『ねえ、彼女いるんでしょ? だからこそ、奪いたくなったんだよ?

夜道に桜

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 放課後の下駄箱前。

 私は、今日だけは彼女が先に帰らないようにと、
 教室を飛び出して降りてきた。

 運よく、白瀬真冬はまだ靴を履いていなかった。

「白瀬さん」

 呼び止めた声は、少しだけ震えていた。
 でも、今は怖がってる場合じゃない。

 彼女はくるりと振り返る。
 スカートの裾が揺れて、長い黒髪がさらりと舞う。

「……なに?」

「少し、話せるかな」

 彼女は一瞬だけ目を細めたあと、小さく笑った。

「……いいよ」



 空き教室。
 机に腰をかけ、腕を組んで私を見上げる白瀬さんは、
 まるで“こっちが敵だ”とでも言いたげな態度だった。

「何のご用? わざわざこんな場所で」

 私は唇をかみ、勇気を出して言った。

「成瀬くんに……これ以上、関わらないで」

「へえ。……それ、お願い?それとも命令?」

「……!」

「あなた、彼女でもないのに?」

「っ……じゃあ、どうすればよかったの?」

 こらえきれず、声が漏れる。

「私は、ずっと成瀬くんのそばにいた。
 好きだった。でもそれを言ったら、関係が壊れそうで……怖かったの。
 だから一歩が踏み出せなかった。それの何が悪いの?」

 白瀬は目を細めて、少し首を傾けた。

「“関係”って……何?」

「……え?」

「勝手に安心して、勝手に怖がって、何も動かず、何も言わずに。
 ただ“そばにいる”だけで満足してた。
 それって、成瀬くんの気持ちはどこにあったの?」

「そんな……」

「優しい人を“自分のもの”みたいに錯覚してただけ。
 それって、結局、自分の気持ちを守ってただけじゃない?」

「……言わないで」

「私ね、成瀬くんの“好きなタイプ”になんて、なるつもりないの。
 でも、“今のあなたよりは近い”って確信がある。
 私の方が――ずっと、欲しがってるから」

「……っ」

「だから、譲るつもりなんて、最初からないよ」

「……ふざけないで」

 思わず一歩前に出る。

「人の関係に、土足で踏み込んで、奪って――
 それで“正しい”つもり?」

「ううん。別に“正しい”なんて思ってない。
 でもね、恋って、正しさで勝てるゲームじゃないの」

 彼女の瞳は、氷のように冷たく、でもどこか熱を孕んでいて。
 その眼差しに、私は完全に言葉を失った。

 「あなたには、きっと無理よ。
  ずっと黙って見てただけの人間には――
  “手に入れる痛み”なんて、想像もできないから」

「……じゃあ何?」

 震える声が、喉の奥からせり上がる。

「あなたは、“奪う”ことが愛だって言いたいの!?
 誰かの気持ちなんて踏みつけて、傷つけて、
 自分のものにして、それで満足なの!?」

 そのとき。
 白瀬真冬の口元に、明らかな“笑み”が浮かんだ。

「――満足じゃなくて、快感かな」

 パチンッ。

 右手が、頬に走った。

 乾いた音。火がついたような痛み。

 その手応えに、私自身が一番驚いていた。



 「……なにしてるの」

 背後から、聞き慣れた声。

 振り向くと、扉の前に成瀬くんがいた。

 呆然とした顔で。目を見開いたまま、立ち尽くしていた。

「な、成瀬くん、違うの、これは……」

 言葉が見つからない。
 何が“違う”のか、私にも分からない。

 でも――その隙を、白瀬は逃さなかった。

 ふらりと近づいていき、成瀬くんの胸に身を寄せる。

「ひどいよ……あの子……」

 かすれた声で呟いて、肩を震わせながら、ぎゅっと抱きつく。

「ただ、ちょっと話したかっただけなのに……私、なにもしてないのに……」

 成瀬は動かない。
 私のほうを一度も見ないまま、ただ、困ったように眉を下げた。

 彼の腕が、そっと白瀬の背中に触れたその瞬間。
 私の中で、なにかが音を立てて崩れた。


⭐︎⭐︎⭐︎

 教室の窓辺、放課後。
 沈みかけた太陽の光が差し込んで、床に伸びる影を淡く染めていた。

 私は、その静寂の中でひとり、唇に指を這わせた。
 あの瞬間の感触を、反芻するように。

 彼女の手が私の頬に飛んできたとき。
 教室中に響いた音と、成瀬くんの硬直した顔。
 ……全部、綺麗に覚えてる。

 予定通り。

 なんの狂いもなく。



 人は“正しいほう”を選ぶと思ってるけど、そうじゃない。

 “守りたくなったほう”を選ぶの。

 たとえその理由が曖昧で、過去の信頼より薄くても、
 一度“手を伸ばした”瞬間に、天秤は傾く。

 成瀬くんは――私に手を伸ばした。

 あの時点で、もう答えは決まったようなもの。



 あの子がどれだけ後悔して、涙を流して、
 どんな言葉で自分を正当化しても――

 “暴力を振るった女”という烙印は、一度ついたら剝がれない。

 逆に私は、“傷つけられた女”。
 弱くて、守られるべき側の立場。

 ほんと、世界って都合がいい。

 演技なんてしなくても、
 ただちょっと、肩を震わせて、口元を伏せるだけでいい。



 放課後の帰り道、成瀬くんは無言だった。

 隣を歩いてくる彼の手は、ずっとポケットの中。
 でもその指先が、少しだけ震えてるのを私は見逃さない。

 「さっきのこと、気にしないで」

 そう囁いたとき、彼は振り返りそうになった。
 でも、できなかった。罪悪感が喉元でつっかえてる。

 ――その苦しみ、ちゃんと飼い慣らしてあげるからね。



 私は、好きとか、愛とかで動いてるわけじゃない。

 “感情を独占すること”に、価値を感じてるだけ。

 相手がどれだけ誰かを想っていようが、
 その想いの矢印が私に向いた瞬間、私はすべてを奪える。

 それが、この手の中にあるって知ってるから。



 その夜、鏡の前。

 髪をほどいて、シャツを脱いで、鎖骨のあたりに香水をひと吹き。

 彼の腕に触れたとき、
 微かに感じた鼓動と、肌の温度を思い出す。

 「……あの子には、絶対にできないこと」

 私は自分の肩に触れて、笑った。
 そう。もう“どう見えるか”を計算する段階は終わり。

 次は、“触れる”。“求めさせる”。
 そして――“一線を越えさせる”。



 感情は、距離と温度で変わる。

 声のトーン。視線の角度。指先の触れ方。
 全部、コントロールできる。

 だって私は、昔から“そういう役”ばかり演じてきたから。

 人を欲望の中に引きずり込む方法なんて、
 大人たちが嫌ってほど教えてくれた。

 ……使い方が分かれば、こんなに便利な技術はない。



 次に彼と話すとき、私は少し泣いてみせるつもり。

 弱さを見せれば、人は勝手に優しくなる。

 でも――それは、私が求めている“優しさ”じゃない。

 本当の目的は、
 “彼の理性を外させること”。

 あの子に見せなかった顔を、私だけに向けさせること。

 ねえ、成瀬くん。

 今、君の中にあるのは――
 後悔?混乱?それとも……私のこと?

 どれでもいいよ。
 だってそのどれも、もう“彼女”には触れられない場所にあるから。

 私は、彼の“今”にいる。
 そしてその“今”を、どんどん私で埋めていくだけ。
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