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看病と不要な告白

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 ……うーん、うーん……知らなかった……乗り物酔いって……こんなに気持ち悪いものだったのか……。

 魔力酔い? に加えて、乗り物酔いをダブルでもらった私は、自宅に帰るとそのまま速攻で寝台送りになった。
 レタスは家に着くとすぐに人間態に戻り、ここに私を運び入れた。
 ちなみに……なにげに、これが久々の自分の布団である。
 これまでは、ただの野良ドラゴンだと思っていたレタスが怖くて。あとはその重みで寝ている最中に屋根ごと落下してこられて潰されても……さすがにそれは私の愛だけでは受け止めきれないわけで。
 私は台所に布団を持ち込んでずっとそこで寝起きしていた。
 
 さて、そのようなわけで。私は思いがけず久しぶりに自室に横になったのだが。この時点で、げっそりした私の顔色は相当悪かったらしい。
 慌てたレタスは、すぐに私の上掛けの布団を台所に取りに行き、戻ってきて私にそれをかけ──かと思えばすぐに部屋を出て行って、水はどこだ⁉︎ 薬はどこだ⁉︎ の大騒ぎ。どうやら森の主であるレタスには、人間の家の中は未知で何もわからなかったらしい……。しまいには台所の方で、

『(レタス、ハッとする)! そうだ、森の昆虫の中には炒ってすり潰すと薬になるものも──』

 とか言い出す声が聞こえる。
 私は一瞬──……寝台の上で迷う。
 まあ……私も薬効のある昆虫については祖母から聞かされて知っているが……虫はちょっとなぁ……ヴィジュアルがなぁ……と、思ったが。
 まあでも愛しのレタスからのプレゼント(?)ならばきっと許容できるだろうと思った。そうして密かに受け取る意思を固めかけていたのだ、が……。
 すると耳元で、精霊? らしき女の子の声が必死に訴える。

『⁉︎ だめよエルフィ! あれは絶対カラフルすぎる毛虫とか毒々しいカエルとかよ! 受け入れちゃだめ! 効用があっても、見た目で吐くわ!』──と……。あまりにも必死に訴えるもので。とりあえずありがたくご辞退させていただくことにした。

 その後もレタスは、精霊たちに叱られたり習ったりしながら、人間の住まいの勝手に戸惑いつつも私の世話をしてくれた。
 家の中をライトグリーンの髪の青年があたふたと行き来して。ものを落とすような音や、破壊音が鳴り響き──どうやら精霊に怒られたのか、ぐぬぬと不満げな唸り声が聞こえたりした。こんなに家の中が賑やかなのは本当に久しぶりである。
 私は、気分こそとても悪かったが……この喧騒と、レタスが私のために右往左往してくれている姿を見ているのはとても嬉しかった。
 この家に私以外の人がいて、私の世話をしようと走り回ってくれている。まるで小さい頃に戻ったようだ。
 昔はこの家も、こんなに静かではなかったのだ。
 両親がいて、優しい祖父母がいて、明るい叔父夫婦がいて。元気な従兄弟たちが家の中を駆け回っては、みんなに叱られたりしていた。
 そんな賑やかだった頃の光景が脳裏に蘇ると、思いがけず目頭が熱くなった。

 ……駄目である。
 弱っているせいか、ひどく感傷的になっている。
 それとも独り暮らしが長すぎて、人の看病がものすごく身に染みすぎているのだろうか。そんな自分がなんだかおかしい。てっきり自分は一人きりでも平気だと思っていたが、周りに人がいることをこんなじ喜ぶ自分がいるなんて。ちょっと照れくさかった。

 ともあれ、あんなふうに自分のために走り回ってくれるレタスを見ると、愛しすぎてついつい頬は緩む。
 嬉しくて、枕に頭を横向きに乗せて彼がドアを入ってくるのを待ちどうしく思っていると。しかしレタスはやってくるたび──水桶を持ってきたり、薬を持ってくるたびに──謎に「や、やめろ!」「バカなこと考えていないで眠ろ!」と真っ赤になって怒るのである。

 ……? なぜであろうか……私は吐き気に苦しんで呻いているばかりで余計なことは何も言っていない。
 そんなに怒られるようなことをしているつもりはないし……確かに心の中では不埒にも、レタス私のお嫁さんみたいで可愛いなとものすごくデレデレしているが……それは口に出してないのに。
 ……ひょっとして、顔に出てた?

「? ……ぅっぷ……」

 原因を考えようとしたが……吐き気に襲われて無理だった。と、精霊らしい女の子の声がおずおずと呆れたように言う。

『エルフィ……もう大人しくしなよ……ちょっと……色々、妄想を控えた方がいいよ……主様にピンクの花柄エプロン着せるのやめな……?』
「?」

 え? 精霊すごい、何故お見通しなの?
 はあ……ドラゴンも精霊も不思議な生き物だなぁ……と、思っていると。そこへレタスが戻ってきて、

「清涼感のある香草だ! どうだ⁉︎ 気分がスッとするだろう⁉︎」……などと言って、私の鼻に何かを一生懸命当ててくれる。
 その姿を見た私は、ま……いいかと思った。
 とにかく私は今とても幸せな気持ちなのだから。
 こんなに幸せなら、しばらくはレタスの看病に甘えていたい。
 鼻には清々しい爽やかな草の香り。私は少し気分が楽になって、青い顔で布団の中からへらりと笑う。

「レタス、ありがとう。愛してる」

 吐き気に任せて(?)告白すると、途端レタスがギョッとして。彼は唖然として、真っ赤になって怒鳴った。

「⁉︎ っっうるさい‼︎ 知ってるわ!」

 ? ……なぜ知られているの?


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