わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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衛兵の目撃談 2

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 フォンジーが駆けだした、その少し前のこと。
 これまで直面したことのない難題に没頭中のウルツは、いまだ一の宮を徘徊中──……なのだが。

 そんな彼の背後には、いつの間にやら複数のツレが。
 真剣な顔をややふせ目がちにして前進するウルツの後方を、少し離れてついて歩く物々しい男たち。
 その正体は……なんてことない。一の宮の衛兵たちである。

 彼らは現在職務中。一の宮の見回りをしている途中、そのルート上でウルツとすれ違った。……三回も。

 彼らの持ち場である一の宮は、一階部分が廊下でぐるりと建物を一周できるつくりになっている。
 国王や王妃、王子らの住まいである一の宮は、他の宮に比べても倍以上は広く、廊下も長い。
 それなのに、彼らはまずエントランスの先でウルツとすれ違う形で出会い、廊下を半周したところでまた彼に出会った。
 これには、衛兵たちは(あれ?)と思った。
 いつもなら、ウルツはエントランスから最短距離で自室に帰る。そのために彼が使う階段はエントランスからほど近い場所。一階のこんな奥にまでくることはない。
 けれどもその時点では、衛兵らもまだ少し不思議に思う程度だったのだが……。

 しかし彼らは廊下を一周し、最初のエントランスに戻って来たあたりでもう一度ウルツとすれ違う。
 険しい思案顔はさきほどとまったく同じ。
 唖然としているうちに、ウルツは衛兵らに見向きもせずに再び一階の同じ廊下に消えていく……。
 これには衛兵たちも、さすがに何かおかしいと思いはじめた。彼らは慌ててウルツを追い、声をかけてみたのだが……第三王子は彼らの呼びかけには答えない。
 その表情は、いかにも難しい問題に直面しているというふうに険しく、思考の中に閉じこもっていた。
 このときウルツは黙々と歩き続け──すでに一の宮を三周目。
 周回するうちに、次第に心配する衛兵の数も増えたが、ウルツは振り返りもしない。
 その王子の、いかにも難題について苦悩している、という様子には。衛兵たちのほうでも、これはよほど大切で、重要な案件について考えているに違いないと考えはじめた。
 第三王子ウルツは、普段から生真面目で何事にも厳しい男である。
 その真剣な表情を見た衛兵たちは、彼の背後でひそひそと議論。結果、彼らは、これは邪魔をしてはいけないと結論付けた。
 だが、様子を見ていると、考えながら歩く王子は何度も廊下の壁や柱に顔面をぶつけていた。
 これは放ってもおけないというわけで……衛兵らはこうしてウルツについて回っているという次第なのである……。
 
 そんな追跡者たちの気遣いにも気がつかず。
 ひたすら歩き続けているウルツは、ずっと考えている。
 
(……そもそもだ……本日ロアナが無理を押して作っていたのは、俺が頼んでしまった菓子なわけでだな……)

 それを思い出すと青年はいたたまれず、胃が差し込むように痛んだ。
 まさか側妃リオニーがあのようなことで彼女を罰するなどとは思ってもみなかったが、自分が彼女に菓子作りなど頼んでいなければ、今日という休日、せめて彼女はゆっくり傷を癒すことができただろうに。
 ウルツの口からは、深々としたため息がこぼされ──いったい何事だと見守る衛兵たちの前で、彼は気持ちを発露。

「……っ! 作ってくれなどと……ねだらなければよかった……!」
「⁉」
「(……ね、ねだる?)」
「(……何を? ……物資?)」

 ……突然顔面を押さえて苦悩を吐き出した男に、背後の衛兵たちはギョッとしている。が、大いなる後悔にさいなまれているウルツはそれどころではない。

 彼としては、せめて自分が彼女の手助けができていれば気も楽だったかもしれないが……。
 それすらできなかったとあって、どうにもこうにも落ち着かないのである。
 もしかしたら、この一の宮周回行動には、彼の『このまま自室に帰ってもいいものか?』という迷いが表れているのかもしれなかった。ウルツは、後ろ髪を引かれるような気持ちで立ち止まる。
 けれども廊下の窓の外へ目をやると、当然そこはもう暗い。
 とっぷりと日の暮れた空を見上げたウルツは落胆。
 これでは今更ロアナのところへ行くわけにはいかない。青年の口からは、もう何度目になるのかわからないため息が。

「……では……明日……再度訪問を……いや……その前に……部屋に戻って手紙を……」

 険しい顔でブツブツつぶやき思案中の男に、背後の衛兵たちは訳もわからずハラハラしている。
 ともあれ、ウルツには、今夜できそうなことといえばもうそれだけであった。
 彼はここでやっと、二の宮に戻りたい欲求を断ち切ったようで。もう一度ため息し、(衛兵を引き連れたまま)そばに見えていた二階への階段へ足を向ける。


「……ん?」

 そうしてなんとか自室の扉が見える場所までたどりついたとき。前方を見たウルツの足が不意に止まる。
 暗い廊下の先。彼の自室前の灯りのなかに、数人の人だかり。

「?」

 こちらに背を向けた姿は衛兵のものだが、普段そこには衛兵は立たない。おそらくあちらも巡回の衛兵なのだろう。
 二、三名の衛兵たちは、ウルツの部屋の前で一列に並び、どうやら何か、身体の前にあるものを眺めているようだった。これにはウルツの眉間に怪訝なしわ。

「……おい貴様たち、いったい──」

 何をやっていると、言いかけて──瞬間ウルツの目が瞠られる。
 背の高い衛兵たちの向こうに、彼らよりも頭ふたつ分はちいさな誰か。
 衛兵らの持つ灯りに照らされたその者は、白と黒の服を身に着けていた。見覚えのあるシルエットに目を凝らしたウルツは、その正体に唖然と瞳を瞬いた。




 
 ……そのときロアナは非常に困っていた。
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