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24 マティアス④
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その忌々しい痕を見た瞬間、全身を冷たいものが支配した。
そして次の瞬間には、怒りが。
サイカの、愛しい女の胸の先に点々と色付く、赤紫色の痕。
それがキスマークであると、経験の浅い俺にもすぐ気付いた。
“小賢しい”
何と生意気な事をしてくれる。俺の大事な女に、こんな真似。
頭も心も激しい嫉妬に包まれた。
頭の中では仕方がないことだと理解しいるのに、心が追い付かない。
サイカは娼婦。そう、娼婦だ。
男に体を売る仕事をしている。それが娼婦なのだから。
俺だけじゃない。サイカを買うのは。買って、この体に触れるのは俺だけではない。
それは十分過ぎるほど分かっている。だからサイカの値を上げるようきリムに提案もした。
大金貨は誰もが易々と支払える金額ではない。
そう、他の男が易々とサイカを買えないように金額を大金貨と提案したのだ。
それがこの短期間の間に二人も客が付くとは思っていなかった。
それに…実際にサイカが他の男の相手をしたという…その事実がこれ程不快になろうとは。己の考えの甘さを今、後悔している。
自分のことであるのに、これほど悔しく、激しい怒り、嫉妬を抱くと予想出来なかったその甘さに、だ。
サイカが怯えた目で俺の名前を呼ぶ。
そうだ。サイカは何も悪くない。サイカに何の非もない。
彼女はただ、自分の仕事をしているだけ。娼婦という仕事で、男に抱かれているだけ。
怒りを抑えるように息を吐く。この怒りを、嫉妬をサイカ自身にぶつけてはならない。そして別に、相手の男も悪くはない。…心底不快ではあるが。
けれど気になってしまう。
どんなつもりでこの痕をつけたのか。
俺と同じく、彼女を愛しいと思って付けたのか。
誰にも渡したくないと、そういう独占欲から付けたのか。
こうしてまざまざと見せつけられると嫌でも実感する。
…サイカが、娼婦である事実を。
「え…マティアス様……きゃあ!?」
付けられた痕を上書きするように自分の印を付ける。
首筋、鎖骨、胸、腹、背中、太股。サイカの何もかも、どこもかしこも俺のものだと印を付ける事に夢中になる。
サイカの白くまろい体が俺の印でいっぱいになっても収まらない嫉妬心。
膣内も確かめずにはいられなかった。
熱く、けれどまだ狭い膣内を指で十分かき混ぜ抜く。
男の、白濁とした精の残痕は無かったが味はどうか。匂いは。
他の男の痕を探す事に夢中になっていた。
だから、気付かずにいたのだ。サイカを傷つけていたことにも。
サイカの泣いている声と震える体に漸くまともな思考が戻ってくる。
「…ふう、……ちゃんと、私…見て…、恐いの…まてぃあす様…」
「!」
「…いつも、みたいに……ちゃんと、…愛して…」
ちゃんと私を見て、サイカを見て、いつもみたいに愛して、恐い、ちゃんとサイカを見て、愛して。
何という酷な事をしてしまったのか。
心が伴っていない行為が、どれ程苦痛か知っているのに。
譫言のように繰り返すその言葉に胸が苦しくなった。
それと同時に、熱く高鳴る胸の鼓動。堪らなかった。
何と可愛い。可愛くて、愛らしい。愛しい。
「…すまなかった。…ちゅ。…サイカを蔑ろにしてしまったな…。
サイカには何の非もないのに。…ちゅ。」
詫びのように何度もキスをする。
涙を拭い、柔らかい黒髪を撫でながら。
「んん…ちゅ、…ちゅ。……おこらないで…」
ああ、可愛い。本当に堪らない。どうしてこの娘はこんなにも可愛いんだ。こんなにも可愛い、愛しい。
「ちゅ……サイカに怒ってなどいない。…悪かった。
……愛している、サイカ。許してくれ。」
ああ、本当に。みっともない、情けない。大国の王が一人の女に許しを乞うなど。けれど悪い気はしない。全く。
今俺がしなくてはならない事は相手の男に嫉妬し怒ることではない。
愛しい女の怯えを、不安を取り除き、ただ愛を伝えることだ。
容姿が醜くとも、心まで醜くなってどうする。
この醜い負の感情をサイカにぶつけ傷付けてどうする。
抑えろ。出すな。抑え込め。理性でこの醜い感情を抑え込め。
けれどサイカを愛せば愛すほど、自分の中の醜い感情が抑えられなくなる。
愛しいと思えば思う程、醜い感情が表に出そうになる。
苦しい。こんなにも苦しい。抑えられない感情が、行き場のない感情がサイカを傷付けそうになって、俺はサイカの顔が見れなくなった。
華奢な体を後ろを向かせ、後ろから激しく奥を小突く。
気持ちいいのに苦しい。快楽を感じるのに、何度出しても心が満たされない。
狂いそうなほどもどかしい。そんな時だった。
「…あ……?」
「…うあっ…、っ、締ま、…!?」
ぎゅうぎゅうと痛い程にサイカの中が俺を締め付け、そして次の瞬間優しく包むように収縮する。
「…まてぃあす……」
ゆっくりと、俺に背を向けた状態だったサイカが振り向く。
体を捻ったまま俺の首に細い腕を回し、俺の唇にサイカの唇が重なる。
「…さいか…は、…まてぃあすの、おんな…」
「!!」
「…ぜんぶ……うけとめて……あげる…」
「サイカ……」
「……ぜんぶ…ぶつけて……さいかは、…さいかは、…まてぃあすの、……もの、だから、」
サイカの優しさに甘え、俺は抑えられないでいた嫉妬を彼女にぶつけた。
どこのどいつが俺のサイカに触れた!
俺の許しもなく、サイカに、俺の愛しい女に触れた!
サイカの気持ちいい、このどこもかしこも美しく、気持ちのいい体を好きにして、サイカの蕩けた愛らしい顔を、この甘い声を…!!
自分勝手な、一人よがりな嫉妬心、怒りをぶつけ続けた。
サイカを俺のものにしたい。俺だけのものにしたい。
俺の女に、俺の妻に。
サイカだけを愛している。サイカだけを。
何人妻がいようが、俺はサイカだけを愛している。
そのサイカを、俺の唯一たった一人、愛する妃にしてしまいたい。
父も母も、ルシアもどうだっていい。
誰にも俺の幸せを邪魔させない。
初めての恋だ。初めて誰かを愛し、愛されたいと思う女が出来た。
俺は生涯、サイカだけを愛したい。サイカだけに愛されたい。
「…愛してる…!」
愛してる。愛してる、愛してる。心の底から愛している。
この愛しい女を、誰にも奪わせない。俺から奪ってくれるな。
やっと出会えた最愛。愛しい女。全てを捧げてもいい。何を失ってもこの宝に勝るものはない。
「まてぃ…あす……、まてぃあす、…あいしてる…」
ありったけの思いを、俺はサイカにぶつけた。
怒り、嫉妬、悦び。情けない、ありのままの思いを全てぶつけ、吐き出した後、やっと満たされる、得られる幸福に酔いしれた。
「すまなかった。俺の未熟さがサイカを傷付けてしまったな…。」
「…いいの。…嬉しかったから。」
二日もサイカを独占した俺はかつてない程幸せを感じていた。
サイカの体調を崩してしまったが、その原因が俺であると思うとそれすら嬉しくなる。本当にどうしようもない男だ。
サイカの事になるとどうしようもない男になる。きっとこの先も変わらないのだろう。
「爺。ディーノに手紙を書くから用意してくれ。」
「クライス侯爵閣下にですか。…そういえばもう一年は会っておられないのでは…?手紙は来ていたように記憶しておりますが。」
「ああ。俺が即位したり…ルシアを娶ったりなんだりと忙しくしていたから…気を使ったようだな。」
「…クライス侯爵閣下も余り外に出るお方ではありませんでしたしね…。
今年はクライス領へ避暑に行かれてはどうでしょう。」
「それもいいな。あそこは帝都より涼しいし……ああ、出来る事ならサイカも連れて行きたいものだ…。
上手い物も沢山あるしな…。」
「クライス領の海産料理は絶品揃いですからね!」
ディーノ・クライス。
広大な領地を治める侯爵の家に生まれた男は俺の理解者の一人でもあり友でもある。
俺と同じく醜い容姿のディーノ。
俺より年が上のディーノと出会ったのはまだ俺が十の時、当時のディーノが三十になったばかりだったか。
王宮で開かれた夜会で、挨拶が終わると誰も傍に寄り付かない俺にディーノから話しかけてくれた事が始まりだった。
『マティアス殿下、退屈であれば私と話をしませんか?』
『…話…?』
当時のディーノは屈強な見た目に反して物腰の柔らかな性格の男だと思っていたが、会話を重ねると見た目通りの男であると分かった。
『…話し方は楽なものでいい。その丁寧な敬語は普段と違う話し方なのだろう?』
『殿下がそう仰るのであれば…遠慮なく。
…お上品な言葉は肩が凝っていけない。』
どちらかと言えば寡黙なディーノが何故俺に話かけたのかその理由を聞けば同情だとハッキリ言われ、その真っ直ぐな性格が気に入った俺はこの日からディーノと親交を深める。
二十も年が離れている俺とディーノ。
けれど、親交を深めるのに年齢は関係なく、俺は沢山の事をディーノから教わった。
避暑でディーノの家に滞在する事も何度かあった。
ディーノの両親はすでにこの世におらず、両親が亡くなってからはディーノが広大な侯爵領を治めている。友に会いに訪れた侯爵領は学べる事も沢山あった。
ディーノは決して社交的ではない。威圧感のある顔と屈強な体が周りを恐がらせてしまうと知っているから、必要最低限外に出ないようにしているのだと言う。
ディーノもまた、俺と同じように…いや、それ以上に容姿で苦しんでいた男だった。
「…ディーノには幸せになってもらいたい。…勿論、爺にもな。」
「ほほ。私は幸せですよ陛下。こうして陛下のお世話を続け、その成長をこの目で見られる事、これに勝る喜びはありません。
妻だってそうです。侍女長を辞めるとなった時は陛下のお側におられない事を悲しんでいましたからな。今も頻繁に陛下の事を聞いてくるくらいです。やれちゃんと世話が出来ているか、陛下は体調を崩していないか…。」
「そうか…有り難いことだな…。」
昔、ディーノには婚約者がいた。
家同士が決めた婚約だったが、ディーノは婚約者の事が好きだったと言う。
けれど、もうすぐ結婚という所で婚約者である女性が逃げたらしい。
…駆け落ちという形で。
どんな形であれ、好いた女と結婚出来る。ディーノは嬉しかったのだと俺に言った。
けれど結果は残酷なもので、結婚式まであと一月という所で駆け落ち。
当時のディーノは酷く落ち込んだらしい。それもそうだろう。
傷付き、絶望の中で生きてきた人生。僅かな希望は心の拠り所だっただろう。
ディーノは家庭に飢えていた。俺以上に。
十八の時、共に酒を飲みながらディーノは語った。
『俺は幸せな家庭というものを知らん。父も母も家同士の結婚だった。冷めた夫婦だったからな。子供にも。だから憧れた。』
『……。』
『婚約者を好きだった、というのもあるが…一番はな、もう家庭を持つ事が出来ない…それが一番堪えた。
俺はこんな容姿だが、子供が好きだ。領地を巡れば恐がられる事もそりゃ多々ある。泣かれたりもする。だけど中には…マティアス、お前のように恐がらない子もいる。まあ、少ないが。』
『そうか。ディーノの厳つい顔を恐れないか……く、はは!』
『笑うな。……子供は可愛い。宝だ。
俺は子供が欲しいとずっと思っていた。
…でも、もう望めないだろう。』
『…ディーノはまだ三十八だろう?枯れたわけでもあるまい。』
『…俺の嫁になる女がいるものか。…こういう見目に生まれてしまえば…仕方のないことかも知れないが。
…マティアス。お前は諦めるなよ?俺に夢を見せてくれ。』
『ディーノ…。』
『…可愛い女の子が欲しかった。…ほら、俺は厳つい顔だろう?
男でも別にいいが…欲を言えば可愛い女の子がいい。
娘にはお父様って呼んでほしいな。お父様大好き、なんて台詞を言われたら…きっと死んでもいいさ。』
『ディーノの見た目であれば“お父様”というより“親父”だな。』
『マティアスお前…この憎たらしい小僧が。』
『ふん。……勝手に諦めるからだ。人生何が起こるか分からないだろうに。
もしかしたら、ある日突然嫁が出来て、可愛い娘に恵まれるかも知れない。』
『……そうであれば、どれだけいいか…。
マティアス、幸せな家庭とはどんなものなんだろうな。
…さぞ、毎日が楽しく笑顔で溢れたものなんだろう。』
『…さてな。俺も知らないから答えようがないんだが。』
幸せな家庭とは何か。
ルシアを娶っても何も変わらなかった。
こんなものか。妻を貰うとは、家族とは、こんな程度のものか。
ディーノ、お前が夢見ているようなものじゃないぞ、結婚は。
酷いものだ。結婚なんて。
「…可愛い女の子、か。
可愛すぎて倒れるんじゃないか、ディーノ。」
「クライス侯爵閣下には養子の件で?」
「ああ。前々から考えてはいたが……まあ、実際サイカを養子にするとなると…もう少し先にはなるだろう。だが話はしておきたい。」
「陛下の御心のままに。…クライス侯爵閣下であればきっと快く引き受けて下さるでしょう。
可愛い娘が出来るとなれば尚更…。」
「ああ。ディーノも…辛い思いをしてきたからな…。」
「…左様で御座いますね…。」
叶えてやろうじゃないか。ディーノ。
可愛い女の子が娘になって、お前の望みを叶えてくれるだろうさ。
「まあ、“お父様大好き”と言ってくれるかどうかは…サイカ本人に任せるしかないだろうが。」
その時は盛大に笑ってやろう。厳つい顔をこれでもかと赤く染めて狼狽えるその様を。
そして次の瞬間には、怒りが。
サイカの、愛しい女の胸の先に点々と色付く、赤紫色の痕。
それがキスマークであると、経験の浅い俺にもすぐ気付いた。
“小賢しい”
何と生意気な事をしてくれる。俺の大事な女に、こんな真似。
頭も心も激しい嫉妬に包まれた。
頭の中では仕方がないことだと理解しいるのに、心が追い付かない。
サイカは娼婦。そう、娼婦だ。
男に体を売る仕事をしている。それが娼婦なのだから。
俺だけじゃない。サイカを買うのは。買って、この体に触れるのは俺だけではない。
それは十分過ぎるほど分かっている。だからサイカの値を上げるようきリムに提案もした。
大金貨は誰もが易々と支払える金額ではない。
そう、他の男が易々とサイカを買えないように金額を大金貨と提案したのだ。
それがこの短期間の間に二人も客が付くとは思っていなかった。
それに…実際にサイカが他の男の相手をしたという…その事実がこれ程不快になろうとは。己の考えの甘さを今、後悔している。
自分のことであるのに、これほど悔しく、激しい怒り、嫉妬を抱くと予想出来なかったその甘さに、だ。
サイカが怯えた目で俺の名前を呼ぶ。
そうだ。サイカは何も悪くない。サイカに何の非もない。
彼女はただ、自分の仕事をしているだけ。娼婦という仕事で、男に抱かれているだけ。
怒りを抑えるように息を吐く。この怒りを、嫉妬をサイカ自身にぶつけてはならない。そして別に、相手の男も悪くはない。…心底不快ではあるが。
けれど気になってしまう。
どんなつもりでこの痕をつけたのか。
俺と同じく、彼女を愛しいと思って付けたのか。
誰にも渡したくないと、そういう独占欲から付けたのか。
こうしてまざまざと見せつけられると嫌でも実感する。
…サイカが、娼婦である事実を。
「え…マティアス様……きゃあ!?」
付けられた痕を上書きするように自分の印を付ける。
首筋、鎖骨、胸、腹、背中、太股。サイカの何もかも、どこもかしこも俺のものだと印を付ける事に夢中になる。
サイカの白くまろい体が俺の印でいっぱいになっても収まらない嫉妬心。
膣内も確かめずにはいられなかった。
熱く、けれどまだ狭い膣内を指で十分かき混ぜ抜く。
男の、白濁とした精の残痕は無かったが味はどうか。匂いは。
他の男の痕を探す事に夢中になっていた。
だから、気付かずにいたのだ。サイカを傷つけていたことにも。
サイカの泣いている声と震える体に漸くまともな思考が戻ってくる。
「…ふう、……ちゃんと、私…見て…、恐いの…まてぃあす様…」
「!」
「…いつも、みたいに……ちゃんと、…愛して…」
ちゃんと私を見て、サイカを見て、いつもみたいに愛して、恐い、ちゃんとサイカを見て、愛して。
何という酷な事をしてしまったのか。
心が伴っていない行為が、どれ程苦痛か知っているのに。
譫言のように繰り返すその言葉に胸が苦しくなった。
それと同時に、熱く高鳴る胸の鼓動。堪らなかった。
何と可愛い。可愛くて、愛らしい。愛しい。
「…すまなかった。…ちゅ。…サイカを蔑ろにしてしまったな…。
サイカには何の非もないのに。…ちゅ。」
詫びのように何度もキスをする。
涙を拭い、柔らかい黒髪を撫でながら。
「んん…ちゅ、…ちゅ。……おこらないで…」
ああ、可愛い。本当に堪らない。どうしてこの娘はこんなにも可愛いんだ。こんなにも可愛い、愛しい。
「ちゅ……サイカに怒ってなどいない。…悪かった。
……愛している、サイカ。許してくれ。」
ああ、本当に。みっともない、情けない。大国の王が一人の女に許しを乞うなど。けれど悪い気はしない。全く。
今俺がしなくてはならない事は相手の男に嫉妬し怒ることではない。
愛しい女の怯えを、不安を取り除き、ただ愛を伝えることだ。
容姿が醜くとも、心まで醜くなってどうする。
この醜い負の感情をサイカにぶつけ傷付けてどうする。
抑えろ。出すな。抑え込め。理性でこの醜い感情を抑え込め。
けれどサイカを愛せば愛すほど、自分の中の醜い感情が抑えられなくなる。
愛しいと思えば思う程、醜い感情が表に出そうになる。
苦しい。こんなにも苦しい。抑えられない感情が、行き場のない感情がサイカを傷付けそうになって、俺はサイカの顔が見れなくなった。
華奢な体を後ろを向かせ、後ろから激しく奥を小突く。
気持ちいいのに苦しい。快楽を感じるのに、何度出しても心が満たされない。
狂いそうなほどもどかしい。そんな時だった。
「…あ……?」
「…うあっ…、っ、締ま、…!?」
ぎゅうぎゅうと痛い程にサイカの中が俺を締め付け、そして次の瞬間優しく包むように収縮する。
「…まてぃあす……」
ゆっくりと、俺に背を向けた状態だったサイカが振り向く。
体を捻ったまま俺の首に細い腕を回し、俺の唇にサイカの唇が重なる。
「…さいか…は、…まてぃあすの、おんな…」
「!!」
「…ぜんぶ……うけとめて……あげる…」
「サイカ……」
「……ぜんぶ…ぶつけて……さいかは、…さいかは、…まてぃあすの、……もの、だから、」
サイカの優しさに甘え、俺は抑えられないでいた嫉妬を彼女にぶつけた。
どこのどいつが俺のサイカに触れた!
俺の許しもなく、サイカに、俺の愛しい女に触れた!
サイカの気持ちいい、このどこもかしこも美しく、気持ちのいい体を好きにして、サイカの蕩けた愛らしい顔を、この甘い声を…!!
自分勝手な、一人よがりな嫉妬心、怒りをぶつけ続けた。
サイカを俺のものにしたい。俺だけのものにしたい。
俺の女に、俺の妻に。
サイカだけを愛している。サイカだけを。
何人妻がいようが、俺はサイカだけを愛している。
そのサイカを、俺の唯一たった一人、愛する妃にしてしまいたい。
父も母も、ルシアもどうだっていい。
誰にも俺の幸せを邪魔させない。
初めての恋だ。初めて誰かを愛し、愛されたいと思う女が出来た。
俺は生涯、サイカだけを愛したい。サイカだけに愛されたい。
「…愛してる…!」
愛してる。愛してる、愛してる。心の底から愛している。
この愛しい女を、誰にも奪わせない。俺から奪ってくれるな。
やっと出会えた最愛。愛しい女。全てを捧げてもいい。何を失ってもこの宝に勝るものはない。
「まてぃ…あす……、まてぃあす、…あいしてる…」
ありったけの思いを、俺はサイカにぶつけた。
怒り、嫉妬、悦び。情けない、ありのままの思いを全てぶつけ、吐き出した後、やっと満たされる、得られる幸福に酔いしれた。
「すまなかった。俺の未熟さがサイカを傷付けてしまったな…。」
「…いいの。…嬉しかったから。」
二日もサイカを独占した俺はかつてない程幸せを感じていた。
サイカの体調を崩してしまったが、その原因が俺であると思うとそれすら嬉しくなる。本当にどうしようもない男だ。
サイカの事になるとどうしようもない男になる。きっとこの先も変わらないのだろう。
「爺。ディーノに手紙を書くから用意してくれ。」
「クライス侯爵閣下にですか。…そういえばもう一年は会っておられないのでは…?手紙は来ていたように記憶しておりますが。」
「ああ。俺が即位したり…ルシアを娶ったりなんだりと忙しくしていたから…気を使ったようだな。」
「…クライス侯爵閣下も余り外に出るお方ではありませんでしたしね…。
今年はクライス領へ避暑に行かれてはどうでしょう。」
「それもいいな。あそこは帝都より涼しいし……ああ、出来る事ならサイカも連れて行きたいものだ…。
上手い物も沢山あるしな…。」
「クライス領の海産料理は絶品揃いですからね!」
ディーノ・クライス。
広大な領地を治める侯爵の家に生まれた男は俺の理解者の一人でもあり友でもある。
俺と同じく醜い容姿のディーノ。
俺より年が上のディーノと出会ったのはまだ俺が十の時、当時のディーノが三十になったばかりだったか。
王宮で開かれた夜会で、挨拶が終わると誰も傍に寄り付かない俺にディーノから話しかけてくれた事が始まりだった。
『マティアス殿下、退屈であれば私と話をしませんか?』
『…話…?』
当時のディーノは屈強な見た目に反して物腰の柔らかな性格の男だと思っていたが、会話を重ねると見た目通りの男であると分かった。
『…話し方は楽なものでいい。その丁寧な敬語は普段と違う話し方なのだろう?』
『殿下がそう仰るのであれば…遠慮なく。
…お上品な言葉は肩が凝っていけない。』
どちらかと言えば寡黙なディーノが何故俺に話かけたのかその理由を聞けば同情だとハッキリ言われ、その真っ直ぐな性格が気に入った俺はこの日からディーノと親交を深める。
二十も年が離れている俺とディーノ。
けれど、親交を深めるのに年齢は関係なく、俺は沢山の事をディーノから教わった。
避暑でディーノの家に滞在する事も何度かあった。
ディーノの両親はすでにこの世におらず、両親が亡くなってからはディーノが広大な侯爵領を治めている。友に会いに訪れた侯爵領は学べる事も沢山あった。
ディーノは決して社交的ではない。威圧感のある顔と屈強な体が周りを恐がらせてしまうと知っているから、必要最低限外に出ないようにしているのだと言う。
ディーノもまた、俺と同じように…いや、それ以上に容姿で苦しんでいた男だった。
「…ディーノには幸せになってもらいたい。…勿論、爺にもな。」
「ほほ。私は幸せですよ陛下。こうして陛下のお世話を続け、その成長をこの目で見られる事、これに勝る喜びはありません。
妻だってそうです。侍女長を辞めるとなった時は陛下のお側におられない事を悲しんでいましたからな。今も頻繁に陛下の事を聞いてくるくらいです。やれちゃんと世話が出来ているか、陛下は体調を崩していないか…。」
「そうか…有り難いことだな…。」
昔、ディーノには婚約者がいた。
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けれど、もうすぐ結婚という所で婚約者である女性が逃げたらしい。
…駆け落ちという形で。
どんな形であれ、好いた女と結婚出来る。ディーノは嬉しかったのだと俺に言った。
けれど結果は残酷なもので、結婚式まであと一月という所で駆け落ち。
当時のディーノは酷く落ち込んだらしい。それもそうだろう。
傷付き、絶望の中で生きてきた人生。僅かな希望は心の拠り所だっただろう。
ディーノは家庭に飢えていた。俺以上に。
十八の時、共に酒を飲みながらディーノは語った。
『俺は幸せな家庭というものを知らん。父も母も家同士の結婚だった。冷めた夫婦だったからな。子供にも。だから憧れた。』
『……。』
『婚約者を好きだった、というのもあるが…一番はな、もう家庭を持つ事が出来ない…それが一番堪えた。
俺はこんな容姿だが、子供が好きだ。領地を巡れば恐がられる事もそりゃ多々ある。泣かれたりもする。だけど中には…マティアス、お前のように恐がらない子もいる。まあ、少ないが。』
『そうか。ディーノの厳つい顔を恐れないか……く、はは!』
『笑うな。……子供は可愛い。宝だ。
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『…ディーノはまだ三十八だろう?枯れたわけでもあるまい。』
『…俺の嫁になる女がいるものか。…こういう見目に生まれてしまえば…仕方のないことかも知れないが。
…マティアス。お前は諦めるなよ?俺に夢を見せてくれ。』
『ディーノ…。』
『…可愛い女の子が欲しかった。…ほら、俺は厳つい顔だろう?
男でも別にいいが…欲を言えば可愛い女の子がいい。
娘にはお父様って呼んでほしいな。お父様大好き、なんて台詞を言われたら…きっと死んでもいいさ。』
『ディーノの見た目であれば“お父様”というより“親父”だな。』
『マティアスお前…この憎たらしい小僧が。』
『ふん。……勝手に諦めるからだ。人生何が起こるか分からないだろうに。
もしかしたら、ある日突然嫁が出来て、可愛い娘に恵まれるかも知れない。』
『……そうであれば、どれだけいいか…。
マティアス、幸せな家庭とはどんなものなんだろうな。
…さぞ、毎日が楽しく笑顔で溢れたものなんだろう。』
『…さてな。俺も知らないから答えようがないんだが。』
幸せな家庭とは何か。
ルシアを娶っても何も変わらなかった。
こんなものか。妻を貰うとは、家族とは、こんな程度のものか。
ディーノ、お前が夢見ているようなものじゃないぞ、結婚は。
酷いものだ。結婚なんて。
「…可愛い女の子、か。
可愛すぎて倒れるんじゃないか、ディーノ。」
「クライス侯爵閣下には養子の件で?」
「ああ。前々から考えてはいたが……まあ、実際サイカを養子にするとなると…もう少し先にはなるだろう。だが話はしておきたい。」
「陛下の御心のままに。…クライス侯爵閣下であればきっと快く引き受けて下さるでしょう。
可愛い娘が出来るとなれば尚更…。」
「ああ。ディーノも…辛い思いをしてきたからな…。」
「…左様で御座いますね…。」
叶えてやろうじゃないか。ディーノ。
可愛い女の子が娘になって、お前の望みを叶えてくれるだろうさ。
「まあ、“お父様大好き”と言ってくれるかどうかは…サイカ本人に任せるしかないだろうが。」
その時は盛大に笑ってやろう。厳つい顔をこれでもかと赤く染めて狼狽えるその様を。
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