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22 モテ期なサイカと男たち

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「ふあー!完全復活!腰も痛くないし体も怠くない!」

マティアス様との再会から一週間寝込んだ私。
オーナーや月光館で働く皆やマティアス様にも介護してもらっていた私は八日目に完全復活した。
目覚めはすっきりとしていて、久しぶりの解放感だった。
それもそうだろう。本当に…この七日と言わず五日までが本当に酷かった。
全身ありとあらゆる所が筋肉痛で足なんて生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震えっぱなしだった。
お手洗いに行こうと立てばぷるぷる…でも頑張って一歩一歩亀の歩みのように進めばまあ垂れてくるマティアス様のあれ。どれだけ出したんだと思わずにいられなかった。
座ろうとすれば腰が痛い。立とうとしても腰が痛い。歩いても寝返りを打っても腰が痛い。痛い、痛い、本当に痛い。
もうね、やっぱり人間は少し休憩を挟まないと駄目だと思った。
仕事だって六時間仕事すれば四十五分、八時間働けば一時間の休憩があるんだ。夜(夕方)から朝(昼前)までセックスするなら必ず合間合間に休憩すべきだろう。

しかしここで納得のいかない事が一つある。
私を要介護状態にした本人は頗る元気だったのが納得いかない。


「サイカ、具合はどうだ?」

「……よくは…ないです…。」

「痛み止めの薬を処方してもらったから飲むといい。」

「ありがとうございます…。」

「どれ、足を擦ってやろう。少しは楽になるはずだ。」

「……マティアス様…元気ですね…。」

「ああ。寧ろ調子がいい。それよりもサイカ、…マティアス、だろう?
ベッドではあれほど呼んでくれていたではないか。」

「………う、…はひ。」


にっこにこのマティアス様。それはもう、はち切れんばかりの笑顔。
何でだ。確かに男女で体力は違う。それは分かる。
だけどマティアス様だって人間だ。機械じゃない。睡眠時間も十分取っていない、やりっぱなしの二日間。何故疲労していないのか謎だった。
きらきら爽やかな笑顔が眩しい…そして憎らしい…。

マティアス様はこの一週間、毎日とはいかないけれど、私の元を訪ねてくれた。
一、二時間したら帰ってしまうマティアス様は…多分、お金を支払ってまで私の介護をしに来てくれていたのだと思う。それが通常通りの大金貨一枚以上を支払って…なのかは分からないが。
もしそうなら何だか申し訳なさすぎるしお金が勿体ないのでそんな事しなくてもいいんだとそれとなく伝えたものの…そんな寂しい事を言ってくれるなと悲しい顔をされてしまえばもう何も言えなかった。だって超絶イケメンだし。イケメンの悲しい顔は見たくないしさせたくもないし。
という事で私の中ではマティアス様がいいならそれでいいや、に結論付いた。


そしてこの寝込んでいた七日の間にヴァレリア様とカイル様が何度も来てくれたとオーナーから聞いた私は二人に手紙を書くことにした。
二人は喜んでくれていたらしく、その場で次の予約を入れてくれたらしい。



「サイカ、お久しぶりですね。体調はどうですか?もう平気ですか?」

「ヴァレリア様!ええ、もうすっかり!
折角来て下さったのにお会い出来ずごめんなさい…。」

「いいえ。いいのです。貴女の体が一番大切なのですから。
今日はゆっくり、話をしながら過ごしましょうか。」

「いいのですか?」

「勿論です。私は貴女といるだけで…嬉しく思います。」

「ヴァレリア様…」


ヴァレリア様との三度目の逢瀬で私はちょっと吃驚している。
男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉があるけれど、久しぶりに会ったヴァレリア様は何だか頼もしくなっていた。
スイッチが入るまでは自信なさそうな顔がデフォルトだったはずなのに、今目の前にいるヴァレリア様はおどおどもしていなくて、なんだか生き生きとしているように見える。
二週間以上は間が空いていたけれど、その間にヴァレリア様の何かを変えるような出来事でもあったのだろうか。何にせよいいことだと思う。
おどおどしているヴァレリア様は可愛い。今のヴァレリア様は格好いい。

「ふふ。」

「どうかしました?」

「いえ、何だか少し、変わられたような気がして。前にお会いした時より顔色も良くて、それに…凛々しくなったような。」

「…だとすれば…貴女のお陰でしょうね。丁度いい機会です…サイカ、私の話を聞いて下さい。貴女に聞いてほしい事があるのです。」

「私に…?ええ、聞かせて下さい。」


ヴァレリア様は私をソファーに座らせ手を取ると、自分は床に膝を立てた。


「サイカ。貴女と出会えた事は私にとって、本当に幸運でした。
美しい貴女が私に自信を与えてくれた。人としても男としても、家族以外からは認められなかった私を、貴女が認めてくれた。
…私はもう、周りの目や声に揺さぶられたりはしません。貴女の言う通り、そんな程度の低い人間の戯れ言なんて。好きなように言わせておけばいいのです。」

「…ヴァレリア様…」

「どうか変わる私を見ていて下さい。
サイカ、貴女が見ていてくれるなら、私はどんな苦労も厭わない。
どんなに険しくとも、決して…自分の人生を諦めたりしないから。
…私のレディ。愛しい女神。」


ちゅ、と手の甲に口付けられ、上目使いで私を見ながら口角を上げるヴァレリア様にぞくりとした。
やだ…ヴァレリア様…すごい格好いい。
線の細い、中性的な容姿のヴァレリア様の印象は超絶イケメンである事には変わりないけれど、性格的なものを含めると総合的に『可愛い』ひとだった。付け加えるとセックスの時以外は、だ。
けれど、私の手の甲に口付けるヴァレリア様は…もう、可愛いとは言えない。
真っ直ぐな、熱の籠った目は男の目だ。強い雄の目だ。

「感謝します。神に。この容姿でなければ私は貴女という幸いに出会う事はなかったでしょう。
サイカ…貴女にも感謝を。…私を男にしてくれて、ありがとう。
そして願わくば…私は、貴女だけの男でいたい。
他に男と思われなくともいい。…サイカ、貴女だけに、男として見てもらいたい。」


スマートな動きで私の頬に手を添えてキスをするヴァレリア様に心の中で悲鳴の嵐。
雄みが凄い。どうした。何があった。会ってない間に一体何が。
何でこんな雄になっているんだヴァレリア様。カッコいい。すごくカッコいい。素敵。抱いて。もう好きにしてと胸がきゅんきゅん高鳴りっぱなしだった。
この日はセックスは一切せず、だけどずっとキスをして甘々いちゃいちゃな(主に私が甘やかされた)夜を過ごしてヴァレリア様は帰って行った。生殺しだったのはお察しだろう。


次の日はカイル様が私に会いに来てくれた。
部屋に入るなりぎゅうぎゅうとカイル様に抱き締められ、ちゅっちゅと顔中に熱烈なキスを受ける私。私の体をすっぽり収めてしまう大きな体にきゅんとする。


「……心配した。……もう、平気…?」

「カイル…ありがとうございます。もう、平気です。心配かけてごめんなさい。」

「………安心した。…手紙、嬉しかった。…早くサイカに会いたいって、思った。……やっと、会えた。」

「…私も会いたかったです。…会えて嬉しい…。」

「……ん。無理、しないで……今日は、何も、しない。」

「え」

「…サイカとのセックス、気持ちいい。…でも、それだけが、目当て…違う、から。……サイカが、大事。
…無理、駄目。…また、会えなくなるのは、嫌だから。」

「カイル…ありがとうございます。私を気遣ってくれて、嬉しいです。」


ありがとうとお礼を言いつつカイル様もかーと残念な気持ち。
寝たきりな生活を七日も送っておきながらそれでも全く懲りてない私はやっぱりえっちな事が大好きな、欲に忠実な女だった。
でも私を気遣ってくれているのは素直に嬉しいので、えー、しないのー?残念だなーとは表に出さない。
サイカは絶世の美女。ただの美女なら兎も角絶世の美女はがっついたりしない。私のイメージ的にはそう。イメージって大切。


「……いっぱい、話そう。…俺、…話すの、苦手…だけど、頑張る、から。」

「…ふふ。頑張らなくてもいいのに。カイルと話すの、好きですよ?」

「……駄目。…つまらない男って、思われたく、ない。
…負けたく、ないから。」

「…?」

「…団長も、応援、してくれてる、から。…男、見せてこいって、」

「…そ、そっか。」

カイル様に抱っこされソファーへ移動。膝の上に横向きに座らされれば、カイル様の綺麗な金色の目が穏やかに形を変えた。

それにしても…カイル様との会話はやっぱり…少しばかり難しい。
主語がないとかそういう問題じゃなく、カイル様は誰と何の話をした、の説明がない。何故そうなったかの経緯も省いてしまっているので、察するのが大変である。私に察する力と読み取る力があればもっとカイル様の言いたい事や伝えたい事が分かるのだろうが……無理だ。私は頭も平均な人間。

日本人らしく、なんとな~く空気を読むことは出来るが人の思っている事を瞬時に察する能力はない。そんなもの備わってたらもっと上手く生きていけてただろう。
なのでカイル様との会話で困った時は…奥義!曖昧に微笑む!が火を吹く。
この奥義を使えば聞いていますよー、なるほどなるほどーと相手の話を何となく分かったていで…そう、…なんかこうごちゃごちゃっと出来るのだ。…ごめんカイル様。不甲斐ない私を許してほしい。
今の話を何処からまとめればいいのか分からない。
私を気遣ってくれてるから今日はセックスしない→かわりに沢山話をしよう、苦手だけど頑張る→頑張るのは私につまらない男と思われたくないから。
ここまではいい。分かる。
負けたくないとは誰に?何の話?団長も応援してくれてる?男見せてこい?
その団長?と一体何の話をしたんだカイル様。そこだよ、そこなんだよカイル様。でもいい。そんなカイル様が私は大好きだ。こんなに大きなひとなのに可愛い。爬虫類系イケメンのくせに可愛い。好き。ギャップ萌え。
自分の世界に飛んでいるとカイル様がぎゅう、としがみつくように私を抱き締める。
何かあったんだろうかとカイル様が話してくれるのを待つと、大きな溜め息と一緒に言葉が出た。

「…この前、…家に、行った。」

「家……カイルのご実家?」

「…ん。……弟、三年前、結婚した。手紙、ずっと来てた。奥さん、紹介したいって。…都合のいい時、帰って来てって。」

「そう言えば…弟さんがカイルにこの店のことを紹介してくれたんですよね?…結婚…弟さんとは年が近いんですか?」

「…弟は、…俺の、七つ下…だから、…今、二十歳、のはず…。」

「ふふ。弟さんの年齢は…ちゃんと覚えておかないと駄目ですよ?」

「…ん。」

そして今日初めて知ったカイル様の年齢。
初めて会った時に少しだけ上かな、と思った通り私の二つ上。
大変失礼ではあるけれどカイル様は何というか、性格が幼いからか年上という感じはもうしなくなっていた。まあ、二十七だったら同年代か。

カイル様の話をまとめると、私と会った後、カイル様は弟さんの奥さん…つまりカイル様の義妹になる女性と初めて顔を合わせる為実家に戻ったのだとか。
弟さんからは優しい人できっとカイル様と会っても普通に接してくれるだろうと、手紙やらで事前情報を得ていたみたいなのだが…結果はカイル様が思っていた通り、顔をしかめ青ざめ怯えている様子だったらしい。

マティアス様やヴァレリア様、そしてカイル様の話を聞いていつも思うのだが…皆総じて、初対面で失礼じゃなかろうか。
そりゃ私にだって生理的に無理な人はいる。日本でだってそういう人はいた。…例を上げると会社の部長とか。油ぎってて臭いも酷くて、お風呂にちゃんと入っているのか分からないが髪はフケが目立っててなんか定期的に鼻毛も出てた部長…生理的に無理というかまず社会人としてどうなんだというレベル。

私が生理的に無理なのはそういう不潔な人だ。
だけど例えば、そういう人とすれ違ったとしても、私は顔を歪めたりしないし、話しかけられた程度で睨んだりも青ざめたりもしない。
触れられ具合にもよるけど、落とし物を拾ってくれたとか、そんな程度で悲鳴を上げたりもしなければ触んなごらあああ気持ち悪い!と罵倒もしない。寧ろ拾ってくれてありがとうございますだ。
この世界で普通に歩いているオークたちにも勿論、悲鳴を上げたりだとか睨みつけたりとか嫌な笑い方をしたりだとか、そんな失礼なことはしてない。

だけどこの世界の人たちはちょっと大袈裟なくらい美醜に対して厳しすぎやしないだろうか。
…こんな私の考えは、現代の日本生まれだからだろうか。…恐らく、そうかも知れない。


「…アレクは、知らないから。…俺みたいな扱い、されたことがないから。……だから分からない。
優しいは、人による。…義妹が優しいのは、普通の人に、対して。
多分、優しいは…優しい。…宜しくって、言ってくれた辺り…。」

「………。」

「…でも、本音はそうじゃ、ない。二番目の、母親と、同じ。
そういう、優しい人は…口だけ。…それを、俺はよく知ってるけど、…弟は、知らない…。……だから、会いたくなかった。」

「…じゃあ、どうして今回会おうと…?」

「…いつかは、会わなきゃいけない…から。
…それに…サイカに、会えたから。」

「…私?」

「…ん。……サイカの優しいは、俺の、特別になった。
…だから、会ってもいいって、思った。本当の優しい、知ったから、嘘の優しいは、どうでもいい。」


何だか勘違いをされているような気もしなくもない。
カイル様がイケメンだから優しいだけだ。私だって嘘の優しいを誰かにはしているのに、カイル様は勘違いをしている。

「…私は優しくないですよ。私は、どうでもいい人にはどうでもいいし、嫌いな人は嫌いです。」

「…うん。俺も、そうだ。…だけど、サイカは優しい。分かる。」

「……分かるんですか?」

「ん。…サイカ、俺を知ろうとした。上手く話せない俺の言葉、待ってくれた。理解しようとした。他人、なのに。初めて会ったのに。
…普通、しない。普通は、そう。…サイカは、優しい。
俺は、こんな、上手く話せなくて、つまらない男だけど、………お願い、俺を、…特別に、して。」

「?」

「サイカ、俺の特別。…俺も、サイカの特別にして。」

「もう特別ですよ?私はカイルが大好きです。このまま会えなくなったら嫌だって思うし、悲しい。娼婦としてどうなのかって思われるかも知れないけど、カイルはお客様じゃなくて…カイルです。
ええと…よく分からないですよね…私も、自分で何を言ってるか…分からなくなっちゃって…。」

「…ん……ちゃんと、分かった。……嬉しい。
…もやもや、してたから。…俺が、会いに来なくなったら、…サイカは俺のこと、忘れるんじゃないかって…。その辺…歩いてるやつらみたいに…どうでもいい、存在に、なるかと…。」

「そんなわけない!私はこれからだってカイルに会いたいし、忘れたりしない。会って話して触れて…抱き合って。楽しくて、幸せな夜だった。素敵な夜だった。これからだって、カイルに会いたいです。…嘘じゃないです。」

「……よかった。…俺、サイカの特別だった…。ほんとは、…もうちょっと、違う答えが欲しかったけど……でも、いい。…俺が、頑張れば…いいだけのこと。」

「?」

「……こんな気持ち、初めてで……でも、頑張る…から。
……ん…ちょっと、後悔。…何もしないって…言った、けど……キスは、いい?…許される…?」

「ふふ。…いいですよ。…別に、セックスだって、」

「……駄目。…絶対、無理、させる…。今日…サイカとセックス、したら、……抱き潰す、から…我慢。
次、来るとき……ちょっと、抜いてくる…。」


カイル様ともセックスせずにひたすらいちゃいちゃしながらキスだけで過ごす。…またまたなんて生殺しな…。
抜くなら私で抜けばいいのに、とも言わずにおいた。




何かよく分からないけれど、モテ期が到来している気がする。
しかし二十五年間生きて一度もモテた事がない私は気付いていない。
モテ期が到来している気がする、ではなく、とっくに到来していたのだ。
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