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8 二人目のお客様

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王族として生を受けたマティアス様の、醜いからという理由で差別を受けながら生きてきたこれまでの人生は私が想像するよりも過酷なものだった。
    
絶世の美女(笑)な私がこの世界で蔑まれているイケメンを癒して幸せにしてやるぞー!なんて…もの凄く簡単に考えて、そして上から目線だった自分を恥じた。
一言で言えば本当に他人事だったのだと思う。
でも、マティアス様と出会って…まだ二回しか会っていないけれど、あの時マティアス様が勇気を出して話してくれた内容は私のそれまでの軽い考えを改めさせるくらい衝撃的だった。

大国の王族として生まれたマティアス様は、王族故に色んな人と会う機会が多くて、その度に周りから白い目で見られてきたと言う。
引きこもりたくても人前に出なければならなくて、マティアス様が傷つき、傍にいてほしいと望んだ時でさえ、実の両親は傍にいてくれなかったのだ。
この国の王になってもそれは変わらず。
表面上では敬う態度でも、心の中では醜い容姿を馬鹿にしているのがマティアス様には分かるのだという。
奥さんがいた事も勿論驚いたし、ちょっとだけ罪悪感が沸いたけれど、奥さんからの理不尽な仕打ちや愛人がいると聞いてそんなものはすぐ無くなった。
奥さんがどんな人かは分からないけれど、あんたがいらないなら私がもらう!そして私がマティアス様を幸せにしたる!的な気持ちになった。

話を聞いてまだ救いだと思ったのは、マティアス様が言う数人の優しい人たちのこと。
その人たちがいるお陰で、マティアス様は今まで生きてこれたと言っても過言ではない。

自分も幸せになって、相手も幸せにするんだという私の考えは一切変わっていない。
変わっていないが、そこに責任感が生まれていた。
なるようになれ、楽しければそれでいい、そんな無責任な考えを改め、自分のしている事やこれからする事に対してもちゃんと最後まで責任を持つ事にしたのだ。


「…マティアス様、無事に帰ってきて下さいね…。」


マティアス様は今、帝都を離れているらしい。
それを知ったのはほんの数時間前のことだった。



「え?マティアス様…来られなくなったんですか?」

「うん。今朝手紙が届いたんだ。」

「…私…何か粗相でもしてしまったんでしょうか…。」

「そんな訳ないよ。へ…マティアス様はサイカを凄く気に入ってるんだから。
あの方は忙しい方だからね…急用が入ったんだと思うよ?」

「…急用…お城で何かあったんですかね…。」

「…サイカ…マティアス様の身分を聞いたんだね。」

「はい…。」


部屋を訪れたオーナーから私宛の手紙を受けとる。
日本語でもなく英語でもない。見たこともない文字は普通に読むことが出来た。
どうやらこの世界で言語に困る事はないらしく、とことん私に優しい、都合のいい世界だなと思いつつマティアス様の手紙を読むと、手紙には来られなくなった事に対しての謝罪から始まり、少しの間国境近くに用が出来た為帝都を離れなければならなくなった事、私に会いたいくて堪らない、早く会って顔が見たい、愛していると色々…赤裸々な内容がしたためられていた。

「…恥ずかしくすぐったいっ…!」

ベッドの上でマティアス様の手紙を胸に抱き締めながらごろんごろんと体を回転させる。
何かもう、何かもう、マティアス様の遠慮が無くなった気がするし、甘いし格好いいしで、好きしかない。

次に会えるのはいつになるだろうかと楽しみな気持ち半分、何もなく無事に帰ってきますようにと不安半分な気持ちで日々を過ごす。
五日、一週間、そして十日が過ぎた頃、私は暇を持て余していた。
大金貨一枚。私、サイカの値段はかなり高いので仕方ない事なのかも知れないが…十日も仕事をしてないので大丈夫だろうか、お荷物ではないのだろうか、このままお客が来なければクビになってしまわないかと不安になってオーナーに相談してみた。


「お荷物?まさか!!
心配しなくても大丈夫だよ。サイカの水揚げ、それから前回の金額と…陛下からかなりのお金を貰っているからね。
一年サイカにお客様が付かなくても余裕だよ?」

「…あ、そ…ですか…?」

「ごめんね、不安にさせて。
“醜いお客様”専用の高級娼婦がいるとは宣伝しているんだけど、値段も高いしサイカの姿も見せてないからね。皆二の足を踏んでいるんだと思う。」

「…大金貨一枚ですもんね…。」

「訂正すると“最低でも大金貨一枚”だね。」

「…最低でも大金貨一枚……私、窓から顔を出して宣伝した方がいいですか?
五階…最上階ですけど…待ってまーすって大声出したら気付いてくれますよね…?」

「ぷっ…!ははははは!!ま、待ってまーす!って宣伝するの!?はははは!!それは可愛い宣伝方法だ!全く、サイカは本当に、可愛いが過ぎるよ…!」

「…あはは……えっと…割りと本気だったんだけどな…。」

「ふふ…!そんな事しなくていいんだよ。サイカが姿を見せなくったって、相手をしてくれるなら大金を出しても女を買いたいっていうお客様は必ず出て来る。
サイカはその時にお客様に姿を見せればいいんだ。
心配しなくても大丈夫。さっき、一年サイカにお客様が付かなくても大丈夫って言った言葉は…冗談でも嘘でもないからね。」

「…あ、はい。」


一体マティアス様は私との逢瀬にいくら支払ったんだろうか。恐くて聞けないままでいる。
しかし仕事をクビになる心配が無くなったのはいいとして…余りにも暇すぎた。
水揚げが済んで手習いも無くなってしまったし、一日中部屋に籠っているのも気が滅入ってきた所で…ふう、と盛大な溜め息が出てしまう。

「退屈だよね?」

「退屈です。」

正直に答えるとオーナーが笑って、じゃあ一緒に外に出てみる?と聞いてきた。
この月光館に売られてから部屋の中か娼館の中以外、全く出歩いていなかった私はオーナーからの魅力的なお誘いに直ぐ様飛び付く。


「外…!本当ですか!?娼館から出てもいいんですか…!?」

「いいよ。本来、娼婦が花街の中を出歩く事は制限してないからね。
サイカは特別だから出掛けていいよって言わなかったんだ。
ふふ。花街には娼館だけじゃなく色んなお店もあるんだよ。」

「へえ~!」

「娼婦の贈り物は花街で買う方がいい。
花街の外で装飾品を買うと誰が見ているか分からないし。
例えば高価な物…まあ、宝石とでもしておこうか。
女性なんて噂する生き物だからね、“あの方、あの店で高価な宝石を買ってたわ、奥様へのプレゼントかしら”って。
それで、その高価なプレゼントを貰ってもない奥さんの耳に入ったらそりゃもう大変だよ。」

「へえ~…。」

「貴族の女性は同じ貴族には寛大だけど、劣る存在にプレゼントを贈るとなると容赦ないんだ。
“私を差し置いて娼婦如きに贈り物ですって?”ってね。だから街の店で買うより花街の中の方が安全なんだ。女性は余程の理由がない限り花街に来ないし。
その為にこの花街には色々な店がある。」

「へ、へえ……」

マティアス様からサファイアのペンダントネックレスを貰った私は大丈夫なのだろうかと不安になっていると、オーナーがそれはそれはいい笑顔でじゃ、準備しようかと立ち上がる。…準備?

「サイカが花街に出掛けるなら変装しておかないと大変だよ?
まだ昼間だけど全く男が歩いてないわけじゃない。
そんな中でそのまま娼館の外に出てご覧よ…あっという間に囲まれて身動きが取れなくなっちゃうから。」

「変装お願いします。」

「うん、任せて。ウィッグに…タオルも必要だな…あと日傘と…」

オークたちに囲まれたくもないのでオーナーの案に力強く頷いておく。
一時間後、私は見た目ぽっちゃりに生まれ変わっていた。

「おお~!どこからどう見てもぽっちゃりな私…凄いですね!」

「まさか五枚もタオルを詰める事になるなんて思わなかったよ…暑い時期じゃなくてよかった。薄い生地じゃ誤魔化せないしね。…苦しくはない?」

「ちょっと違和感がありますけど、大丈夫です!」

「よかった。じゃあ、はい。帽子を被って?」

「…帽子も?ウイッグもつけているし日傘もさすのに…?」

「ぽっちゃりになってもサイカは顔が美人すぎるんだよ?それにその珍しい黒髪もすごく綺麗だし…ウイッグだけじゃ心許ないよ。帽子で隠さないと。大丈夫、どこかの貴族令嬢みたいだけど美意識の高い高級娼婦たちはそんな格好してるからね。外に出てもおかしくないよ。」

「分かりました!」

鏡を見るとつばの広い帽子のお陰で覗き込まない限りは顔も見えないしどこからどうみてもぽっちゃり高級娼婦にしか見えない。

「よし、じゃあデートに行こうか。」

「ふふ、はい!宜しくお願いします!」

わくわく。子供みたいにはしゃいだ気持ちで初めて花街の中を歩く。
オーナーとのデートも悪くない。
オーナーの容姿は外を歩くオークっぽい人たちより全然嫌悪感が沸かないレベルだ。
少しだけぽっちゃりはしているけど糸目という程目は細くもないし、鼻も口もそれほど大きくはない、至って普通。
この世界で普通の容姿なオーナーは日本基準でも普通の人で、正直オーナーとだったら普通にお付き合い出来る。


「わあ…!沢山お店が並んでますね…!」


まだ日が高くどの娼館も閉まっている時間であるのに花街を歩いている人は思っていたよりも多く、そして男の人は皆やっぱりオークっぽかった。
オークっぽい、オークっぽい、オークっぽい、あ、ややぽっちゃりがいた。
あの人もオークっぽい、わ、すごいオーク!オークそのもの!オークそのものな人はやたらキラキラで派手な服を着てて目が痛い。しかもドヤ顔で花街を歩いている。
そのキラキラな服似合ってないですよと失礼だけど観察するのを楽しんでいるとオーナーが震えながら笑っていた。

「ふ、ふふ……さっきからすごくキョロキョロして…全く、サイカは可愛いなあ、もう。」

「す、すみません…。」

「ふ…ううん、楽しんでいるならいいんだよ。
何れサイカも、お客様とここを歩くかもしれないからね。」

「…?
部屋の中で会うんじゃなくて…ですか?」

「色んなお客様がいるからね。
セックスを楽しみたいだけの人もいれば、女性とデートをしたいっていうお客様もいるから。
まあでも…サイカが相手をする“醜いお客様"は人前には余り出たくない方が多いだろうから…機会は少ないかも知れないね。」


なるほどなと思う。
娼婦と言ってもただセックスするだけじゃなく、お客の要望があればデートもするのか。
…マティアス様はデートしたいのかな。マティアス様とのセックスも好きだけど、私はマティアス様と色んな事をしたいと思う。デートだってそうだ。
でもずっと周りから蔑まれてきたから、やっぱり人が多いと嫌かなと俯きながら考え込んでいた私は全く前を見ていなかった為、結構な勢いで何かにぶつかってしまう。

「サイカ…!」

「わ…!?」


ぶつかった勢いで体勢が崩れ、空を見上げる形になってふと車に引かれた時の事を思い出す。
ああもう、本当。車に引かれた時もそうだったけど何かを考えていると前方どころか前後左右が疎かになるこの駄目な所を直したい。
あの時もこの時も自業自得だと、来る衝撃に備え目を閉じる。
…が、その衝撃はこず、代わりにぐい、と腕を引かれる感覚がした。


「……大丈夫…ですか…?」

「……?」

そっと、恐る恐る目を開ける。
私は尻餅をついているわけでもなく、ちゃんと地面に足をつけて立っていて、そして誰かの胸元に支えられていた。

「……すみませんでした…避ければよかったのに、」

「………。」

「…あの…?」

もしかして、この人はぶつかった私が倒れるのを助けてくれたのか。
状況が徐々に飲み込めてきて、ぼう、としていた頭が覚醒する。
転んだとしても自業自得。なのにこの人は転ばないように助けてくれただけでなく自分が避ければよかったと謝っているではないか。ぶつかったのは私なのに申し訳ない!と慌てて謝る。

「ぶつかってしまったのはこちらなのに、ごめんなさい!」

帽子が落ちない様に気を付けながらも頭を下げて、顔を見て謝って、…謝って、思わず固まった。

「……。」

「……。」

イケメンだ。イケメンがいる。
マティアス様ほどのイケメンなんてそうそういないと思っていたのに、マティアス様と同じくらいの超絶イケメンが私の目の前にいた。

「………。」

「………。」

白よりの銀髪にぱっちりした紫色の瞳。太っていない普通の体。
この人もマティアス様に負けず劣らずの王子様顔。
さっきまでオークっぽい、オークっぽい、ややぽっちゃりそしてオークそっくりなひとばかりが目についていたから眼球にとても優しい…。とほっこりしている場合ではなかった。
謝ったがお礼を言っていないではないか。

「助けて頂きありがとうございました。
…貴方が腕を掴んで下さらなければ、そのまま地面に転んでいましたから。
本当にありがとうございました。」

イケメンの顔を見上げながらお礼を言うが目の前のひとは何故か固まったまま。
帽子のつばが広いから相手から私の顔はよく見えないはずだ。
鏡で確認した時もどこからどうみてもぽっちゃりだったし…今の私はとてもじゃないが絶世の美女には見えないはずである。
それなのに目の前のイケメンは未だ固まったまま瞬き一つしていない。
大丈夫ですか?と声を掛けようとした瞬間、オーナーが私を後ろに下がらせ頭を下げた。

「うちの娼婦がぶつかってしまい、誠に申し訳ありませんでした。
それから…大事な娼婦を助けていただき、有難うございます。

もし娼婦がご入り用でございましたら、是非月光館をお訪ね下さい。
助けて頂いたお礼はさせて頂きますので。」

「………。」

「それでは、私どもはこれにて…。
さ、行こうか。」

「あ、はい!…本当にありがとうございました…!」


オーナーに手を引かれながら。
呆然と固まったままのイケメンに背を向け再び花街の中を歩き出すとぽそりとオーナーが呟く。

「ふふ。サイカは凄い運を持っているのかも知れないよ…?」

そんなオーナーの楽しそうな呟きは置いておいて。
マティアス様に続いて先ほどの超絶イケメンとの出会い。
普通なオーナーと超絶イケメンのマティアス様以外ではオークっぽい人かオークしか見たことなかったけれど、私基準のイケメンは案外いるのかも知れない。中々姿を見せないだけで。あの人がお客様になってくれたらなと思うが私の値段は相当高い。
一般の男ではなかなか…無理な金額だと教えられている。
服装も普通だったし、私のお客にはならないだろう。
勿体ないなと思いながらオーナーとのデートを楽しんで私は月光館へ戻る。
そして戻って暫くすると私の付き人を連れた、にこにこ顔のオーナーが再び私の前に現れてこう言った。

「サイカ。お客様が来るから準備しようね。」

「…え?」

「今控え室で待って貰っているから。
…ああ、ちゃんと避妊薬を飲んでおくんだよ?」

「あ、はい。」

「ロザンナ、サイカの準備が出来たら僕の部屋に来て。サイカの相手をするお客様は僕が直接案内するから。」

「分かりました!」


お客が来なくてどうしようかとオーナーに相談したばかりだったのにすごいタイミングだ。
付き人のロザンナに手伝ってもらいながら背中に紐が付いた、脱がせやすいドレスに着替える。

「サイカ様…大丈夫ですか…?」

「え?」

「オーナーから……醜いお客様の相手をするとは聞いていましたけど…無理、してないですか…?
ないとは思いますが…オーナーに強要されてる…とか、」

「あはは、大丈夫よ。無理もしていないし、オーナーに強要もされてない。ちゃんと自分で決めたことだから。心配してくれてありがとう、ロザンナ。」

「はう……凄い…。こんなに綺麗で誰よりも美人なのに、優しいし…本当、尊敬します。」

「…はは…」


心底尊敬してます、的なきらきらとした目で余り見ないでほしい。良心が痛む。
十分程度で準備は整い、ロザンナがオーナーを呼びに部屋を出る。
今日の相手はどんな人だろうか。オークっぽい人ではないのは分かっている。
もしかして昼間の超絶イケメンだろうか、いやいやまさかねとベッドに腰掛け待っているとぼそぼそとした話声が聞こえてきたので立ち上がる。
初めてのお客様にはちゃんとカーテシーをして挨拶しなければ。


「…ようこそおいで下さりました。
私は月光館の娼婦、サイカと申します…。
本日は、私をお相手に選んで下さり、誠に有難う存じます。」

多少緊張はしているものの、マティアス様に続いて二人目のお客だ。
今回はどもることなく挨拶できたぞと心の中で満足げに微笑む。

「………え!?な、…ほ…細い……でも、昼間は…、」

「…?
あの、…お客様、…面を上げても宜しいでしょうか…?」

「え、あ、はい…!すみません…!ど、どうぞ、顔を上げて下さい…!」

「有難う存じます………あら?」

「!!!
……な……う…うそだ、……こんな、………め、がみ…が…?」


まさかのまさか。今日私を買ってくれた相手は昼間ぶつかった私を助けてくれた、銀髪に紫色の目をした超絶イケメンだった。
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