わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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衛兵の目撃談 5 唇の接触

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 帰りを待っていた王子を見つけ、ロアナがほっとしたのも束の間。
 その彼が、おそらく腹違いの兄弟であろう青年の頭をつかんでいるのを目撃したロアナは唖然とうろたえる。

 現れたウルツは、第四王子と名乗った青年の頭を、押さえつけるように握っている。
 亜麻色の髪のうえに大きく広げられた手は、指の一本一本に、かなりの力がこもっているようで……それはまるで、大きなあしゆびを持つ猛禽類が、獲物をわしづかんでいるかのよう。
 その表情も、びっくりするほどに険しくて、冴え冴えと冷たい。
 ただ、瞳だけは沸々とした怒りをにじませていて、眉間には深い渓谷が。顔色は怒りのためか、真っ青である。

 その表情で、第四王子を射るように睨んでいるのだから……。
 これは、声をかけるのもためらわれるというもの。
 しかし、ロアナは怯えながらも、おそるおそる彼のそばへ。

「で、殿下……」

 理由は分からないが、その青年が、第四王子にひどく怒っていることだけは分かった。これにはロアナは不安でならない。
 どうみても、これは彼女がこの世でもっとも苦手とするもの──兄弟ゲンカ──の前兆。

 もちろん、王子たちは、自分の兄と弟のように品がない人間ではないはずで、知性も利性も、常識もあるはずだ、が。それでもやっぱり、恐ろしかった。
 おまけに第四王子のほうは酒が入っている。
 酔っ払いのケンカほど、手に負えないものはない……。
 過去に嫌というほど直面させられた、酩酊状態での兄弟のケンカを思い出し、当時のつらさを思い出したロアナは、青くなってヨロッとよろめく。

(お……お止めしなくては……!)

 ロアナは焦った。
 ここは、彼ら王族に仕える者としても、ウルツの母イアンガードのためにも、身体をはってでもそれを阻止しなければならない。
 慌てたロアナは、ウルツのかたわらから顔を見上げ「殿下! お、落ち着いてください!」と、言いかける、が。
 口を開いた瞬間に、ロスウェルの後頭部から離れた青年の手が伸びてきて。ロアナが、ん? と思ったときには右の手首に、ウルツの手が添えられていた。

「え?」
「……すまん」
「へ? ──わ⁉」
「ん?」

 次の瞬間、手を引かれた彼女は、ロスウェルの怪訝そうな声を聞きながら、ウルツの背後に押しやられていた。
 そのまま手首が解放されなかったもので、よろめいたロアナは、ウルツの背中に接触。

「うっ⁉」

 顔面をつぶすようにぶつかってしまった、黒衣の背中。そこにとっさに手を突いた娘は……一瞬何事が起ったのかがのみこめず、ポカン。

(ぇ──今のは……これは……な、に…………?)

 目の前を覆うものによりかかったまま、その場で硬直していると。少し離れた場所では、一連のことを目撃していた衛兵らが驚愕のまなざし。
 彼らの息を呑む気配に、ロアナはハッとした。

 ──え──……
 まさか……この暖かいものは、まさか……

(……ひぃ⁉)

 状況を呑み込んだロアナは、一気に青ざめ身をこわばらせる。
 言うまでもないことだが……王族の身体には、使用人はみだりに触れてはならない。
 いや、もちろんほんの一瞬前には、『身体をはってでも』とは、思ったが……身体を張って王族のために働き、やむを得ず接触して罰せられるのならば、それは名誉の負傷的あれだが。不意の接触は、違う。
 王宮は、廊下で賓客や、貴族出身クラスの使用人に誤ってぶつかっても、ひどく罰せられるような世界なのである。
 それなのに……。
 ロアナは愕然とする。

(い、今、わたし……ウルツ殿下の背中に──く──口が、口がついてしまったわ……⁉)

 それを自覚した瞬間、ロアナは真っ赤になって、次の一瞬には真っ青になった。
 そう、顔面からそこにぶつかった彼女は、ウルツの背に唇をつけてしまった。

 呆然と横を見ると……衛兵たちが彼女を、信じられないものを見る目で見ている。
 その視線が、自分を非難しているように感じたロアナは。居たたまれず、泣きそうに。しかし、どうしたらいいのか分からず、つい彼女は衛兵らにすがるような目をしてしまう。
 だってそれは、ロアナからすると、ありえない無礼。
 手はまだしも、王子の背中に、口。これは、若い侍女を震え上がらせるには十分な失態であった……。

(ど……どうしたら……どうしたらいいんですか⁉)

 ロアナは痛切な視線で、ただひたすら沈黙してこちらを見ている衛兵らに訴えかける。……が。

 衛兵らは皆、戸惑いの最中。
 渦中のロアナは気がついていないが──第三者の視点から見ると、たった今起こったことは、“ウルツが娘を、ロスウェルから引き離し、自分の後ろに隠した”ように見えたのである。
 なんだかそれは、とても引っかかる光景だった。

 正直な話、第三王子ウルツは女性に優しい気質ではない。
 もちろん酔った弟王子に、若い娘がからまれて迷惑していたら見過ごすことはないだろうが。それにしても、怒りに震えて『死ね』などと、暴言まで吐くというような感情的な人物ではない。
 これまでも、ロスウェルはたびたび部屋に女性を連れ込むところをウルツに見咎められている。が、そんなとき、いつも第三王子は冷静であった。
 冷静に、弟を痛烈に叱り、非難し、女性を追い返していたが……こんなにも、怒りをあらわにしたことなど、一度としてなかったのである。
 
 しかも第三王子は、引き離した侍女が自分の背中に顔面で激突してもいやな顔一つしなかった。
 それどころか、娘が自分の背に当たった瞬間、(……ぁ……)と、心配そうな顔すらしていて……。
 
(ぇ──……?)
(あれ……どう、いう、ことだ……?)
(わ──わからん………………)

 衛兵らは、思わず顔を見合わせて、沈黙。
 その異変に戸惑った彼らは、どうにも身動きが取れない。

 ……たとえウルツの背後にもたれたままの娘が、ぶるぶるしながら自分たちを蒼白の顔で見つめていても。
 状況判断こそ大事と衛兵らは、ひとまずじっとその二人の王子と、かわいそうなほどに震える侍女を見守った。
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