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本編
9.君とやりたいこと
しおりを挟むいつか犬を飼ってみたい。
そんな俺の夢は例えるなら第一目標というやつで、大前提のそこをクリアしたあとには更に詳細な「やってみたい」が控えている。
そんな叶えたい夢のひとつ。
それは……愛犬とキャッチボールがしたい!
もしくはフリスビーでも可!である。
だがしかし、ここで問題が立ち塞がる。丈夫でシルバーの鋭い牙にも耐えられる作りのちょうどいいボールが見つからなかったのだ。
なんというかこの世界は魔力が発達している影響で前世のような原始的な遊びや小道具があまり普及していないのだ。子供達に人気があるのはもっぱら魔力を流す事で使える魔道玩具ばかり。そのせいで町中のおもちゃ屋さんに行っても俺の理想のボールは売られていなかった。
しかし、どうしても諦めきれなかった俺は閃いた。
ボールがないなら作ればいいんじゃね?って。
早速俺は森へと出かけ、ゴムの木の表皮を削り取り、そこから溢れる樹液を採取し持ち帰った。ゴムの木の樹液はドロッとしたボンドのような白い液体で、固まると弾力性のあるシリコンのような固形物になる。
その特性を活かし、あれこれ改良を試みた結果、ついに俺の理想とするボールが完成した。
「やべぇ、俺天才かも」
程よい弾力のおかげで鋭利な物体も貫通することなく衝撃を吸収してくれるから、シルバーの歯にも耐えられるし、万が一ぶつかってもそれほど痛みは感じない。そしてなによりよく跳ねる。イメージとしてはシリコンボールが一番近い。これなら軽く投げるだけでもそれなりに遠くまで飛んでいくし、シルバーも気に入ってくれるのではないか。
早速出来上がったボールを後ろ手に隠しながら、庭で日向ぼっこをしているシルバーのもとへ駆け寄った。
「シルバー!」
しぱしぱと眠そうに瞬きをしたシルバーは俺の姿を捉えてパタパタと尻尾を振る。
「じゃーーん!見て見て!今からこれで遊ぼう」
「ワゥ?」
なにそれ?と言わんばかりに首を傾げてボールの匂いを嗅ぐシルバー。
「これをな、俺が今からあっちに投げるからシルバーはこれを取りに行って戻ってくるんだ。な?楽しそうだろ?」
「ワフゥ……」
困惑顔で見つめてくるシルバーだったが、言葉で説明するよりも実際にやってみた方が早いだろう。
「よーし!取ってこーーい!」
ポーーンと遠く投げ飛ばされたボールは綺麗な放物線を描いて空を舞った。そして数メートル先の芝生に着地し、ポムポムと跳ねながら転がっていく。
……のを見つめたまま動かないシルバーと俺。
「………」
「………?」
だから何?って顔でシルバーが見つめてくる。
あれ?え、犬ってなんかこう、飛んでいくものを見ると追いかけたくなるもんなんじゃないの?
いやシルバーは狼なんだけどさ。
でも同じイヌ科だろ?
いや、今のは突然だったからシルバーも咄嗟に反応できなかったのかもしれない。失敬失敬。
飛んで行ったボールを拾いに行き、今度はシルバーのいる方向へ投げてみることにした。
「いくぞーシルバー!それ!」
再び空を舞ったボールは俺のナイスコントロールのおかげでシルバーの一歩手前のところへコロコロと転がっていった。それを目で追ったシルバーは目の前でピタリとボールが止まったのを確認すると、また俺の方を見て首を傾げた。
「全っっっっ然食いつかないじゃん!!!」
ワッと顔を覆って叫んだ。
俺の苦労して作ったあの時間は何だったんだ。寝る間を惜しんで作ったボールはシルバーの興味を引くこともなく、ただ俺が自分で投げて自分で取りに行っただけ!何これ!?
俺の思い描いたシルバーとキャッチボールをするという夢がガラガラと崩れ落ちていく。
俺の予定では今ごろ、俺の投げたボールをシルバーが空中でキャッチして嬉しそうに尻尾を振りながら駆け寄ってきている筈だったのに。
現実はなんて無情なんだ。
あまりの悔しさに膝をついて項垂れた。
あぁ、なんだか太陽が眩しいなぁ。徹夜したからかな、目が霞んで涙が止まらないや~。
そんな悲しみに暮れる俺を哀れに思ったのか。
シルバーはのっそりと立ち上がるとボールを咥えてポテポテと歩いて俺の方までやってきた。
そして俺の膝の上にボールを置き、その場でお座りをする。
「っシルバー!!!」
パァァァと笑顔が溢れる。
何だろな、仕方ねぇな感が半端ないけど。
本来の犬と飼い主の立場が逆転してるような気がしなくもないけど、そんな細かいことはどうでもい!俺の意思を汲んでボールを持ってきてくれた、ただその事実が死ぬほど嬉しい。
「お前はなんっって賢くて優しいんだぁぁぁ!」
わしゃわしゃと身体中撫でまくる。
グワングワンとされるがままに横揺れするシルバーは心なしか呆れたような顔に見えなくもないけど、すっかり萎れた心が完全復活した俺には些細なことだ。
「よし、気を取り直してもう一回だ。今度はちゃんと走って取りに行くんだぞ?いいなシルバー」
「……ワフ」
渋々腰を上げたシルバーの後方へ思いっきりボールを投げれば、今度こそ走ってボールを追いかけていった。そして軽くジャンプしてボールが地面に落ちる前に口でキャッチすると、軽く流しながら俺の元へ戻ってきてボールを手渡してくれた。これだよこれこれ!俺が求めてたキャッチボールは!
「はーーー天才!偉いなぁシルバー!凄いぞぉぉ!!!」
「ワフン」
そうやって戻ってくるたびに大袈裟に褒めまくっていると、シルバーも褒められるのは満更でもなかったようで段々ノリノリになってきた。俺の渾身の豪速球にも難なく応え、最初は手渡しだったボールを器用にも投げて寄越してくることもあった。なんならお尻を高く上げて次はどこに飛ばすのかとボールの行方に神経を集中させる程には夢中になっていた。
そしてキャッチボールを繰り返すこと数十分。最初に体力が尽きたのは何故か俺の方だった。
いやだって、途中からシルバーは俺にもボールをキャッチさせようとわざとちょっと離れたところにボールを投げ返すようになったのだ。
そうすると必然的に俺も動かざるを得なくなって、そして今度は俺がやり返してのエンドレスゲーム。
普段から森で狩りをしてくる体力無尽蔵狼と、一日中部屋に篭って小物作りに勤しむ人間だったらそりゃ結果は見えるだろうよ。
気づいたら庭中走り回ってるはずのシルバーよりゼーハーと息が上がり、芝生の上で大の字になって倒れていた。
「ハァ、ハァハァ、ちょ、げほ、っと休憩……ゲホゲホ」
「クゥーン」
ボールを咥えて俺の顔を覗き込んでくるシルバーを撫でてやると、ボールをポトリと地面に置いて労るように俺の顔を舐めてきた。
「ふ、ははは、くすぐってぇ」
次第に呼吸が落ち着いてくると、穏やかな風が額の汗を冷やして涼しい。スゥッと大きく息を吸い込むと、葉っぱの青臭い香りとシルバーのおひさまの匂いで胸がいっぱいになる。
「もうすぐ夏だなぁ。もう少し暑くなってきたら今度は一緒に庭で水浴びしような」
「ワフ」
「あぁ、そうだ。どうせなら湖で泳ぐのも楽しそうだよな。森の奥に穴場があるんだ、今度そこにも行こう」
「ワフ」
「楽しみだなぁ。俺、シルバーとやりたい事まだまだいっぱいあるんだ」
前世の俺はこうやって激しく運動することも出来なかったから、肺が痛くなるまで走り回る経験なんてのも初めてで何もかもが新鮮で楽しい。これからも俺の初めてはシルバーとの思い出で更新されていくんだろうなぁ。
「また俺の遊びに付き合ってくれよ、シルバー」
そう言って笑いかけると、シルバーは嬉しそうにスリスリと額を擦り付けてきた。
これからも変わらず俺とシルバーの毎日は続いていくもんだと、この時の俺は疑いもせず信じていた。
数日後。
いつものように森へ出かけていったシルバーは、日が暮れて夜になり、やがて日付を跨いでも………俺のもとに帰ってくることはなかった。
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