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三章
17 ギズルフの健闘
しおりを挟む落ち込んだミリヤムの客間に、ギズルフがまず持ってきたのは……やはり肉だった。
大きな皿の中央にどでんと鎮座する巨大肉。部屋に充満する香ばしい香り、そしてニンニク臭。
「…………」
ミリヤムは泣いて厚ぼったくなった眼を僅かに伏せ──そっとそれを手の平で押し、ギズルフに言った。
「……さ、若様お召し上がり下さい……」
「何!? お前に食わせる為に持ってきたんだぞ!?」
「お気持ち大変有難いのですが……私め達さっき辺境伯閣下とお食事しませんでした? ええ、ついさっき」
「それが……なんだ?」
「……」
意味が分からんという顔をする人狼若君にミリヤムは呆れた。ものすごく呆れた。しかし、最早「お昼ご飯食べた後で何故この巨大肉を」という説明が面倒くさかった。ミリヤムはギズルフが居る方向から顔を背けると、テーブルに伏せてため息をついた。色々と大打撃受けたばかりだ。とても昼食で満腹になった上に脂身のこってりした塊り肉を謹んで頂戴する気力は無かった。
そのミリヤムの長いため息を聞くと、ギズルフはそこで怪訝そうな顔をして首を傾げていたが、暫らくすると部屋を出て行った。肉を置いて。
しかしミリヤムには既にそれを持って帰れと彼を追い駆ける気力も無かった。
テーブルの卓の上に頬をつけてその先にある格子越しの青空をぼんやり眺めていた。
「……もうすぐ春だなあ……」
そう呟いたきり身動きもせず空を流れていく雲を眺めていると、脳裏にヴォルデマーが思い出された。
「……そばめ、かあ……」
ポツリとそう零すと、同時に再び瞳から涙が一粒零れ落ちた。
このまま彼に再会することも許されぬまま、何処か砦にも戻れぬような遠い場所に放り出されるようなことになるよりはマシだよねえ、とため息をつく。そういう事も充分ありえるとミリヤムは思っていた。
「……ヴォルデマー様……」
その時だった。
ミリヤムがそうその名を呼んだ──次の瞬間。背後で、ばんっ!! と扉の開かれる音がした。
「!?」
その荒々しさに驚いて振り返ると、其処には再び憮然とした顔のギズルフが立っていた。一瞬また来たのか……と思ったミリヤムだったが……
「ん?」
ギズルフは美しい平たい箱を幾つも重ねて持っていた。彼はそれを持ったままミリヤムの方まで近寄ってくると、ミリヤムの頬に新しい涙の筋が出来ているのを目にして眉をしかめる。
「あの……?」
「…………」
何だ何だと見ていると、ギズルフは手にした箱達を無言でミリヤムが座っているテーブルの上に並べ、箱の蓋を開けていく。
「……え……お、菓子……?」
「これでどうだ!?」
「へ……? いえ……ですから私め満腹なんですが……」
戸惑いながらもそう答えると、ギズルフは顔を顰めて、ちっと舌打ちをした。
「これでもないのか!!」
「え?」
ギズルフは舌打ちをすると部屋を再び部屋を走って出て行った。
「え?」
一体何事か、と首を傾げるミリヤムに──その後ギズルフが運んできた物は、
年代物の高そうな酒、良く切れそうな剣、良く刺さりそうな槍、良く振り回せそうな棍棒、良く攻撃を防ぎそうな盾、良く読みこまれた戦術書、あまり読み込まれていない恋物語の書、ぎらぎら光る指輪、名のありそうな陶器の茶碗、何かの戦利品ぽい毛皮……
「……」
だがそのどれもにミリヤムの反応がいまいちなのを見て、ギズルフは終いには客間に入ってくるなり項垂れて大声で嘆く。
「お前の嗜好がさっぱり分らん!!」
その手には何処からか引き千切ってきたらしい花が握られている。
ミリヤムはその花を見ながら、もしかして、と呟く。
「……もしや、若様……私めを元気づけようとして下さっています……?」
問うた瞬間、ギズルフがカッと金の瞳を見開いた。
「黙れ! それ以外に一体何があるというんだ!? 貴様……俺様がこんなに何度も高級な品を持って来てやっているというのにそれも分かっていなかったのか!?」
「いえ……肉、菓子、酒……と来て一度もしやとは思ったのですが……その次の長剣辺りからまた意味が分からなくなってしまって……何かまた訓練でも始まるのかと……」
ミリヤムはそう言って、ギズルフによって持ち込まれた部屋を埋め尽くす品々を見渡した。何か店が開けそうだ、と思った。
「馬鹿め!!」
ギズルフは苛々とミリヤムの手にその──純白の待雪草を押し付けた。ギズルフは人を慰めたことなどない。何を持って来ても大体変な顔で首を傾げるミリヤムに、散々頭を悩ませた末、これを庭園で見つけて引き千切ってきた。
「……」
そんな彼の苦労がなんとなく伝わって、ミリヤムの心の中にぽっと小さな明かりが灯ったような温かさが感じられた。
「…………待雪草ですか……若様、有難うございます」
泣き腫れた顔にやっと笑顔が乗って、それを見たギズルフが驚いて首を傾げる。
「……そんな草でいいのか?」
「いえ花ですけどね。ふふ……若様のお心遣いが嬉しいですよ」
「はあ? そうなのか……? 俺はもう、これでも駄目なら森に鹿でも仕留めに行くしかないと思っていたのだが……」
「あ、そうですか良かった。若様が待雪草に気がついて下さって。はー危なかった……」
やれやれと自分の前に腰を下ろすギズルフに、ミリヤムはホッと安堵する。そんな仕留めたての獲物を持ち込まれても困る。それにきっとそれではミリヤムもまたギズルフの気遣いに気づくのが遅くなっただろう。
「それで……元気になったのかお前は」
「……うーん、そうですね……おかげ様で何か、涙も引っ込みましたね」
「ああ、まったく……」
ギズルフは疲れた様子でテーブルの上に突っ伏した。
ミリヤムはそれに苦笑して、「よし」と椅子を立ち上がった。
「折角ですからお茶を貰ってお持ち頂いた品を食べましょう、肉は若様がお願いします」
既に時刻は夕方だ。ギズルフの持ち込む品々を見ているうちに大分時間が経ってしまった。
ミリヤムがそう言うと、机に伏せたままのギズルフの尻尾が一度ふわんと振られる。それを了承だと受け取ったミリヤムは一度微笑むと、出入り口の扉へ近寄って行って茶を貰えないかと外に声をかけた。
程なくして運ばれて来た茶を、ギズルフの持ってきた菓子と共に口に運びながら、ミリヤムはティーカップに活けた待雪草を眺めた。なんだか本当に元気が出る様な気がした。しっかりしなければとも思った。
「……若様、有難うございますね」
笑うとギズルフが眉を顰めた。
「あ? はあ……貴様は本当に面倒なやつだ……(ヴォルデマーは)何でこんなのを好いたのか……」
「さあですねえ……それは本当にこの世の七不思議ですよ……」
しみじみと二人は茶を啜るのだった。
そんな二人を、茶を運んで来た人狼侍女は微妙な顔つきで見ている。
「はー良いお茶ですねえ……お肉の匂いがきついですー早く食べて下さい若様ー」
「あーもう、うるせえなあ……疲れてこんなでかい肉食いたくねえよ、誰だよこんなの持ってきやがった奴は……」
「若様ですねー」
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