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第五王子への餌づけ疑い 3
しおりを挟むとはいえ。
怒り狂っている側妃リオニーを前にしたロアナは、とてもではないが、そんなことはいいだせなかった。
そもそもリオニーは、自分の大切な息子が、使用人の区画にはいっていたこと自体にも、いら立ちを覚えている様子。
「お前はなぜあの子を、あんな汚らわしい場所に引き入れたの⁉ あの子はずっと節制続きの生活でつらい思いをしているのよ! 愛する陛下の為に、懸命に美と健康に気を使っているというのに……そんなあの子に砂糖の塊をちらつかせて惑わすなんて……これだからイアンガードの犬どもは油断ならないわ!」
この剣幕には、ロアナは困り果てた。
第五王子フォンジーは、十七歳の絶世の美青年。
側妃リオニーは彼を溺愛していて、息子のこととなると見境がないともっぱらの噂。
特に側妃は、息子のたぐいまれなる美貌を保つことには非常に気をつかっていて。
彼が食べるものにはとにかくうるさく、甘味はかたく禁じている。
ゆえにつまり。
ロアナは、そのフォンジーを砂糖たっぷりの菓子で毒した不埒者、ということになってしまったようだった……。
「し、しかしリオニー様……わたしは同僚たちにお菓子をおいておいたのです。まさか、それが殿下のお口に入るなんて……」
「言い訳はおやめ!」
ロアナの必死の弁解は、途中でぴしゃりとはねつけられた。ロアナは、思わず首をすくめる。
怒れる側妃は涙ぐみながら、息子を憐れむ。
「かわいそうなフォンジー……! こんなイアンガードの駄犬に騙されるなんて……。お前には、あの子の苦しみを何倍にもして味合わせてやるわ!」
そう、言い渡されたロアナは絶句。
これから自分に降りかかるだろう処罰ももちろん恐ろしかったが……それよりも先に、ある可能性に思い当たって。もしや……と、震えるような声で側妃に訊ねる。
「あの……あの、リオニー様……もしかして……わたしのお菓子のせいで、フォンジー様のお加減が悪くなられたのでしょうか……⁉」
そうであれば、母親のこの怒りようにも納得がいった。
彼女がここ最近つくったものといえば、かぼちゃのパウンドケーキ。
そのときも、いつもどおりに多めにつくり、皆に分けようと食堂においておいた。
だが、そのあと数人の同僚に感想の言葉や感謝の手紙をもらったが……。
(他には特に……具合が悪くなった人はいなかったのに……)
だが、体質には個人差がある。
ロアナの作った菓子に含まれていた何かが、第五王子の体質にあわなかった可能性は、当然あった。
菓子づくりを趣味とするものとして、ロアナは、いつもそれは気にしていて。
おすそ分け品には、必ず火を通したものを選んで作ったし、使った材料は、書置きに記している。
(でも……もしかしたら、第五王子殿下は……書置きに、お気づきにならなかったのかも……)
同僚たちであれば、ロアナがいつもそうしていることを知っていただろうが、第五王子はそれを知らなかったのではないか。
ロアナは不安で胸が締め付けられた。
と、血の気の引いた顔をしている彼女を、側妃はあざ笑う。
「今更青くなっても遅いのよ!」
怒鳴りつけてくるその恐ろしい形相を見て。
第五王子が受けたというその被害が、けして小さからぬものらしいと感じたロアナは、あえいでその場にひれふした。
「っも──申し訳ございませんでした!」
身が震えた。これは大変なことをしでかしてしまった。
まさか自分が、大好きな菓子づくりで誰かを苦しませることになろうとは。
と、そんなロアナに側妃が吐きすてる。
「……謝ったくらいで……許されると思っているの……⁉」
怒りを突き刺してくるようなその言葉に、ロアナは床のうえで身を固くする。
相手が普通の人であっても、その被害によっては償いきれぬこと。
それが、一国の王子であったというのなら。
ロアナの全身には、どっと冷たい汗が。
「本当に……申し訳ありません……罰を……罰を受けます!」
「当り前よ! お前には罰を与えて、そのうえで王宮から放り出してやるわ! イアンガードにも責任を問うから覚悟しておきなさい!」
主の名前を出されたロアナは、そんな、という悲鳴を出しかけたが──……第五王子のことを考えると、とっさには何も言えなかった。
今は謝る以外のことを、してはならないと思った。
と、そんなロアナに、側妃は──。
本当に許せない! と、割れるような怒声。
「お前のせいで……お前のような下賤の者のせいで! あの子に……あの子のあんなに美しい額に! ──ふきできものなんて!」
「も、申し訳ありません……! 申し訳ありま──……もう……し……、……、……、……え?」
懸命に頭を下げた、その耳に、つんざくように入ってきた、側妃の言葉。
そこで明かされた第五王子の“被害”に。
……ロアナは思わず目を点にしてしまった。
「ふ──……きできもの……???」
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