『ねえ、彼女いるんでしょ? だからこそ、奪いたくなったんだよ?

夜道に桜

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 放課後の図書室。

 静かにページをめくる音。
 外の蝉の声すら遮られて、世界がワントーン沈んだような空間。

 私はその沈黙の中に滑り込むように足を運ぶ。
 彼の定位置。窓際の一番奥、日差しのちょうど柔らかい席。

 参考書とノートを広げ、眉を寄せながら数式と格闘するその姿は、ほんと、毎日同じ。
 律儀で、不器用で、効率悪くて――
 でも、そこがいい。

 私は隣の椅子を引く。
 ギシ、と少しだけうるさく音を立てて。

「……よっ」

 声をかけた瞬間、ペンが止まった。

「し、白瀬さん……」

「その顔。まさか私のこと忘れてた?」

「いや、そんな……」

「ふふ、冗談。けど、ちょっと冷たいな」

 私は肘をついて、顎に手を当てながら彼を見つめた。

「昨日のこと、覚えてる?」

「……うん」

 返事が小さい。
 顔を赤くしながら、目が合わないように逃げてる。

 “意識してる”って言葉よりずっと雄弁。
 その挙動一つひとつが、私の期待を裏切らない。

「そんなビビらないでよ。別に襲ったりしないし」

 あえて声を落として、唇の端だけで笑ってみせる。

「……成瀬くんって、さ。誰にでも優しいよね?」

「え?」

「昨日もさ、隣にいた“あの子”が手を振ってたとき、すっごく嬉しそうだった」

「見てたの……?」

「うん。遠くから。でも、分かるよ。あれ、恋してる顔」

 彼が何か言いかけて、結局言葉を飲み込んだ。

 私は椅子を傾けて、彼の参考書のページを軽く指でなぞる。

「でもね、“優しさ”って、誰にでも向けてたら、毒にもなるんだよ」

「毒、って……?」

「優しいってことは、簡単に誰かを勘違いさせるってこと」

 私は彼を真っ直ぐ見つめた。
 真冬の光に照らされる、薄い睫毛の影。
 それすら、なんだか綺麗で――ちょっとムカつく。

「ねえ、成瀬くん。もしさ」

 手の甲に、指先をそっと滑らせる。
 驚いて、彼が小さく肩を跳ねさせた。

「“私だけ”に優しかったら、どうなるか分かる?」

「……っ」

「多分、簡単に好きになっちゃうよ?」

 囁くように言って、私は指を離した。

 そのまま立ち上がって、席を離れようとする。

 でも、すぐには歩かない。

 後ろを向いたまま、私は一言だけ呟いた。

「……ねえ、今の私の声。あとで、何回も思い出すんでしょ?」

 彼は返事をしない。できない。

 けど、それでいい。
 返事よりも、その沈黙の濃さが答えだった。



 夜。
 部屋の明かりを落とし、スマホの通知も切った。

 私はベッドの上で、ただ天井を見つめながら笑った。

 今日の彼の反応。
 声が掠れて、言葉に詰まって、目を逸らして。

 あれはもう、あと一押しで堕ちる。

 “隣にいたあの子”じゃ、きっと踏み込めない場所。
 でも私は、そこに最初の一歩を置いた。

 これは遊び。
 でも、ただのゲームじゃない。

 あの真面目で綺麗な男が、
 私の指先ひとつで――どこまで崩れるか。

 想像するだけで、喉が渇く。

 ねえ成瀬くん。

 さっきの言葉、まだ頭に残ってるでしょ?

 それが、君の中に根を張っていく最初の合図。


⭐︎⭐︎


 昼休み。
 いつもより、ほんの少しだけ、成瀬くんの声が硬かった。

 パンを半分こしていたときも、
 彼はどこか落ち着かなくて、視線が揺れていた。

 「どうかした?」と聞いたら、
 「ううん、なんでもないよ」と笑ってくれたけれど――

 (うそだ)

 私にはわかる。
 ずっと一緒にいて、彼の感情を何度も見てきたから。

 こういうとき、成瀬くんはいつも、なにかを“隠す”。



 午後の授業。
 先生の声はどこか遠く、ノートの文字も目に入らなかった。

 教室の前のほうで、成瀬くんが手を挙げて発言していた。
 だけど私は、その声よりも――
 “誰を見ているのか”が気になっていた。

 黒板の右。
 一番後ろの窓際の席。

 そこに、白瀬真冬がいた。

 まっすぐに前を向いてるのに、どこか冷めていて、
 誰のことも“人”として見ていないような目。

 たしかに、綺麗な子だと思う。
 目鼻立ちが整ってて、姿勢もいい。

 でも私は、あの子の笑い方が怖い。
 目が笑ってない。
 まるで何かを観察して、楽しんでるみたいな目をしている。

 (あの子と、最近……話してる)

 廊下で二人が並んでるのを、何度か見かけた。
 白瀬さんが、成瀬くんの袖をつまんで話しかけているのも見た。

 何を話してたのか、わからない。
 でも、あの距離感は“友達”じゃなかった。



 放課後。
 私はいつも通り、校門の前で彼を待っていた。

 でも成瀬くんは、すこし遅れてやってきた。

「ごめん。図書室で、ちょっと……」

「ううん、大丈夫。……誰かと?」

「え……いや、一人で」

 一瞬だけ、言葉に詰まった。

 その“間”が、喉の奥に引っかかった棘みたいに痛い。

 そして――私は、見てしまった。

 成瀬くんの手首。
 そこに、うっすらと残る指の跡。
 ほんのかすかに、赤くなってる。

 (誰かに……触られた?)

 何も言わずに隣を歩く彼を、私はそっと横目で見た。

 歩幅が少しだけ速い。
 私の呼吸に、彼の心臓が追いついてこない。



 その夜。
 スマホを持ったまま、眠れずにいた。

 LINEを開いて、タイムラインを眺めて、
 何も考えないふりをして――でも、考えてしまう。

 白瀬真冬。

 転校してきてから、ずっと一人だった彼女が、
 急に人と関わり始めたのは、ここ最近。

 それも、よりによって成瀬くん。

 (なんで、彼なんだろう)

 私は知ってる。
 白瀬さんには、噂がある。

 中学時代、あの顔で大人を翻弄してたとか、
 男を落とすのが得意だとか――
 全部、裏は取れてない話だけど、どこか信じたくなるのは、
 “あの目”が、そういう過去を持ってるようにしか見えないから。

 「悪い子」って、たぶん、そういう子。



 私は、成瀬くんが好き。

 誠実で、まっすぐで、誰にでも優しくて。

 でも、優しすぎるところがある。
 悪意に鈍くて、距離感を保つのが下手。

 そんな彼が、もし“白瀬真冬”に目をつけられたのだとしたら。

 その先にあるものは、
 きっと――彼の心が、少しずつ、すり減っていく未来。



 次の日。
 私は、初めて自分から動くと決めた。

 白瀬真冬。
 あの子と、ちゃんと向き合って話をしよう。

 成瀬くんを、守るために。
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