わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第五王子への餌づけ疑い 4

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「……、……、……ふ、ふきで……もの……。で……ござい、ます、か……」

 これはなんといっていいやら。

 こんなに大騒ぎしておいて、ふきでものとは。
 ロアナは一瞬どう反応していいのかわからずに、つい、重苦しい言葉をひねりだす。
 そもそも。フォンジーは年頃なわけで。年齢的にもふきでものは出やすい時期なのでは……? と、思ったが。
 側妃はそんないいわけは、させてくれそうになかった。

「そうよ! あんなに美しい子なのに……痕が残ったらどうしてくれるの! あの子の美しさが損なわれたら、お前の罪は万死に値するわよ⁉」
「あ、あの……リオニー様……ふきでもの以外に、フォンジー様には体調不良は……?」

 湿疹とか、腹痛とかはございましたか? と、ロアナが丁寧に訊ねると、リオニーは目を吊り上げる。

「そんなものがあったらお前は今頃死んでいるわよ!」と。

 その言葉には、ロアナは、大きく大きく脱力。
 とにかく、第五王子が無事なことにほっとした。
 ……いや、ふきでものはあったということだが。それは、ロアナが想像していた重篤な症状に比べればだいぶましだった。
 しかし、ほっとゆるんだロアナの表情を見て、側妃は鬼のような形相。

「お前……なにを笑っているの⁉」

 側妃は床の上に跪かされているロアナの前にまでやってきて。足を大きく上げたかと思うと──ロアナが床に揃えていた手のひらを、思い切り、踏みつけた。

「っ!」

 幸い鋭いヒール部分は手に当たらなかったが、靴の底でグッと体重をかけらたロアナの顔が、苦痛に歪む。
 そんなロアナに、側妃は瞳を冷たく細めていう。

「……わかっているのよ? これはあの女の差し金なんでしょう……? 私のかわいいフォンジーを堕落させて、陛下からの寵愛を奪おうとしたのよ!」

 あの女、というのが、自分が仕える二の宮の主イアンガードだと察して。ロアナは、リオニーに手を踏まれたまま、ふたたび青くなる。

「そんな……そんなことはけしてございません!」
「ふん! 自分の息子が愛想のかけらもない男だからって、私たちの足をひっぱろうというのね⁉ そうなんでしょう⁉」

 ロアナは一生懸命首を横に降る。
 彼女の主、側妃イアンガードは、厳しいが聡明で、公明正大な女性であった。
 もちろんロアナはそんなことは命じられていないし、あの誇り高い主が、そんなことをするわけがない。
 だが、否定してみたところで、いまの側妃リオニーが聞く耳を持っていないことは明らかだった。
 もともと二人の側妃は仲が悪い。
 その対立する妃の侍女の言葉が、側妃リオニーの思いこみを覆せるほどの信用など、あるわけがない。

 ロアナはぞっとした。

 自分が作った菓子のせいで、主が責められることなど絶対にあってはならない。
 ロアナは必死な思いで、頭を下げて、額を床にこすりつけた。

「リオニー様! こたびのことは、わたくしめの不注意が招いたことでございます! イアンガード様は関係ございません!」

 しかし、深く叩頭したロアナを、側妃は嘲笑う。

「わたしに嘘をつくとはいい度胸ね……」

 いって側妃はロアナからスッと離れていく。
 己のいすに座りなおした彼女は、そばに控える三の宮の侍女にあごをしゃくる。
 と、その侍女は短鞭を取り出して、ロアナのそばまでやってきた。

「やって」

 いい捨てられた瞬間、ぬかづく背中に痛烈な一撃。

「っ⁉」

 ピシャリ! と、鋭くはじくような音と共に与えられたのは、ロアナの想像をはるかにうわまわる痛みだった。
 短鞭をみた瞬間に覚悟はしたが、打ち付けられた背中は焼けつくように痛んだ。
 思わず苦痛に顔をゆがめていると──そのとき、うしろでバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「リオニー様! おやめください! イアンガード様のご不在中に勝手に侍女を連れ出されるとはいったいどういう了見ですか⁉」

 制止するものたちを振り切るようにして乗りこんできたのは、二の宮の侍女頭。
 彼女はロアナの直属の上司にあたる。
 いつもは聡明なイアンガード妃の側近らしく、厳格で、けして表情を変えない白髪の婦人が、今は血相を変えていた。

 けれども侍女頭はすぐに部屋にいた衛兵たちに行く手を阻まれる。

「おだまり。お前こそ勝手にわたしの宮に入ってこないでちょうだい。それともなに? お前がこのものにフォンジーへの嫌がらせを命じたの?」
「馬鹿な……! いいがかりもたいがいになさいませ!」

 気迫で負けない侍女頭は、リオニー妃に食って掛かるが……なにせ彼女は高齢。
 リオニーに命じられた衛兵に阻まれて、その顔には焦りがみえた。
 とりあわない側妃が軽く手をふると、うながされた侍女が、またロアナに短鞭を振り上げる。
 二度、三度と打ち下ろされる無慈悲な制裁に、ロアナはひたすら耐えていた。
 回を重ねるごとに痛みが増すようで、食いしばった歯の奥からは、こらえきれぬ悲鳴が今にも外に飛び出していきそうだった。

「白状なさい! 強情な!」

 打ち据えられるたびに、側妃の侍女はロアナを罵り、それを耳にしていると、ロアナは恐怖で頭がぐらぐらした。
 ずっと王宮の下っ端でやってきて、主に掃除を担当していた娘は、鞭打ち刑などはじめてのこと。
 いったいあと何回、と、考えると、背中の燃えるような痛みも手伝って、ロアナの頭はまっしろになっていった。
 気がつくと、絨毯張り床に何かがしたたったようなあと。
 ロアナの汗だった。
 恐怖でこんなに冷や汗をたくさんかいたのは、はじめてのこと。
 ただ、耐えねばという一心で……。

 と、そのときのことだった。

「──お母様!」

 ロアナの耳に、誰かの声が、すっと届いた。

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