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エルフィのダダ漏れ欲求
しおりを挟む急に精霊の声を聞けるようになった耳のせいで、いわゆる船酔いや乗り物酔いに近いような状態に陥った私は、それから数日を自分の部屋の中で過ごした。
そうして幾日か経つと、だんだんこの状態にも慣れてきて、次第に落ち着いて周りの声を聞く余裕が出てきた。
──私は知らなかった。
私一人だけで暮らしていると思っていたこの森の家に、こんなに賑やかな存在がいたとは……。
姿は見えないが、精霊たちは実にかしましい。
そして懐っこく、世話焼きだ。部屋の中にいても、彼、彼女らは、毎日私の傍へやってきてはボソボソとおしゃべりを繰り広げる。少し遠慮がちなのは、まだ私の体調が悪いせいだろう。
しかしまさか……自分が精霊たちに、こんなに『エルフィ』『エルフィ』と親しげに呼ばれていたとは驚きである。
本日も、恐る恐るという感じで、野太い声が聞こえてくる。
『……エルフィ寝てる……? ご飯食べたかな。主様に変なことされてなかった?』
『さっき、また変な妄想して怒られてたよ、今度はね、主様にウエディングドレス。しかもドラゴンのほう』
『そりゃあまた、布面積が大量にいりそうな…………』
「………………」
代わる代わる聞こえてくる小さな声に、私は渋い顔をする。
正直戸惑っていた。なんだか彼らはとっても察しがいい。すぐに考えていることがバレてしまうらしく、私は少し恥ずかしかった。──いや、もしかして。今まで気がつかなかっただけで、私は分かりやすい顔をしているのだろうか……?
まあ……別にいいけど。……なんてことを考えていると、すかさず突っ込まれる。
『エルフィは人間にしてはのんきだよね』
『まあ、森のニンフの血を引いてるからね。ちょっと感覚がこっち寄りなんじゃない?』
……そうなんだろうか。その話もそろそろ聞いておきたいなと私は思った。
あれからずっと体調が悪かったから、私はまだその辺りの話をレタスからも精霊たちからも聞いてはいない。
ただ、感覚がどうなどという話はよくわからないが……確かに最初は戸惑った彼らの声も、思ったほど不快には感じない。私は他人のざわめきが苦手なはずだが……相手が人間でないせいだろうか? 自分でも意外なほどに嫌ではなくて、これには自分でも驚いた。
精霊たちが騒いでいても、今ではもう、まるで静かな雨音か、風に揺れる草木の擦れ合う音でも聞いているかのように心地よく聞こえるから不思議だ。
私はしみじみと、こんな感覚を与えてくれたレタスを想う。どうやらあのかわいい彼が、この森の主様だという話は本当だったようだ。半信半疑……というより、考えたこともない不思議な話すぎて、ここまできても全然ピンときてなかった。
……なんてことをベッドの上で一人感心していると。何やら周りで精霊たちがこそこそしている気配。
(……どうする? エルフィに主様にはエルフィの心の声が全部筒抜けなこと……言っとく?)
(え……でも、かわいそうじゃない? こう見えて、エルフィ年頃だよ? そりゃあこの子はそんなにエゲツない妄想する子じゃないけど、もうすでに主様が好きすぎることがダダ漏れで、そんなこと知ったらエルフィの精神負荷が……)
(でも知らないほうが被害が拡大するんじゃない? もうすでにウエディングドレスまで妄想が来てて、なんかワシ、ドキドキするんだけど……)
(いや、大丈夫。多分、主様のほうが先に音を上げるし)
?
なんだろう。潜められた声は全然聞こえない。何をこそこそ話しているやら……。
ま……いいか。
他者の気持ちなど人間同士でも計り知れない。相手が人でないなら尚のこと。気にするだけ無駄だと思い直した私は、そろりとベッドから降りる。
あの日から、毎日ルースが心配して家に来てくれる。きっと今日も昼頃には顔を見に来てくれるだろうから、今日こそ元気になった姿を見せなければ。
あの子はとにかく心配性だから、安心させてあげないと可哀想である。彼には村で鍛冶屋の仕事もあるのだから、毎日来てもらうなんて申し訳なさすぎる。
私は慎重に床に両足をつけて、気合を入れて立ってみる──と、まだ軽く揺れるような感覚に陥るが、歩けないことはなさそうだった。
この状態では、まだ狩りは無理そうだけど、畑仕事や掃除、食事の用意くらいならやれそうだ。
私がよろよろ着替えをはじめると、また周りに気配が集まってくる。しかし、気配たちは心配そうに漂うだけで、話しかけては来なかった。どうやら立ち上がった私に声をかけて、また気分を悪くさせてはならないと心配しているらしい。
不安そうに周りをうろうろする気配に、私はクスッと笑う。
「大丈夫だよ、もうそんなに気持ち悪くない。慣れてきたみたい」
姿なき者たちにそう言うと、ホッとした気配がわっと集まってくる。
『エルフィ♡ エルフィちゃん♡』
『よかった!』
……ちなみに、本日部屋に来ているのは、畑の土の精霊と、家の近所にある大岩の精霊らしい。どちらの声も、野太い。なんだか父にでも心配されているような気持ちになった。
──と、そこへドスドスドスッと威勢のいい足音が。次いで寝室のドアが勢いよく開かれて、そこから飛び込んできた彼は、大きな声で怒鳴った。
「おい何をやっている⁉︎」
「あ、おはようレタス」
おたまを持って乗り込んできたレタスは、立ち上がった私を見て憤慨した様子。
「駄目だ、まだ寝ていろ! 全快したら俺様が力の制御法を教えると言っておいただろう⁉︎ ダダ漏れでうろつくな!」
「(ダダ漏れ?)……そんなこと言われても……。これ以上レタスに家事やってもらうわけには……」
私が苦笑すると、レタスがおたまの柄を握りしめて、ウッという顔をする。
あれから。
私の食事の世話や家事をやってくれているのは彼である。慣れない彼は精霊たちにやいやい言われながらそれをこなしてくれていて……。しかしありがたいが、正直、その出来栄えはいまいち。家の中はしっちゃかめっちゃかであり、このまま任せておくと、多分……そのうち家中の皿が一枚もなくなる。
と、レタスが凛々しい顔をカッと赤くして主張する。
「⁉︎ し、仕方ないだろう、皿など触ったことがないのだ! なんだあの薄っぺらい石は! 脆くてかなわん!」
どうやらドラゴンたる彼には力加減が難しいらしく、昔は大所帯でたくさんあったはずの食器類は、いまや一人分ほどになってしまった。
その失敗を思い出したのか、レタスは口ではガルガル文句を言いつつも、その目はなんだかしょぼついていて。苦悩の見える黄金の瞳に、私は下から柔らかく微笑みかけた。
「いいんだよ、レタスがお世話してくれて嬉しかった。その極上の幸せ体験に比べたら。食器が割れるくらいお安いものだよ」
世話してくれてありがとうと感謝を伝えると、レタスがまたウッという顔をした。今度は何やらむず痒そうな顔つきである。頬をうっすら赤くして、彼は小声で言った。
「………………すまん」
……ああ……レタス。その顔かわいいったらないよ。
私は思わずライトグリーンの髪を撫で回したいなとウズウズしたが……そんな私の下心が伝わってしまったのか、レタスはギョッとした顔で、跳び退いて、すぐさま部屋から逃げていった。
「不埒なことを感えてないで大人しくしていろ!」
「……レタス……おしい、逃げられた……」
物欲しそうな顔でそれを見送ると、背後で精霊たちが呆れを滲ませている。
『……やっぱり言っといたほうがよくない? 邪気がない分エルフィたちが悪いと思う。主様が恥ずかしがり屋で幸いだけど……そのうちその気になったらどうする……?』
『うーん……保護者(?)としては……複雑だよねぇ…………』
うーんと、精霊たちは困り果てたように唸っていた。
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