ランゲルハンス島奇譚(3)「シラノ・ド・ベルジュラックは眠らない(下)」

乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh

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六章

十二節

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「……誰にも話す事はないと想っていました」

 話し疲れたポンペオは長い溜め息を吐くと首筋のエラを撫でた。

「……山で出会ったあの大蛇はアルキスだったのか」ディーは呟いた。

「ええ。彼は彼自身の恨みや憎しみ、後悔を膨らませ、そして南の地に流れ着き増えていった住民の負の感情を膨らませていったのです。怨念を背負った彼は山とも化したのでしょう。私の制止を振り切り、山を登っていた者達の話では年々大蛇は大きくなっていったと聞いて居ります」

「……ディー達がアルキスを殺した」膝を抱いたディーは俯いた。

「それが最善の策だったのだろうと想います。アルキスの伯父のような存在の私としては複雑な心境ですが」

「……誰も本当は『死にたい』なんて想わない。心の底では『生きたい』って願っている。苦しみを取り払えないから死を選ぶ」

「……仰る通りです。しかし殺すしか方法は無かったと想います。長い苦しみから取り払って貰ったと想います」

 ディーは洟をすする。

「……でもポンペオが医者を憎む理由が分かった。ディーもそんな事をされたら憎むかもしれない」

「……あの時代、あの場所でディーさんのような医者がいればきっと私はここには居なかったでしょうね」ポンペオは悲しそうに微笑んだ。

「……ポンペオはどうして死んだのか?」

「妹の診察を断った医者を殺して回ったハリラオスを刺し、自害しました」

「……そうか」

 ポンペオは首を横に振った。

「……全ては私が悪かったのです」

 ディーは視線を落とし小瓶の中で輝く星を見つめる。

「そんな事ない。やり方は不味かった。しかしポンペオは同じ痛みを持つ者に手を差し伸べる。優しい」

「ただの罪滅ぼしです」

 それきり二人は沈黙した。

 ディーの背中に張り付くダムは話を聞き、二人を案じていた。このままではポンペオもディーも落ち込んだままだ。助け舟を出してやる他無い。

 ディーの体内でダムは囁いた。『このままじゃポンペオは救われない。取り持ってやるからダムの言った通りに言葉を紡げ』と。

 ディーは返事の代わりに背を掻いた。

「……それでも誰かの為になる。無論自分の為にも」

 ディーは体内で響くダムの声に耳を澄まし言葉を紡ぐ。

「そろそろ幸福から眼を背けるのを止めにしないか? 悪い事をしたからと、ずっと自責の喪に服しているのはおかしい」

 俯いていたポンペオはディーを見遣った。ディーはダムの言葉を続ける。

「誰しもこの島に来られる訳じゃない。それこそ冥府の裁定によってエリュシオンへ逝くよりも低い確率だ。だからこそ二度目の不自然な生を謳歌してもいいと想う」

「しかし罪は消えません」顔を上げたポンペオは目頭を抑える。

「……罪は消えない。幾ら善行を積もうと消えない。しかし罰は受ければ消える。ポンペオは気の遠くなる時間の中、罰を受けた。もういい加減罰を止めないか?」

 ディーはポンペオの顔を覗く。ポンペオは目頭から手を離すとディーを見据えた。

「ディーを拐かした罰はダムが許す。だからもう思い悩むな」ディーはポンペオの猫のような瞳を見つめ返した。

 暫し互いを見据え合った。

 しかしポンペオの小さな笑い声が沈黙を破った。

「どうした? 何がおかしい?」ディーは問うた。

 瞳を閉じて笑っていたポンペオは答える。

「ディーさんの言葉では無かったのですね。背にいらっしゃるダムさんだとは」

「む。何故分かった?」ディーは眉を顰める。

「『罰はダムが許す』と。ディーさんにしては骨がある事を仰る、と想っていたらダムさんの言葉とは。ダムさんは賢いですが詰めが甘いですね」

「ダムばかりかポンペオにも馬鹿にされた」ダムの笑い声を体内で聞きつつ、ディーは頬を膨らませる。

「きっとそんな可愛らしい所がニュクス女神に好かれたのでしょうね」



 ポンペオとディーが互いの胸の内を明かす頃、医薬品の整理を終えたアメリアは、小屋へ帰ろうと海辺を歩いていた。儚げな月の光に照らされた水面が黒曜石のように艶かしく輝く。波の音に耳を澄ましつつ歩いていると砂浜に座す華奢な人影が見えた。アメリアは人影に歩み寄った。

「こんばんは。トゥット」

 アメリアに呼ばれた青年は微笑み返す。

「お疲れ。アメリア」

「……どうしたの? こんな所に座って」

 小枝のような二本の角が覗く亜麻色の髪を月光に輝かせたトゥットは蜜色の瞳を細める。

「アメリアを送ろうと想って。……夜道を女の子一人で歩かせる訳にはいかないじゃん?」

 アメリアは微笑む。

「女の子扱いしてくれるなんて嬉しい。でもトゥットも昼間、患者達のお世話をして疲れたでしょ? 一人で帰れるから大丈夫だよ」

「アメリアだって仕事で疲れてる。俺以上に疲れてると想う。だって率先して仕事してた。女の子なのに力仕事を沢山こなして大変だったと想う。……それに」

「それに?」

「昼間は忙しくて喋れないからさ、帰り道くらい少し話したい、と想ってさ。アメリアは酷い目に遭っても皆の為に一生懸命だから……優しいし、強いし、可愛いし素敵じゃん。仲良くなりたいって想って。……ダメ?」

 頬を染めたアメリアはトゥットに気付かれまいと俯く。

「え、えっと……その……」

「送らせてよ?」トゥットはアメリアに手を差し出した。

 あまりにも自然な彼の手にアメリアは自らの手を重ねたくなった。

 しかし脳裡にイポリトの顔が横切る。

「……ごめん。気持ちは嬉しいんだけど……その、恥ずかしいし……好きな人居るから……」

「ごめん」トゥットは手を引っ込めた。

『あはは。振られちったぁ』とトゥットは笑った。それを横目に見遣りつつ、アメリアは引いては押す、さざ波に耳を傾ける。隣を歩くトゥットは痩せ細っていても筋骨はしっかりしていた。

「トゥットってさ。痩せてるけど体しっかりしてるよね。背もスラッと高くて、スポーツ選手みたい。普段何して働いてるの?」アメリアは問うた。

 体格を褒められたトゥットは頭を掻く。

「普段は漁してるよ。銛で魚を突いてる」

「水が綺麗だから魚見易そう」

「魚見易いから俺も見られ易いんだ。大変だけど獲れると楽しいよ」

「魚の他に何か素敵な物は見える?」

「綺麗な貝とか割れた陶磁器とか見えんだ。偶に拾う。絵が付いたカップとか俺の宝物。貝も拾いたいけど、大抵毒を持ってる巻貝だから放ってる」

「でも巻貝綺麗なんでしょ? どんな柄なの?」

「黒い斑点だったり、紫色だったり、細かい三角形の柄だったり色々」

「見てみたいなぁ」

「アメリアは泳げる?」

「そこそこ。北の街で人魚に教えて貰ったの」

「……じゃさ、今度休み取れるなら、泳ぎに行かない?」

「……デート?」アメリアは眉を下げた。

「まさか! 振られたばかりじゃん。気晴らしに遊ぶのどうかなって……」

 口をもぞもぞと動かすトゥットの隣でアメリアは爪先を眺めて思案する。どうしよう。綺麗な海に潜りたいし、素敵な柄の貝も見たい。でも友達とは言え男の子と出掛けるなんてイポリトがなんて言うかな……。でも現世での想い出も全部、イポリトの頭から消えちゃったんだ。あたしを相棒として認めてくれてるけど、今は愛情なんて感じてないようだし……。でも……。

 長い溜め息を吐くアメリアを見遣り、トゥットは眉を下げる。

「ごめん。困らせた。好きな人いるのにさ。この話忘れて」

「ううん! 困ってない」アメリアは勢い良く首を横に振る。

「でもアメリアにこんな顔させた。気が回らなかった。ごめん」

「謝らないで。あたしこそごめん。折角友達が誘ってくれたのにつまらなそうな顔して。少しだけ考えさせて?」アメリアは微笑んだ。

「……無理してない?」眉を下げたトゥットは問う。

「ううん! 急に誘われたから驚いただけ。ほら、女って色々準備があるでしょ? お腹のお肉何とかしたいとか、どんな服着ようだとか……だからちょっと考える時間が欲しいの」

「ん。分かった」トゥットは照れ臭そうに微笑んだ。

 小屋の前までトゥットに送って貰うとアメリアは立て付けの悪い扉を開けた。ディー、ポンペオ、イポリトは既に戻っていた。

「ただいま」

 アメリアの挨拶に各人は銘々返事をした。サンダルを脱いだアメリアは気怠そうにテーブルの脚に寄りかかるディーに小声で問う。

「ねぇ、ディー。……お願いがあるんだけど」

 ディーはアメリアを横目で見遣る。

「……何?」

「魔術で洋服とか水着出せる? あたしのへっぽこ魔術じゃそんな物出せなくて……」

「無論。もうデートに誘われたのか? 休みが必要だな」

「デートじゃないよ! 友達と遊びに行くの!」

「ふうん」

 大股を開き、寝藁に寝そべっていたイポリトは乙女達の方を見遣った、

 ディーとアメリアは話を続ける。

「あと一週間もすれば少し患者が落ち着くとライルが言っていた。そろそろ休診日を設けよう。皆働き過ぎだ」

「やった」アメリアは両手を胸の前に組んだ。

『マイクロビキニ出してやる』とディーは笑い、アメリアは『普通の出して』と赤面する。

 窓から月を眺めつつイポリトは鼻を鳴らした。
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