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 部屋の奥では魔法薬師の娘が真剣な顔で機材や材料の点検を行なっている。
 フードは脱ぎ、口元だけを襟巻きで隠しているが──その中の気合の入った表情が容易く分かるようなキビキビした動きだった。彼女がせっせと動き回ると、そのたび頭の上のほうでまるくくくられた髪がゆらゆらと揺れておもしろい。
 その勇ましき様子はとても好感が持てるものだった。戸口の近くで(元気だなぁ……)と、彼女を好意的な眼差しで観察していたマリウスは、ふと気配を感じて後ろを振り返る。

「おや……スタンレー様、いらしてたんですか?」

 気がつくと扉の影にスタンレーがいた。
 大きな身体を戸板に半分隠し(※隠れきれてない。大いにはみ出している。)、じっと室内の娘を見ている。その目がちらりとマリウスを見る。

「……ワン……(娘はどうだマリウス……)」
「ああ、ほら一生懸命頑張ってくれそうですよ」

 スタンレーと同じ狼族の半獣人であるマリウスには、彼の鳴き声の意味は理解可能。笑顔で頷きながら、コニーを示している。
 マリウスはスタンレーと同じ一族で親が兄弟同士。つまり二人は従兄弟にあたる。スタンレーは赤毛、マリウスは黒と……毛並みの色は違うが、本来彼らのブラックウッド一族はほとんどがマリウスのような黒い毛並みである。
 マリウスは、コニーをジッと(戸に顔半分隠して)見ている従兄を密かに笑う。己を助けてくれるかもしれない魔法薬師がよほど気になって仕方ないらしい。もしくは前に来た魔術師がやや高慢で、その割に仕事も雑で大変な目にあったから、また同じようなことになりはしないかと警戒しているのか。
 ソワソワしている従兄に苦笑していたマリウスは、ふと思い出したように忠告する。

「……スタンレー様、気になるでしょうけど、お願いですからこの中には入らないで下さいね?」
「ワン?」

 なぜだと言いたげな従兄に、そりゃあとマリウス。

「スタンレー様みたいな破壊魔が作業の邪魔をしたら、出来る魔法薬も出来ませんよ。従兄上はすぐに何でも壊すでしょう」
「…………」

 コニーの作業台の上はガラス器具や、魔法道具がいっぱいだ。
 あんな繊細なものの傍に大柄でガサツなスタンレーが行ってしまえば、大惨事が眼に見えるとマリウス。
 しかしそれを聞いてスタンレーは不満気に憮然としている。

「ワンッ! (俺様はそんなにガサツではない!)」
「……よく言いますよ……」

 ぐるぐる牙を剥いて唸り出した狼顔の従兄に、マリウスが思い切り呆れている。

「あとで年間どれだけのものがスタンレー様の私財から弁償されているか記録を見せてあげましょうね……ああ、あと彼女は人族で、しかも女の子です。騎士たちぼくたちほど丈夫じゃありませんから、獣人騎士たち相手みたいに首根っこひっ捕まえて放り投げるなんてことしたら、絶対に! ダメですよ!?」

 いいですね!? と、厳しく叱るような口調のマリウスに、スタンレーはものすごく不満そうである。別にコニーを、訓練中の騎士たちのようにぶん投げたいわけではない。そのようなことをしそうだと言われているのが不満なのだ。

「ワゥゥウゥ……!」
「……うなってもダメですって」 

 やれやれ、うちの大将は……とマリウスはため息をついている。
 彼は騎士団長をとても尊敬しているが、ガサツ度というステータスにおいては話が別である。

「お願いですから……コニーちゃんには優しくしてください……」

 こう見えてとても心配性の副官はものすごくハラハラした。


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