わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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嫉妬と過去 1

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「はぁ……」

 二の宮の外でロアナがため息をこぼしている。
 窓掃除のために伸ばされた手は、透明なガラスを丁寧に磨いているが、その表情はさえない。
 働きながらも気がかりだったのは、昨晩のこと。

 ──昨夜は、あの後すぐに侍女頭が戻ってきた。
 ロアナがマーサに、ウルツと会えたこと、彼の様子がおかしかったことを報告すると。侍女頭はなぜか非常にげっそりした顔をしながらも、ウルツのようすを見に行くことを請け負ってくれた。
 しかしそんな彼女にロアナが追従しようとすると、それはフォンジーに止められてしまう。
 どうしてなのか、彼はとても頑なな表情で彼女に言った。『いかないで』と。

 引き留められたロアナは少し驚いたが、わけを訊ねようとすると、そこへ彼の侍従イエツが割って入ってくる。
 まるで、フォンジーとロアナの視線の交わりを断ち切るように飛び出てきた彼は、大声で『彼女はわたしが二の宮に送り届けます!』と主張した。
 その唐突さには驚いたが、彼女はそのままなかば強引にイエツに二の宮まで引っ張っていかれてしまった。
 その道中、彼は、自分からそれを申し出たはずなのに、ずっと『なんで俺がこんなこと……』と、ブツブツ言っていて。ロアナは気がついた。
 つまりイエツの行動は、おそらく予防線だったのだ。
 何か物言いたげだったフォンジーに、『自分がロアナを部屋まで送っていく』と、言い出させないための。
 侍従がそこまでして主を止めた理由は当然気になったし、あの時フォンジーが何を言いたかったのか、自分を見つめるオレンジの瞳に、なぜあんなにも影が落ちていたのかも気になることだらけ。
 けれども居所に戻されてしまったロアナには、それを知るすべはない。
 
 そうして昨日という一日を、どこか納得できない気持ちで終えた彼女。
 そのもやもやは、やはり次の日になっても持ち越して。朝からずっと、ウルツやフォンジーのことが頭から離れなかった。
 特に、体調が悪そうだった(?)ウルツのことを考えると非常に不安。

(第三王子殿下は……大丈夫でいらっしゃったのかしら……あんなに水びたしになられて……お風邪など召されてないといいけれど……)

 今はそう寒い時期でもないが、彼は国民にとってとても大切な存在。
 厳しい人柄も有名で、多くの人に恐れられてはいるが、彼が国王や王太子を支え、国のために奔走していることは誰もが知るところである。
 侍女頭の話では、『大丈夫』とのことだったが……。そう言う彼女の表情が、どこかとても諦観しているように見えたのが気がかり。

「……何かあったのかしら……。ぁ……い、いけない、いけない……」

 気がつくと、窓を磨いていた自分の手が止まっている。
 磨いていた窓ガラスの汚れは少しも取れていなくて。それを見たロアナは、慌てて手を動かす。
 いくら昨晩のことが気になるとはいえ、自分の仕事をおろそかにはできない。
 ロアナは、ぼうっとしていた分の遅れを取り戻そうと、雑巾を持つ手を一生懸命働かせる。すると、くもっていたガラスは無事ピカピカに。
 太陽の光を反射し、すっきりきれいになった窓を見てほっとしたのか、ロアナの顔が少しだけ表情をやわらげた。……そのときだった。

 突然、横から身体を突き飛ばされた。

「⁉」

 声を上げる間もなくロアナはよろめいて。
 とっさに身体を支えようと手が出るが、転倒は免れず。身の側面から崩れるように地面に倒れ、ざらついた砂利が手のひらに食い込んだ。

「っ」

 その痛みに顔をゆがめていると、そこに、笑うような声。

「あら、ごめんなさい。いたのね」

 続く、くすくす笑いの二重奏。
 驚いてそちらを見ると、若い侍女が二人そばに立っていた。
 見覚えのある顔に、一瞬戸惑う。あまり接点はないが、同じ二の宮の侍女である。

「急いでいたから前を見ていなかったの、許してね」

 そう言われたが、言葉ばかりの謝罪には、少しも心がこもっていないように聞こえた。むしろその口調は、『いい気味』と言っているように聞こえて仕方がない。
 つい押し黙ると、そんなロアナに、楽しそうな視線が注がれる。

「あらら、エプロンもスカートも汚れちゃったわね。早く着替えてきたら? ね?」
「そうね、汚い、もの」

 言って二人は意味ありげに視線を見交わす。
 なんだかとても、嫌な感じだった。
 これにはロアナも察する。
 つまり、自分はわざと突き飛ばされたのだ。

 突然の敵意に、ロアナは戸惑った。どうしてこんなことをするのかと訊ねようか迷っていると、二人は笑ったまま、ゆうゆうとロアナのそばを通り過ぎていく。
 すれ違うとき、まるで聞かせるような会話が交わされる。

「……どんくさい子。なんであんな子がフォンジー殿下に取り入れたの? 大した容姿でもないじゃない」
「昨晩もブルクミュラー様に部屋まで送らせたんでしょう? 殿下の侍従までアゴで使うなんて何様なの……?」
「それだって、侍女頭様に無理を言って、一の宮につれていってもらってのことらしいわよ」
「は? なによそれ……思い切りひいきじゃない⁉」
「多分フォンジー様に気に入られている子だからでしょ。侍女頭様もあの子のわがままを無下にできなかったのよ、きっと」
「ふーん、なら、わたしも見習ってアルド様あたりにとりいってみようかしら。もうすぐご帰還なさるじゃない?」
「あらいいんじゃない? あなた、あんな汚い子より、ずっとキレイだものね」

 楽勝よ! と、当てこすっていくような高い笑い声を聞いて。ロアナはとても驚いた、が……どこかでなるほどとも思った。
 もちろん彼女はフォンジーに取り入ったつもりもない。だが、侍女頭やイアンガードに無理を聞いてもらったのは事実。
 それを考えると、身の程知らずと責められているような気がして。恥ずかしさと、罪悪感で顔が真っ赤になった。
 ロアナは去っていく二人に目をやった。 

「……」

 片方の侍女は髪が栗色で、たばねられた毛束が背で揺れている。その後ろ姿を見て、ロアナはとっさにある人物を思い出した。

(……お嬢様……)
 
『……ロアナ、大丈夫よ。わたしはずっとあなたの味方だから』

 かつてその人に言われた言葉が耳によみがえり、気がつくと、ロアナはいても立ってもいられない気持ちになり、その場に立ち上がっていた。 
 彼女は遠ざかっていく二人のほうへ顔を向け、大きく息を吸って、思い切り声を出す。

「わたし!」と、大きく言うと、侍女たちの背がビクッと跳ねる。
 驚いたように振り返った顔に、ロアナは続けた。

「わたし、確かに昨日侍女頭様にお助けいただきました! それに、確かにどんくさいです!」

 その主張に、二人の侍女たちは眉間にしわを寄せて唖然としているが、かまわず続けた。
 胸はドキドキしたし、とても恥ずかしかったけれど、「でも」と、ロアナは二人を真っ赤な顔で真っすぐに見た。

「でも、わたし、フォンジー様に取り入ったりはしてません! ブルクミュラー様のこともアゴで使ったりいたしません!」
「な……なんなの……? いきなり大声で……」
「ばっかじゃない⁉ い、いきましょ!」

 普段は大人しいロアナが急に反論してきたことに驚いたのか、二人は気まずそうな顔で慌てて駆けて行った。
 おそらく、嫌みを言いたかっただけで、本気でケンカする気はなかったのだろう。
 王宮では、使用人同士が騒動を起こすと厳しく罰せられてしまう。

 二人が行ってしまったのを見て、ロアナは大きく息を吐く。どっと額に汗が噴き出ていた。

「……ふ、ふう……怖かった……」

 でも、言い返せてよかったと思った。
 ああいうとき、反論をしないでいると、それが事実であるかのようにあつかわれてしまうことも多い。
 数年前、ロアナが王宮に入って間もない頃、彼女はその沈黙の末、とても怖い思いをしたことがある。
 その時は、彼女はまだまだ子供で、王宮にも不慣れだった。そこで命じられたまま真実を隠し、そのあげく、とんでもないことになりかけた。
 それに、先日のリオニー妃との一件もある。
 あのときも、もっときちんと側妃に自分の潔白を主張していられたら、フォンジーにも、イアンガードらにももっとずっと迷惑をかけないですんだかもしれない。
 そもそもフォンジーの親切は彼の優しさゆえで、イエツは主想いゆえの行動。侍女頭だって、上の顔色をうかがって権威にすり寄るような人ではない。
 そう思うと、いつの間にか口が動いていた。

 ……とはいえだ。
 人に物申すのはとてもエネルギーがいる。
 性格的には、ああいった嫌みは笑って聞き流すほうが性に合っているロアナは、なんだかどっと疲れてしまって。もう一度大きく深々とため息。

「……はぁ……女の人、怖い……」
「──わかる。女性は怖いよね。怖いも魅力的で大好きだけどさ。睨んでくる目、ドキドキする……」
「⁉ うわっ⁉」

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