わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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衛兵の目撃談 8 さまようマーサ

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 ──その頃、同刻の侍女頭マーサ。
 ロアナのために、一の宮でウルツを捜し歩いている彼女は、現在、宮内の衛兵や使用人たちの目撃談を頼りにその行方を追っていた。
 すでに廊下をほうぼう歩き回った侍女頭は、暗い廊下の途中でげっそり途方に暮れた。

「……、……、……なぜなの……? 殿下に……ちっとも追いつかない……」

 帰宅直後に、ロアナのことを考えながら一の宮をさんざんさまよっていた第三王子は、宮内をぐるぐる周回し、多くの者たちに目撃されている。
 当然ながら、その足跡を追う侍女頭もまた、宮内を巡ることに……。

 一の宮をぐるりと一周して戻って来たのに、そこに立っていた衛兵に、「あ……殿下ならまたあっちに行かれましたよ……」と、申し訳なさそうに何度も同じ廊下の先へ行くよううながされる不可解さ……。
 これには、侍女たちの長として、なかなかにしんぼう強いマーサも、三周目でキレる。

「……ウルツ殿下は……こんな時間に、なぜこんなに一の宮をうろちょろなさっているのっ⁉」

 マーサのいら立った声は一の宮一階に響き渡ったが……残念なことに。もうすでにそのフロアにウルツはいない……。



 さて。このときその、知らぬうちに侍女頭をキレさせていたウルツはといえば。
 自分を見て悶絶して笑っている弟に、怒りつつも、若干困惑中。(※引いているとも言う)
 女性関係が賑やかなロスウェルとは違い、恋愛ごとには無縁で来た彼には、自分が今、何を笑われているのか。そして、なぜ弟にニヤニヤと、意味ありげな視線を送られているのかが、少しもわかっていなかった。(鈍い)

 しかし、彼からしてみれば、この弟が意味不明なのは毎度のこと。
 ロスウェルは、いつもウルツにとっては笑うに値しないようなくだらないことでもゲラゲラ笑う。
 そして彼が、自分のことを積極的に『からかいたい』と願っていることも、なんとなく察していた。
 けれども、そうして弟があげつらうことのほとんどが、ウルツには理解しがたいことであって、今回もきっとそうなのだろうと兄は解釈した。

 ……ただ。弟が自分を笑っていることはどうでもいいが、どうやら今回は、その笑いが自分だけではなく、隣にいるロアナにまで向けられている。
 それを察した兄の額には青筋。
 気やすく彼女の肩だの腰だのに触れていた姿を思い出すと、怒りは増すばかりだが……。しかしそれでも彼は、最後の冷静さは失ってはいなかった。

 青年は弟から視線を外して、瞳から憤りを消すと。かたわらの娘に向けて、頭を下げる。

「すまないロアナ……下らぬ兄弟のいさかいに巻きこんだ……」

 彼が申し訳なさそうに謝ると、隣でロスウェルを恐々と見つめていた娘がハッとウルツを見上げる。
 ……その彼女が、弟を見ながら、ちょっと恐れるような表情で、自分のほうへほんの少しだけ頼るようにそばへ寄ってきていたことに、ウルツは気がついていた。
 ……気持ちはわかる。酒も入ったロスウェルは、かなり理解不能である。
 申し訳なく思ったウルツは、一瞬ためらってから、手のひらでロアナの肩に軽く触れて誘導し、いまだ笑い続けている弟からすこし距離を取る。

「……ところでロアナ……なぜこんな時刻に一の宮に?」

 他の宮所属の者が、一の宮への出入りが許される時間はとっくに過ぎている。
 ここで弟をチラリと見たウルツは、まさか──と、表情をさっと青くする。

「ロスウェルに無理やり連れてこられたのか……⁉」
「え? あ、ち、違います! 違うんです!」

 カッと表情が険しくなったウルツに、ロアナは慌てて首を横に振る。
 そうなりかけたことは確かだが、ここに来たのは自主的なこと。

「ここへは、イアンガード様の許可をいただき、侍女頭に連れてきてもらいました!」
「……母上に?」

 不思議そうなウルツに、数回素早く頷いて見せてから。ロアナは言葉を切って、「あの、」と、勇気をもって前置く。
 今日を逃せば、もう二度と謝罪も礼も伝えることができないのではと、思いつめてここまで来たが……。
 いざウルツを目の前にすると、なんだか……こんな時間に部屋まで押しかけて来たことが、いまさらながらにとても恥ずかしかった。

(あ、あら? も、もしかして……わたし、かなり厚かましかった……? いや……でも……)

 もじ……と、両手を白いエプロンの前で握り合わせて、ロアナは顔を真っ赤にしてウルツを見上げた。
 せっかくお会いできたんだもの! ここまで来たら、と、彼女は気合一発。

「あの! わたし……ウルツ殿下にお会いしたくて!」

 思い切って言った、その言葉の威力を──彼女はまだ、知らない。

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