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2.パメラと猫
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うううう。朝からオリガはうなっていた。昨日からパメラのお見合い相手をみつくろっているのだが、なかなかいい殿方がいないのだ。
「パパメラは元平民の男爵令嬢であるからのう。あまり高い身分の殿方では釣り合わぬのう。」
オリガは机の上に置いた貴族子女調査票をペラペラとめくっている。分厚い調査票は既に二冊目にわたっている。
「騎士団長の子息、そうウィリアム侯爵令息が初恋相手であったの。ということは、騎士がよいのであろうか。それとも、筋肉がついていればよいのであろうか。……しかし、男爵令嬢のパパメラに侯爵令息はのう……。無理に嫁いでも、嫁ぎ先でいじめられるだけよの。だめじゃだめじゃ、パパメラを大事にしてくれる貴族家を探すのがわらわの務めじゃ」
そうしてまた、オリガは調査票をめくっていく。
コンコン ノックの音がして侍女のベルタが入ってくる。
「オリガお嬢様、そろそろ学園にむかう時間です。……昨日から難しい顔をしてどうなさいましたか?」
「ベルタ。なに、初恋の男にもてあそばれた男爵令嬢に、よき殿方をみつくろってやろうと思っての。昨日から調べておるのじゃが、なかなかピンとこぬのよ」
「まあ、オリガお嬢様、またですか? お忙しいのにたいがいになさいましよ。……それに、ご本人の意向を先に聞いてから選ぶ方がよろしいと思いますよ」
ベルタの言葉に、オリガは両手をパンと打ち合わせて笑顔を浮かべた。
「その通りじゃ。さすがはベルタじゃ。よき助言に感謝するぞ。わらわはまた間違えるところであった。おじいさまによくたしなめられたのであった。押しつけがましいのは、よくないとな。学園でパパメラに聞いてこよう」
心配そうなベルタの視線を背中に受け、オリガは意気揚々と学園にむかった。
休み時間になるたび、オリガは優雅な早歩きでパメラを探したが、パメラはみつからなかった。パメラの組の生徒に聞くと、パメラは授業のあとすぐにどこかに行ったらしい。
「パパメラと縁がないのであろうか……」
オリガはしょんぼりとしながら、馬車に向かう。
「おや、あれは……やっとみつけたぞ」
オリガはぱあっと明るい笑顔を浮かべると、パメラの元に歩み寄る。
「パパメラ、何をしておるのじゃ?」
「ひっ」
パメラは飛び上がった。オリガはすまなそうな顔で詫びる。
「すまぬ。驚かせてしまったの。今日はパパメラに聞きたいことがあって、朝から探しておったのじゃ……なんじゃ、あの音は……?」
オリガは首をかしげると、パメラが先ほど見つめていたやぶの中をのぞきこんだ。
シシャーッ
一匹の猫がやぶの中から飛び出してきて、オリガの胸にぶつかった。オリガはおもむろに猫を抱き上げると顔の前に持ち上げる。
「なんじゃ、かわいい猫じゃのう。迷い込んだのか? そなたの主人はどこじゃ?」
「ああっ……」
パメラが頭を抱えた。
「ん? パパメラの猫であったか?……ほれ」
オリガがパメラに猫を差し出すと、パメラは怯えた顔で両手を後ろに隠し、首をぶんぶんと横に振る。
「なんじゃ、この猫は暴れるのう。そなた、お腹がすいておるのか?」
オリガはスカートのポケットからパンをつかみだすと、猫の口元にかざす。猫はパンをがつがつと食べる。
「ああっ……」
パメラが空を仰いだ。
オリガは少し恥ずかしそうな顔でもじもじする。
「これは、見なかったことにしてくれぬか? わらわがポケットにパンを入れているなど、他の者に知られては公爵家の恥じゃ……。以前、飢えた野良犬にねだられたことがあっての、そのときは何も持っておらなんだのじゃ。仕方なく屋敷に連れて帰って、今はわらわの忠犬なのじゃ。それ以来、いつも昼ごはんのパンを少し残して持ち歩いておるのじゃ……。」
パメラはしばらく考えてから、黙ったままうなずいた。
パンを食べ終わって眠くなったのか、猫はオリガの上着の中にもぐりこんだ。オリガは気にするふうもなく、猫をうまい具合に抱える。
「そうであった、パパメラに聞きたいことがあったのじゃ。そなたにの、よい殿方をみつけてやりたいのじゃが、先にそなたの希望を聞いておくべきであろうと思っての。」
「ええっ」
パメラは目を真ん丸にしてオリガをみつめた。
「騎士団の者がよいか? それとも筋肉がついていれば、騎士団でなくてもよいか?」
パメラは口をパクパクさせた。オリガは心配そうにパメラを見つめる。
「そなたの意向になるべく沿う殿方を探すつもりじゃ。なんなりと申してみよ。……あ、ただし既に婚約者がおる者はならぬぞ。婚約解消は誰も得をせぬからの」
パメラはうつむいた。パメラの握りしめた両手が震えている。
「……どうして……」
パメラが小さな声でつぶやいた。
「ん? なんと申した?」
パメラは顔を上げると一気にまくしたてた。
「も、もう放っておいてください。……なんなんですか、ずっと邪魔ばかりして。ウィリアム様のこともそうだし、猫だって……。本当は私の使い魔になるはずだったのに……その上、犬までもう手に入れてしまっているなんて……。もう私に関わらないでください、おせっかいはもうたくさん」
パメラはオリガの顔も見ずに走り去った。
遠巻きに見ていた生徒たちが、オリガにおずおずと声をかける。
「あの、オリガ様、大丈夫ですか?……あの、これ、もしよかったら……」
白いハンカチが差し出された。オリガは立ち尽くしたままハラハラと涙を流している。オリガが動かないので、女生徒はそっとハンカチでオリガの涙をふいた。
「あの、オリガ様。気にしないでください。学園の生徒はみんな、オリガ様に感謝しています。特に身分の低い生徒は、学園でのびのびできるのはオリガ様のおかげだって言ってます」
オリガは弱々しく笑った。
「よいのじゃ。世話をかけてすまぬな。ハンカチは洗って返すゆえ、持ち帰るがよいか? 醜態をさらしてしまったの……。皆、気をつけて帰るのじゃぞ」
いつもは自信に満ち溢れた孤高の人が初めて見せる悄然とした姿は、生徒たちの胸につきささった。
オリガは姿勢を正すと、公爵令嬢らしい優雅な歩みで去っていった。
屋敷に入ると、オリガは猫の世話をベルタに任せ、忠犬モーのところにむかう。
「モー、どこじゃ?」
オリガが指笛を吹くと、仔牛ほどの大きさがある黒犬が庭のむこうから走ってくる。モーはオリガに飛び掛かると、オリガの上着をふんふんと嗅ぎまわる。
「おお、そうじゃ。分かるのじゃな。今日は猫をみつけてのう、連れて帰ってきたのじゃ。後で紹介するから、仲良くするのじゃぞ」
モーは、オリガを見つめると、「モー」と鳴いた。
「ふふっ。そなたは犬のくせに相変わらず牛のような声で鳴くの。」
ひとしきりオリガはモーをなでまわすと、つぶやいた。
「モー、今日わらわはまたしても間違えてしまったぞ。おじいさまがあれほど仰られていたのにな。わらわは分かっておらなんだ。」
モーはオリガの涙をペロペロとなめる。
「困っている人を助けるのはよいが、度を越すとそれは余計なおせっかいじゃと」
「モー」
オリガはモーの頭をわしわしとなでた。もうその顔には涙はなかった。
「わらわはもうおせっかいはやめる。卒業じゃ」
オリガは決意をこめてモーの手を握った。
オリガは部屋に戻るとベルタに頼んで、貴族子女調査票を箱に詰め蔵にしまってもらった。ベルタは何か言おうとしたがやめて、黙ってオリガの指示に従った。
翌日から、オリガはしとやかな令嬢として学園で過ごすようになった。のじゃ言葉は封印した。
「あなた、昨日はハンカチをありがとう。お返ししますわ。こちらお礼の焼き菓子ですのよ。お口に合えばよろしいのですが」
オリガに話しかけられた女生徒は、オリガをみつめ、目を一瞬ギュッとつぶって、もう一度みつめた。
「わざわざありがとうございます」
女生徒がやっと言葉を絞り出すと、オリガは花のようなほほ笑みを浮かべて立ち去った。
あたりを沈黙が包んだ。
オリガ様の様子がおかしい、その噂はひそやかにすみやかに学園内を巡った。年の割に大人びた生徒たちは、事態を静観することにした。まあ、あのオリガ様だからな、なんか大丈夫なんじゃない、そんな謎の信頼感が寄せられていた。
穏やかな昼下がりの学園の庭で、オリガが優雅に午後のお茶を楽しんでいると、血相を変えた生徒が駆け寄ってきた。
「オオオオオリガ様……パパパパメラ様が……ママママ魔物に襲われています」
オリガはすっくと立ち上がると一言。
「すぐに警備と騎士団に知らせを」
オリガは走った。訓練で鍛え抜かれたオリガの脚力はすさまじく、追いすがる生徒たちを置き去りにした。
「パパメラ」
パメラは巨大な鳥につかまれ、ぐったりしている。パメラの頭から血が流れているのが見えた。巨鳥はパメラをつかんだまま、大空に羽ばたき遠のいていこうとする。
「おのれ許さん」
オリガは髪からかんざしを抜くと、風魔法を練り上げ一気に投擲する。オリガの祖父が公爵家の技術の粋を結集して作り上げた暗器は、巨鳥の片目に深々と突き刺さった。
ギギャギャギャ
巨鳥はくちばしを大きく開けると、オリガに向かって火を噴く。一直線にオリガにむかってくる炎は、オリガの手にある扇によって受け止められ、跳ね返された。
「しまった」
パメラが跳ね返された炎に包まれそうになったとき、モーと鳴きながら、黒犬が巨鳥の足をかみ切る。真っ逆さまに落ちていくパメラは、猫の長いしっぽにクルクルと巻き取られ、そっと地面に置かれた。
巨大な鳥はオリガを視線にとらえると、オリガにむかって一気に滑翔する。
「受けて立つ」
モーが口にくわえた刀をオリガに投げる。オリガは跳躍しながら刀を受け取ると、鞘から刀を抜いて紫電一閃、巨鳥の首を切り落とした。
地響きを立てて巨鳥が地面に落ちる。
ひらり オリガは軽やかに着地すると、巨鳥に駆け登り、二枚の羽を切り裂くと、念入りにとどめを刺した。
オリガは血濡れの刀をぽとりと落とすと、パメラの元に走り寄る。
「パパメラ……パパメラ、死ぬな。まだ謝っていないというのに……」
「いや、死んでないし」
割と冷静な声でパメラが返した。猫に尻尾でパシンパシンされてとっくに起きていたのだ。
「パパメラ、そなた……無事だったのじゃな。」
ハッとオリガは我に返ると、そっとパメラの手を握った。
「パパメラ、わたくしを許してくださらないでしょうか。おせっかいをして、あなたに嫌な思いをさせました」
パメラはしばらくオリガを見つめると、ふっと笑った。
「なにそのしゃべりかた。普通のお嬢様みたいじゃない」
「わたくしはれっきとした公爵家の令嬢ですもの」
オリガの頬が少しふくらんだ。
「いつものようにしゃべってちょうだい。その方があなたらしいわ。お嬢様言葉のオリガ様は気持ち悪いわ」
パメラは優しく笑ってオリガの手に自分のもう一方の手を重ねた。
「わたしこそごめんなさい。勝手に誤解して、勝手に怒って、オリガ様を傷つけたわ」
オリガは真っ赤になってうつむいた。
「いいのじゃ。喧嘩両成敗なのじゃ。パパメラ、わらわと友達になってくれぬか?」
「……いいけど。……わたしの名前、パメラなんだけどな」
「ええええーーー」
建物の陰から見守っていた生徒たちは、歓声を上げながらふたりに近づく。
オリガが魔物を倒したことはもちろんのこと、意気消沈していたオリガに笑顔が戻ったことが、なにより生徒たちにとっては嬉しかった。生徒たちはオリガに声をかける。
「どんどんおせっかいしてください」
「大歓迎ですもの」
「オリガ様に助けられて嬉しかったですわ」
「やりすぎであれば止めるのじゃぞ」
オリガはそう言って、晴れやかに笑った。
その日、おせっかい公爵令嬢オリガにパメラという友人ができた。
「パパメラは元平民の男爵令嬢であるからのう。あまり高い身分の殿方では釣り合わぬのう。」
オリガは机の上に置いた貴族子女調査票をペラペラとめくっている。分厚い調査票は既に二冊目にわたっている。
「騎士団長の子息、そうウィリアム侯爵令息が初恋相手であったの。ということは、騎士がよいのであろうか。それとも、筋肉がついていればよいのであろうか。……しかし、男爵令嬢のパパメラに侯爵令息はのう……。無理に嫁いでも、嫁ぎ先でいじめられるだけよの。だめじゃだめじゃ、パパメラを大事にしてくれる貴族家を探すのがわらわの務めじゃ」
そうしてまた、オリガは調査票をめくっていく。
コンコン ノックの音がして侍女のベルタが入ってくる。
「オリガお嬢様、そろそろ学園にむかう時間です。……昨日から難しい顔をしてどうなさいましたか?」
「ベルタ。なに、初恋の男にもてあそばれた男爵令嬢に、よき殿方をみつくろってやろうと思っての。昨日から調べておるのじゃが、なかなかピンとこぬのよ」
「まあ、オリガお嬢様、またですか? お忙しいのにたいがいになさいましよ。……それに、ご本人の意向を先に聞いてから選ぶ方がよろしいと思いますよ」
ベルタの言葉に、オリガは両手をパンと打ち合わせて笑顔を浮かべた。
「その通りじゃ。さすがはベルタじゃ。よき助言に感謝するぞ。わらわはまた間違えるところであった。おじいさまによくたしなめられたのであった。押しつけがましいのは、よくないとな。学園でパパメラに聞いてこよう」
心配そうなベルタの視線を背中に受け、オリガは意気揚々と学園にむかった。
休み時間になるたび、オリガは優雅な早歩きでパメラを探したが、パメラはみつからなかった。パメラの組の生徒に聞くと、パメラは授業のあとすぐにどこかに行ったらしい。
「パパメラと縁がないのであろうか……」
オリガはしょんぼりとしながら、馬車に向かう。
「おや、あれは……やっとみつけたぞ」
オリガはぱあっと明るい笑顔を浮かべると、パメラの元に歩み寄る。
「パパメラ、何をしておるのじゃ?」
「ひっ」
パメラは飛び上がった。オリガはすまなそうな顔で詫びる。
「すまぬ。驚かせてしまったの。今日はパパメラに聞きたいことがあって、朝から探しておったのじゃ……なんじゃ、あの音は……?」
オリガは首をかしげると、パメラが先ほど見つめていたやぶの中をのぞきこんだ。
シシャーッ
一匹の猫がやぶの中から飛び出してきて、オリガの胸にぶつかった。オリガはおもむろに猫を抱き上げると顔の前に持ち上げる。
「なんじゃ、かわいい猫じゃのう。迷い込んだのか? そなたの主人はどこじゃ?」
「ああっ……」
パメラが頭を抱えた。
「ん? パパメラの猫であったか?……ほれ」
オリガがパメラに猫を差し出すと、パメラは怯えた顔で両手を後ろに隠し、首をぶんぶんと横に振る。
「なんじゃ、この猫は暴れるのう。そなた、お腹がすいておるのか?」
オリガはスカートのポケットからパンをつかみだすと、猫の口元にかざす。猫はパンをがつがつと食べる。
「ああっ……」
パメラが空を仰いだ。
オリガは少し恥ずかしそうな顔でもじもじする。
「これは、見なかったことにしてくれぬか? わらわがポケットにパンを入れているなど、他の者に知られては公爵家の恥じゃ……。以前、飢えた野良犬にねだられたことがあっての、そのときは何も持っておらなんだのじゃ。仕方なく屋敷に連れて帰って、今はわらわの忠犬なのじゃ。それ以来、いつも昼ごはんのパンを少し残して持ち歩いておるのじゃ……。」
パメラはしばらく考えてから、黙ったままうなずいた。
パンを食べ終わって眠くなったのか、猫はオリガの上着の中にもぐりこんだ。オリガは気にするふうもなく、猫をうまい具合に抱える。
「そうであった、パパメラに聞きたいことがあったのじゃ。そなたにの、よい殿方をみつけてやりたいのじゃが、先にそなたの希望を聞いておくべきであろうと思っての。」
「ええっ」
パメラは目を真ん丸にしてオリガをみつめた。
「騎士団の者がよいか? それとも筋肉がついていれば、騎士団でなくてもよいか?」
パメラは口をパクパクさせた。オリガは心配そうにパメラを見つめる。
「そなたの意向になるべく沿う殿方を探すつもりじゃ。なんなりと申してみよ。……あ、ただし既に婚約者がおる者はならぬぞ。婚約解消は誰も得をせぬからの」
パメラはうつむいた。パメラの握りしめた両手が震えている。
「……どうして……」
パメラが小さな声でつぶやいた。
「ん? なんと申した?」
パメラは顔を上げると一気にまくしたてた。
「も、もう放っておいてください。……なんなんですか、ずっと邪魔ばかりして。ウィリアム様のこともそうだし、猫だって……。本当は私の使い魔になるはずだったのに……その上、犬までもう手に入れてしまっているなんて……。もう私に関わらないでください、おせっかいはもうたくさん」
パメラはオリガの顔も見ずに走り去った。
遠巻きに見ていた生徒たちが、オリガにおずおずと声をかける。
「あの、オリガ様、大丈夫ですか?……あの、これ、もしよかったら……」
白いハンカチが差し出された。オリガは立ち尽くしたままハラハラと涙を流している。オリガが動かないので、女生徒はそっとハンカチでオリガの涙をふいた。
「あの、オリガ様。気にしないでください。学園の生徒はみんな、オリガ様に感謝しています。特に身分の低い生徒は、学園でのびのびできるのはオリガ様のおかげだって言ってます」
オリガは弱々しく笑った。
「よいのじゃ。世話をかけてすまぬな。ハンカチは洗って返すゆえ、持ち帰るがよいか? 醜態をさらしてしまったの……。皆、気をつけて帰るのじゃぞ」
いつもは自信に満ち溢れた孤高の人が初めて見せる悄然とした姿は、生徒たちの胸につきささった。
オリガは姿勢を正すと、公爵令嬢らしい優雅な歩みで去っていった。
屋敷に入ると、オリガは猫の世話をベルタに任せ、忠犬モーのところにむかう。
「モー、どこじゃ?」
オリガが指笛を吹くと、仔牛ほどの大きさがある黒犬が庭のむこうから走ってくる。モーはオリガに飛び掛かると、オリガの上着をふんふんと嗅ぎまわる。
「おお、そうじゃ。分かるのじゃな。今日は猫をみつけてのう、連れて帰ってきたのじゃ。後で紹介するから、仲良くするのじゃぞ」
モーは、オリガを見つめると、「モー」と鳴いた。
「ふふっ。そなたは犬のくせに相変わらず牛のような声で鳴くの。」
ひとしきりオリガはモーをなでまわすと、つぶやいた。
「モー、今日わらわはまたしても間違えてしまったぞ。おじいさまがあれほど仰られていたのにな。わらわは分かっておらなんだ。」
モーはオリガの涙をペロペロとなめる。
「困っている人を助けるのはよいが、度を越すとそれは余計なおせっかいじゃと」
「モー」
オリガはモーの頭をわしわしとなでた。もうその顔には涙はなかった。
「わらわはもうおせっかいはやめる。卒業じゃ」
オリガは決意をこめてモーの手を握った。
オリガは部屋に戻るとベルタに頼んで、貴族子女調査票を箱に詰め蔵にしまってもらった。ベルタは何か言おうとしたがやめて、黙ってオリガの指示に従った。
翌日から、オリガはしとやかな令嬢として学園で過ごすようになった。のじゃ言葉は封印した。
「あなた、昨日はハンカチをありがとう。お返ししますわ。こちらお礼の焼き菓子ですのよ。お口に合えばよろしいのですが」
オリガに話しかけられた女生徒は、オリガをみつめ、目を一瞬ギュッとつぶって、もう一度みつめた。
「わざわざありがとうございます」
女生徒がやっと言葉を絞り出すと、オリガは花のようなほほ笑みを浮かべて立ち去った。
あたりを沈黙が包んだ。
オリガ様の様子がおかしい、その噂はひそやかにすみやかに学園内を巡った。年の割に大人びた生徒たちは、事態を静観することにした。まあ、あのオリガ様だからな、なんか大丈夫なんじゃない、そんな謎の信頼感が寄せられていた。
穏やかな昼下がりの学園の庭で、オリガが優雅に午後のお茶を楽しんでいると、血相を変えた生徒が駆け寄ってきた。
「オオオオオリガ様……パパパパメラ様が……ママママ魔物に襲われています」
オリガはすっくと立ち上がると一言。
「すぐに警備と騎士団に知らせを」
オリガは走った。訓練で鍛え抜かれたオリガの脚力はすさまじく、追いすがる生徒たちを置き去りにした。
「パパメラ」
パメラは巨大な鳥につかまれ、ぐったりしている。パメラの頭から血が流れているのが見えた。巨鳥はパメラをつかんだまま、大空に羽ばたき遠のいていこうとする。
「おのれ許さん」
オリガは髪からかんざしを抜くと、風魔法を練り上げ一気に投擲する。オリガの祖父が公爵家の技術の粋を結集して作り上げた暗器は、巨鳥の片目に深々と突き刺さった。
ギギャギャギャ
巨鳥はくちばしを大きく開けると、オリガに向かって火を噴く。一直線にオリガにむかってくる炎は、オリガの手にある扇によって受け止められ、跳ね返された。
「しまった」
パメラが跳ね返された炎に包まれそうになったとき、モーと鳴きながら、黒犬が巨鳥の足をかみ切る。真っ逆さまに落ちていくパメラは、猫の長いしっぽにクルクルと巻き取られ、そっと地面に置かれた。
巨大な鳥はオリガを視線にとらえると、オリガにむかって一気に滑翔する。
「受けて立つ」
モーが口にくわえた刀をオリガに投げる。オリガは跳躍しながら刀を受け取ると、鞘から刀を抜いて紫電一閃、巨鳥の首を切り落とした。
地響きを立てて巨鳥が地面に落ちる。
ひらり オリガは軽やかに着地すると、巨鳥に駆け登り、二枚の羽を切り裂くと、念入りにとどめを刺した。
オリガは血濡れの刀をぽとりと落とすと、パメラの元に走り寄る。
「パパメラ……パパメラ、死ぬな。まだ謝っていないというのに……」
「いや、死んでないし」
割と冷静な声でパメラが返した。猫に尻尾でパシンパシンされてとっくに起きていたのだ。
「パパメラ、そなた……無事だったのじゃな。」
ハッとオリガは我に返ると、そっとパメラの手を握った。
「パパメラ、わたくしを許してくださらないでしょうか。おせっかいをして、あなたに嫌な思いをさせました」
パメラはしばらくオリガを見つめると、ふっと笑った。
「なにそのしゃべりかた。普通のお嬢様みたいじゃない」
「わたくしはれっきとした公爵家の令嬢ですもの」
オリガの頬が少しふくらんだ。
「いつものようにしゃべってちょうだい。その方があなたらしいわ。お嬢様言葉のオリガ様は気持ち悪いわ」
パメラは優しく笑ってオリガの手に自分のもう一方の手を重ねた。
「わたしこそごめんなさい。勝手に誤解して、勝手に怒って、オリガ様を傷つけたわ」
オリガは真っ赤になってうつむいた。
「いいのじゃ。喧嘩両成敗なのじゃ。パパメラ、わらわと友達になってくれぬか?」
「……いいけど。……わたしの名前、パメラなんだけどな」
「ええええーーー」
建物の陰から見守っていた生徒たちは、歓声を上げながらふたりに近づく。
オリガが魔物を倒したことはもちろんのこと、意気消沈していたオリガに笑顔が戻ったことが、なにより生徒たちにとっては嬉しかった。生徒たちはオリガに声をかける。
「どんどんおせっかいしてください」
「大歓迎ですもの」
「オリガ様に助けられて嬉しかったですわ」
「やりすぎであれば止めるのじゃぞ」
オリガはそう言って、晴れやかに笑った。
その日、おせっかい公爵令嬢オリガにパメラという友人ができた。
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