ギルドマスター止めろ!
鋼と鋼とが憎しみのようにぶつかり合い、爆ぜる衝撃が演習場を揺らした。
空気が震え、鼓膜が悲鳴を上げる。
視界が揺れた。
腕に奔る衝撃で、握力が一瞬、霧散しそうになる。
それでも必死に剣を離すまいと踏みとどまるが、足は石畳を滑り、横へ弾き飛ばされた。
転がりながら、横目にミネルバを追う。
彼女もまた激しく弾き飛ばされ、石畳に擦れて浅く転がり、そのまま息を呑んだように動きを止めた。
遅れて、影のミネルバが霧散する。
煙のように形を崩し、音もなく消えていった。
「……はっ、は……!」
荒い息。
胸が張り裂けそうに脈打ち、視界の端が白く滲む。
生きているだけで奇跡に思えた。
:焦った……
:死んだかと思ったわ
:ミネルバさんやり過ぎで草
ミネルバも同じ状態だった。
肩で息をしながら乱れた髪をかき上げ、こちらを見て、苦笑いを浮かべる。
「……やるじゃないか。まさか、あそこで踏み込んでくるとはね……」
返事をする余裕はない。
膝に手をつき、ようやく立ち上がろうとしたその瞬間――。
乾いた破裂音が、演習場を切り裂いた。
「――そこまでだァッ!!」
ギルドマスターの怒号だった。
雷鳴のごとき声が大気を震わせ、砂埃すら跳ねるほどだ。
気づけば、すでに彼は俺とミネルバの間へ割って入っていた。
腕を広げ、まるで押し返す壁のように立っている。
:遅っ!?
:さすがに止めるの遅すぎでは?
:とりあえず一安心だな
:心臓に悪いわ
:それな
まったく気配を感じなかった。
彼が異常に速いのか、俺たちが戦いに没頭しすぎていたのか――おそらく両方だ。
「ミネルバァ! てめぇなにぶっ放してやがんだ!!」
怒号が場を震わせる。
ミネルバは肩をすくめ、悪戯を見つかった子どものように鼻をくいっと擦った。
「だってさ、あんた“殺し無し”って言っただけで……全力を出すなとは言ってないだろ?」
「言わなきゃ分かんねぇのか、てめぇは!!」
怒声とともに演習場に沈黙が落ちる。
俺はまだ立ちきれず、膝をついたまま必死に呼吸を整えていた。
ギルドマスターがこちらを見て、深々とため息をついた。
「……よく生き残ったな。正直、止めに入るタイミングを完全に見失ってたわ」
そう言って、手を差し伸べてくる。
その掌は無骨で、大地のように温かかった。
俺はその手を掴み、身体を引き上げた。
すかさずミネルバが口を開く。
「――で、ベルガ。こいつの試験結果はどうなんだい?」
ギルドマスター――ベルガは大げさに鼻を鳴らした。
「幻影のミネルバと互角に渡り合った奴を落とす理由がどこにある。……ロイド、よくやった。お前の冒険者登録を認める」
:よっしゃぁああああ!
:これで配信者としても及第点だな
:今晩はミネルバちゃんに怪我の責任取ってもらえ
:それあり!
:エロ配信希望
:ミネルバより受付のお姉さんがいい!
:じゃあ当面の目標はその二人の攻略?
:エロゲみたいでいいじゃん!
横目にチャット欄を確認すると、神々が何やら騒がしかった。
「――だってさ。ほら、おめでとう」
ミネルバが楽しげに肩を回しながら笑う。
「あんた、なかなかのもんだよ」
その笑顔は、つい先ほどまで刃を交えていた戦士のそれではない。
純粋に勝負を楽しむ者――そんな無邪気さがあった。
俺はまだ息が整わないまま、ようやく声を絞り出す。
「……あ、ありがとう……」
ミネルバは胸を張って言う。
「次はぶっ飛ばすからね。覚悟しておきな」
その場に座り込む俺へ、ベルガが頭をかきながら怒鳴る。
「治癒師呼んでくるから動くな! 勝手に帰ったら承知しねぇぞ!! ――お前らも見世物は終わりだ! さっさと解散しろ!!」
あまりの必死さに、思わず笑いが漏れた。
――こうして、俺は憧れの冒険者になった。
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だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
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そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
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勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
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万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
二度目の勇者は救わない
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異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
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復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
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最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
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転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
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異世界へ行って帰って来た
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伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
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魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした
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