わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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衛兵の目撃談 6

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 第四王子ロスウェルは、『気楽で適当に』が心情の青年。
 母親は王妃だが、王子も四番目にもなれば注目度も低く、しかも、すぐ下には美貌で国民人気の高い第五王子フォンジー。
 片や、上は何事にも生真面目で国王や王太子に重用されているウルツ。

 ……いや、この点において、ロスウェルは別に不満はない。
 気楽に暮らしたい彼にとっては、注目されないのはむしろありがたいこと。裕福に暮らせているだけで満足。
『自分は優秀な兄弟に挟まれて不遇だ……』なんて自己愛の塊のような憐憫は、女性相手にあわれみを誘って気を引くくらいのことでしか口にしない。
 王家の男子にはなにかと重い責務がついて回るが、上下に目立つ奴らがいてくれるおかげで、自分はまだ楽でよかった、くらいに受け止めている根っからの放蕩者であった。

 ただ──すぐ上の兄ウルツは少々厄介。
 素直なフォンジーはまだしも、融通のきかない性格のウルツと彼は、徹底的にそりが合わない。
 そもそも兄といっても、ロスウェルが生まれたのはウルツのほんの数か月後。つまり、年齢的には同い年なのである。
 それなのに、いつでも兄貴面をして、やることなすこと小言をいってくるところがとにかく気に入らない。

 ……いや、ウルツとしては、別に腹違いの弟に高圧的に接しているつもりはないのだが……。
 真面目な彼は、王族として正しくあらねばという気持ちがとても強い。
 王の臣下として禄を食む以上は、国民の僕として責務を果たさねばというその自戒は、弟たちに対しても厳しい言葉となって向けられてしまう。
 そこが、ロスウェルにとってはどうにも煙たい。相性が合わないのである。

 ウルツは幼い頃から、ロスウェルがおどけて見せてもピクリとも笑わないような子供で。表情にとぼしく、生真面目で、笑うことも、激しく憤怒することもない。
 幼少期、あの冷たい真顔で、渾身のおふざけを何度もつぶされた恨みは、くだらなくも思えるが、なかなかに根深かった。
 兄のそんな態度が気にくわない少年ロスウェルが、ならば逆に怒らせてやろうとからかってみても。ウルツはいつも冷たい顔にわずかに苛立ちをのぞかせるばかりで、まったくつまらないことといったらない。

(ああもう、あんな人間味のないやつとは金輪際関わりたくない!)

 そう思ったロスウェルは、これまではできるだけ、この三番目の兄を避けていた、の、だが……。
 正直なところ、いつかぎゃふんと言わせたいと願っていた。


 そしてこの夜。王宮の廊下で何者かに突然後頭部をつかまれて、ムッとした彼がうしろを振り返ると。そこには、その人間味のない兄ウルツが。
 相変わらずいかめしいその顔に、まずはとっさに、うえっと顔がゆがむ。その表情は、いかにも面倒なやつに出会ってしまったと言いたげ。
 この日彼は、上等な酒を手に入れて、せっかく楽しい酒で気分よく過ごしていたのに。兄の姿をほんの一瞬見ただけでも、ロスウェルはすっかり酔いが冷めてしまった。夜はまだまだ長いというのに、水を差されてしまった気分の青年の胸には、またかという苦々しい思いが浮かぶ。
 苛立ち紛れにその兄に文句を言いかけて──しかし、彼はふと言葉を呑む。

(? ……なんだ……?)

 ロスウェルの怪訝な視線が、兄に向けられる。
 なぜなのか……自分を睨む兄の表情には強烈な違和感を覚えた。
 彼から数歩先の場所に立っているウルツ。その身体の向こう側ちらりと見えている黒いスカートは、彼がさきほどまで肩を抱いていた娘の服の端。
 ここでロスウェルは気がついた。

(あれ──今……こいつ、あの子をわたしから“隠した”?)

 後頭部を押さえつけられていた彼には、ウルツの行動のすべては見えなかった。
 だが、振り返ったとき、視界の端には、この兄が、誰かを気遣うような目が、ほんの一瞬だけ映っていたような気がした。
 ロスウェルは、心の中で首をかしげる。
 ウルツのあの心配そうな目はいったいなんだ? あんな表情ははじめて見るぞ、と。

 そして今。
 改めて自分と対峙した兄の顔には、燃えるような憤りが浮かぶ。
 ロスウェルは、ついまじまじと兄を見つめた。
 ウルツの青い双眸は、素直な怒りを弟に向けている。それは今までの、この兄の理解不能さが嘘のような分かりやすい感情であった。
 なにせ、肌に突き刺さってくるようなこの敵意は、女好きで、しょっちゅう色恋沙汰を起こすロスウェルにとっては、非常になじみ深いもの。
 ……が、その感情を、本日彼に向けてくる人物が、あまりにも予想外すぎた。
 ロスウェルは物珍しさのあまり、鬼のような顔の兄を恐れることも忘れてポカンとする。

「……わたしは酔い過ぎているのかな……? なんだか……ウルツ兄上が嫉妬に狂っているような顔に見えるんだけど……?」

 さすがに飲み過ぎたのかな、と目元をこする弟に、ウルツは苛立ちを露わ。

「ごまかすなロスウェル……貴様、飲酒はほどほどにせよとあれほど……酔って宮人に手を出すとは……恥を知れ!」
「ごまかすっていうか……」

 言いながら、兄は、やはり背後の娘を後ろ手にかばうようなそぶりを見せる。
 そんな様子をじっと興味深そうに観察中のロスウェルの視線は、どうしてもロアナに向かう。
 その不躾な視線には、ウルツはいっそう不機嫌そうな顔をしたが──。

 そんなことはおかまいなしの青年は。次の瞬間、何を思ったか、ニヤッと笑い、するりと兄の背後へまわりこむ。

「⁉」

 当然ウルツの顔はあからさまにこわばったが。それを横目に無視し、ロスウェルは、すかさずそこにいたロアナ肩をふたたび抱いた。
 そのときのロスウェルの──いい笑顔といったら。
 愉快な標的を見つけたことに歓喜する王子の表情は、愉悦に輝かんばかりであった。
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