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最終話
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キャスが護衛に就任して10日。
その知らせがもたらされたのは早朝だった。
城内に設置された聖堂に、国王並びにこの国の重要人物達が集まっていた。王女や護衛の騎士達もその場にいた。
そして、この世界唯一の信仰。光の女神を崇める宗教の教皇からそれは告げられたのだ。
「魔王が復活した」
とー。
『世が荒れる時。ソレは北から現れる』
昔から語り継がれてきた言い伝え。ソレが封印から解けたのだ。
魔王復活を高らかに宣言した教皇は、これから起こり得る恐怖を説いた。
魔王が放つ瘴気は生き物を狂わせ。
田畑や自然を枯らし。
この世界を死に向かわせる。
そんな話だった。
聞いていたキャスは違和感を持つ。教皇は話を皆に説く様に見せて、実はただ1人に向け話していたからだ。
相手は王女だった。
王女の様子を見て、その恐怖と怒りを煽る様に、教皇は話している。
ー何故だ?
キャスが疑問に思う内に、教皇は話し終え、王女へ尋ねた。
「王女よ。貴女は魔王が許せますか?」
「許せません。今、北の方では多くの妖精達が生まれたと聞きました。そんな尊い地を瘴気で穢すなんてー」
ゆるせない
王女が最後の言葉を言い切る前にその現象は起こった。突然、聖堂内に金色の光が溢れたのだ。
何事かと、皆が騒ぎ出す。
その光が収まった時、聖堂には薄い金の光を纏う者がー。
2人いた。
「おお!光の聖女と光の勇者が同じ場所に表れるとは!何と幸運な事か!」
教皇が嬉しそうに叫んだ。
王女のふわふわの髪と大きな瞳は美しい金色に変化していた。
そしてもう1人は。
その側に控えていラリエスだった。彼の巻き毛とタレ目の薄茶も金色を帯びていた。
国王がその様子を見て、嬉しそうに言葉を発した。
「やはり2人は結ばれるべき運命だったという事だ。魔王の封印が終わり次第、2人の婚礼を行う。これは女神が定めし事。反故は認めん」
突然の事に皆が呆気にとられる中、王命が下された。
これからの計画を話し合う為、場所を作戦会議室へ移す。聖女は自室から出ないように。
そう周囲に命令を出して国王は聖堂から出かけ、振り返った。
「ラリエス!ついて来い!」
「畏まりました」
ラリエスは騎士団長として作戦会議に参加する必要がある。重々承知だ。歩きかけたラリエスはキャスと目が合った。
キャスは不安そうな、色々聞きたそうな、そんな表情をしていた。
心配いらないと抱きしめてやりたい。だが、国王や他の者達の前でそんな事は出来なかった。
「キャス。聖女を頼みましたよ」
無表情にそう告げて、ラリエスはその場を後にした。
◇◇◇
「聖女がいなくなっただと?」
唖然とした国王の声が作戦会議室に響いた。
魔王復活の宣言がなされて半刻。
聖堂にいたこの国の中枢メンバーと、新たに加わった主要メンバーが揃い、やっとこれから軍事会議という矢先に、その知らせはもたらされた。
「護衛は、護衛は何をしていた!どうしていなくなった!」
「それが…」
知らせを持って来た騎士も状況がよく分からず説明に困っていると、ルフトゥが部屋に入って来た。彼は少しふらついていた。
「オレから話す」
ルフトゥの話を聞いた一同は、再び唖然とした。
どうやら聖女は、このわずかな時間に『自ら魔王に立ち向かう!』と宣言して城を飛び出したらしい。
聖女の役割は、魔王や瘴気に対しての守り。彼女の最大の剣は光の勇者なのだ。
そんな勇者を置いて魔王に立ち向かうなんて…無謀というより、愚かにしか思えない行為だった。
「な、何故追いかけなかった!」
「聖女はオレを金の能力で縛り、ココに残れと命令してきた。代わりにキャスに追いかけさせた」
「その者はどうした!」
国王が周囲に尋ねるが答えられる者はいなかった。聖女共々、彼女も姿を消したからだ。
ぐぅ…と国王は呻くと、険しい表情で言い放った。
「聖女と女騎士を探し連れ戻せ。まだ北には着いてない筈だ」
「私が行きましょう」
ラリエスが名乗りを上げた。
「私の馬が1番速い。それにいざという時に、私がいれば光の封印も出来る筈」
「そうだな!頼むラリエス!」
国王に懇願される形で、ラリエスが向かう事になった。
「ルフトゥ、ベイティ。後は頼みましたよ」
ラリエスは2人に後を頼むと即座に部屋を飛び出した。
「くくくく」
廊下を駆けながら、ラリエスは込み上げる笑いを抑えきれなかった。堂々と城を出る口実が出来たからだ。
幼い頃から光の勇者になるべく強者である事を強制されてきた。自分では一度も望んだ事などないのに。
自分を縛りつける者達、全てを返り討ちにする。
キャスに出会い、初めて気づいた自分の本当の望み。それを実行するチャンスが巡ってきた。
光の聖女と光の勇者が結ばれなければ、後世に光の能力は承継されない?
そんなのクソ喰らえだ。
この日、勇者を捜索に向かわせた国王は1つ大きな失敗をする。
「勇者とバレない様に姿を隠して向かえ」
この一言が無かったが為、ラリエスは堂々と金の髪と瞳を晒して城から外に出た。
もちろん城を混乱させる為、わざとだ。突然現れた金の者に、城内も城外も大騒ぎになった。
金の者が出現するのは、世界の脅威の魔王が蘇った時だからだ。
結果、人間だけでなく他の大陸の種族達までも、何が起きたのか知りたいが為に、王城に押し寄せる事になった。
聖女と勇者を守れなかった愚かな国王。彼は後世にそう言い伝えられる様になる。
◇◇◇
そこは北のとある場所だった。
普通の者が入る事ができない、その場所で。
朦朧とする意識の中、キャスは必死に聖女へ手を伸ばしていた。
聖女を…王女を止めなければ…。
その一心で伸ばした手を。
聖女はそっと握りしめた。
キャス短い間だったけど、楽しかったわ。ありがとう。
彼女の声が聞こえた気がした。
その手が離れていく。
ダメだ…
そしてキャスの意識は闇に沈んだ。
◇◇◇
「もう次代に光の聖女と勇者は誕生しない。本当に良かったのか?」
背後から聞こえて来た声に、ラリエスは振り向いた。その腕には眠りについたキャスがいた。
ここは北のとある場所。全ての生き物の時間を止める空間。
「勿論です。先ほども言ったでしょ?私は世界などどうでもいいんです。愛した人と一緒になりたい。それだけです」
愛しそうに腕の中の恋人を見つめる。
その目に浮かぶのは、やっと欲しい者を手に入れたという高揚感。
そしてその為に他の全てを犠牲にしても構わないという狂気。
きっと彼女はラリエスがこれからする事を知れば怒るかもしれない。失望するかもしれない。それでも彼女を離してやる気はさらさら無い。
ラリエスだって自分の行動が未来に何をもたらすか十分に理解していた。
その上で彼は選択したのだ。
世界の平和より自分の人生を。
未来の救いより愛しい人との生活を。
そしてー。
光の女神より魔王を。
「こんな世界、壊してしまいましょう」
ラリエスは目の前の男にそう告げた。
黒い髪に黒い瞳。左右の側頭部から生えた歪な角。身に黒いローブを纏い、全身から禍々しい気が放たれている。
魔王だった。
もう聖女はこの世にいない。
光の封印は成されない。
「…始めよう」
魔王が低い声で呟いた瞬間。
世界は闇に包まれた。
女神に代わり、魔王が世界を支配する。
暗黒時代の幕開けだったー。
壊したい女神の箱庭ーただの真面目な女冒険者ですが、何故か勇者に溺愛されましたー 完
ーーー
当作品は、前作BL『壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー』より500年前の時代。
全ての物語の発端に当たります。
本来、光の聖女を守り、魔を祓い、聖女と共に次世代に光の能力を継承させるべき光の勇者は、魔王と組み世界を見捨てる選択をしました。
キャスとラリエスがこの後どうなったかは、前作の後半に書かれています。
結局、ラリエスはキャスとキスできませんでしたね。不憫です。笑。
★お知らせ★
本日より『壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー』の最終章を開始しました。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。
その知らせがもたらされたのは早朝だった。
城内に設置された聖堂に、国王並びにこの国の重要人物達が集まっていた。王女や護衛の騎士達もその場にいた。
そして、この世界唯一の信仰。光の女神を崇める宗教の教皇からそれは告げられたのだ。
「魔王が復活した」
とー。
『世が荒れる時。ソレは北から現れる』
昔から語り継がれてきた言い伝え。ソレが封印から解けたのだ。
魔王復活を高らかに宣言した教皇は、これから起こり得る恐怖を説いた。
魔王が放つ瘴気は生き物を狂わせ。
田畑や自然を枯らし。
この世界を死に向かわせる。
そんな話だった。
聞いていたキャスは違和感を持つ。教皇は話を皆に説く様に見せて、実はただ1人に向け話していたからだ。
相手は王女だった。
王女の様子を見て、その恐怖と怒りを煽る様に、教皇は話している。
ー何故だ?
キャスが疑問に思う内に、教皇は話し終え、王女へ尋ねた。
「王女よ。貴女は魔王が許せますか?」
「許せません。今、北の方では多くの妖精達が生まれたと聞きました。そんな尊い地を瘴気で穢すなんてー」
ゆるせない
王女が最後の言葉を言い切る前にその現象は起こった。突然、聖堂内に金色の光が溢れたのだ。
何事かと、皆が騒ぎ出す。
その光が収まった時、聖堂には薄い金の光を纏う者がー。
2人いた。
「おお!光の聖女と光の勇者が同じ場所に表れるとは!何と幸運な事か!」
教皇が嬉しそうに叫んだ。
王女のふわふわの髪と大きな瞳は美しい金色に変化していた。
そしてもう1人は。
その側に控えていラリエスだった。彼の巻き毛とタレ目の薄茶も金色を帯びていた。
国王がその様子を見て、嬉しそうに言葉を発した。
「やはり2人は結ばれるべき運命だったという事だ。魔王の封印が終わり次第、2人の婚礼を行う。これは女神が定めし事。反故は認めん」
突然の事に皆が呆気にとられる中、王命が下された。
これからの計画を話し合う為、場所を作戦会議室へ移す。聖女は自室から出ないように。
そう周囲に命令を出して国王は聖堂から出かけ、振り返った。
「ラリエス!ついて来い!」
「畏まりました」
ラリエスは騎士団長として作戦会議に参加する必要がある。重々承知だ。歩きかけたラリエスはキャスと目が合った。
キャスは不安そうな、色々聞きたそうな、そんな表情をしていた。
心配いらないと抱きしめてやりたい。だが、国王や他の者達の前でそんな事は出来なかった。
「キャス。聖女を頼みましたよ」
無表情にそう告げて、ラリエスはその場を後にした。
◇◇◇
「聖女がいなくなっただと?」
唖然とした国王の声が作戦会議室に響いた。
魔王復活の宣言がなされて半刻。
聖堂にいたこの国の中枢メンバーと、新たに加わった主要メンバーが揃い、やっとこれから軍事会議という矢先に、その知らせはもたらされた。
「護衛は、護衛は何をしていた!どうしていなくなった!」
「それが…」
知らせを持って来た騎士も状況がよく分からず説明に困っていると、ルフトゥが部屋に入って来た。彼は少しふらついていた。
「オレから話す」
ルフトゥの話を聞いた一同は、再び唖然とした。
どうやら聖女は、このわずかな時間に『自ら魔王に立ち向かう!』と宣言して城を飛び出したらしい。
聖女の役割は、魔王や瘴気に対しての守り。彼女の最大の剣は光の勇者なのだ。
そんな勇者を置いて魔王に立ち向かうなんて…無謀というより、愚かにしか思えない行為だった。
「な、何故追いかけなかった!」
「聖女はオレを金の能力で縛り、ココに残れと命令してきた。代わりにキャスに追いかけさせた」
「その者はどうした!」
国王が周囲に尋ねるが答えられる者はいなかった。聖女共々、彼女も姿を消したからだ。
ぐぅ…と国王は呻くと、険しい表情で言い放った。
「聖女と女騎士を探し連れ戻せ。まだ北には着いてない筈だ」
「私が行きましょう」
ラリエスが名乗りを上げた。
「私の馬が1番速い。それにいざという時に、私がいれば光の封印も出来る筈」
「そうだな!頼むラリエス!」
国王に懇願される形で、ラリエスが向かう事になった。
「ルフトゥ、ベイティ。後は頼みましたよ」
ラリエスは2人に後を頼むと即座に部屋を飛び出した。
「くくくく」
廊下を駆けながら、ラリエスは込み上げる笑いを抑えきれなかった。堂々と城を出る口実が出来たからだ。
幼い頃から光の勇者になるべく強者である事を強制されてきた。自分では一度も望んだ事などないのに。
自分を縛りつける者達、全てを返り討ちにする。
キャスに出会い、初めて気づいた自分の本当の望み。それを実行するチャンスが巡ってきた。
光の聖女と光の勇者が結ばれなければ、後世に光の能力は承継されない?
そんなのクソ喰らえだ。
この日、勇者を捜索に向かわせた国王は1つ大きな失敗をする。
「勇者とバレない様に姿を隠して向かえ」
この一言が無かったが為、ラリエスは堂々と金の髪と瞳を晒して城から外に出た。
もちろん城を混乱させる為、わざとだ。突然現れた金の者に、城内も城外も大騒ぎになった。
金の者が出現するのは、世界の脅威の魔王が蘇った時だからだ。
結果、人間だけでなく他の大陸の種族達までも、何が起きたのか知りたいが為に、王城に押し寄せる事になった。
聖女と勇者を守れなかった愚かな国王。彼は後世にそう言い伝えられる様になる。
◇◇◇
そこは北のとある場所だった。
普通の者が入る事ができない、その場所で。
朦朧とする意識の中、キャスは必死に聖女へ手を伸ばしていた。
聖女を…王女を止めなければ…。
その一心で伸ばした手を。
聖女はそっと握りしめた。
キャス短い間だったけど、楽しかったわ。ありがとう。
彼女の声が聞こえた気がした。
その手が離れていく。
ダメだ…
そしてキャスの意識は闇に沈んだ。
◇◇◇
「もう次代に光の聖女と勇者は誕生しない。本当に良かったのか?」
背後から聞こえて来た声に、ラリエスは振り向いた。その腕には眠りについたキャスがいた。
ここは北のとある場所。全ての生き物の時間を止める空間。
「勿論です。先ほども言ったでしょ?私は世界などどうでもいいんです。愛した人と一緒になりたい。それだけです」
愛しそうに腕の中の恋人を見つめる。
その目に浮かぶのは、やっと欲しい者を手に入れたという高揚感。
そしてその為に他の全てを犠牲にしても構わないという狂気。
きっと彼女はラリエスがこれからする事を知れば怒るかもしれない。失望するかもしれない。それでも彼女を離してやる気はさらさら無い。
ラリエスだって自分の行動が未来に何をもたらすか十分に理解していた。
その上で彼は選択したのだ。
世界の平和より自分の人生を。
未来の救いより愛しい人との生活を。
そしてー。
光の女神より魔王を。
「こんな世界、壊してしまいましょう」
ラリエスは目の前の男にそう告げた。
黒い髪に黒い瞳。左右の側頭部から生えた歪な角。身に黒いローブを纏い、全身から禍々しい気が放たれている。
魔王だった。
もう聖女はこの世にいない。
光の封印は成されない。
「…始めよう」
魔王が低い声で呟いた瞬間。
世界は闇に包まれた。
女神に代わり、魔王が世界を支配する。
暗黒時代の幕開けだったー。
壊したい女神の箱庭ーただの真面目な女冒険者ですが、何故か勇者に溺愛されましたー 完
ーーー
当作品は、前作BL『壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー』より500年前の時代。
全ての物語の発端に当たります。
本来、光の聖女を守り、魔を祓い、聖女と共に次世代に光の能力を継承させるべき光の勇者は、魔王と組み世界を見捨てる選択をしました。
キャスとラリエスがこの後どうなったかは、前作の後半に書かれています。
結局、ラリエスはキャスとキスできませんでしたね。不憫です。笑。
★お知らせ★
本日より『壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー』の最終章を開始しました。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。
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