偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい

あきのみどり

文字の大きさ
61 / 94
三章

17 ギズルフの健闘

しおりを挟む
 

 落ち込んだミリヤムの客間に、ギズルフがまず持ってきたのは……やはり肉だった。

 大きな皿の中央にどでんと鎮座する巨大肉。部屋に充満する香ばしい香り、そしてニンニク臭。

「…………」

 ミリヤムは泣いて厚ぼったくなった眼を僅かに伏せ──そっとそれを手の平で押し、ギズルフに言った。

「……さ、若様お召し上がり下さい……」
「何!? お前に食わせる為に持ってきたんだぞ!?」
「お気持ち大変有難いのですが……私め達さっき辺境伯閣下とお食事しませんでした? ええ、ついさっき」
「それが……なんだ?」
「……」

 意味が分からんという顔をする人狼若君にミリヤムは呆れた。ものすごく呆れた。しかし、最早「お昼ご飯食べた後で何故この巨大肉を」という説明が面倒くさかった。ミリヤムはギズルフが居る方向から顔を背けると、テーブルに伏せてため息をついた。色々と大打撃受けたばかりだ。とても昼食で満腹になった上に脂身のこってりした塊り肉を謹んで頂戴する気力は無かった。
 
 そのミリヤムの長いため息を聞くと、ギズルフはそこで怪訝そうな顔をして首を傾げていたが、暫らくすると部屋を出て行った。肉を置いて。

 しかしミリヤムには既にそれを持って帰れと彼を追い駆ける気力も無かった。
 テーブルの卓の上に頬をつけてその先にある格子越しの青空をぼんやり眺めていた。

「……もうすぐ春だなあ……」

 そう呟いたきり身動きもせず空を流れていく雲を眺めていると、脳裏にヴォルデマーが思い出された。

「……そばめ、かあ……」

 ポツリとそう零すと、同時に再び瞳から涙が一粒零れ落ちた。
 このまま彼に再会することも許されぬまま、何処か砦にも戻れぬような遠い場所に放り出されるようなことになるよりはマシだよねえ、とため息をつく。そういう事も充分ありえるとミリヤムは思っていた。

「……ヴォルデマー様……」
 
 その時だった。
 ミリヤムがそうその名を呼んだ──次の瞬間。背後で、ばんっ!! と扉の開かれる音がした。

「!?」

 その荒々しさに驚いて振り返ると、其処には再び憮然とした顔のギズルフが立っていた。一瞬また来たのか……と思ったミリヤムだったが……

「ん?」

 ギズルフは美しい平たい箱を幾つも重ねて持っていた。彼はそれを持ったままミリヤムの方まで近寄ってくると、ミリヤムの頬に新しい涙の筋が出来ているのを目にして眉をしかめる。
 
「あの……?」
「…………」

 何だ何だと見ていると、ギズルフは手にした箱達を無言でミリヤムが座っているテーブルの上に並べ、箱の蓋を開けていく。

「……え……お、菓子……?」
「これでどうだ!?」
「へ……? いえ……ですから私め満腹なんですが……」

 戸惑いながらもそう答えると、ギズルフは顔を顰めて、ちっと舌打ちをした。

「これでもないのか!!」
「え?」

 ギズルフは舌打ちをすると部屋を再び部屋を走って出て行った。

「え?」

 一体何事か、と首を傾げるミリヤムに──その後ギズルフが運んできた物は、

 年代物の高そうな酒、良く切れそうな剣、良く刺さりそうな槍、良く振り回せそうな棍棒、良く攻撃を防ぎそうな盾、良く読みこまれた戦術書、あまり読み込まれていない恋物語の書、ぎらぎら光る指輪、名のありそうな陶器の茶碗、何かの戦利品ぽい毛皮……

「……」

 
 だがそのどれもにミリヤムの反応がいまいちなのを見て、ギズルフは終いには客間に入ってくるなり項垂れて大声で嘆く。

「お前の嗜好がさっぱり分らん!!」

 その手には何処からか引き千切ってきたらしい花が握られている。
 ミリヤムはその花を見ながら、もしかして、と呟く。

「……もしや、若様……私めを元気づけようとして下さっています……?」

 問うた瞬間、ギズルフがカッと金の瞳を見開いた。

「黙れ! それ以外に一体何があるというんだ!? 貴様……俺様がこんなに何度も高級な品を持って来てやっているというのにそれも分かっていなかったのか!?」
「いえ……肉、菓子、酒……と来て一度もしやとは思ったのですが……その次の長剣辺りからまた意味が分からなくなってしまって……何かまた訓練でも始まるのかと……」

 ミリヤムはそう言って、ギズルフによって持ち込まれた部屋を埋め尽くす品々を見渡した。何か店が開けそうだ、と思った。

「馬鹿め!!」

 ギズルフは苛々とミリヤムの手にその──純白の待雪草を押し付けた。ギズルフは人を慰めたことなどない。何を持って来ても大体変な顔で首を傾げるミリヤムに、散々頭を悩ませた末、これを庭園で見つけて引き千切ってきた。

「……」

 そんな彼の苦労がなんとなく伝わって、ミリヤムの心の中にぽっと小さな明かりが灯ったような温かさが感じられた。

「…………待雪草ですか……若様、有難うございます」

 泣き腫れた顔にやっと笑顔が乗って、それを見たギズルフが驚いて首を傾げる。

「……そんな草でいいのか?」
「いえ花ですけどね。ふふ……若様のお心遣いが嬉しいですよ」
「はあ? そうなのか……? 俺はもう、これでも駄目なら森に鹿でも仕留めに行くしかないと思っていたのだが……」
「あ、そうですか良かった。若様が待雪草に気がついて下さって。はー危なかった……」

 やれやれと自分の前に腰を下ろすギズルフに、ミリヤムはホッと安堵する。そんな仕留めたての獲物を持ち込まれても困る。それにきっとそれではミリヤムもまたギズルフの気遣いに気づくのが遅くなっただろう。

「それで……元気になったのかお前は」
「……うーん、そうですね……おかげ様で何か、涙も引っ込みましたね」
「ああ、まったく……」

 ギズルフは疲れた様子でテーブルの上に突っ伏した。
 ミリヤムはそれに苦笑して、「よし」と椅子を立ち上がった。

「折角ですからお茶を貰ってお持ち頂いた品を食べましょう、肉は若様がお願いします」
 
 既に時刻は夕方だ。ギズルフの持ち込む品々を見ているうちに大分時間が経ってしまった。
 ミリヤムがそう言うと、机に伏せたままのギズルフの尻尾が一度ふわんと振られる。それを了承だと受け取ったミリヤムは一度微笑むと、出入り口の扉へ近寄って行って茶を貰えないかと外に声をかけた。
 
 程なくして運ばれて来た茶を、ギズルフの持ってきた菓子と共に口に運びながら、ミリヤムはティーカップに活けた待雪草を眺めた。なんだか本当に元気が出る様な気がした。しっかりしなければとも思った。

「……若様、有難うございますね」

 笑うとギズルフが眉を顰めた。

「あ? はあ……貴様は本当に面倒なやつだ……(ヴォルデマーは)何でこんなのを好いたのか……」
「さあですねえ……それは本当にこの世の七不思議ですよ……」

 しみじみと二人は茶を啜るのだった。

 そんな二人を、茶を運んで来た人狼侍女は微妙な顔つきで見ている。

「はー良いお茶ですねえ……お肉の匂いがきついですー早く食べて下さい若様ー」
「あーもう、うるせえなあ……疲れてこんなでかい肉食いたくねえよ、誰だよこんなの持ってきやがった奴は……」
「若様ですねー」









しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。