断罪される悪役令息は、華麗に返り咲く

歩芽川ゆい

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13:おまけ:従者トマスの告白

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「僕は何もしていない!」

 ルパート様の悲壮な声が響いた。近寄りたいのに人垣が邪魔で近寄れない。気ばかり焦る。その人垣を何とかかき分けた時、見えたものの衝撃にトマスは言葉を失った。

 ルパート様がのたうち回っている。そして間もなく仰向けになり、ゆっくりと手を天に向かって伸ばし、その手がパタリと落ちた。もがき苦しんだその顔は赤黒くなり、口元には泡もついている。

 医者の息子エリオット・ヴァレンがルパートに近寄り、その手首を取り、第2王子に頷いた。ローズが喜色を浮かべるその隣で、王子は渋面で参加者に宣言した。

「聖女を妬み、その能力を妨げていた出来損ないの極悪人は、ここに倒れた。これで聖女ローズの憂いも晴れ、今後はその能力を十二分に発揮できるだろう!」

 しかしその宣言に拍手をもって同意したのは、第2王子の周りのごく一部、天才剣士ガレスガレスと魔法教会副会長の息子、宰相クラレンス・グレイクラレンス・グレイの息子の3人だけだった。
 静まり返った城内を、王子とローズ、3人が見回すと同時に、ようやく人垣をこじ開けてトマスが飛び出してきた。

「ルパート様! ルパート様!」
「ああ、トマス、ようやく兄様からあなたも解放されたわね!」

 ルパートに縋りつくトマスに、ローズは王子と腕を組んだまま、微笑んで言った。それにトマスは青ざめて唖然とした顔を上げて、ローズを見る。

「ローズ様、あなたはルパート様に何をなさったんですか!」
「いやん、怖い! お兄様が起こらなくなったと思ったら、今度はトマスなの? 今まであなたをずっといじめていたお兄様から解放してあげたのに!」
「王子と聖女の前で、罪人の侍従ごときが不敬だろうが!」

 短気な剣士がトマスを蹴り上げるが、トマスはルパートにしがみついたままだ。それを見てパーシヴァル・クローヴィスが首をかしげる。

「あなたはその男に虐げられていたはずなのに、何故かばうのだ?」
「私は! 私はルパート様に虐げられてなどいません!」
「トマス、今更お兄様をかばわなくていいのよ。もうあなたを虐めたりしないのだから」
「ルパート様は! 一度も私に声を荒げたことも、ましてや虐げてなどおりません! むしろ私の方がルパート様に失礼を働いていたのですから!」
「ど、どうしちゃったの、トマス……」
「どうしたもこうしたも! ローズ様! あなたがルパート様を逆恨みして、無い事ばかり叫んで悪役に仕立てたのでしょうが!」
「ト、トマス!?」
「第2王子殿下も、ローズ様に騙されているんです! 植物会の救世主と言われているルパート様を殺したら、肥料もアウロラ・ヴェールも、全て無に帰すんですよ!」
「……肥料とはなんだ? アウロラ・ヴェールはローズが作ったのだから、関係ないだろうが」

 トマスの剣幕に、第2王子が眉をひそめながら言う。本来身分の低いトマスから王子に話しかける等、不敬千万だ。その場で切られても文句を言えないが、一抹の不安感から王子は尋ねた。

「スタンリー伯爵領の野菜が高騰しているのはご存じでしょう? 味も大きさも他よりも大きく美味しくなっています、それには植物の栄養となる肥料が必要で、その肥料を開発したのがルパート様なんです。それにアウロラ・ヴェールもルパート様の発明です! 論文にも載っています! むしろローズ様はあの花が大嫌いなんですよ!?」

 今日の場には王家よりあの花を胸飾りとして全参加者に送られているが、ローズがあの花の香りが嫌いというので、王子とその友人たちは付けていない。作ってみたら香りが嫌いだったことはあるだろう。それでも彼らの頭に疑問がよぎった。

「論文、だと?」
「肥料も、アウロラ・ヴェールも、それらを使った香水も! 全てルパート様の発明です! 野菜の肥料を使った育て方だってルパート様の研究で判明したんですよ! その第1人者がいなくなったら、今後研究は立ち消えてしまいます!」
「……論文があるのなら、それを使えば育てられるだろうが」
「まだすべての発明の分は書き終わっていないんです! まとめるよりも先にルパート様は自分の経験を含めた育て方を、農家の方にわかりやすく伝えていました! 研究者だから出来ることで、第3者には無理なんですよ! 改良中の野菜だってたくさんあったのに! 王城にもルパート様の野菜を卸していました! 最近の食事が美味しくなっていたでしょう!?」

 そう言えばそうだ。妙に味が良くなった。まさか、それをこの男が? 皆が戸惑っていると、そこに第1皇子ハリーが現れた。

「ルパート卿! ……間に合わなかったか。レイモンド、よくもやってくれたな」
「に、兄様。その男が聖女の邪魔をするから、死んで当然です!」
「全てがその聖女もどきに仕組まれた罠だったとしてもか?」
「そんなはずがありません!」
「レイモンド、そいつは聖女ではない。悪魔だ。我々の心を思い通りに操る悪魔だ」
「いくら兄様でも言っていい事と悪いことがあります! 彼女は聖女です!」
「……残念だよ、レイモンド。牢屋で眼を覚ますと良いさ」

 ハリー第1王子がため息交じりに言うと、第1皇子の後ろに控えていた近衛たちが一斉にレイモンド第2王子とその友人たち、そしてローズに近寄り、あっという間に押さえつけた。

「何をするの! 離して! 離してよ!!」
「ローズ・スタンリ-。第2王子~~~~(聞き取れない)の罪で緊急逮捕する。そしてレイモンド、お前をルパート・スタンリー殺害容疑で逮捕する」
「なんだよそれ、兄様、おかしいだろう!? なんで僕が!」
「レイモンド、お前は今確かに、ルパート卿を殺したんだよ。司法にもかけずにこのような場で勝手に。それで無実だとでも思っているのか?」
「ぼ、僕は第2王子ですよ! この国の王子なんだ! それにそいつは聖女を迫害する悪人なんだ! それを成敗して何が悪いんですか!」
「王子でも、王子だからこそ、勝手に人を裁くなどあってはならない。よく考えろ、レイモンド。お前は一体何をしているのかを。」
「ですから!」
「残念だよ、レイモンド。牢屋でよく考えろ」

 もう一度ハリー王子が手を振ると、騒ぎもがく第2王子らを近衛は速やかに連れ出した。そして会場には舞踏会の中止を宣言し、参加者は青ざめた顔で退出していく。令嬢たちの中には一人では歩けないほどに青ざめた顔の者もいる。出口で気付け用の飲み物を配っている。それが効いてくれると良いのだが、とハリーは思った。
 そして目線を下げれば、ルパートの亡骸にしがみついて泣いているトマスがいる。その肩に軽く手を添えると、トマスは泣きはらした目でハリーを見上げた。

「申し訳ない、間に合わなかったな」

 トマスは答えられず、ぎゅっと動かないルパートを抱きしめた。

「私が、もう少し早く、ローズ様の思惑に気が付いていれば……。もう少し早くそれを殿下に伝えられていれば……!」
「貴殿はあの女に~~~~(聞き取れない)を掛けられていながら、良く抗った。間に合わなかったのは私の責任でもある。申し訳なかった」

 ルパートは妹ローズを避けていたのに、今回は避けきれなかった。それもローズの~~~~(聞き取れない)魔法を受けた屋敷の使用人が、ルパートの居場所をローズたちに教えたからだ。ドヤドヤと屋敷に現れた剣士ガレスと宰相の次男クラレンス・グレイに、ルパートは穏やかに対応しようとしていたが、剣士にいきなり殴られ失神したところを無理やり連れ出された。トマスも彼らに殴られながら、彼らに遅れて会場に付いたものの招待状もない侍従が入れるわけもなく、入口をうろうろしていたら偶然ハリー王子を見かけ、不敬覚悟でその前に這いつくばってルパート救出を願い出た。
 ハリー王子はルパートの事を書類上で知っていて、今日の舞踏会で逢おうとしていたそうで、トマスの話を聞くとすぐに乗り込んでくれたのだが、ようやく入れた時にはもう遅かったのだ。

 舞踏会参加者が近衛たちに誘導されながら会場から去ると、入れ違いに司法警察が入ってきた。ハリー王子は状況を説明し、司法警察による捜査が始まった。トマスはハリーに促され、ようやくルパートから離れ、ルパートは担架に乗せられて白い布を被され、会場から運び出された。

 その後、ローズは王族を~~~~して殺人を教唆した罪で、斬首刑となった。そのローズの行動を許したとしてスタンリー伯爵家の両親は自害、伯爵の称号も取り消され、領地も没収された。
 レイモンド第2王子とその友人たちは殺人罪で投獄された。さらに殺人行為を王立学院高等学部の卒業記念舞踏会という、大舞台で衆人環境の中で行った事、それを見た参加者たちの多くが精神的にダメージを受けたことなどを鑑み、レイモンド第2王子たちは公開処刑となった。

 毒を見つけたという医者の息子エリオット・ヴァレン、ルパートを押さえるのを手伝ったパーシヴァル、計画を立てたルーカス・セラフィン、クラレンス・グレイ、そしてルパートを痛めつけた剣士ガレスの順で首を落とされ、最後に憔悴しきったレイモンド第2王子が、亡きルパートに謝罪を伝えながら装置の前に跪いた。
 ローズが狂ったように暴れる中、第2王子は静かにその一生を終えた。

 全員の処刑を見せられた後、ローズはその潰された喉から何とか『力ある言葉』を発して逃げようとしていたが敵わず、近衛が3人がかりで押さえつけ、糞尿をまき散らし、誰にも同情されることなく、むしろ喜ばれて死んでいった。

 現王はそのような惨劇を生んでしまった責任を取り、ハリー王子に王の座を譲って隠居した。ハリーはルパートの研究をもとに農業政策を施したが、思ったような成果は出せなかった。

 ルパートの亡骸は冤罪被害者として、そして多くの植物関係の発明をした功績者として、伯爵家の墓に手厚く葬られた。トマスはハリーの許可を得て、墓の近くにちいさな家を建てて、一生を墓守をして過ごした。

 ルパートはたくさんの論文を残したが、それを理解するのにはその国の人々には難しく、30年後にようやく応用され、その功績が見直された。
 だがその前に王国は没落し、ルパートの研究を理解し、使用した隣国により吸収され、王国は消滅した。


***


 トマスは悲鳴を上げて飛び起きた。ベッドわきのアウロラ・ヴェールの鉢がその衝撃に揺れている。主人であるルパートがつい先日作った花だ。キラキラときらめきながら揺れている花を目の端に留めながら、トマスは荒い呼吸を何とか整えた。
 一生を味わったような疲労感と悲しみが押し寄せて来て混乱しかけたが、夢だと気が付いた。夢でよかった。だが今の夢は一体何なのかと思い、それと同時にあれは訪れるであろう未来であるとも理解した。

 トマスはローズが伯爵家に来たばかりの頃を思い出した。
 
 オーロラの聖女候補の庶民の子供が引き取られてくるという。貴族の所作など知らない子だから、最初は多めに見てほしいと伯爵自ら使用人に説明した。使用人達の多くは庶民出身で、勤めているうちに最低限の所作は身に着けているが、その苦労は知っている。トマスの父は男爵家で、トマス自身は幼少期より多少の心得はあったが、母は庶民だったので、やはり苦労したと聞いている。皆が笑顔で、はいと答えたものだ。

 ローズが来た当日をよく覚えている。可愛く髪を整え、ドレスを着て、見かけこそ可愛らしい貴族令嬢に整えられていたが、痩せていた。しかしその細い体のどこから出るのかと思うくらいに大きな声であいさつをされて、皆が面食らった。伯爵がそんなに大きな声を出さなくてもいいんだよと言っても、その返事がバカでかい。トマスも思わず眉をひそめたものだ。
 だが幼いルパートは、やさしいほほえみを浮かべてローズを見ていた。さすが僕がお育てしている自慢の令息だと誇りに思った記憶がある。

 ローズは庶民としてのしつけも疑問だったので、食事も1週間は部屋でしつけ担当家庭教師に教わった。そして合格が出て、初めてルパートたちと夕食を共にしたのだが。

 伯爵家での夕食は、大人に食前酒、スープ、魚か肉料理、サラダ、デザートが普通だった。ローズは満面の笑みでテーブルにつき、おなかすいたと節を付けて歌った。非常にマナー違反だが、かわいらしかったので全員が苦笑を浮かべつつ見守っている。そして伯爵夫妻に食前酒と、全員にスープが置かれた時だった。

「美味しそう!!」

 とローズは皿を両手で持ってそのまま皿に口を付けて一気に飲んだのだ。伯爵夫妻は息を飲み、その場にいた使用人達はドン引きした。しかも彼女は「おかわり!」と叫んだのだ。これには伯爵夫妻も返事ができなかったのだが、そんな中で声を上げたのがルパートだった。

「ローズ、美味しかった?」
「うん! こんなに美味しいスープは初めて!」
「それは良かった。お父様、ローズにスープの追加をお願いしてもいいですか?」
「……ああ、そうだね」
「やったー!!」

 伯爵の合図ですぐにスープの追加が運ばれた。だが量は少量だ。すぐに次が来るのだから。それを見たローズは不満そうに口をとがらせ、またスープ皿を持ち上げようとしたとき、ルパートが声を掛けた。

「ローズ、今度はスプーンを使って飲んでみようか」
「スプーン? どうやるの?」

 きょとんとしたローズにルパートは自分のスプーンを持ち、しかしすぐに父親に言った。

「お父様、ローズの横に移動してもよろしいでしょうか? 向かい側から見せるよりも隣同士の方が見やすいと思うのです」
「ああそうだね、そうしなさい」
「はい。ローズ、隣に座ってもいい?」
「うん!!」

 すぐにルパートは立ち上がり、使用人が素早くスープとカトラリーをローズの隣の席に運んだ。
 ローズの隣に座ったルパートは、ゆっくりと説明をする。

「そのスプーンを取って。そうしたら、左手はお皿に添えるくらい……そう、いいね。そうしたらスプーンでスープをすくうんだよ」
「えー! すくえない!」

 ガシャンガシャンとスプーンをスープ皿にぶつけながらローズが叫ぶ。

「ゆっくりと、こうやって手前からすくってごらん?」
「あ、すくえた!」
「そう、上手だね。そしたらそれを口に持って行って飲むんだよ」

 ルパートが実践してみせる。姿勢を崩さずに優雅に飲む姿はさすがだ。それを見てローズも真似をするが、スプーンに口を近づけて、しかも持っている手が震えてそのほとんどがぼたぼたとこぼれる。慌てて啜ろうとしてズズズと音まで立てた。

「凄いね、一回で出来たね。そうやって飲むときれいに見えるんだよ」
「あたし、きれいに飲めてる?」
「うん。とてもうまいよ」

 ルパートは褒めた。それにローズも満面の笑みを浮かべる。その後もルパートは穏やかに食べ方を教えた。肉はフォークで押さえてナイフで一口大に切る事。そのナイフも軽く動かす事、デザートの食べ方など。
 横で皿をガシャガシャキーキー音を立てているにも関わらず、聞こえないかのように無視して褒めながら食事をしたのだ。
 
 貴族にとっては拷問のようなローズとの食事が終わった。ローズ周辺のテーブルクロスは酷く汚れていた。これで1週間、食事マナーを学んだというのかと疑問になるくらいの酷さだった。のちに家庭教師に聞いたところ、ちゃんと部屋では出来ていたというので、あれははしゃいでしまった結果なのかと皆が思った。

 そして異変はすぐに起きた。

 食堂を出て、部屋に帰るまではローズは満面の笑みを浮かべていた。隣の部屋のルパートに、お兄様ありがとうと大きな声で礼を言って、自室に入ったのをトマスも見ている。しかしすぐにローズの侍女が困り顔でやってきたのだ。

「ローズ様が、泣いてます」
「え? どうして?」

 侍女は言いにくそうに、しかしルパートを睨んで言った。

「ルパート様に食事の時に、皆の前で恥をかかされたと言っています」
「え?」
「はあ?」

 トマスも思わず声を上げてしまった。何を言っているのかわからない。ルパートが手を貸さなかったら、大恥をかいていたのはローズだろうに。
 あれでも大恥をかいていたが、ルパートが間に入った事でなんとかとりなせたような状態だったというのに。しかもその侍女はその場にいたのだ。

「何を言っているんです。あなたもあの場にいたでしょう? ルパート様はローズ様にお教えしただけで、恥など書かせていませんよ」
「何もあんな大勢の前で、厳しく指摘しなくても良かったでしょう? 家庭教師だって合格点を出したんですよ? それなのに全部だめだと言って。可愛そうじゃないですか」
「厳しくって……。本当に家庭教師が合格させたんですか? あれで?」
「トマス、もういいです。僕が悪かったみたいだから」
「ルパート様!?」

 ルパートは寂しそうに言った。

「僕は良かれと思って教えたんだけど、そうだよね、皆の前でやる事じゃなかったよね。ローズに謝らなきゃ」
「そうしてください」

 プイと顔を背けて侍女が言う。その態度にトマスの方が腹が立ったが、ルパートがローズの部屋に行くというのでついて行った。そしてルパートはローズに謝った。口を出しすぎたと。だがすでにローズはケロリとしており、お兄様あそびましょう! と叫んだほどだった
 トマスもルパートも面食らって、しかしルパートはこれから勉強するからまた今度ね、とにこやかにローズに言って、部屋を辞した。

 伯爵家を出た今ならわかる。これ以降、ローズが身に着けた食事の作法はない。あの初回でルパートがおしえたことだけしか、いまだに出来ていない。
 
 いや、ローズの異常さには当時から気が付いていた。だがすぐにおかしいのはルパートだと思ってしまう。そしていまだに自分が伯爵家を訪れるたびにローズがやってきて、聞くのだ。

「お兄様はどう?」
「お元気ですよ。屋敷を出ないように見張っていますから、ローズ様に危害を加えることはありませんよ」
「私の悪口を言っているんでしょう?」
「言っていませんよ」
「言ってるわよ。……でしょう?」
「……そう、ですね」
「言ってるのよね! 私を殺したいとか言っているんでしょう? 言っているのよね?」
「……はい」
「マナーも悪いし、口も悪いし、勉強もできない、どうしようもない兄様よね!」
「……はい」
「いっぱい叱ってあげて。殴ってもいいから口の悪い兄様を叱って、まともにしてあげて」
「はい」

 心のどこかで、ルパートはそんな事は言ってないと分かっていても、伯爵家を後にする頃にはそんな事は忘れて、乱暴で横暴なルパートだと思い込まされている。

 遅くに帰ってきた自分に、もう使用人も休んでいるからとルパートが食事を温め直して、さらに今日収穫したというカボダコインを厚く切って焼いてくれた。もうそれだけで美味いが、自らそんな事をしてくれる伯爵令息が、「どうしようもない」人なわけがない。わかっていても、自分の口からは憎まれ口が飛び出す。忙しさで自分の心をごまかしていたが、最近限界になっていた。

 だからこんな夢を見たのだろうか。

 いや。これはきっとただの夢ではない。今のままだったら確実に訪れるであろう未来だ。

 ルパートをこんな目に合わせてはいけない。何よりこんな未来では、だれも幸せにならない。ローズがどうなろうと知った事ではないが、国が滅びていいわけがない。

 トマスはこの未来を変えようと心の中で決意した。




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