平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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54 リュカ④

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「父上、失礼致します。」

「…誰が入っていいと言った。見て分からんのか。今は取り込み中だ…!」

「ええ、承知していますよ。ですが今日から僕がこの屋敷の主となりました。いえ、このクラフ公爵領の新たな領主となったので…父上には即刻、この屋敷から出ていって頂きたいのです。」

「…なん…だと?いい加減な事を言うな!!」

「な、何?何なの?」

「いい加減?いいえ、ちゃんと陛下や皆からの許可を得ております。
これまで父上の代わりに僕がこの領地を治めてきた事を皆知っていますからね。父上、貴方は病気です。領地を治めることも出来ない程重病なのですから…これからはこの屋敷で、ではなく他の所で心行くまで病気療養なさって下さい。」

「…お前……!私を嵌めたか…!!兄上の子供と一緒になって、私を嵌めたのだな…!!?」

「…嵌めた?…事実ではありませんか。
毎日毎日色に、女に狂い政務も出来ない。朝も昼も夜もやる事はセックスばかり。父上、貴方が領主になって民がどうなったか知っていましたか?子供だった僕が、貴方の尻拭いをするまで、どんな状況だったか。」


八つの頃だ。
僕がクラフ公爵領の惨状を目にしたのは。
執務室に溜まった山の様な書面。
毎日こつこつやっていればあんな事にはなっていなかった。
家令にはとても判断が付かないものもあったし、老いた家令一人では出来る事にも限度があっただろう。
僕がある程度、領地経営の知識がつくと家令は倒れた。
それまでの苦労が祟ったのだろう。無理もない。八年近くの間、老いた体でクラフ公爵領の全ての重責を受け止めていたのだから。


「父上の机にいくつもの嘆願書がありました。
その全て、対策の必要なものでした。」


天災で村が壊滅寸前の為援助をしてほしい。
盗賊が増えている。女と子供が何人も拐われてしまった。
害獣被害が今年は甚大。このままでは生活が出来ない。

「僕が目にした嘆願書は…数年前からのものも沢山ありましたよ。
急いで僕は嘆願書を出した村や町へ行きました。
……もう、手遅れな所が多かったですけどね。」


天災が起こった村は田畑があった部分が一番酷い被害を受けていたのだろう。
小さな村だった。住人は何処かへ避難した者もいれば、親戚もおらず何処へも行けない者もいた。
そういった者たちは…餓えて死んでいたのだ。

害獣被害があった村はまだ耐えていたが…それも残り僅かな村人たちで生活を続けていた。
獣たちに襲われた者も少なくはなかった。皆が毎日怯えて生活をしていたのだ。

度重なり盗賊被害が起こった村では男と老いた女ばかりになっていた。
今だ、拐われた女子供の半数が見つかっていない。
恐らく何処かの娼館へ売られた女もいただろう。
子供たちも、いい労働力になるから売ったに違いない。


「僕が彼らにどんな目で見られたか。どんな言葉を浴びせられたか。父上は知らないでしょう。
僕は彼らに頭を下げた。けれど、許されるものじゃない。仕方ないとも思えなかったでしょうね。父上がまともに仕事をしていれば、義母上たちが父上を諌めていれば。助かった命もある。
それを怠ったのは父上、貴方だ。そして父上を支えなければならない立場でありながら、寵愛ばかりを求めた義母上たちの責任でもある。」

「……そ、そんなものは、そんなもの、知らん!だ、大体、この領地に住まわせてやっているんだ…!感謝されど、恨まれる覚えはない…!!」

「…馬鹿だろお前。大概にしろよ。
住まわせてやってるだ?…その住まわせている民がいなくなれば、この領地がどうなるかも分からないのか!!
広大な領地の主でありながら、その責任感もないのか!!
…もういい。よく分かった。……おい、父上をお連れしろ!!」

僕の言葉で数人の従士が父を取り押さえる。
父にはこれから、僻地で病気療養をしてもらう。
与える金は飲み食いする生活に困らない程度の金。
仮に複数の義母たちが散財しようとも出来ない金だけを渡すつもりだ。


「…さて、では…次はお前たちの番だ。」

顔だけ振り向き、青ざめている義母や弟妹たちを見やる。

「あ、…リュ、リュカ、わ、わたくしは貴方の義理の母に当たるのよ…?追い出したりはしないわよね?ね?」

「だ、旦那様は仕方がないわ…だって病気ですもの…そうよね?」

「私、本当は、何とかしなければと思っていたの…、でも、旦那様は公爵様だもの…!私が何を言っても、どうにもならないわ…!」

「兄上…!僕を追い出すつもりですか!?一体、どんな理由で!!」

「勝手ですわお兄様!!何の相談もなく…!!」

「そうだ!!勝手に決めた事だろ!従う義理はないぞ!!」

「リュカ、こんな馬鹿な事…止めて頂戴…!あんまりです…!!」


馬鹿はどっちだ。勝手?従う義理はない?
どうとでも言え。お前たちは必要ない。父も諌めない義母たちも、自分の責任を全うしない弟妹たちも。
僕は幾度も伝えてきた。責任を全うしろと。この家に生まれた以上、この家にいる以上、このクラフ公爵家の一員である以上は、与えられた責務を全うしなければならないのだと。
言葉で、態度でそう伝えてきたはずだ。

「僕は何度も伝えたな。仕事を手伝えと。公爵家に生まれたからにはこの領地を守っていかなければならないと。
義母上たちもそうです。僕は何人かに伝えましたよ。父を諌めてくれと。
少しでもいい。公爵としての仕事を、せめて少しだけでもしてくれるよう、伝え続けてほしいと。
それをしなかったのはお前たちではないのか。」

『…っ、』

「お前たちが好きにしてきた金は、湯水のように沸くものではない。
金の成る木があるわけでもない。
公爵領に住んでいる民が安心して暮らす事が出来たその見返りとして返ってきている。
守らなければ人はいなくなる。いなくなれば…この領地は破滅する。
そして国へ返上し、クラフ公爵家は周りから笑われるだろう。」

「…わ、悪かったわ…!ねえ、今からでも遅くないと思うの…!
もう一度、やり直しましょう…!?ね!?」

「そ、そうです兄上!今度こそ、僕も手伝いますよ…!勉学も、今から一生懸命やって、「もう遅い。」……な、」

「お前、今年いくつになった。ん?もう二十歳を越えただろう。
お前はもう十九だったな。後ろのお前は十八、お前も十八だ。
一番下が十三か。まあ、まだ子供の内だ。だがお前たち、勉学を殆どサボっているそうだな。教師からは常にそういった報告が来ているんだが。……ふざけてんのか。」

「で、でも、…お兄様たちが、しなくてもいいって、」

「だから何だ。お前は兄たちがしなくてもいいと言えばしないのか。
では兄たちがお前にああしろこうしろと言えばその通りにするんだな?
…では長男である僕が言おう。即刻出ていけ。荷造りする時間はやろう。明日、迎えの馬車が来る。それまでに準備しておけ。」

「そ、そんな…!!リュカ兄様、嫌です…僕、出ていきたくありません…!」

「何?今しがたお前は、兄に言われたから勉強しなかったと言ったじゃないか。…僕もお前の兄だぞ?しかも今日からは公爵だ。
命令に応じないとは何事だ。」

「っ、で、でも、リュカ兄様の言うことは、聞かなくてもいいって、醜いから、僕たちより、下なんだって、お母様も、お兄様もお姉様、言って、」

「な、で、デタラメ言うな…!!」

「…ほう。」


すう、っと。体が冷えていく。
容姿が醜いから下に見てもいい。成るほど。そういう教育がこの屋敷ではされていたのかと思うともう、何とも言えない感情が沸いてきた。

「まあ、もうどうでもいいさ。
…今さら手伝う?足手まといにしかならないお前たちが?結構だ。仕事が余計増える。経験がないのは仕方がないが…学びすらしなかったお前たちはまずそこから始めなければならいだろう。
役立つまで何年掛かるか。」

「…あ、兄上、」

「好きなことをすればいい。…新しい家で。生活が出来る金はくれてやるつもりだ。…まあ、散財しなければの話だがな。
父上と義母上たち、それから仲のいい弟妹たちだけで自由に暮らすといい。ああ、僕の母上も別の場所で質素に暮らしてもらうし、了承も得ているから安心しろ。贔屓はない。
ある程度の金が無くなった時は自給自足でもして、浮いた金があれば全員で相談して何かを買えばいい。」

「そ、そんな、自給自足だなんて、」

「何もしていないのに今までのように散財出来る余分な金がいくと思ったか?
馬鹿だろ。子供だって自分たちが生きていく為に働いているのに。
お前たちに使う金があるなら領地で困っている働き者たちに渡すぞ僕は。
先ほども言ったが迎えは明日だ。それまでに荷造りをしておくように。していなければその身一つで新しい我が家に行くだけだがな。
…寒いし暑いぞ?新しい家は。」


そう言うと数人は急いで部屋に向かい、残り数人は呆然とその場に立ち尽くした。
その夜のことだった。夜も更け、遅くまでかかった仕事を終えた僕は自室に向かう。

「……。」

ドアが少しだけ開いている事に気付き、弟たちが僕を襲おうとしているのかと思った僕は執務室に戻り剣を取る。
何かあった時の為にと剣の稽古をしてきた僕に弟たちが敵うはずもない。
そういった面倒な事をしてこなかった奴らだ。
自室のドアに手を掛け、ゆっくりと開く。月明かりに照らされたベッドにいたのは……父の、何番目かの妻だった。


「…義母上、何をしているのですか。そこは僕のベッドですよ。」

「…貴方を待っていたのよ…リュカ。」

「…何のご用でしょう。」

「…分かっているくせに…。女が男のベッドにいる理由なんて、それこそ一つしかないでしょう…?」

「はあ。」

「リュカは女の体を知らないでしょう…?だから、わたくしが貴方の初めての女になってあげようと思って。
何なら…妻になってもいいのよ…?わたくしは二人、子を生んだわ。
貴方の子だって、孕んであげれる。」

「はあ。」

義母は僕を懐柔しようとしているらしい。
僕が経験のない男だと勘違いをして…妻になってやろうとも言ってきた。
勝手にガウンを脱ぎ、その裸体を露にさせる。
…正直、少しも勃たないんだが。


「結構ですよ義母上。義母上がそんな事をしなくとも、僕にも相手がいますので。」

「…は……?何をそんな。…嘘言わないで頂戴!お前みたいな醜い容姿の男を、誰が相手をすると…!?」

「嘘と言われても…事実なので。さ、風邪を引かれても困ります。早くご自分のベッドでお休み下さい。明日は早いですからね。ああ、僕は別の所で休みましょうか。」

「な、…ね、ねえ、旦那様に遠慮しているならいいのよ?
これからはわたくしを貴方の女に、「だから結構です。」

本当に。遠慮でもなく。
心からどうでもいい。

「…極上の女を知ったからでしょうね。義母上の体を見ても、何とも思いませんよ。僕は貴女を抱く気はありませんし、貴女の体を見て興奮もしない。」

「な、わ、わたくしはこれでも、男たちから「…二度も言わせるな。お前を抱く気はこれっぽっちもない。…分かったらそのたるんだ体をしまえ。服を着ろ。着て、自分の部屋へ帰れ。いいか、そのまま外へ放り出してもいいんだぞ。」

慌てて出ていく義母に一瞬だけ視線を向け、自分のガウンを持って執務室へ戻る。
一体いつから僕のベッドにいたのかは知らないが…あのベッドで寝る気が失せた。
それにしても…父が駄目になれば今度は僕か。女という生き物は強かだなと思う。

翌日。義母と弟妹たちは屋敷を後にした。
終始文句を言っていたらしいが見送りをしていない僕の耳にその騒音は聞こえていない。
書面を睨んでいると執務室のドアがノックされ…家令と一緒に入ってきたのは母だった。


「…母上…。」

「最後に、挨拶をと思ったの…。
リュカ、いえ…もう公爵ね。」

「…ええ。父の跡を継ぎました。…追い出す形となりましたが…。」

「いいえ。いいのよ。……お父様は、公爵として相応しい方ではなかったの。…私もそう。本当であれば、私があの人を怒らなければいけなかった。…何をしているのって、そう言わなければいけなかったのに。
貴方にばかり、苦労を押し付けてしまった…。」

「母上…。」

「リュカ。今まで貴方を一番苦しめたのは、お母様ね。
あの日、貴方に言われた事をよく考えた。…その時間が、私にはいくらでもあったから。
……お母様を許さなくていい。だけど、どうか貴方が健やかである事だけ、毎日祈らせて頂戴…。」

「…ありがとうございます、母上。その言葉だけで、僕は嬉しい。」

「……ふふ。もう行くわ。…新しい家で、貴方の毎日を祈ってる。
今日も無事でいますように。今日も健やかで、平和でいますようにって。
……リュカ。ありがとう。私の息子として、生まれてくれて。」

「…母上。…僕も、ありがとうございます。生んでくれて……今、僕は、生きていて楽しいんです。出会いがありました。僕を変えてくれる、大きな出会いが。
…いつか、そのひとを母上に紹介出来ればと思っています。」

「そうなの!…ふふ!楽しみだわ…!!
リュカ。貴方の思う通りに生きなさい。誰かに言われた通りでなく、私の思い通りにでもなく、貴方自身が決めた道を突き進んで生きなさい。
…リュカ。最後に…貴方を抱き締めていいかしら…。」

「勿論です、母上。」


ぎゅっと。母が僕を抱き締める。
小さい、本当に小さい体だと思った。


「愛してるわ。愛している。…忘れていたの。生まれた貴方を…こんなにも愛おしいと思った純粋な気持ちを、あの日までずっと…。
愛しているわ。心から。お父様の代わりでもない。私の愛する息子。
こうしてよく抱き締めた。手を繋いで、庭を散歩もした。一緒にお茶を飲んで、二人で笑ったわね。…思い出したわ。お父様が側にいなくても、私は幸せだった。そう感じた事もあったのだって。」

「…母上…僕も、幸せでした。いいえ、今…幸せですよ。
母上が思い出してくれた。本来の母上の姿を、思い出してくれた。
貴女は優しい母だった。今の母上のように。僕にとって、大好きな母上です。」

幼い頃より小さくなった母の体。
けれど、あの頃と同じ温かさ。同じ優しい匂いがした。

「じゃあ、行くわ。元気で。無理をしないのよ?
お母様の事は心配しないで。大丈夫、私は元気にやるわ。」

「見送りましょう。…いいえ、見送らせて下さい。
僕も、母上が毎日健やかでいるよう…祈っています。」


笑って馬車に乗り込む母は、昔見た母そのものだった。

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