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第五王子への餌づけ疑い 1
しおりを挟む……突然ですが。
わたくし王宮侍女ロアナは、王宮追放の危機に瀕しております。
罪状は、第五王子フォンジー様の健康を損ねた罪。
この急展開には、正直……わたしはまだ頭がついていけておりません……。
◇◇◇
この国の国王には、三人の妃と、五人の王子がいる。
三人の妃たちはそれぞれ、軍事、魔法、商業に強い国から嫁いできた女性たちで、その息子たる王子たちも個性豊か。
それぞれ得意なことを生かし、仲良く、争いもなく、幸せに暮らして……いる、……はずもなかった……。
国王に三人も妃がいれば、なにかと争いは起こりがち。
なかでも王宮で騒動を起こす筆頭といえば、このお方。
国王の側妃リオニー。
商業国から来たお妃様で、美しく、三人の妃の中では一番若く、そして性格が苛烈だった。
そんな彼女の前に、いきなりひったてられた二の宮の侍女ロアナは、手にしたぞうきんを痛いほどに握りしめていた。
彼女はつい数分前まで、いつも通り王宮での職務にいそしんでいた。それなのに。
ロアナの担当はおもに二の宮の清掃。
今日は、二の宮の主、側妃イアンガードが不在。その間に、すべての窓をふき、床をぴかぴかに磨きあげるつもりだった。
二の宮はとても広くて掃除も大変だが、頑張れば、明日は休日。
すっきりした気持ちで休みを迎え、趣味の菓子作りを楽しもうと考えていた。
(お手紙のお姉さんにも喜んでもらわなくちゃ)
そのことを思うと気持ちがうきうきした。
彼女には、王宮内に菓子をきっかけにして、ずっと文通をしている相手がいる。
実は先日その文通相手から、ひさびさにお菓子のリクエストがあった。
『あなたのクッキーが食べたいです』
ピンク色の便箋に、きれいな文字で書かれた言葉を思い出してキュンとしたロアナは、ふんわり顔をほころばせる。
焼きたてのクッキーの香りはたまらない。
バターがやさしく香って、口にほおばると、とてもとても幸せな気持ちになる。
どうやら文通相手は最近忙しいようで、文面からもその大変な様子がうかがえた。
『あなたの菓子を食べられたら、きっと疲れもふきとびます』
……そんな手紙をもらってしまっては、張り切らずにはいられなかった。
しかも手紙には、いつも材料費が添えてある。
お菓子づくりが好きな彼女にとっては、お菓子のリクエストだけでも嬉しいのに。本当に、ありがたすぎる。
(いつもながら、優しいお心遣いと、きれいな文字と丁寧な文章だった……お顔は存じ上げないけれど、きっとすてきなお姉様に違いない……)
ロアナは、名も知らぬ文通相手を想って、ほうっとため息を吐く。
彼女の想像では、その文通相手は王宮の中の、優しくて賢いバリキャリ女性。
そんな“ステキなお姉様”に、自分の焼いたお菓子が求められている……。
もしクッキーをおいしく焼くことができたら、きっととても喜んでもらえるに違いないと思うと、ロアナはすっかり夢見心地。
もうすでに材料は準備してあって。料理長のフランツにも厨房の空き時間に場所を使わせてもらえるように頼んでおいた。
クッキーの型抜き型も、かわいらしいものをたくさん用意したので、ロアナは今から明日が楽しみで仕方がない。
これなら、広い広い二の宮のお掃除にも、厳しい侍女頭の指導にも、精一杯、前向きな気持ちで励めそうだと、そう、思っていた。
その、矢先のことだった……。
昼を過ぎたころ。二の宮に、突然大勢の衛兵がおしかけてきた。
一階の廊下にいたロアナは、ぽかんとしているうちに彼らに連行されて。
連れていかれたのは三の宮。
三の宮は、国王のもう一人の側妃リオニーの住まい。
そのままロアナは、わけもわからぬまま側妃リオニーの前に放り出されて──……現在に至る。
そこで彼女に突きつけられたのは。
彼女が、【側妃が溺愛する息子、第五王子フォンジーを誘惑し、母が禁じていた菓子をひそかに食べさせ続けていた】という罪。
国王期待の王子を堕落させ、その健康を害した──というものだった。
その糾弾に、ロアナは呆然とした。
心当たりが、まったくなかったのである。
(……だって……わたし……殿下には……お会いしたこともないわ……⁉)
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