わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

文字の大きさ
50 / 68

衛兵の目撃談 4 清々しい(?)酔っ払い

しおりを挟む


 思わぬものを間近にしたロアナの目が点になる。
 肩で切り揃えられた亜麻色の髪に、少し目じりの下がった瞳は明るい空色。鼻筋はすっきりと通っていて、唇は薄め。

 ……ロアナは一切見たことのない顔である。

 唐突なことに驚いたロアナが固まっていると、その視線に気がついた青年はにっこり。
 と、その青年は不思議そうな顔で彼女を見つめた。

「……ん? あれ? わたし、今晩部屋に誰か呼んでたっけ?」
「……え? ちょ、あの……」

 首をひねった青年に、なんだかとても聞き捨てならないことを言われた気がしたが……。
 青年がロアナの肩に乗せた手で、彼女の髪をちろちろといじるもので。その馴れ馴れしさに唖然としていたロアナは対応が遅れる。
 その間に彼は、考えるようなそぶりを見せていた。……が。

「ん-……ま、いっか! いこう!」
「⁉ へ⁉」

 青年は、恐るべき速さで考えることを放棄した。
 そのあっけらかんとした様子には、ロアナは愕然。
 しかし青年はそんな彼女の肩を抱き、そのまま歩き出そうとする。がっしりと肩をつかまれているロアナは、男女差もあって踏ん張りがきかなかった。

「ちょ、ま、まって……!」

 ──まあいいかって……! あなた絶対わたしのこと知らないでしょう⁉ と、抗議しようとして。ロアナはここである違和感にハッとする。

(も──もしかしてこの方……酔っておられない……⁉)

 青年の身体からは、かすかに果実のような香りがする。
 ロアナは思わずそばにいた衛兵たちに顔を向けるが、彼らは彼女たちから視線を外して素知らぬ顔。

「⁉」

 そこにただよう、『いつものこと』感。これにはロアナは慌てた。

 ──酔っ払いは怖い。
 ロアナの兄はかなりの大酒のみで、酔っぱらったときのくだの巻き方はそりゃあひどかった。
 意味不明に絡んできては、わめくし、物は壊すし、ケンカはするし。そして──吐く。

(っう……)

 その世話の厄介さと、事後処理のつらさを思い出したロアナはげっそりした。と、その斜めに傾いた娘の悲壮感に、かたわらの青年が気がつく。

「おや、どうしたの? そんなに暗い顔して。かわいい顔が台無しだよ?」
「⁉」

 不思議そうな顔をした青年は、あいた方の手の指でロアナの頬をよしよしとなでる。
 その手つきがいかにも慣れていて……微笑む顔がとても蠱惑的で……。
 なんだかロアナは少し怖くなって、彼の腕のなかで身をすくめてのけ反っている。が、馴れ馴れしい青年は陽気に笑う。

「まあ、女性は笑っていようと、怒っていようと素敵だけどね。でも、わたしとしては、一緒にいる時間を楽しんでほしいんだよねぇ……だってせっかくの出会いじゃないか。人生は短いんだし、楽しまなくちゃ」
「は、はぁ……」

 しみじみと語られたロアナは頷きかけて──なぜか彼に着いて歩いている自分にハッとする。
 何を納得しているんだ。このまま彼についていっていいはずがない。
 だいたい、自分は第三王子殿下に会いに来たのに、このままでは目的が果たせない。……というかなんか身の危険を感じる。

 しかし、陽気にロアナを連行していこうとする彼はあんがい力が強い。腕をまわされてがっちりつかまれた手は固く、容易には外れそうになかった。
 これにはロアナは焦る。

(──え? そ、そもそもこの方はいったい……)

 衛兵たちが『いつものこと』というふうに振舞うのならば、それは彼が一の宮にいて当然の存在ということ。

(あれ……そういえばさっき…………)

 はたとしたロアナの脳裏に、先ほどの衛兵と、現れた彼の言葉が思い起こされる。

 ──殿下に見つかると、またロスウェル様と険悪に──……
 ──ん? わたしが何?
 ──ロスウェル様と……、……
 ──わたしが……、……、……、…………

「っへあ⁉」
「「「⁉」」」
「……あれ?」

 その会話を思い出した瞬間、ロアナはびっくりして大きな声を上げた。
 いきなり青くなって素っ頓狂な声を出した娘には、まだそばにいた衛兵らはビクつき、かたわらの青年はキョトンとした。

「なに? どうしたの?」
「……ま、ま、ま……まさか……」
「うん?」
「だ──第四王子……ロスウェル殿下で……いら、っしゃい、ます……か……?」

 いや、そうであってほしくないという願いをこめて、ロアナは怯えた顔でおそるおそる問う。
 と──。

「うん? そうだけど?」
「⁉」

 軽く返されたロアナが口と目をまんまるに開けた。

「こんな時間に、女性に侍女の恰好をさせてまで一の宮に呼ぶなんて、わたししかいなくない?」

 あはは、と、あっけらかんと言われたロアナは開いた口がふさがらない。
 まずは彼が王子であるということに驚いたが……それ以上に、彼の言動に衝撃を受けていた。

 それは、あろうことか王子が王宮外から女性を不正に招き入れているという告白だが……ロスウェルには悪びれるようすはまったくない。酔っているとはいえ、なんという開き直りかただろうか……。
 酔うと周りに迷惑をかけ、暴力にまで発展するような兄ばかりを見ていたロアナは、正直酔っ払いには最悪の感情しかなかったが。ロスウェルのそれは兄とはまるで違う。

(世、世の中には……こんな清々しく(?)陽気な酔っ払いも存在するの……?)

 素直な娘は謎に感動。
 思わずしげしげと、珍獣を見る目でロスウェルに見入っていると、清々しい酔っ払いたる第四王子はにっこり。

「さーて! じゃ、部屋で一緒に呑み直そうね!」
「⁉ あれ⁉ ちが……違う! あ、あの、いいいきません! いきませんが⁉」
「またまたぁ♪ 素敵な夜にしようよぅ」

 ロスウェルに引っ張られてハッとして。ロアナが足を踏ん張ると、ニコニコしたままの青年は、甘えるような口調でいって、強引に彼女の肩を引き──……。

 ……と、その瞬間のことだった。

「……、……、……死ね」
「う?」

 それは──激しい怒りのこめられた、低く、呪わしい声だった。
 ロアナの肩を抱いて、彼女の頭を嬉しそうにあごの下に迎え入れようとしていたロスウェルは、キョトンと動きを止める。彼の頭を、突然ガシリッと背後からつかむ何者かがあった。
 ギリギリと締め上げるようなその痛みに、青年はパチパチと瞬き。

「お、やぁ……?」
「ぇ……?」

 その異変にはロアナも気がつくが、ロスウェルにつかまれたままでは彼女は後ろを振り返ることができない。
 しかし、とまどっているうちに、突然動かなくなったロスウェルが、彼女の肩からゆっくりと腕を離す。

 このとき青年は、己の背後に感じる殺気に、ロアナから手を放さざるをえなかった。
 突然のことでロアナは訳が分からなかったが……動かなくなった王子の背後にある人物を見つけ、目を丸くした。

「え……で、殿下……?」

 両手を持ち上げた第四王子ロスウェルの背後には。
 怒気はらむ鬼の形相の男──ウルツが立っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します

恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。 なろうに別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。 一部加筆修正しています。 2025/9/9完結しました。ありがとうございました。

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...