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23 ヴァレリア③
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「…は………っ、……サイカ、」
『ああ、…あん、はあ、…ヴァレ、ヴァレぇ、』
「っ……く、………、」
『…ヴァレっ…きて、…きて、………だいすき』
「んっ………!!」
びゅるりと掌の中に飛び散る精。
彼女との行為を思い浮かべながら、彼女の…気持ちいい肉穴を思い出しながら。
彼女の、愛らしい姿を思い出しながら自慰に耽る。
けれど、どれだけ鮮明に思い出そうとも、本物の彼女には敵わない。
「…はあ……サイカ……貴女に会いたい…。」
毎日毎日。一日たりと彼女を思わない日はなかった。
「……もどかしいですね…。」
最後にサイカと会えたのは二十日前。
たった二十日。そう、たった二十日のこと。
それなのにこんなにももどかしい。狂おしい。
彼女も、同じ思いでいてくれたならどれだけ嬉しいか。
けれどサイカは娼婦。それもとびきり美しい。極上の女性。
きっと、私だけではない。彼女を欲しているのは。
「陛下、頼まれていた書類をお持ちしました。確認をお願い致します。」
「ヴァレリアか。早いな。…確認しよう。」
「はい。」
「大分慣れたか?」
「ある程度は。けれどまだまだです。これからも精一杯学んでいきます。」
「ああ。そなたの仕事は早く丁寧だからな。これからも慢心することなく励んでほしい。」
「ありがとうございます。」
陛下とお会いしたのは三年前。まだ陛下が王太子殿下であった時。
本格的に父の仕事を手伝うことになった私は暫くは父が家に持ち帰った仕事の手伝いをしていたけれど、跡を継ぐのであれば実際に王宮で手伝いをした方がいいと、登城許可を頂きに行くことに。
通常であれば許可証を貰うだけで済んだけれど、私に会ってみたいと、陛下…いや、王太子殿下から声がかかったのだ。
初対面は酷く緊張したものの、殿下を一目見てほっとしたのも事実。
失礼ではあるけれど、殿下もまた…私と同じような容姿だった事が私を安心させた。
きっと、当時殿下だった彼も、父から私の事を聞いていたのかも知れない。
だから同じく、醜い容姿の私に会いたいと思ったのだろう。
『父の跡を継ぐのであれば、いずれは俺の臣下になろう。
期待している。』
『は、はいっ!せ、精一杯頑張ります!』
これが、初めての会話だった。
王宮で仕事をするようになってから貴族たちの悪意に晒される事になり…私の中に少しはあった自尊心が砕け散る。
男たちからは嘲笑われ、女たちからは嫌悪され、人としても男としても、どんどん自信を失っていった。
「…管理帳簿を確認していると、やはり不可解な所がいくつか見受けられます。
この資料は不可解な点を全てまとめています。
例えば…ここです。この年のこの月、国境辺りで災害は起こっていないはずなのですが…」
「…ふむ……災害による支援の為に支出したとあるな。」
「ええ。それもこの月だけではありません。
災害、害獣被害の報告も、どの資料を見ても事実を確認出来ませんでした。
…本来であればもっと早く気付けたはずです。この仕事に就いた者たちが、自身に任された仕事を怠る事なく真摯に取り組んでいれば、の話ですが。」
「…ああ。そなたの言う通りだな。これだけ大きな金が動いていればすぐ疑問に思うはずだ。
…与えられた仕事に向き合っていれば。」
「…嘆かわしい事ですね…。」
「だから今回、内密にそなたに任せたんだ。
そなたは真面目で、仕事に対して実直な男だと俺は評価している。」
「勿体ないお言葉。心より感謝申し上げます。」
各領地から送られた書類を管理、確認する仕事。
東西南北、各エリアにある大小様々な領地を管理するのは各領主の仕事。
そして、その領地から城へ送られた報告書に不正がないか、正しく領地を運営しているか確認し管理をしなくてはならない。
金銭の動きや物の動き、人の動きを確認する事で分かる事は沢山ある。謀反もそうだ。
そういった大切な仕事であるにも関わらず、自身の仕事に真摯に向き合わない人間が私は嫌いだ。
それが、私を馬鹿にし、悪意のある言葉を向けていた人間であれば尚更。
「…どうして与えられた仕事に向き合わないのでしょう。」
「本当の意味での自覚がないのだろう。任されている仕事に対しての傲りは人一倍あるが責任感がない。
…だが、そういう人間は少なくない。一人一人の仕事を評価出来ればよいのだがな。
…がしかし……今回の事で動く必要が出てきた。
これだけ大きな金の動きも見逃すなどあってはならない。」
「ええ。私もそのように思います。」
「……そなた、変わったな。」
「え?」
「以前は…俺と対峙しても身を縮こませていたが…今のそなたは堂々としている。…よいことだ。」
「…ありがとうございます。」
あの日から、私は新しい私に生まれ変わった。
私の愛しい女神のお陰だろう。
彼女が私を癒し、人としても男としても駄目な人間だと失っていた自信を取り戻してくれた。
他人の言葉や目が気になって仕方なかった私の考えを改めさせてくれた。
「…変わりたいと思ったのです。
今までの私を、私はよく思ってなかった。
周りの目や言葉を気にするあまり、本当の自分を殺していました。…そう、気付かせてくれた方がいたのです。」
「…ほう…?…他にどんな話を?」
「他人の目や言葉に惑わされない。他人の目や言葉が全てではなく、私の事は私が決める。
程度の低い人間は相手にするな。そう、言ってくれました。」
「……なるほど。興味深い話だな。
だが、生まれ変わったそなたのこれからがどうなるか…興味もある。
ヴァレリア。そなた、父の仕事とこの管理の仕事、両立出来るか?」
「…ええ。出来ます。」
「ははは!言い切ったな!
では今日から任せる。この領地を担当していた者は…そなたの補佐…雑用でもさせておけばいい。
いや、それとも別の所へやるか。」
「いえ、陛下。彼には私の補佐をしてもらうようにします。
…それが、一番いいと思うのです。」
己がいかに低俗で、能がない生き物だったか。
思い知ればいい。
この程度の事を疎かにする人間だ。まとめていた書面を見ても全く自身の仕事が出来ていないと公言しているようなお粗末な中身。
それを思い知って、自尊心を失えばいい。
…私にそうしてきたように。
「ふむ。…今のそなた、中々いい顔をしている。」
「そうでしょうか。」
「ああ。……敵を喰わんとする獣の顔だ。」
「…なるほど。」
けれどそれは…それは、目の前の陛下にも言えることでは?とは言わなかった。
…陛下もまた、少し変わったように思う。
何処が変わったかと言われればその豊かな表情が一番かもしれない。
少し前までは、陛下の表情は余り変わらず一定だった。
喜怒哀楽を感じさせない、読めない表情だった。
それが今の陛下は、ころころと表情を変えている。
一体何があったのか。…私と同じように、変化をもたらす何か……“誰か”に出会えたのかも知れない。
そう、例えば……月光館にいる、女神。
「……。」
月光館をご存じですか、と言いかけて…止めた。
もしも陛下が彼女…サイカを知っていたとして。
それを問うのはよくない。何故なら陛下の方が上だからだ。絶対的な存在。圧倒的な強者。
もし、万が一、彼女の話をして、彼女に会うなと言われてしまえば…私は。
そう考えると背筋が凍る思いがした。
嫌な音がする。どくどくと鼓動が有り得ない早さで鳴っている。
不安。恐怖。
「…では陛下、御前を失礼いたします。」
「ああ。」
長い廊下を歩きながら、自分の体が震えている事に気付いた。
会いたい。彼女に会って安心したい。あの細い体を抱き締め、安心したい。
猛烈にサイカに会いたくなった私は、月光館へ訪れる。
けれど、サイカには会えなかった。
「…大変申し訳ありません、ヴァレリア様。
サイカは今、少し体調を崩しておりまして…。」
「体調を!?…それで彼女は…何か、病気にでも…!?」
「いいえ。病気ではありませんので大丈夫です。
疲れが出たのでしょう。うちに来てまだ半年ですからね。」
「…そうですか……よかった…。」
ほっとして、三日後また月光館を訪れたけれど、彼女はまだ臥せっていたようでこの日も会えなかった。
何もしなくていい。見舞いだけでもと思ってそうオーナーに伝えてみたけれど、断られてしまう。
どんどん私の中で嫌な不安が育っていく。
体調が悪いのではなく、私に会いたくないのでは?
そんな事を思ってしまう。
「ヴァレリア様。サイカからの手紙です。」
「サイカから!?」
「ええ。先日ヴァレリア様が来て下さった事をサイカに伝えたら、残念そうにしていましたよ。
また来たら渡して下さいと。」
「……手紙…サイカから…。」
堪らなくなって、その場で彼女からの手紙を開封する。
彼女らしい、可愛い、細い文字。
“ヴァレリア様へ
会いに来てくれてありがとうございます。
それなのに会えなくてごめんなさい。
少し体調が悪くて、お休みを頂きました。
ですがすぐ治りますので、心配しないで下さい。
またヴァレリア様に会える日を楽しみにしています。
ヴァレリア様もどうか、お体をご自愛下さい。
愛を込めて。サイカより。”
何と可愛い人だろう。
サイカからの手紙を胸に抱き締め、彼女を思う。
これだけの事が嬉しくて堪らない。
感じていた不安が、恐れが消えていく。
「オーナー。予約を入れておきたいのですが。
…もし、その時サイカの体調が戻っていなければまた日を改めます。構いませんよね?」
「ええ、構いません。気を使って頂いてありがとうございます。
ヴァレリア様から予約を頂いた事を伝えればサイカも喜ぶでしょう。」
足取り軽く我が家へ戻れば、父が私を待っていた。
「ヴァレリア。陛下から聞いたよ。新たに仕事を任されたらしいね。」
「はい。」
「大丈夫かい?…ヴァレリアが優秀なのは知っているけれど…無理はしていないかい?」
「ご心配ありがとうございます、父さん。
ですが、私は色んな事に挑戦したいと思っています。沢山の事を経験して、学んで…挫折する事も勿論、あると思いますが…だけど、私は私を成長させたいのです。」
「ヴァレ…。」
「そうして成長出来れば、私は父さんの自慢の息子だと胸を張って生きていける。
これまで沢山心配をかけました。父さんにも母さんにも、姉さんたちにも。守ってもらって、支えてもらって。…感謝の念は尽きません。」
「感謝など……家族なのだから。」
「はい。だけど、守られてばかりでは嫌なのです。
私だけ寄りかかっているのでは、駄目なのです。
私だって、父さんたちを支えられる人間に…男になりたいから。」
「…ふふ、そうか。…そうか。…本当に、変わろうとしているんだね、ヴァレは…。…それもこれも、サイカという女性のお陰なのかな?」
「ええ!彼女は可愛らしい、それだけの女性だけではないのです。
可愛いのに、とても強くて!優しいだけでなく、芯の通った女性で!」
その日は遅くまで父と会話をした。
私とサイカの話だけでなく、父と母の出会いや、恋愛の話、仕事の話、沢山色んな話をした。
父と母の話を聞けば聞くほど、“結婚”の二文字が頭を占める。
彼女と…サイカと家族になれたなら、どれだけ薔薇色な、幸せな日々が訪れるだろう。
最初は二人きりで、そして私と彼女の間に、愛する子供が生まれる。
想像すればするほど、胸が温かいもので満たされる。
彼女の笑顔に包まれ、幸せに満ちた家に帰る。その素晴らしい日々。
実現させたい。いいや、実現してみせる。
誓ったのだ。決して、決して自分の幸せを、自分の人生を諦めたりはしないと。
醜い容姿に生まれた私。それがどれだけ困難な事でも、険しい道でも、もう決して、誰かに左右されたりしない。
夢を見た。
幸せそうな、幸福を詰め込んだ笑顔で私の妻になったサイカが、私を愛しているという夢を。
激しく、互いの体を絡ませながら愛し合う。
朝が来て、昼が来て、夜が来ても互いを離さず熱を与え、愛を囁き合う、幸せに満ちた行為。
そんな夢を見たからか、私は初めて夢精という現象を体験した。
「サイカ、お久しぶりですね。体調はどうですか?もう平気ですか?」
「ヴァレリア様!ええ、もうすっかり!
折角来て下さったのにお会い出来ずごめんなさい…。」
久しぶりに会った彼女は、変わらず美しく愛らしく、可愛い女だった。
いやらしい夢や、彼女を想像で汚した事に少しばかり後ろめたい気持ちになったけれど、やはり本物には敵わない。
抱き締めれば実感する。匂い、体温、柔らかさ。
ああこれだ。この感覚だ。夢や想像では得られなかった感覚。
男にしては細いこの情けない体も、彼女の華奢な体をすっぽりと包む事が出来る。その優越感たるや。
笑顔も泣き顔も、全てが愛らしい。美しい女
誰にも渡したくない。それが例え、陛下だったとしても。
黙って指を咥えているだけはしたくない。
激しい独占欲。私も男だ。男なんだと実感する。
「そして願わくば…私は、貴女だけの男でいたい。」
座る彼女の手を取り、その小さな手に口付ける。
誓いだ。これは。
愛しい女を諦めない。その誓い。
他はどうでもいい。家族は家族、他人は他人。
そして私の中で、彼女だけが女だ。唯一の女性だ。
この愛しい女は私という男のもの。
そうなればいい。
『ああ、…あん、はあ、…ヴァレ、ヴァレぇ、』
「っ……く、………、」
『…ヴァレっ…きて、…きて、………だいすき』
「んっ………!!」
びゅるりと掌の中に飛び散る精。
彼女との行為を思い浮かべながら、彼女の…気持ちいい肉穴を思い出しながら。
彼女の、愛らしい姿を思い出しながら自慰に耽る。
けれど、どれだけ鮮明に思い出そうとも、本物の彼女には敵わない。
「…はあ……サイカ……貴女に会いたい…。」
毎日毎日。一日たりと彼女を思わない日はなかった。
「……もどかしいですね…。」
最後にサイカと会えたのは二十日前。
たった二十日。そう、たった二十日のこと。
それなのにこんなにももどかしい。狂おしい。
彼女も、同じ思いでいてくれたならどれだけ嬉しいか。
けれどサイカは娼婦。それもとびきり美しい。極上の女性。
きっと、私だけではない。彼女を欲しているのは。
「陛下、頼まれていた書類をお持ちしました。確認をお願い致します。」
「ヴァレリアか。早いな。…確認しよう。」
「はい。」
「大分慣れたか?」
「ある程度は。けれどまだまだです。これからも精一杯学んでいきます。」
「ああ。そなたの仕事は早く丁寧だからな。これからも慢心することなく励んでほしい。」
「ありがとうございます。」
陛下とお会いしたのは三年前。まだ陛下が王太子殿下であった時。
本格的に父の仕事を手伝うことになった私は暫くは父が家に持ち帰った仕事の手伝いをしていたけれど、跡を継ぐのであれば実際に王宮で手伝いをした方がいいと、登城許可を頂きに行くことに。
通常であれば許可証を貰うだけで済んだけれど、私に会ってみたいと、陛下…いや、王太子殿下から声がかかったのだ。
初対面は酷く緊張したものの、殿下を一目見てほっとしたのも事実。
失礼ではあるけれど、殿下もまた…私と同じような容姿だった事が私を安心させた。
きっと、当時殿下だった彼も、父から私の事を聞いていたのかも知れない。
だから同じく、醜い容姿の私に会いたいと思ったのだろう。
『父の跡を継ぐのであれば、いずれは俺の臣下になろう。
期待している。』
『は、はいっ!せ、精一杯頑張ります!』
これが、初めての会話だった。
王宮で仕事をするようになってから貴族たちの悪意に晒される事になり…私の中に少しはあった自尊心が砕け散る。
男たちからは嘲笑われ、女たちからは嫌悪され、人としても男としても、どんどん自信を失っていった。
「…管理帳簿を確認していると、やはり不可解な所がいくつか見受けられます。
この資料は不可解な点を全てまとめています。
例えば…ここです。この年のこの月、国境辺りで災害は起こっていないはずなのですが…」
「…ふむ……災害による支援の為に支出したとあるな。」
「ええ。それもこの月だけではありません。
災害、害獣被害の報告も、どの資料を見ても事実を確認出来ませんでした。
…本来であればもっと早く気付けたはずです。この仕事に就いた者たちが、自身に任された仕事を怠る事なく真摯に取り組んでいれば、の話ですが。」
「…ああ。そなたの言う通りだな。これだけ大きな金が動いていればすぐ疑問に思うはずだ。
…与えられた仕事に向き合っていれば。」
「…嘆かわしい事ですね…。」
「だから今回、内密にそなたに任せたんだ。
そなたは真面目で、仕事に対して実直な男だと俺は評価している。」
「勿体ないお言葉。心より感謝申し上げます。」
各領地から送られた書類を管理、確認する仕事。
東西南北、各エリアにある大小様々な領地を管理するのは各領主の仕事。
そして、その領地から城へ送られた報告書に不正がないか、正しく領地を運営しているか確認し管理をしなくてはならない。
金銭の動きや物の動き、人の動きを確認する事で分かる事は沢山ある。謀反もそうだ。
そういった大切な仕事であるにも関わらず、自身の仕事に真摯に向き合わない人間が私は嫌いだ。
それが、私を馬鹿にし、悪意のある言葉を向けていた人間であれば尚更。
「…どうして与えられた仕事に向き合わないのでしょう。」
「本当の意味での自覚がないのだろう。任されている仕事に対しての傲りは人一倍あるが責任感がない。
…だが、そういう人間は少なくない。一人一人の仕事を評価出来ればよいのだがな。
…がしかし……今回の事で動く必要が出てきた。
これだけ大きな金の動きも見逃すなどあってはならない。」
「ええ。私もそのように思います。」
「……そなた、変わったな。」
「え?」
「以前は…俺と対峙しても身を縮こませていたが…今のそなたは堂々としている。…よいことだ。」
「…ありがとうございます。」
あの日から、私は新しい私に生まれ変わった。
私の愛しい女神のお陰だろう。
彼女が私を癒し、人としても男としても駄目な人間だと失っていた自信を取り戻してくれた。
他人の言葉や目が気になって仕方なかった私の考えを改めさせてくれた。
「…変わりたいと思ったのです。
今までの私を、私はよく思ってなかった。
周りの目や言葉を気にするあまり、本当の自分を殺していました。…そう、気付かせてくれた方がいたのです。」
「…ほう…?…他にどんな話を?」
「他人の目や言葉に惑わされない。他人の目や言葉が全てではなく、私の事は私が決める。
程度の低い人間は相手にするな。そう、言ってくれました。」
「……なるほど。興味深い話だな。
だが、生まれ変わったそなたのこれからがどうなるか…興味もある。
ヴァレリア。そなた、父の仕事とこの管理の仕事、両立出来るか?」
「…ええ。出来ます。」
「ははは!言い切ったな!
では今日から任せる。この領地を担当していた者は…そなたの補佐…雑用でもさせておけばいい。
いや、それとも別の所へやるか。」
「いえ、陛下。彼には私の補佐をしてもらうようにします。
…それが、一番いいと思うのです。」
己がいかに低俗で、能がない生き物だったか。
思い知ればいい。
この程度の事を疎かにする人間だ。まとめていた書面を見ても全く自身の仕事が出来ていないと公言しているようなお粗末な中身。
それを思い知って、自尊心を失えばいい。
…私にそうしてきたように。
「ふむ。…今のそなた、中々いい顔をしている。」
「そうでしょうか。」
「ああ。……敵を喰わんとする獣の顔だ。」
「…なるほど。」
けれどそれは…それは、目の前の陛下にも言えることでは?とは言わなかった。
…陛下もまた、少し変わったように思う。
何処が変わったかと言われればその豊かな表情が一番かもしれない。
少し前までは、陛下の表情は余り変わらず一定だった。
喜怒哀楽を感じさせない、読めない表情だった。
それが今の陛下は、ころころと表情を変えている。
一体何があったのか。…私と同じように、変化をもたらす何か……“誰か”に出会えたのかも知れない。
そう、例えば……月光館にいる、女神。
「……。」
月光館をご存じですか、と言いかけて…止めた。
もしも陛下が彼女…サイカを知っていたとして。
それを問うのはよくない。何故なら陛下の方が上だからだ。絶対的な存在。圧倒的な強者。
もし、万が一、彼女の話をして、彼女に会うなと言われてしまえば…私は。
そう考えると背筋が凍る思いがした。
嫌な音がする。どくどくと鼓動が有り得ない早さで鳴っている。
不安。恐怖。
「…では陛下、御前を失礼いたします。」
「ああ。」
長い廊下を歩きながら、自分の体が震えている事に気付いた。
会いたい。彼女に会って安心したい。あの細い体を抱き締め、安心したい。
猛烈にサイカに会いたくなった私は、月光館へ訪れる。
けれど、サイカには会えなかった。
「…大変申し訳ありません、ヴァレリア様。
サイカは今、少し体調を崩しておりまして…。」
「体調を!?…それで彼女は…何か、病気にでも…!?」
「いいえ。病気ではありませんので大丈夫です。
疲れが出たのでしょう。うちに来てまだ半年ですからね。」
「…そうですか……よかった…。」
ほっとして、三日後また月光館を訪れたけれど、彼女はまだ臥せっていたようでこの日も会えなかった。
何もしなくていい。見舞いだけでもと思ってそうオーナーに伝えてみたけれど、断られてしまう。
どんどん私の中で嫌な不安が育っていく。
体調が悪いのではなく、私に会いたくないのでは?
そんな事を思ってしまう。
「ヴァレリア様。サイカからの手紙です。」
「サイカから!?」
「ええ。先日ヴァレリア様が来て下さった事をサイカに伝えたら、残念そうにしていましたよ。
また来たら渡して下さいと。」
「……手紙…サイカから…。」
堪らなくなって、その場で彼女からの手紙を開封する。
彼女らしい、可愛い、細い文字。
“ヴァレリア様へ
会いに来てくれてありがとうございます。
それなのに会えなくてごめんなさい。
少し体調が悪くて、お休みを頂きました。
ですがすぐ治りますので、心配しないで下さい。
またヴァレリア様に会える日を楽しみにしています。
ヴァレリア様もどうか、お体をご自愛下さい。
愛を込めて。サイカより。”
何と可愛い人だろう。
サイカからの手紙を胸に抱き締め、彼女を思う。
これだけの事が嬉しくて堪らない。
感じていた不安が、恐れが消えていく。
「オーナー。予約を入れておきたいのですが。
…もし、その時サイカの体調が戻っていなければまた日を改めます。構いませんよね?」
「ええ、構いません。気を使って頂いてありがとうございます。
ヴァレリア様から予約を頂いた事を伝えればサイカも喜ぶでしょう。」
足取り軽く我が家へ戻れば、父が私を待っていた。
「ヴァレリア。陛下から聞いたよ。新たに仕事を任されたらしいね。」
「はい。」
「大丈夫かい?…ヴァレリアが優秀なのは知っているけれど…無理はしていないかい?」
「ご心配ありがとうございます、父さん。
ですが、私は色んな事に挑戦したいと思っています。沢山の事を経験して、学んで…挫折する事も勿論、あると思いますが…だけど、私は私を成長させたいのです。」
「ヴァレ…。」
「そうして成長出来れば、私は父さんの自慢の息子だと胸を張って生きていける。
これまで沢山心配をかけました。父さんにも母さんにも、姉さんたちにも。守ってもらって、支えてもらって。…感謝の念は尽きません。」
「感謝など……家族なのだから。」
「はい。だけど、守られてばかりでは嫌なのです。
私だけ寄りかかっているのでは、駄目なのです。
私だって、父さんたちを支えられる人間に…男になりたいから。」
「…ふふ、そうか。…そうか。…本当に、変わろうとしているんだね、ヴァレは…。…それもこれも、サイカという女性のお陰なのかな?」
「ええ!彼女は可愛らしい、それだけの女性だけではないのです。
可愛いのに、とても強くて!優しいだけでなく、芯の通った女性で!」
その日は遅くまで父と会話をした。
私とサイカの話だけでなく、父と母の出会いや、恋愛の話、仕事の話、沢山色んな話をした。
父と母の話を聞けば聞くほど、“結婚”の二文字が頭を占める。
彼女と…サイカと家族になれたなら、どれだけ薔薇色な、幸せな日々が訪れるだろう。
最初は二人きりで、そして私と彼女の間に、愛する子供が生まれる。
想像すればするほど、胸が温かいもので満たされる。
彼女の笑顔に包まれ、幸せに満ちた家に帰る。その素晴らしい日々。
実現させたい。いいや、実現してみせる。
誓ったのだ。決して、決して自分の幸せを、自分の人生を諦めたりはしないと。
醜い容姿に生まれた私。それがどれだけ困難な事でも、険しい道でも、もう決して、誰かに左右されたりしない。
夢を見た。
幸せそうな、幸福を詰め込んだ笑顔で私の妻になったサイカが、私を愛しているという夢を。
激しく、互いの体を絡ませながら愛し合う。
朝が来て、昼が来て、夜が来ても互いを離さず熱を与え、愛を囁き合う、幸せに満ちた行為。
そんな夢を見たからか、私は初めて夢精という現象を体験した。
「サイカ、お久しぶりですね。体調はどうですか?もう平気ですか?」
「ヴァレリア様!ええ、もうすっかり!
折角来て下さったのにお会い出来ずごめんなさい…。」
久しぶりに会った彼女は、変わらず美しく愛らしく、可愛い女だった。
いやらしい夢や、彼女を想像で汚した事に少しばかり後ろめたい気持ちになったけれど、やはり本物には敵わない。
抱き締めれば実感する。匂い、体温、柔らかさ。
ああこれだ。この感覚だ。夢や想像では得られなかった感覚。
男にしては細いこの情けない体も、彼女の華奢な体をすっぽりと包む事が出来る。その優越感たるや。
笑顔も泣き顔も、全てが愛らしい。美しい女
誰にも渡したくない。それが例え、陛下だったとしても。
黙って指を咥えているだけはしたくない。
激しい独占欲。私も男だ。男なんだと実感する。
「そして願わくば…私は、貴女だけの男でいたい。」
座る彼女の手を取り、その小さな手に口付ける。
誓いだ。これは。
愛しい女を諦めない。その誓い。
他はどうでもいい。家族は家族、他人は他人。
そして私の中で、彼女だけが女だ。唯一の女性だ。
この愛しい女は私という男のもの。
そうなればいい。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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