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三章
2 誘拐犯とミリー
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ミリヤムの心は一瞬、しんと静まり返った。
シーツに覆われて白かった視界はいつの間にか薄暗くなっている。どうやら夕方だった時刻が黄昏時を過ぎて、いつの間にか夜になっていたらしい。
「…………」
そして永らくの凍結時間を経て、ミリヤムはキッと覚醒する。
「おらー!!!」
「!?」
「ぶべしっ」
唐突に四肢を暴れさせたミリヤムは地面に落とされた。
肩に担がれていたのだからそれは一応想定内だったが、やっぱり痛かった。しかし、とりあえず痛がるのは後回しにしよう、と決心して。ミリヤムはシーツの中から這い出した。
「ふう……あ! 何処だ此処!?」
辺りは既に暗い。だが幸いな事に、この日は幾らか月が明るく己の周りくらいは見通しが利いた。
周囲を見回すと、其処は木々に囲まれている。道の様子からすると街道だろうか、とミリヤムは首を傾げた。
「……なんだ貴様、急に」
ミリヤムがシーツを頭に被ったまま眉間に皺を寄せていると、其処にいた黒い人狼は物凄く迷惑そうな顔でミリヤムを見た。
その人狼は──一見ヴォルデマーにしか見えないその人狼は、それまで大人しく担がれていた娘の急な反乱を煩わしく思っているらしかった。しかしミリヤムは物凄く、お前が言うな、と思った。
「……いえね、此処まで大人しく運ばれていて、はたと思ったわけですよ。なんで私め大人しく担がれてるんだ、て。暴れさせてくださいよ……だってそうじゃありませんかあなた、知りもしない男性に担がれて、何処行くとも知れぬ道をシーツを被らされたままえっちらおっちら……おかしいでしょ!?」
カッと目を見開くと、その人狼は頷いた。
「まあな。分った。では縛ろう」
「……その流れには異論があります」
「黙れ」
睨まれたミリヤムは、鼻頭に皺を寄せて相手を睨み返す。
「ちょっと……ヴォルデマー様にそっくりな顔と声でそういう事言わないで頂けます? 精神攻撃ですか? ちっ……まったく……誘拐犯め……」
「……黙れ。これは誘拐ではない」
「誘拐じゃ、ない……!? ではなんですか!? ご招待とでも!? 晩餐にでも招待してくださるとでも!? まったく! ばんさ、晩餐!? あぉあああああー!!!???」
「なんだっ! 煩い娘だな!?」
行き成り叫んだ娘に人狼が苛々と咆える。
ミリヤムはわなわな震えていた。
「……っ! ヴォルデマー様とっ! ご飯食べようと思ったのに!!」
「……なんだって?」
「ヴォルデマー様にウラ様から習ったご飯作るつもりだったのに!!!」
ミリヤムはどわっと泣き出した。
「!?」
「あほーっ!!!」
ミリヤムが泣きわめいている内に、周囲には、いつの間にか黒い人狼の仲間が集まってきていた。どうやら先程は月明かりの届かぬ暗がりの中に潜んでいたらしい。
周囲の闇に紛れてミリヤムにはよく判別できなかったが、皆様々な毛色の人狼のようだった。彼等は夜目が利くのかカンテラの一つも持ってはいない。
皆、一頻り泣き叫んだ後、反動のようにしゅんと静まり返った娘を微妙な顔つきで眺めている。
「貴様、感情の急落が怖いんだが……」
最初にミリヤムを担いでいた黒い人狼がミリヤムにそう言った。
誰のせいだと思ってるんだ、とミリヤムは思ったが、兎に角その汚い鼻水をふけと言われ、不承不承ポケットから手ぬぐいを出す。
その時手に当った、小さな紙の感触に、ミリヤムはハッとした。
「…………」
「どうした?」
「……よし帰ろう」
考え込んでいたかと思ったら急にそう言って立ち上がった娘に、人狼が阿呆かという顔でため息をついた。男の黄金の瞳は絶対的な捕食者の輝きをにじませる。
「……帰すと思うのか?」
獲物を怯ませるような威圧感を持つ視線だった。が、ミリヤムはその圧をぺっ! と、はね飛ばした。
「ええ、願わくば。」
「……」
間髪入れずきっぱり綺麗にターンして返ってきた答えに、一瞬男が沈黙する。
が、男はわざわざ此処まで連れてきたのにか、とげっそり言った。疲労激増という顔だった。彼はミリヤムの首根っこを嫌そうに掴みぶら下げる。
「そう簡単に帰すわけないだろうが」
「お? わ、わわわっ!?」
軽々持ち上げられたミリヤムは、改めて「でかい」と内心で驚いた。
男はかなりの体格の持ち主だった。背はヴォルデマーとそう変わらない。しかしこちらの方が少しがっちりしている印象だ。そしてもっふりしている。
ミリヤムはぶら下げられたまま手足をばたばたさせたが、悲しいことに一つも相手には届かない。
「帰らせて下さいよ! 折角素敵な牙のお嬢様が私に愛のビンタを下さったって言うのに……ヴォルデマー様に食べて頂かないとウラ様のレシピが浮かばれないでしょ! 誘拐犯め! 空気読んで下さいよ!!!」
「愚か者……貴様が読め。人の事を誘拐犯だのなんだのと……死にたいのか?」
人狼はぎろりとミリヤムを睨んだ。
確かに、相手は娘を一人砦から攫い出した獣人達である。手には鋭い爪が光っているし、腰元には細かい細工の美しい長剣が備えられている。その目的は不明だが、状況的には抵抗すると危険があってもおかしくは無い。
しかし、「死にたいのか」と問われたミリヤムは、目をカッと見開いて相手を見る。先程同様、脳を通していないような早さで口が動く。
「死にたいと思います!?」
「……」
その真顔の凝視(瞳孔開き気味)には、人狼が再び言葉を失う。(とても気味が悪かった)
再度の沈黙の後、彼は調子が狂ったようにため息をついて、ミリヤムを地面に下ろした。
「……はあ、ならば大人しくしろ。夜の野外がどれだけ危険か貴様分ってないな? 俺達の傍を離れるとすぐに野生の獣に食われるぞ」
「……」
その言葉には、今度はミリヤムが黙り込む。
確かに、この男から離れて闇の街道を戻るのはかなり危険だといえた。獣もそうだが、地面にはまだ其処此処に雪が残る。シーツの中では然程でもなかったが、そこから飛び出してみると夜風はとても寒かった。
おまけにミリヤムは今、灯りの一つも持ち合わせてはいない。いくらなんでもこの真っ暗闇の中を、灯りもなしに行動するのは危険過ぎる。
「……寒さはシーツで何とかするとしても……誘拐犯さん達は強そうですしね……剣を奪って逃げるのは無理か……」
じろじろと見ると、なんでも口に出すな、と怒られる。
「……せめて昼間にしてくれたら私も逃げようがあったのに……」
「……人の子が人狼から逃げられるわけ無いだろう。そろそろ行くぞ。侵入に手間取ってこんな時間になってしまった……俺もさっさと家に帰りたい。お前がちんたら歩くのに付き合う気はない。大人しく担がれろ」
「……はー、誘拐犯は勝手だ……」
行きたくはないが、此処に置いていかれると困るのも確かだ。真夜中の見知らぬ野外にたった一人。死ぬ気しかしない。
「そもそも私めは何故誘拐されるのでしょうか……身代金も払えないのに……貯金はありませんよ?」
ミリヤムはボヤキながら男に大人しく担がれる。(最近はイグナーツに担がれる事も多かったミリヤムはとても慣れた様子だった)
そんなミリヤムを、男は見下すような横目で見る。ヴォルデマーに似た男のその表情は地味にミリヤムに刺さった。
「……誘拐ではないと俺は言ったぞ」
「……しかしですねえ、様相はまるっきり誘拐ですよ。人の仕事中に布被せて担いでくるなんて」
「ヴォルデマーに悟られる前に連れて行けと言われたからな。俺もコソコソするのは性に合わんのだが」
男は如何にも面倒そうにそう言う。その言葉にミリヤムはやっぱりか、と思う。
「……という事はやはり、真の誘拐犯は奥方様ですか……それで……私めをどうなさるんですか? ヴォルデマー様に内緒で何処かに売っぱらうんですか? 多分奥方様のドレス売り払った方が幾らかお高めと思いますが」
売れますかねぇ、とミリヤム。
「呑気な女だ……何故ヴォルデマーはお前のような不可解な女を……分からん。母が反対するのも当然だ」
「は? えっと……今なんて仰いました?」
「やれやれ、耳も悪いと来ている……何で俺様がこんなのをわざわざ担いで夜道を走らなければならないんだ……」
「……はあ、では他のお方にお任せになったらいかがですか? しかし私めもそれを知りたいですねえ……何故ですか?」
苛立たしそうな男の声にミリヤムが手を上げて問う。金の瞳の人狼は鼻をふんと鳴らした。
「簡単なことだ。もしヴォルデマーに事が知られ妨害を受けたとして、確実に対抗出来る者は俺以外に無い。まったく頼もしいことだが、奴の技量は領内でも随一だ。下手な配下を送っても退けられるのが落ちだからな……奪い返されてはそれこそ面倒に他ならない。万一ヴォルデマーが追って来たとしても、俺の手の中にお前が居るという事が牽制の一つになる」
「…………あのー」
その自信に満ちた答えにミリヤムがもう一度おずおずと手を上げる。肩に担がれて後ろ側を向いているミリヤムのそれは人狼には見えないが。
「なんだ」
「誘拐犯さんは……」
「ギズルフ。その人聞きの悪い呼び名を改めろ」
「ギズルフさんは……ヴォルデマー様とは一体……もしかして、」
物凄い嫌な予感が、と、ミリヤム。
しかし人狼は意に介した風もなかった。彼はミリヤムを肩に担ぎ道を急ぎながら、あっさりと言う。
「兄だ」
「ひっ!?」
ミリヤムが驚いて肩の上でビクリとすると、人狼は呆れたような声を出した。
「さっき“そっくりだ”と言ってなかったか……? 何処をどう見てもそうだろう」
「…………だって! 同じ人狼族で同じ色合いだから、同じ様に見えるのかと思って……!」
「ふん……人族は人狼を見分けられないのか。それで良く奴を愛せたな……」
呆れと侮蔑を混ぜたような顔で、男は言ったが、ミリヤムは男の肩の上でガクブルしていてそれどころではなかった。
(……ヴォルデマー様の兄上に対する失礼は……ヴォルデマー様に対する失礼も同じなのでは……)
ミリヤムは、おあー!! と蒼白になる。それから、はたと、動きを止めた。
「ん……? ヴォルデマー様のお兄様ということは……」
戸惑ったように呟くと、男に「今頃そこか、」と馬鹿にしたように睨まれた。
「私はギズルフ・シェリダン。辺境伯の長子、ヴォルデマーの実兄。聞き分けの悪い弟からお前を引き離すように母に命じられた。覚悟せよ、辺境伯がお前をお待ちだ」
「っ!?」
ミリヤムは思わず目を剥いて。
暇ですか!? 嫡男様!! と……突っ込んだ。
人狼の一団はミリヤムの叫びを無視して駆けて行く。
シーツに覆われて白かった視界はいつの間にか薄暗くなっている。どうやら夕方だった時刻が黄昏時を過ぎて、いつの間にか夜になっていたらしい。
「…………」
そして永らくの凍結時間を経て、ミリヤムはキッと覚醒する。
「おらー!!!」
「!?」
「ぶべしっ」
唐突に四肢を暴れさせたミリヤムは地面に落とされた。
肩に担がれていたのだからそれは一応想定内だったが、やっぱり痛かった。しかし、とりあえず痛がるのは後回しにしよう、と決心して。ミリヤムはシーツの中から這い出した。
「ふう……あ! 何処だ此処!?」
辺りは既に暗い。だが幸いな事に、この日は幾らか月が明るく己の周りくらいは見通しが利いた。
周囲を見回すと、其処は木々に囲まれている。道の様子からすると街道だろうか、とミリヤムは首を傾げた。
「……なんだ貴様、急に」
ミリヤムがシーツを頭に被ったまま眉間に皺を寄せていると、其処にいた黒い人狼は物凄く迷惑そうな顔でミリヤムを見た。
その人狼は──一見ヴォルデマーにしか見えないその人狼は、それまで大人しく担がれていた娘の急な反乱を煩わしく思っているらしかった。しかしミリヤムは物凄く、お前が言うな、と思った。
「……いえね、此処まで大人しく運ばれていて、はたと思ったわけですよ。なんで私め大人しく担がれてるんだ、て。暴れさせてくださいよ……だってそうじゃありませんかあなた、知りもしない男性に担がれて、何処行くとも知れぬ道をシーツを被らされたままえっちらおっちら……おかしいでしょ!?」
カッと目を見開くと、その人狼は頷いた。
「まあな。分った。では縛ろう」
「……その流れには異論があります」
「黙れ」
睨まれたミリヤムは、鼻頭に皺を寄せて相手を睨み返す。
「ちょっと……ヴォルデマー様にそっくりな顔と声でそういう事言わないで頂けます? 精神攻撃ですか? ちっ……まったく……誘拐犯め……」
「……黙れ。これは誘拐ではない」
「誘拐じゃ、ない……!? ではなんですか!? ご招待とでも!? 晩餐にでも招待してくださるとでも!? まったく! ばんさ、晩餐!? あぉあああああー!!!???」
「なんだっ! 煩い娘だな!?」
行き成り叫んだ娘に人狼が苛々と咆える。
ミリヤムはわなわな震えていた。
「……っ! ヴォルデマー様とっ! ご飯食べようと思ったのに!!」
「……なんだって?」
「ヴォルデマー様にウラ様から習ったご飯作るつもりだったのに!!!」
ミリヤムはどわっと泣き出した。
「!?」
「あほーっ!!!」
ミリヤムが泣きわめいている内に、周囲には、いつの間にか黒い人狼の仲間が集まってきていた。どうやら先程は月明かりの届かぬ暗がりの中に潜んでいたらしい。
周囲の闇に紛れてミリヤムにはよく判別できなかったが、皆様々な毛色の人狼のようだった。彼等は夜目が利くのかカンテラの一つも持ってはいない。
皆、一頻り泣き叫んだ後、反動のようにしゅんと静まり返った娘を微妙な顔つきで眺めている。
「貴様、感情の急落が怖いんだが……」
最初にミリヤムを担いでいた黒い人狼がミリヤムにそう言った。
誰のせいだと思ってるんだ、とミリヤムは思ったが、兎に角その汚い鼻水をふけと言われ、不承不承ポケットから手ぬぐいを出す。
その時手に当った、小さな紙の感触に、ミリヤムはハッとした。
「…………」
「どうした?」
「……よし帰ろう」
考え込んでいたかと思ったら急にそう言って立ち上がった娘に、人狼が阿呆かという顔でため息をついた。男の黄金の瞳は絶対的な捕食者の輝きをにじませる。
「……帰すと思うのか?」
獲物を怯ませるような威圧感を持つ視線だった。が、ミリヤムはその圧をぺっ! と、はね飛ばした。
「ええ、願わくば。」
「……」
間髪入れずきっぱり綺麗にターンして返ってきた答えに、一瞬男が沈黙する。
が、男はわざわざ此処まで連れてきたのにか、とげっそり言った。疲労激増という顔だった。彼はミリヤムの首根っこを嫌そうに掴みぶら下げる。
「そう簡単に帰すわけないだろうが」
「お? わ、わわわっ!?」
軽々持ち上げられたミリヤムは、改めて「でかい」と内心で驚いた。
男はかなりの体格の持ち主だった。背はヴォルデマーとそう変わらない。しかしこちらの方が少しがっちりしている印象だ。そしてもっふりしている。
ミリヤムはぶら下げられたまま手足をばたばたさせたが、悲しいことに一つも相手には届かない。
「帰らせて下さいよ! 折角素敵な牙のお嬢様が私に愛のビンタを下さったって言うのに……ヴォルデマー様に食べて頂かないとウラ様のレシピが浮かばれないでしょ! 誘拐犯め! 空気読んで下さいよ!!!」
「愚か者……貴様が読め。人の事を誘拐犯だのなんだのと……死にたいのか?」
人狼はぎろりとミリヤムを睨んだ。
確かに、相手は娘を一人砦から攫い出した獣人達である。手には鋭い爪が光っているし、腰元には細かい細工の美しい長剣が備えられている。その目的は不明だが、状況的には抵抗すると危険があってもおかしくは無い。
しかし、「死にたいのか」と問われたミリヤムは、目をカッと見開いて相手を見る。先程同様、脳を通していないような早さで口が動く。
「死にたいと思います!?」
「……」
その真顔の凝視(瞳孔開き気味)には、人狼が再び言葉を失う。(とても気味が悪かった)
再度の沈黙の後、彼は調子が狂ったようにため息をついて、ミリヤムを地面に下ろした。
「……はあ、ならば大人しくしろ。夜の野外がどれだけ危険か貴様分ってないな? 俺達の傍を離れるとすぐに野生の獣に食われるぞ」
「……」
その言葉には、今度はミリヤムが黙り込む。
確かに、この男から離れて闇の街道を戻るのはかなり危険だといえた。獣もそうだが、地面にはまだ其処此処に雪が残る。シーツの中では然程でもなかったが、そこから飛び出してみると夜風はとても寒かった。
おまけにミリヤムは今、灯りの一つも持ち合わせてはいない。いくらなんでもこの真っ暗闇の中を、灯りもなしに行動するのは危険過ぎる。
「……寒さはシーツで何とかするとしても……誘拐犯さん達は強そうですしね……剣を奪って逃げるのは無理か……」
じろじろと見ると、なんでも口に出すな、と怒られる。
「……せめて昼間にしてくれたら私も逃げようがあったのに……」
「……人の子が人狼から逃げられるわけ無いだろう。そろそろ行くぞ。侵入に手間取ってこんな時間になってしまった……俺もさっさと家に帰りたい。お前がちんたら歩くのに付き合う気はない。大人しく担がれろ」
「……はー、誘拐犯は勝手だ……」
行きたくはないが、此処に置いていかれると困るのも確かだ。真夜中の見知らぬ野外にたった一人。死ぬ気しかしない。
「そもそも私めは何故誘拐されるのでしょうか……身代金も払えないのに……貯金はありませんよ?」
ミリヤムはボヤキながら男に大人しく担がれる。(最近はイグナーツに担がれる事も多かったミリヤムはとても慣れた様子だった)
そんなミリヤムを、男は見下すような横目で見る。ヴォルデマーに似た男のその表情は地味にミリヤムに刺さった。
「……誘拐ではないと俺は言ったぞ」
「……しかしですねえ、様相はまるっきり誘拐ですよ。人の仕事中に布被せて担いでくるなんて」
「ヴォルデマーに悟られる前に連れて行けと言われたからな。俺もコソコソするのは性に合わんのだが」
男は如何にも面倒そうにそう言う。その言葉にミリヤムはやっぱりか、と思う。
「……という事はやはり、真の誘拐犯は奥方様ですか……それで……私めをどうなさるんですか? ヴォルデマー様に内緒で何処かに売っぱらうんですか? 多分奥方様のドレス売り払った方が幾らかお高めと思いますが」
売れますかねぇ、とミリヤム。
「呑気な女だ……何故ヴォルデマーはお前のような不可解な女を……分からん。母が反対するのも当然だ」
「は? えっと……今なんて仰いました?」
「やれやれ、耳も悪いと来ている……何で俺様がこんなのをわざわざ担いで夜道を走らなければならないんだ……」
「……はあ、では他のお方にお任せになったらいかがですか? しかし私めもそれを知りたいですねえ……何故ですか?」
苛立たしそうな男の声にミリヤムが手を上げて問う。金の瞳の人狼は鼻をふんと鳴らした。
「簡単なことだ。もしヴォルデマーに事が知られ妨害を受けたとして、確実に対抗出来る者は俺以外に無い。まったく頼もしいことだが、奴の技量は領内でも随一だ。下手な配下を送っても退けられるのが落ちだからな……奪い返されてはそれこそ面倒に他ならない。万一ヴォルデマーが追って来たとしても、俺の手の中にお前が居るという事が牽制の一つになる」
「…………あのー」
その自信に満ちた答えにミリヤムがもう一度おずおずと手を上げる。肩に担がれて後ろ側を向いているミリヤムのそれは人狼には見えないが。
「なんだ」
「誘拐犯さんは……」
「ギズルフ。その人聞きの悪い呼び名を改めろ」
「ギズルフさんは……ヴォルデマー様とは一体……もしかして、」
物凄い嫌な予感が、と、ミリヤム。
しかし人狼は意に介した風もなかった。彼はミリヤムを肩に担ぎ道を急ぎながら、あっさりと言う。
「兄だ」
「ひっ!?」
ミリヤムが驚いて肩の上でビクリとすると、人狼は呆れたような声を出した。
「さっき“そっくりだ”と言ってなかったか……? 何処をどう見てもそうだろう」
「…………だって! 同じ人狼族で同じ色合いだから、同じ様に見えるのかと思って……!」
「ふん……人族は人狼を見分けられないのか。それで良く奴を愛せたな……」
呆れと侮蔑を混ぜたような顔で、男は言ったが、ミリヤムは男の肩の上でガクブルしていてそれどころではなかった。
(……ヴォルデマー様の兄上に対する失礼は……ヴォルデマー様に対する失礼も同じなのでは……)
ミリヤムは、おあー!! と蒼白になる。それから、はたと、動きを止めた。
「ん……? ヴォルデマー様のお兄様ということは……」
戸惑ったように呟くと、男に「今頃そこか、」と馬鹿にしたように睨まれた。
「私はギズルフ・シェリダン。辺境伯の長子、ヴォルデマーの実兄。聞き分けの悪い弟からお前を引き離すように母に命じられた。覚悟せよ、辺境伯がお前をお待ちだ」
「っ!?」
ミリヤムは思わず目を剥いて。
暇ですか!? 嫡男様!! と……突っ込んだ。
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