168 / 194
167 ラーラの決意
しおりを挟む大荒れのイザベルにてこずっていると、そこに例の双子の婦人たちが帰ってきた。
二人とも両腕で大きな荷物を抱えている。どうやら買い出しに出ていたらしい。
ちなみに彼女たちの名前は、ルテとブレンダ。
二人は、グステルが着替えもできずにイザベルをなだめているのを見ると、すぐに交代を申し出てくれた。
話によれば、彼女たちは以前ヘルムートの弟たちの世話を担当していて、その前も別のお屋敷で子供の世話をしていたらしい。子供の癇癪には慣れているとのことで、グステルはありがたくも半ば強制的にイザベルとひっぺがされて。現在彼女が私室として使わせてもらっている二階の一室に追い立てられてしまった。
しかし部屋に入ってしまってから、静かな空間にほっとする拍子に気が付いた。
「……あれ? そういえば……結局あのお嬢ちゃまはどこのどなただったの……?」
荒れるイザベルをなだめるだけで精一杯で、そのことはすっかり忘れていた。
あの令嬢ふうの客は、一体何者で、どうしてこの家に現れたのだろう。
グステルは首を傾げたが。けれども、その後も、あの不思議で可憐な訪問客のことをイザベルに訊ねようとすると、彼女は般若のような顔をする。
不愉快だからその話題を出すなとわめかれては、グステルもそれ以上のことは聞くに聞けない。
(……うーん……仕方ない。あのお嬢ちゃまのことは、イザベル様がもう少し落ち着いてからにするか……)
結局、彼女がその正体を知るのはもう少し先のこととなった。
そしてその謎の訪問客たるラーラはといえば。
彼女もまた非常に不愉快な思いを抱えたまま家路についていた。
彼女が想像とは少し違ったが、やはりその出会いは不愉快極まりないものだった。
(なんて無礼な人なのかしら! こちらは礼儀正しく接したというのにあんな対応ってある⁉)
ラーラは胸が痛くなる。
(なぜなのお兄様……王都にも領地にも、もっと素敵な女性は大勢いるはずよ? それなのに、なぜよりによってあんな粗野な人をお選びになったの……?)
これはもう失望というほかない。
女性としては、自分だけをずっと特別扱いしてくれていた兄が、よりによってあんな女に夢中になるとは。
兄が愛しているのなら身分差は気にはならないが、最低でも、相手は、兄と同じくらい自分を慈しんでくれる人でなければならないとラーラは考えていた。
そうでなければ、今はとても納得ができない。
ラーラは今、かつてないほどの孤独を感じていた。恋しい王太子との縁は今にも切れてしまいそうで、苦しくて、心細くてたまらない。
そんな時に、ずっと自分を守っていてくれた兄を奪っていこうというのなら、その相手は、その分ラーラに気を使うべきなのである。
(っそれなのに……、あんな子だなんて……)
ラーラは脳裏にイザベラを思い浮かべる。途端ラーラ薄い腹の中がムカムカと荒れる。
自分を見た瞬間に、横柄に眉間をゆがめたあの娘。
ラーラが恋人の妹だと知っているはずなのに、そこには迎えてやろうという優しさも気遣いも何も感じられなかった。むしろ敵意が感じられて、あれはまるで、ラーラを邪魔ものだと思っているみたいだった。
ラーラは、手にしている日傘の柄を強く握りしめる。
「……お兄様は、きっと騙されているんだわ……」
あんな娘と、自分の素晴らしい兄が愛し合っているなんて信じられなかった。
もしその愛情が本物であれば、愛する者の家族にあんな態度はとるわけがない。だってあの娘のあんな態度を知れば、兄はきっと怒ってくれるはず──と、考えて。ラーラは一抹の不安を覚える。
もし、ラーラに対するイザベルの無礼な態度を見ても、兄が彼女の肩を持ったら……。
(そんなはず……そんなはずないわ……)
あの娘は、兄の怪我のことにも気が付いていなかった。そんな子に自分が負けるなんてこと、ありえなかった。
(……そうよありえない。妹の私ですら、お兄様の怪我にはすぐに気が付いたのよ? それを、恋人が気が付かないなんて……お兄様のことを大切に想っていない証拠よ!)
ラーラはそのことに対して腹立たしく思ったが、反面、安堵と優越感も感じた。
恋人ですら気が付いていなかった怪我にも、自分はちゃんと気が付いた。これは兄へ愛情が、あの娘より自分のほうが上ということ。
(その程度の気持ちの人に、お兄様を任せるなんて絶対いやだわ……)
自分に負けないくらい愛情を持っていてこそ、兄の相手にはふさわしい。
愛がないのなら、おそらくあの娘の目的は、兄が将来父から受け継ぐはずの地位や財産で。
(お金のために近づいたのね……)
それは、貴族社会ではあまりにもありがちな話で。イザベルに反感を持ったラーラをすっかり納得させてしまった。
であれば、あの二人の交際は、絶対に許しておけないとラーラ。
そんなことを容認すれば、きっと兄は不幸になる。
(私が、なんとかしなくては……)
そうでなければ、兄が可哀そうだと思った。
兄は長年、勉学や父の手伝いで忙しい傍ら、ラーラや弟たちを大切にし続けてくれていた。ずっと自分の恋愛は後回しにして世話を焼いてくれていたのに、やっと恋をしたかと思ったら。その相手の正体があんな娘とは。
(きっとお兄様はあの子の本性を知らないんだわ……)
その思いを固くしたラーラは、邸に向かって歩きながら、どうすればあの二人を引き離すことができるのかを考え続けた。
そうしてラーラが、冷たい考えを巡らせながらハンナバルト家の邸に戻ると。何故か邸がとてもざわついている。
そのざわめきを聞いてラーラは、そういえば、自分が家人たちには何も言わずにあの娘に会いに行ったのだと思い出した。
「まあラーラ様! どこに行っておいでだったのですか⁉」
「あら、どうかしたの?」
彼女らが慌てている理由は分かっていたが、ラーラは近づいてきたメイドに素知らぬ顔で首を傾ける。
当然、相手は困った顔。
「どうかしたのじゃありませんよ! お買い物に行くと言ってお出になられたのに、ゼルマにも何も言わずに店から姿をお消しになったから、みんな心配したんですよ! ゼルマも、それにヘルムート様も必死でお嬢様を探しておいでなんですから!」
「あら」
メイドのその言葉に、ラーラは足を止める。
「……お兄様も……探してくださっているの?」
「当り前じゃありませんか!」
「……そうなの……」
つぶやくように言いながら、ラーラは少し気持ちを明るくした。
多分、兄は今日もイザベルに会いにいっていたはず。それなのに、恋人を放り出して自分を探しに戻ったのだと知ってとても嬉しかった。
と、ラーラはイザベルの不機嫌そうな顔を思い出す。
(もしかしたら、あの子、それであんなにイライラしていたのかしら?)
その考えに、ラーラは多少気が晴れる。
(よかった、やっぱりお兄様は私が大事なのね……)
ならば、きっと、今彼が夢中になっている恋が破局したとしても。自分が懸命に兄を慰めれば、彼はすぐに立ち直ってくれるに違いない。……ラーラは、そんなふうに考えた。
少しだけ軽くなった足取りで、彼女は自室に戻りながら傍らについてくるメイドに言う。
「なんといっても、偽りの恋だものね。むしろ早く救い出してあげなくちゃ。ね? そうよね?」
「? はぁ……」
ラーラの問いかけに、何も知らないメイドは不思議そうな顔。
が、そんなことはお構いなしに。ラーラは彼女に、自分が戻ったことをすぐに兄に知らせるように頼んだ。
「あ、私のことは“すごく疲れているみたいだ”って言ってきて? ね? お願い」
行きかけたメイドを呼び止めて、そう甘えるように言った令嬢に。メイドはいよいよ怪訝そうであった。
81
あなたにおすすめの小説
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~〈本編完結済〉
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
本編完結済み。
続きのお話を、掲載中です。
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる