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三章
10 ベアエールデ救出会議
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──それは少し時間を巻き戻した、ベアエールデの談話室での事だった。
「……まずはミリーの安否を確かめるのが先だと思うんだよねえ」
ぽりぽりと野菜をかじりながら言ったのはローラントだ。
ベアエールデの少年隊士用隊舎談話室。顔を突き合わせているのはローラントとイグナーツ、エメリヒの三人である。
現在アデリナの締め付けの強くなった砦ではあったが、流石の彼女も見習い達の隊舎にまでは警戒の手を伸ばしていない。三人はヴォルデマーを解放する為にはどうしたらいいのかという議題で今、この談話室に集まっていた。
「ヴォルデマー様なんだから……ミリーの無事が確保出来ればどうとでもなると思う」
「まあ、そうだな……誰かを隠密に領都に送り込むか……でもその辺り奥方は厳しいんだよ、隊士の誰かが抜ければ必ずばれる。俺なんか使いっぱしりにされてるから絶対無理だ。あとアデリナ様に恩義や義理のある連中も動かせない」
「じゃあ僕が……」
「駄目だ! 見習いにそんな事させられるか!!」
「じゃあわしが行こうかのう……」
談話室の向こうの管理人室からロルフが声を放ってくる。しかしイグナーツはそれも直ちに却下した。
「ご老体にそんな事させらるわけないでしょう!!」
「そうかい?」
ロルフは、ふぇ、ふぇ、と笑っている。すると今度はエメリヒがおずおずと手を上げた。
「あの……では侯爵家の方々にお願いするのはどうですか? ミリーさんはもともとあちらのお家の関係者です。手伝ってくれるんじゃ……」
しかしそのエメリヒの言葉にイグナーツが胃が痛そうな顔をする。
「それが……フロリアン殿は侯爵領にお戻りになられた……ご配下は半分以上残して下さったから砦の職務には影響が無いが……いやむしろ、我々砦の面々の方が取り乱して影響出しまくりだが……」
はーとイグナーツがため息をつくと、ローラントが怪訝そうな顔をした。
「……え? どうして? こんな時に?」
「さあ……此度の件に関して手を講じると仰っていたからな、侯爵家の方から何か働きかけをして下さるのかもしれない。ご自分もミリヤムに求婚しているのだ、放っておく事はありえないだろう」
だが、その言葉をローラントが怪しむ。
「ふうん……でもそれ大丈夫なのかなぁ……」
「……ん? 何故だ?」
「だって、あの人ヴォルデマー様の恋敵だよ? ヴォルデマー様が動けないうちにアデリナ様と侯爵家で裏でやり取りされたらどうするの? 侯爵様はもうミリとあの人の婚姻を許してるんだよね?」
「……いやっ! しかしあのフロリアン様だぞ!? そんな……」
「でもルカスさんは彼の為なら結構何でもするってミリーさんが言ってましたよ……私もしますけど、って……」
再びおずおずとエメリヒが言うと、イグナーツが椅子の上で沈黙した。
「ああ、あの人いつもヴォルデマー様睨んでるもんねえ。一緒について戻ってたら何かしそう」
「…………」
「で? ルカスさんは残ったの? 侯爵領に戻ったの?」
「…………戻られた」
がっくりとイグナーツが答えた瞬間、少年二人が、あららぁ、という顔をする。
「兄上しっかりしてよ、そこは引き止めなきゃ。ヴォルデマー様の側近でしょ」
「す、すまな……いや、俺もちょっと迷ったんだが……」
「その件ですけど、アデリナ様は侯爵様にお手紙を送られたそうですわ」
「ええ? ほらあ! やっぱり! どうするの兄上! あっちは結託してるよ!!」
「す、すまん! しかし俺にはフロリアン様を留め置くほどの権限がだな…………ん……?」
ローラントにばしばし叩かれながら、イグナーツが、何かに気が付く。
彼が怪訝そうに視線を上げると──いつの間にか彼等が囲むテーブルに、ひとり人数が増えている。
「あ、れ……?」
「……あなたは……」
イグナーツがギョッと仰け反る。
その人物はにっこりと微笑んだ。
「こんにちは、皆さん」
「ウ、ウウウウ、ウラ、ウラ嬢……!? な、何故此処に……」
其処にいたのは──艶やかな民族衣装を身につけたウラだった。
イグナーツは長椅子から飛び退いたが、呑気なローラントはこんにちはーと応えている。エメリヒは慌てて傍にあったお茶をウラに差し出した。
お茶を受け取りながら、ウラは微笑んだままイグナーツを見る。
「何処かでヴォルデマー様救出会議でも開かれて無いかと思って探してましたの。アデリナ様は数日前にリヒター家に向けてお手紙をお出しです。彼の言った通り領都経由であの娘を送り返すおつもりみたいですわね」
「……ふうん、という事は、やっぱりミリーは領都かあ……」
「ちょ、ローラント待て! 喋るな!! ……あ、あの……ウラ様……? どうして……」
イグナーツは弟の口を塞ぎ、戸惑ったように問う。ウラはアデリナ側の獣人だ。下手をすれば奥方に彼等の話が筒抜けになってしまう。裏でこそこそしていたとバレればイグナーツ達もどこかに拘束されてしまうかもしれなかった。
イグナーツは緊張した面持ちでウラを見た。
すると、そんな彼の視線を受けて、ウラがイグナーツをギロリと睨む。その迫力に白豹(兄)が怯む。
「……私、ヴォルデマー様が好きなんです。ずっと、以前から」
「は、はあ……」
「ええそれはもう、同じ様な気持ちでいる人狼娘達を沢山蹴落としてきましたわ。高官の娘や毛並みの美しいと評判の貴族令嬢も……様々な手を使って。そうしてやっと此処まで来て……もう、あと一歩……だと思っていたのに……」
ウラはそう言って、鋭い視線のまま、ため息をつく。
「でも、もうやめますわ……アデリナ様が見込んで下さるのは嬉しいんですけど、多分……無理に妻の座に座ってもヴォルデマー様の視線の向きは変わりません……、きっとあの変な娘を見たまま……。だって……あの子相当変ですもの。気になってつい見てしまう気持ち、分りますわ」
ふん、とウラは鼻を鳴らす。
「確かに」(ローラント)
「確かに」(エメリヒ)
「お、お前ら黙ってろ!」(※小声、イグナーツ)
「……ヴォルデマー様は一途な御方です。ずっと見つめてきた私には分かっています。でも……それでも逃したくなかった。だって、伴侶選びは一生の問題でしょう!? もう一歩なら、なんとしても其処に辿り着きたかった……」
でも、とウラは呟く。
「あと一歩という距離に近づいてしまったら……ああもうこれは可能性は皆無なんだと分ってしまったのです……だってヴォルデマー様のあの子を見る目、全然違うんですもの……」
はあ、とウラはため息を落とした。
アデリナに命じられてヴォルデマーの世話をして過ごした数日、ふとした瞬間に、ああこれは、あの子の事を考えているのだな……と感じることが幾度もあった。ヴォルデマーがウラに忠告した通り、それはとてもとても悔しくて、辛い時間だった。
だが、あの時──馬場で二人が共にいるのを見た時──ウラの中で、もうそれが突き抜けてしまったのだ。
「……可能性が僅かでもあるならとアデリナ様にも縋ってみましたけれど……それが皆無ならば、いつまでもそうするのは女が廃ります。私、諦めも悪いですが、プライドも高いんですの」
「……」
うふふと笑うウラにイグナーツは耳を伏せる。気の毒だと思う気持ちと、まあそうだろうな、と思う感情で複雑そうだ。
「そういうわけで、私も協力させて頂きます。本当は私を振るんだったら一生独身のままでいて頂きたいくらいですし、私も次のお相手探しで忙しんですけど!!」
ウラの表情がガラリと毒のあるものに変わって、イグナーツがビクついている。
ウラは鼻を鳴らす。
「ふん、……まあ、でもいいですわ……あの時アデリナ様のドレスを守ってくれたお返しに、最後に少しくらい……」
「ウ、ウラ嬢……」
憂い顔で少し目線を落としたウラに、イグナーツが少しほろりとしている。が。
次の瞬間ウラはキッと視線を上げると、手の平の爪をむき出しに。
「少しくらい……少しくらい、あの娘、引っ掻いてやらないと気がすみませんからね!」
「…………」
「わー頼もしー」
ローラントがパチパチ手をたたいている。エメリヒは怖くて涙目になった。
「さ、それで。あの娘の安否を確かめればいいのでしょう? だったら私の家の者を使いに出しましょう。同じ人狼族です、多分警戒されることなく領都の城にも行ける筈です。まず手紙を家に届けさせなければなりませんから、少し時間がいりますけど……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
話を進め始めたウラをイグナーツが止める。
「本当によろしいのですか……? 我等に協力したことが奥方様にばれたら……ご実家共々奥方の信頼を失ってしまわれるのでは……」
イグナーツの案じるような表情にウラは微笑む。
「ええ、でも……いいんです。これは……私からの、アデリナ様への餞です」
「餞……? アデリナ様に?」
ウラがこくりと頷く。少し幸せそうな、寂しそうな顔で。
「アデリナ様は……私を見込んで下さり、とても慈しんで下さいました。私はそれがとても嬉しかった……」
ウラは一瞬目を伏せて、何かを思い出すような顔で自らの胸の辺りを手で押さえた。そして瞳を上げる。
「だから……私はアデリナ様の愛するヴォルデマー様の幸せの為に働きます。ご子息が本当に愛する伴侶を得て幸せになられる方が、きっとアデリナ様も幸せなはずですもの。……今はちょっとアデリナ様は意固地になっておられて、受け入れられないかもしれませんが、最終的にはきっとその方が良かったと分って下さると思います」
「……」
そう笑うウラをじっと見ていたローラントが、にっかりと笑う。
「……お姉ちゃん、良い人だね。アデリナ様のドレス、飛ばしてごめんね」
ローラントがそうぺこりと頭を下げると、ウラは高らかな笑い声を上げる。
「そう? 嬉しいわ有難う。ああでも……あの子を引っ掻くのは本気ですからね」(にこり)
「そうなの? まあ、それもひとつの思い出だよね」(きゃはは♪ とローラント)
「……」(イグナーツ)
「……」(エメリヒ)
人狼嬢とぽっちゃり白豹は楽しそうに笑いあっている。
その様を眺めながら、「いいんでしょうか……」と、呟くエメリヒに、イグナーツは、その肩をぽんと叩いた。
「……いいという事に……しておこう。実際ウラ嬢は物凄く頼もしい……力強い味方だ……」
「…………はい……」
ミリーさん頑張ってね……と、エメリヒは祈るのだった。
「……まずはミリーの安否を確かめるのが先だと思うんだよねえ」
ぽりぽりと野菜をかじりながら言ったのはローラントだ。
ベアエールデの少年隊士用隊舎談話室。顔を突き合わせているのはローラントとイグナーツ、エメリヒの三人である。
現在アデリナの締め付けの強くなった砦ではあったが、流石の彼女も見習い達の隊舎にまでは警戒の手を伸ばしていない。三人はヴォルデマーを解放する為にはどうしたらいいのかという議題で今、この談話室に集まっていた。
「ヴォルデマー様なんだから……ミリーの無事が確保出来ればどうとでもなると思う」
「まあ、そうだな……誰かを隠密に領都に送り込むか……でもその辺り奥方は厳しいんだよ、隊士の誰かが抜ければ必ずばれる。俺なんか使いっぱしりにされてるから絶対無理だ。あとアデリナ様に恩義や義理のある連中も動かせない」
「じゃあ僕が……」
「駄目だ! 見習いにそんな事させられるか!!」
「じゃあわしが行こうかのう……」
談話室の向こうの管理人室からロルフが声を放ってくる。しかしイグナーツはそれも直ちに却下した。
「ご老体にそんな事させらるわけないでしょう!!」
「そうかい?」
ロルフは、ふぇ、ふぇ、と笑っている。すると今度はエメリヒがおずおずと手を上げた。
「あの……では侯爵家の方々にお願いするのはどうですか? ミリーさんはもともとあちらのお家の関係者です。手伝ってくれるんじゃ……」
しかしそのエメリヒの言葉にイグナーツが胃が痛そうな顔をする。
「それが……フロリアン殿は侯爵領にお戻りになられた……ご配下は半分以上残して下さったから砦の職務には影響が無いが……いやむしろ、我々砦の面々の方が取り乱して影響出しまくりだが……」
はーとイグナーツがため息をつくと、ローラントが怪訝そうな顔をした。
「……え? どうして? こんな時に?」
「さあ……此度の件に関して手を講じると仰っていたからな、侯爵家の方から何か働きかけをして下さるのかもしれない。ご自分もミリヤムに求婚しているのだ、放っておく事はありえないだろう」
だが、その言葉をローラントが怪しむ。
「ふうん……でもそれ大丈夫なのかなぁ……」
「……ん? 何故だ?」
「だって、あの人ヴォルデマー様の恋敵だよ? ヴォルデマー様が動けないうちにアデリナ様と侯爵家で裏でやり取りされたらどうするの? 侯爵様はもうミリとあの人の婚姻を許してるんだよね?」
「……いやっ! しかしあのフロリアン様だぞ!? そんな……」
「でもルカスさんは彼の為なら結構何でもするってミリーさんが言ってましたよ……私もしますけど、って……」
再びおずおずとエメリヒが言うと、イグナーツが椅子の上で沈黙した。
「ああ、あの人いつもヴォルデマー様睨んでるもんねえ。一緒について戻ってたら何かしそう」
「…………」
「で? ルカスさんは残ったの? 侯爵領に戻ったの?」
「…………戻られた」
がっくりとイグナーツが答えた瞬間、少年二人が、あららぁ、という顔をする。
「兄上しっかりしてよ、そこは引き止めなきゃ。ヴォルデマー様の側近でしょ」
「す、すまな……いや、俺もちょっと迷ったんだが……」
「その件ですけど、アデリナ様は侯爵様にお手紙を送られたそうですわ」
「ええ? ほらあ! やっぱり! どうするの兄上! あっちは結託してるよ!!」
「す、すまん! しかし俺にはフロリアン様を留め置くほどの権限がだな…………ん……?」
ローラントにばしばし叩かれながら、イグナーツが、何かに気が付く。
彼が怪訝そうに視線を上げると──いつの間にか彼等が囲むテーブルに、ひとり人数が増えている。
「あ、れ……?」
「……あなたは……」
イグナーツがギョッと仰け反る。
その人物はにっこりと微笑んだ。
「こんにちは、皆さん」
「ウ、ウウウウ、ウラ、ウラ嬢……!? な、何故此処に……」
其処にいたのは──艶やかな民族衣装を身につけたウラだった。
イグナーツは長椅子から飛び退いたが、呑気なローラントはこんにちはーと応えている。エメリヒは慌てて傍にあったお茶をウラに差し出した。
お茶を受け取りながら、ウラは微笑んだままイグナーツを見る。
「何処かでヴォルデマー様救出会議でも開かれて無いかと思って探してましたの。アデリナ様は数日前にリヒター家に向けてお手紙をお出しです。彼の言った通り領都経由であの娘を送り返すおつもりみたいですわね」
「……ふうん、という事は、やっぱりミリーは領都かあ……」
「ちょ、ローラント待て! 喋るな!! ……あ、あの……ウラ様……? どうして……」
イグナーツは弟の口を塞ぎ、戸惑ったように問う。ウラはアデリナ側の獣人だ。下手をすれば奥方に彼等の話が筒抜けになってしまう。裏でこそこそしていたとバレればイグナーツ達もどこかに拘束されてしまうかもしれなかった。
イグナーツは緊張した面持ちでウラを見た。
すると、そんな彼の視線を受けて、ウラがイグナーツをギロリと睨む。その迫力に白豹(兄)が怯む。
「……私、ヴォルデマー様が好きなんです。ずっと、以前から」
「は、はあ……」
「ええそれはもう、同じ様な気持ちでいる人狼娘達を沢山蹴落としてきましたわ。高官の娘や毛並みの美しいと評判の貴族令嬢も……様々な手を使って。そうしてやっと此処まで来て……もう、あと一歩……だと思っていたのに……」
ウラはそう言って、鋭い視線のまま、ため息をつく。
「でも、もうやめますわ……アデリナ様が見込んで下さるのは嬉しいんですけど、多分……無理に妻の座に座ってもヴォルデマー様の視線の向きは変わりません……、きっとあの変な娘を見たまま……。だって……あの子相当変ですもの。気になってつい見てしまう気持ち、分りますわ」
ふん、とウラは鼻を鳴らす。
「確かに」(ローラント)
「確かに」(エメリヒ)
「お、お前ら黙ってろ!」(※小声、イグナーツ)
「……ヴォルデマー様は一途な御方です。ずっと見つめてきた私には分かっています。でも……それでも逃したくなかった。だって、伴侶選びは一生の問題でしょう!? もう一歩なら、なんとしても其処に辿り着きたかった……」
でも、とウラは呟く。
「あと一歩という距離に近づいてしまったら……ああもうこれは可能性は皆無なんだと分ってしまったのです……だってヴォルデマー様のあの子を見る目、全然違うんですもの……」
はあ、とウラはため息を落とした。
アデリナに命じられてヴォルデマーの世話をして過ごした数日、ふとした瞬間に、ああこれは、あの子の事を考えているのだな……と感じることが幾度もあった。ヴォルデマーがウラに忠告した通り、それはとてもとても悔しくて、辛い時間だった。
だが、あの時──馬場で二人が共にいるのを見た時──ウラの中で、もうそれが突き抜けてしまったのだ。
「……可能性が僅かでもあるならとアデリナ様にも縋ってみましたけれど……それが皆無ならば、いつまでもそうするのは女が廃ります。私、諦めも悪いですが、プライドも高いんですの」
「……」
うふふと笑うウラにイグナーツは耳を伏せる。気の毒だと思う気持ちと、まあそうだろうな、と思う感情で複雑そうだ。
「そういうわけで、私も協力させて頂きます。本当は私を振るんだったら一生独身のままでいて頂きたいくらいですし、私も次のお相手探しで忙しんですけど!!」
ウラの表情がガラリと毒のあるものに変わって、イグナーツがビクついている。
ウラは鼻を鳴らす。
「ふん、……まあ、でもいいですわ……あの時アデリナ様のドレスを守ってくれたお返しに、最後に少しくらい……」
「ウ、ウラ嬢……」
憂い顔で少し目線を落としたウラに、イグナーツが少しほろりとしている。が。
次の瞬間ウラはキッと視線を上げると、手の平の爪をむき出しに。
「少しくらい……少しくらい、あの娘、引っ掻いてやらないと気がすみませんからね!」
「…………」
「わー頼もしー」
ローラントがパチパチ手をたたいている。エメリヒは怖くて涙目になった。
「さ、それで。あの娘の安否を確かめればいいのでしょう? だったら私の家の者を使いに出しましょう。同じ人狼族です、多分警戒されることなく領都の城にも行ける筈です。まず手紙を家に届けさせなければなりませんから、少し時間がいりますけど……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
話を進め始めたウラをイグナーツが止める。
「本当によろしいのですか……? 我等に協力したことが奥方様にばれたら……ご実家共々奥方の信頼を失ってしまわれるのでは……」
イグナーツの案じるような表情にウラは微笑む。
「ええ、でも……いいんです。これは……私からの、アデリナ様への餞です」
「餞……? アデリナ様に?」
ウラがこくりと頷く。少し幸せそうな、寂しそうな顔で。
「アデリナ様は……私を見込んで下さり、とても慈しんで下さいました。私はそれがとても嬉しかった……」
ウラは一瞬目を伏せて、何かを思い出すような顔で自らの胸の辺りを手で押さえた。そして瞳を上げる。
「だから……私はアデリナ様の愛するヴォルデマー様の幸せの為に働きます。ご子息が本当に愛する伴侶を得て幸せになられる方が、きっとアデリナ様も幸せなはずですもの。……今はちょっとアデリナ様は意固地になっておられて、受け入れられないかもしれませんが、最終的にはきっとその方が良かったと分って下さると思います」
「……」
そう笑うウラをじっと見ていたローラントが、にっかりと笑う。
「……お姉ちゃん、良い人だね。アデリナ様のドレス、飛ばしてごめんね」
ローラントがそうぺこりと頭を下げると、ウラは高らかな笑い声を上げる。
「そう? 嬉しいわ有難う。ああでも……あの子を引っ掻くのは本気ですからね」(にこり)
「そうなの? まあ、それもひとつの思い出だよね」(きゃはは♪ とローラント)
「……」(イグナーツ)
「……」(エメリヒ)
人狼嬢とぽっちゃり白豹は楽しそうに笑いあっている。
その様を眺めながら、「いいんでしょうか……」と、呟くエメリヒに、イグナーツは、その肩をぽんと叩いた。
「……いいという事に……しておこう。実際ウラ嬢は物凄く頼もしい……力強い味方だ……」
「…………はい……」
ミリーさん頑張ってね……と、エメリヒは祈るのだった。
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