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【短編】氷の令嬢はさえない婚約者を離さない「あなたの前でだけ笑えるのです」
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「総員整列!」
氷の令嬢コーレリアの朝は点呼から始まる。弱々しい朝日が差し込む広間に、コーレリアのキビキビとした声が響く。
「影隊長オード、報告を」
黒装束に身を包んだオードが一歩前に出る。
「一昨日エドモンド様に接触したドロテア様は、白です。コーレリア様に憧れるがゆえに、エドモンド様に興味を持っただけと推察いたします。ドロテア様と婚約者の仲は良好です」
「ご苦労。本日も引き続きエドモンド様の監視及び護衛に務めるように」
「御意」
「執事マルク、報告を」
寸分の隙もなくピシッとテールコートを着たマルクが前に出る。
「本日のエドモンド様のご予定は、通常通り王宮にて官吏業務です。全土の穀物の収穫量をまとめていらっしゃいます。お昼はハンス様とお約束があるそうです。本日はコーレリア様と共にフォートナー公爵家の夜会に出席されます。エドモンド様はコーレリア様に紫のバラをご用意されています」
「……まあ、エドモンド様がわたくしに紫のバラを?」
ヒュッと広間の全員が息をのんだ。次の瞬間、侍女長のゲルダが冷たい布をコーレリアの口元に当てる。
キーンと耳鳴りがしそうな静寂が広がり、マルクの額を汗がひとすじ流れた。
永遠のように長い一瞬が過ぎ、誰からともなくホッと緊張を解いた。
「大丈夫……でしたかしら?」
コーレリアがひきつった表情で問いかける。
「何も聞こえません。大丈夫だったと……思われます」
オードが重々しく言った。
「ごめんなさいね、つい気が緩んでしまったわ」
コーレリアが沈んだ声を出す。
「いえ、私が余計なことを申し上げたからです。大変失礼いたしました」
マルクが苦い表情を見せる。
「さ、何事もなくてよかったのですよ、コーレリア様。あとのことは我々に任せて、朝食をお召し上がりください」
ゲルダは他の侍女に目配せしてコーレリアを扉の方へ誘導する。
危なかった。
広間に残った全員が胸をなでおろした。
◇◇
コーレリア・ロートレック侯爵家令嬢は『氷の令嬢』という二つ名を持つ。白銀の艶やかな髪に、凍てついた湖のような色合いの瞳、涼やかで怜悧な美貌はまさに氷を思わせる。そして、コーレリアは社交界において、笑わない令嬢としても知られている。
幼い頃のコーレリアはいつもニコニコと微笑んでいる愛らしい子供であった。ところがコーレリアが成長するにつれて、徐々に異常な事態が発生した。コーレリアが笑うと動物が寄ってくるのだ。
最初の頃は微笑ましい一幕として受け止められた。キャラキャラと笑うコーレリアの足元を跳ねるウサギたち。そのままおとぎ話の挿絵にできそうな愛くるしさであった。
コーレリアが学園の入学をむかえる頃には、もはや笑い事ではすまない状況であった。
猫に囲まれ動けない馬車、カラスの大群で上空が埋め尽くされるお茶会、ネズミの大群に覆われ阿鼻叫喚の王宮庭園。
ロートレック侯爵は苦渋の決断をくだした。
「コーレリア、愛しい我が娘。そなたの笑顔が見られなくなるのは、私にとっても屋敷の者たちにとっても辛いことだ。そなたに重荷を課すことも耐えがたい。だが、コーレリア、父はそなたに命じなければならないのだ。もう笑ってはいけない」
侯爵家は悲しみに覆われた。毎日が通夜のようであった。
おいたわしいコーレリア様、あれほど周りを幸せな気持ちにする笑顔をお持ちでいながら、神よなぜなのですか。
屋敷の者たちは毎日熱心に神に祈る。
コーレリア様が今まで通り笑える日が来ますように。
その日まで決して笑うまい、皆がそう誓った。
侯爵家の総力を上げて、調査がなされた。国内にとどまらず、遥か彼方遠くの外国まで情報を求めて人が遣わされた。
吉報は意外なところからもたらされた。馬丁が街で妙な噂を聞きつけたのだ。
男爵家の三男は動物にたいそう嫌われているそうな。
侯爵家の影が、その男の全てを調べ上げた。これは、いけるかもしれない。オードはそう思った。
すみやかに、お茶会の場が整えられた。
ロートレック侯爵とクラーク男爵家当主、そして男爵の三男エドモンドがテーブルを囲んだ。
クラーク男爵は冷や汗が止まらない。一体なんだ、なんなんだこの状況は。
そのとき、扉が開いて、静々と天使が現れる。いや、水の妖精だろうか。クラーク男爵家の父子は思った。
「コーレリア、クラーク男爵とご子息のエドモンド様だよ。ご挨拶しなさい」
侯爵は安心させるように、にこやかな笑顔で促した。
「コーレリアと申します。ようこそいらっしゃいました」
ぎこちないかすかな笑顔がサッと浮かんですぐに消えた。ああ、残念、もっと見たかった。エドモンドがのんきな感想を浮かべているとき、屋敷中に張り詰めるような緊張が走った。
クラーク男爵は肌がピリピリとし、鳥肌がたった。殺されるのか、そう観念したとき、侯爵はエドモンドに抱きついた。クラーク男爵は口をあんぐりと開ける。
侯爵はすぐに離れたが、顔が紅潮し手が震えている。
「申し訳ない、取り乱してしまいました。クラーク男爵、エドモンド様、私の話を聞いてくれるだろうか」
侯爵は全てを打ち明け、まずは友人として始めることで合意がなされた。
若いふたりは順調に距離を縮め、婚約した。
数年ぶりに侯爵家に笑顔が戻った。
屋敷の者は神に感謝の祈りを捧げた。侯爵家の祈りの間には、絵心のある使用人によって描かれたエドモンドの肖像画も置かれている。
◇◇
その夜、フォートナー公爵家の夜会に現れたコーレリアは、会場中の話題をさらった。
淡い紫のドレスをまとい、結い上げられた髪に紫のバラを飾った氷の令嬢コーレリアが、さえない婚約者に微笑みかけたのだ。
まさか、何かのお戯れだと思っていたふたりの婚約は、本気なのではあるまいな? ひそひそと人々はささやきあった。
「あの、コーレリア様」
勇敢なひとりの女性が声をかけた。ドロテア子爵令嬢である。
「まあ、ドロテア様、ごきげんよう」
にこやかにコーレリアが挨拶すると、ドロテアは赤くなって胸をおさえた。
「コーレリア様、その、笑顔がとても素敵です」
のぼせあがった表情でドロテアがため息をついた。
「まあ、ホホホホ、ありがとうございます。わたくし、エドモンド様にお会いして、やっと笑えるようになったのですわ」
コーレリアはエスコートするエドモンドの腕にそっとすり寄った。
どよめく会場をよそに、コーレリアとエドモンドは仲睦まじい様子でダンスを踊る。見つめ合うふたりを見て、ドロテアはうっとりとして言った。
「なんて素敵なのかしら。あのコーレリア様がお選びになったのですもの、きっとエドモンド様は素晴らしいお人なのですわ」
心躍る恋愛話に目がないお嬢さまたちは、口々に似合いのふたりだと褒めそやす。
それを近くで聞いていたレオポルド・フォートナー公爵令息は、冷めた口調で水をさした。
「貧乏男爵の三男と、氷の令嬢コーレリア様が似合いだと? 何か裏があるに決まっている。私が確かめてみる」
レオポルドは、エドモンドが飲み物を取りに行くのを見ると、すかさずバルコニーにいるコーレリアに近寄った。
「コーレリア様、ご挨拶がまだでしたな。レオポルド・フォートナーです。今宵はよく我が家の夜会にいらしてくださいました。王国一の美貌との噂は誠であったのですね。先ほどから胸の高まりが止まりません。ぜひ一曲お相手いただけないでしょうか?」
「申し訳ありませんが……」
コーレリアは冷たい表情で続ける。
「わたくし、婚約者のエドモンド様としか踊るつもりはございませんの」
コーレリアはさりげなく、エドモンドの姿を探す。遠くに、貴族令息たちに囲まれて困惑しているエドモンドが見える。どうやら令息たちに足止めをされているようだ。
「失礼いたしますわ」
すり抜けようとしたコーレリアの腕を、レオポルドが絡めとった。
「まだいいではありませんか。夜はまだ長い。あなたの笑顔が見たい」
レオポルドはコーレリアの髪に触れた。
「この紫のバラは……」
「エドモンド様にいただきましたのよ」
誇らしげにコーレリアは肩をそびやかす。
「フッ、あなたにはこんな貧相な花より、紫水晶の方がふさわしい。ぜひ贈らせていただきたい」
「結構ですわ」
コーレリアはにべもなく断った。
「わたくしもう行きますわ」
振り払おうとするコーレリアの手を軽くいなすと、レオポルドはバルコニーの手すりにコーレリアを押しつけた。
「あなたのことは、私が幸せにしよう。それに、あなたの婚約者はまもなく職を失うでしょう」
レオポルドはコーレリアの耳にそっとささやいた。レオポルドはコーレリアの髪から紫のバラを抜き取ると、バルコニーの下に落とす。
「レオポルド・フォートナー公爵令息」
コーレリアは静かな声で告げる。
「わたくしの幸せはエドモンド様の隣でしかありえませんわ。あなたには分からないでしょうけれど。ホホホホホホ」
コーレリアの笑い声が高らかに響いた。
ズシン 大地が揺れた。
コーレリアは艶やかに笑い続ける。
バサリ 急に風が吹いた。
カタカタカタカタ 窓ガラスが揺れる。
ドドドドドドドド 地響きがした。
「な、なんだ?」
「危ない、シャンデリアが」
大きな音を立ててシャンデリアが落ちた。
「ひっ 馬が」
「違うわ、ユニコーンよ」
ユニコーンの群れが扉を蹴破って会場になだれ込む。
「ド、ドラゴン」
コーレリアの後ろでドラゴンが咆哮をあげる。
窓ガラスが衝撃で吹き飛んだ。
「エドモンド」
コーレリアが叫んだ。
「コーレリア」
逃げ惑う人々を押し分け、エドモンドがバルコニーに駆け寄る。
コーレリアが手を伸ばし、エドモンドがその手をとった。
ドラゴンは飛び去り、ユニコーンは公爵家を破壊しながら駆け抜けていく。
「エドモンド」
コーレリアが輝く笑顔でささやく。
「ずっとそばにいて」
<完>
氷の令嬢コーレリアの朝は点呼から始まる。弱々しい朝日が差し込む広間に、コーレリアのキビキビとした声が響く。
「影隊長オード、報告を」
黒装束に身を包んだオードが一歩前に出る。
「一昨日エドモンド様に接触したドロテア様は、白です。コーレリア様に憧れるがゆえに、エドモンド様に興味を持っただけと推察いたします。ドロテア様と婚約者の仲は良好です」
「ご苦労。本日も引き続きエドモンド様の監視及び護衛に務めるように」
「御意」
「執事マルク、報告を」
寸分の隙もなくピシッとテールコートを着たマルクが前に出る。
「本日のエドモンド様のご予定は、通常通り王宮にて官吏業務です。全土の穀物の収穫量をまとめていらっしゃいます。お昼はハンス様とお約束があるそうです。本日はコーレリア様と共にフォートナー公爵家の夜会に出席されます。エドモンド様はコーレリア様に紫のバラをご用意されています」
「……まあ、エドモンド様がわたくしに紫のバラを?」
ヒュッと広間の全員が息をのんだ。次の瞬間、侍女長のゲルダが冷たい布をコーレリアの口元に当てる。
キーンと耳鳴りがしそうな静寂が広がり、マルクの額を汗がひとすじ流れた。
永遠のように長い一瞬が過ぎ、誰からともなくホッと緊張を解いた。
「大丈夫……でしたかしら?」
コーレリアがひきつった表情で問いかける。
「何も聞こえません。大丈夫だったと……思われます」
オードが重々しく言った。
「ごめんなさいね、つい気が緩んでしまったわ」
コーレリアが沈んだ声を出す。
「いえ、私が余計なことを申し上げたからです。大変失礼いたしました」
マルクが苦い表情を見せる。
「さ、何事もなくてよかったのですよ、コーレリア様。あとのことは我々に任せて、朝食をお召し上がりください」
ゲルダは他の侍女に目配せしてコーレリアを扉の方へ誘導する。
危なかった。
広間に残った全員が胸をなでおろした。
◇◇
コーレリア・ロートレック侯爵家令嬢は『氷の令嬢』という二つ名を持つ。白銀の艶やかな髪に、凍てついた湖のような色合いの瞳、涼やかで怜悧な美貌はまさに氷を思わせる。そして、コーレリアは社交界において、笑わない令嬢としても知られている。
幼い頃のコーレリアはいつもニコニコと微笑んでいる愛らしい子供であった。ところがコーレリアが成長するにつれて、徐々に異常な事態が発生した。コーレリアが笑うと動物が寄ってくるのだ。
最初の頃は微笑ましい一幕として受け止められた。キャラキャラと笑うコーレリアの足元を跳ねるウサギたち。そのままおとぎ話の挿絵にできそうな愛くるしさであった。
コーレリアが学園の入学をむかえる頃には、もはや笑い事ではすまない状況であった。
猫に囲まれ動けない馬車、カラスの大群で上空が埋め尽くされるお茶会、ネズミの大群に覆われ阿鼻叫喚の王宮庭園。
ロートレック侯爵は苦渋の決断をくだした。
「コーレリア、愛しい我が娘。そなたの笑顔が見られなくなるのは、私にとっても屋敷の者たちにとっても辛いことだ。そなたに重荷を課すことも耐えがたい。だが、コーレリア、父はそなたに命じなければならないのだ。もう笑ってはいけない」
侯爵家は悲しみに覆われた。毎日が通夜のようであった。
おいたわしいコーレリア様、あれほど周りを幸せな気持ちにする笑顔をお持ちでいながら、神よなぜなのですか。
屋敷の者たちは毎日熱心に神に祈る。
コーレリア様が今まで通り笑える日が来ますように。
その日まで決して笑うまい、皆がそう誓った。
侯爵家の総力を上げて、調査がなされた。国内にとどまらず、遥か彼方遠くの外国まで情報を求めて人が遣わされた。
吉報は意外なところからもたらされた。馬丁が街で妙な噂を聞きつけたのだ。
男爵家の三男は動物にたいそう嫌われているそうな。
侯爵家の影が、その男の全てを調べ上げた。これは、いけるかもしれない。オードはそう思った。
すみやかに、お茶会の場が整えられた。
ロートレック侯爵とクラーク男爵家当主、そして男爵の三男エドモンドがテーブルを囲んだ。
クラーク男爵は冷や汗が止まらない。一体なんだ、なんなんだこの状況は。
そのとき、扉が開いて、静々と天使が現れる。いや、水の妖精だろうか。クラーク男爵家の父子は思った。
「コーレリア、クラーク男爵とご子息のエドモンド様だよ。ご挨拶しなさい」
侯爵は安心させるように、にこやかな笑顔で促した。
「コーレリアと申します。ようこそいらっしゃいました」
ぎこちないかすかな笑顔がサッと浮かんですぐに消えた。ああ、残念、もっと見たかった。エドモンドがのんきな感想を浮かべているとき、屋敷中に張り詰めるような緊張が走った。
クラーク男爵は肌がピリピリとし、鳥肌がたった。殺されるのか、そう観念したとき、侯爵はエドモンドに抱きついた。クラーク男爵は口をあんぐりと開ける。
侯爵はすぐに離れたが、顔が紅潮し手が震えている。
「申し訳ない、取り乱してしまいました。クラーク男爵、エドモンド様、私の話を聞いてくれるだろうか」
侯爵は全てを打ち明け、まずは友人として始めることで合意がなされた。
若いふたりは順調に距離を縮め、婚約した。
数年ぶりに侯爵家に笑顔が戻った。
屋敷の者は神に感謝の祈りを捧げた。侯爵家の祈りの間には、絵心のある使用人によって描かれたエドモンドの肖像画も置かれている。
◇◇
その夜、フォートナー公爵家の夜会に現れたコーレリアは、会場中の話題をさらった。
淡い紫のドレスをまとい、結い上げられた髪に紫のバラを飾った氷の令嬢コーレリアが、さえない婚約者に微笑みかけたのだ。
まさか、何かのお戯れだと思っていたふたりの婚約は、本気なのではあるまいな? ひそひそと人々はささやきあった。
「あの、コーレリア様」
勇敢なひとりの女性が声をかけた。ドロテア子爵令嬢である。
「まあ、ドロテア様、ごきげんよう」
にこやかにコーレリアが挨拶すると、ドロテアは赤くなって胸をおさえた。
「コーレリア様、その、笑顔がとても素敵です」
のぼせあがった表情でドロテアがため息をついた。
「まあ、ホホホホ、ありがとうございます。わたくし、エドモンド様にお会いして、やっと笑えるようになったのですわ」
コーレリアはエスコートするエドモンドの腕にそっとすり寄った。
どよめく会場をよそに、コーレリアとエドモンドは仲睦まじい様子でダンスを踊る。見つめ合うふたりを見て、ドロテアはうっとりとして言った。
「なんて素敵なのかしら。あのコーレリア様がお選びになったのですもの、きっとエドモンド様は素晴らしいお人なのですわ」
心躍る恋愛話に目がないお嬢さまたちは、口々に似合いのふたりだと褒めそやす。
それを近くで聞いていたレオポルド・フォートナー公爵令息は、冷めた口調で水をさした。
「貧乏男爵の三男と、氷の令嬢コーレリア様が似合いだと? 何か裏があるに決まっている。私が確かめてみる」
レオポルドは、エドモンドが飲み物を取りに行くのを見ると、すかさずバルコニーにいるコーレリアに近寄った。
「コーレリア様、ご挨拶がまだでしたな。レオポルド・フォートナーです。今宵はよく我が家の夜会にいらしてくださいました。王国一の美貌との噂は誠であったのですね。先ほどから胸の高まりが止まりません。ぜひ一曲お相手いただけないでしょうか?」
「申し訳ありませんが……」
コーレリアは冷たい表情で続ける。
「わたくし、婚約者のエドモンド様としか踊るつもりはございませんの」
コーレリアはさりげなく、エドモンドの姿を探す。遠くに、貴族令息たちに囲まれて困惑しているエドモンドが見える。どうやら令息たちに足止めをされているようだ。
「失礼いたしますわ」
すり抜けようとしたコーレリアの腕を、レオポルドが絡めとった。
「まだいいではありませんか。夜はまだ長い。あなたの笑顔が見たい」
レオポルドはコーレリアの髪に触れた。
「この紫のバラは……」
「エドモンド様にいただきましたのよ」
誇らしげにコーレリアは肩をそびやかす。
「フッ、あなたにはこんな貧相な花より、紫水晶の方がふさわしい。ぜひ贈らせていただきたい」
「結構ですわ」
コーレリアはにべもなく断った。
「わたくしもう行きますわ」
振り払おうとするコーレリアの手を軽くいなすと、レオポルドはバルコニーの手すりにコーレリアを押しつけた。
「あなたのことは、私が幸せにしよう。それに、あなたの婚約者はまもなく職を失うでしょう」
レオポルドはコーレリアの耳にそっとささやいた。レオポルドはコーレリアの髪から紫のバラを抜き取ると、バルコニーの下に落とす。
「レオポルド・フォートナー公爵令息」
コーレリアは静かな声で告げる。
「わたくしの幸せはエドモンド様の隣でしかありえませんわ。あなたには分からないでしょうけれど。ホホホホホホ」
コーレリアの笑い声が高らかに響いた。
ズシン 大地が揺れた。
コーレリアは艶やかに笑い続ける。
バサリ 急に風が吹いた。
カタカタカタカタ 窓ガラスが揺れる。
ドドドドドドドド 地響きがした。
「な、なんだ?」
「危ない、シャンデリアが」
大きな音を立ててシャンデリアが落ちた。
「ひっ 馬が」
「違うわ、ユニコーンよ」
ユニコーンの群れが扉を蹴破って会場になだれ込む。
「ド、ドラゴン」
コーレリアの後ろでドラゴンが咆哮をあげる。
窓ガラスが衝撃で吹き飛んだ。
「エドモンド」
コーレリアが叫んだ。
「コーレリア」
逃げ惑う人々を押し分け、エドモンドがバルコニーに駆け寄る。
コーレリアが手を伸ばし、エドモンドがその手をとった。
ドラゴンは飛び去り、ユニコーンは公爵家を破壊しながら駆け抜けていく。
「エドモンド」
コーレリアが輝く笑顔でささやく。
「ずっとそばにいて」
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