4 / 6
4
しおりを挟む放課後の下駄箱前。
私は、今日だけは彼女が先に帰らないようにと、
教室を飛び出して降りてきた。
運よく、白瀬真冬はまだ靴を履いていなかった。
「白瀬さん」
呼び止めた声は、少しだけ震えていた。
でも、今は怖がってる場合じゃない。
彼女はくるりと振り返る。
スカートの裾が揺れて、長い黒髪がさらりと舞う。
「……なに?」
「少し、話せるかな」
彼女は一瞬だけ目を細めたあと、小さく笑った。
「……いいよ」
⸻
空き教室。
机に腰をかけ、腕を組んで私を見上げる白瀬さんは、
まるで“こっちが敵だ”とでも言いたげな態度だった。
「何のご用? わざわざこんな場所で」
私は唇をかみ、勇気を出して言った。
「成瀬くんに……これ以上、関わらないで」
「へえ。……それ、お願い?それとも命令?」
「……!」
「あなた、彼女でもないのに?」
「っ……じゃあ、どうすればよかったの?」
こらえきれず、声が漏れる。
「私は、ずっと成瀬くんのそばにいた。
好きだった。でもそれを言ったら、関係が壊れそうで……怖かったの。
だから一歩が踏み出せなかった。それの何が悪いの?」
白瀬は目を細めて、少し首を傾けた。
「“関係”って……何?」
「……え?」
「勝手に安心して、勝手に怖がって、何も動かず、何も言わずに。
ただ“そばにいる”だけで満足してた。
それって、成瀬くんの気持ちはどこにあったの?」
「そんな……」
「優しい人を“自分のもの”みたいに錯覚してただけ。
それって、結局、自分の気持ちを守ってただけじゃない?」
「……言わないで」
「私ね、成瀬くんの“好きなタイプ”になんて、なるつもりないの。
でも、“今のあなたよりは近い”って確信がある。
私の方が――ずっと、欲しがってるから」
「……っ」
「だから、譲るつもりなんて、最初からないよ」
「……ふざけないで」
思わず一歩前に出る。
「人の関係に、土足で踏み込んで、奪って――
それで“正しい”つもり?」
「ううん。別に“正しい”なんて思ってない。
でもね、恋って、正しさで勝てるゲームじゃないの」
彼女の瞳は、氷のように冷たく、でもどこか熱を孕んでいて。
その眼差しに、私は完全に言葉を失った。
「あなたには、きっと無理よ。
ずっと黙って見てただけの人間には――
“手に入れる痛み”なんて、想像もできないから」
「……じゃあ何?」
震える声が、喉の奥からせり上がる。
「あなたは、“奪う”ことが愛だって言いたいの!?
誰かの気持ちなんて踏みつけて、傷つけて、
自分のものにして、それで満足なの!?」
そのとき。
白瀬真冬の口元に、明らかな“笑み”が浮かんだ。
「――満足じゃなくて、快感かな」
パチンッ。
右手が、頬に走った。
乾いた音。火がついたような痛み。
その手応えに、私自身が一番驚いていた。
⸻
「……なにしてるの」
背後から、聞き慣れた声。
振り向くと、扉の前に成瀬くんがいた。
呆然とした顔で。目を見開いたまま、立ち尽くしていた。
「な、成瀬くん、違うの、これは……」
言葉が見つからない。
何が“違う”のか、私にも分からない。
でも――その隙を、白瀬は逃さなかった。
ふらりと近づいていき、成瀬くんの胸に身を寄せる。
「ひどいよ……あの子……」
かすれた声で呟いて、肩を震わせながら、ぎゅっと抱きつく。
「ただ、ちょっと話したかっただけなのに……私、なにもしてないのに……」
成瀬は動かない。
私のほうを一度も見ないまま、ただ、困ったように眉を下げた。
彼の腕が、そっと白瀬の背中に触れたその瞬間。
私の中で、なにかが音を立てて崩れた。
⭐︎⭐︎⭐︎
教室の窓辺、放課後。
沈みかけた太陽の光が差し込んで、床に伸びる影を淡く染めていた。
私は、その静寂の中でひとり、唇に指を這わせた。
あの瞬間の感触を、反芻するように。
彼女の手が私の頬に飛んできたとき。
教室中に響いた音と、成瀬くんの硬直した顔。
……全部、綺麗に覚えてる。
予定通り。
なんの狂いもなく。
⸻
人は“正しいほう”を選ぶと思ってるけど、そうじゃない。
“守りたくなったほう”を選ぶの。
たとえその理由が曖昧で、過去の信頼より薄くても、
一度“手を伸ばした”瞬間に、天秤は傾く。
成瀬くんは――私に手を伸ばした。
あの時点で、もう答えは決まったようなもの。
⸻
あの子がどれだけ後悔して、涙を流して、
どんな言葉で自分を正当化しても――
“暴力を振るった女”という烙印は、一度ついたら剝がれない。
逆に私は、“傷つけられた女”。
弱くて、守られるべき側の立場。
ほんと、世界って都合がいい。
演技なんてしなくても、
ただちょっと、肩を震わせて、口元を伏せるだけでいい。
⸻
放課後の帰り道、成瀬くんは無言だった。
隣を歩いてくる彼の手は、ずっとポケットの中。
でもその指先が、少しだけ震えてるのを私は見逃さない。
「さっきのこと、気にしないで」
そう囁いたとき、彼は振り返りそうになった。
でも、できなかった。罪悪感が喉元でつっかえてる。
――その苦しみ、ちゃんと飼い慣らしてあげるからね。
⸻
私は、好きとか、愛とかで動いてるわけじゃない。
“感情を独占すること”に、価値を感じてるだけ。
相手がどれだけ誰かを想っていようが、
その想いの矢印が私に向いた瞬間、私はすべてを奪える。
それが、この手の中にあるって知ってるから。
⸻
その夜、鏡の前。
髪をほどいて、シャツを脱いで、鎖骨のあたりに香水をひと吹き。
彼の腕に触れたとき、
微かに感じた鼓動と、肌の温度を思い出す。
「……あの子には、絶対にできないこと」
私は自分の肩に触れて、笑った。
そう。もう“どう見えるか”を計算する段階は終わり。
次は、“触れる”。“求めさせる”。
そして――“一線を越えさせる”。
⸻
感情は、距離と温度で変わる。
声のトーン。視線の角度。指先の触れ方。
全部、コントロールできる。
だって私は、昔から“そういう役”ばかり演じてきたから。
人を欲望の中に引きずり込む方法なんて、
大人たちが嫌ってほど教えてくれた。
……使い方が分かれば、こんなに便利な技術はない。
⸻
次に彼と話すとき、私は少し泣いてみせるつもり。
弱さを見せれば、人は勝手に優しくなる。
でも――それは、私が求めている“優しさ”じゃない。
本当の目的は、
“彼の理性を外させること”。
あの子に見せなかった顔を、私だけに向けさせること。
ねえ、成瀬くん。
今、君の中にあるのは――
後悔?混乱?それとも……私のこと?
どれでもいいよ。
だってそのどれも、もう“彼女”には触れられない場所にあるから。
私は、彼の“今”にいる。
そしてその“今”を、どんどん私で埋めていくだけ。
0
あなたにおすすめの小説
クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい
みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。
それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。
願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。
スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。
ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。
※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~
スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。
何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。
◇◆◇
作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。
DO NOT REPOST.
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる