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60 サイカは困惑する
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新しい月光館に復帰して早四ヶ月。
マティアス様にヴァレリア様、カイル様にリュカ様と私のお客様は未だに恋人となった四人だけだけど、とても楽しい日々を過ごしていた。
先日届いたリズお姉様の手紙には、無事結婚式が終わり、既にニルスさんに嫁いでいる二人の奥さんと仲良く出来るか、元娼婦だからよく思われてないのではと少しだけ不安だったけど、凄く良くしてもらっていると書かれていた。
リズお姉様の不安をちゃんと分かっていたニルスさんは二人の奥さんに対してリズお姉様が優しく、そして勇気があって素晴らしい女性だと常々伝えていたらしい。
勿論、二人の奥さんへの愛情もちゃんと示した上でだそう。
貴族の女性ではない二人の奥様はニルスさんからお姉様の人柄、そしてあの屑な男から私を守った勇気ある行動を聞いて娼婦だからどうこうではなく、お姉様本人の人柄を知って快く迎えてくれたそうだ。
おまけにニスルさんは底無しに明るい人だから毎日四人で楽しく暮らしているという内容が書かれてあった。あと最後に、皆体調には気を付けて、月光館の皆をいつも思っているというリズお姉様の優しい人柄が溢れた手紙で皆で子供が楽しみだね~!と盛り上がった。
そんなこんなで月光館は今日も相変わらず賑やかだ。
「え?お医者様?」
「そうそう。僕の古い知り合いで、いつもうちに避妊薬を処方してくれてる。すごく信用出来るお医者様だから安心してね。サイカの事は他言無用って話してあるから!
三日後に来てくれるから、体の不調とかあったらその時は遠慮なく相談するといいよ。」
「えと、…誰か不調なんです?」
「ん?ああ、大丈夫だよ。数年前からだけど、うちでは毎年この時期になると娼婦や従業員全員をお医者様に見てもらうようにしてるんだ。」
「へえ…!」
「娼婦っていう仕事は病気にもかかりやすいしね。
…ほら、お客様と体の関係になるわけでしょ?
お客様から移る病気が多いんだ…。風邪とか特に。
…他の娼館にも推奨してるんだけど…今の所まだうちだけなんだよねぇ…。お金も当然支払わないといけないから渋ってるんだよ。」
「…健康診断的なやつかな?」
「けんこ…何だって?」
「いえ、何でも!
病を発症した時、これくらい大丈夫だって放置して悪化するなんて事もありますしね…。だけど定期的にお医者様に見てもらえるなら、早くに病気が分かったりも出来る。それに見てもらって大丈夫って言われたら安心ですしね!」
「……サイカ……驚いたな……本当、一体どんな所で……いや、そんな事はいいか。
サイカ、…僕は昔、貴族だったんだよ。
父親の代わりに仕事をしててね。…小さな村とかに行くと、毎回誰かが病気になってた。幸い疫病とかではなかったけどね。皆助けられたらいいけど、そんな余分なお金はなくって。でも、今僕は月光館のオーナー。うちの子たちの安全や健康維持は僕の仕事でもあるからね!」
「…オーナーって、やっぱり…ただ者じゃない…。」
この異世界で健康診断のようなものがあるだなんて。
オーナーってやっぱり凄い人だと思う。
「あはは!凄く褒めてもらってるみたいだけど、これは陛下の考えに共感したからなんだよ。」
「マティアス様?」
「そう。この国…というか、世界のどこもそうなんだけど。医者ってね、お金がかかる職なんだ。
ちょっと前までは薬や備品、諸々の雑費なんかは自己出費だった。
貴族のお抱えとかになるとたんまり報酬が入るし、王宮に勤めている医者は国からお金を貰ってるから別として。」
「…なるほど……じゃあ、他のお医者様は実費で町の人たちを見ていたんですか?」
「そう。だからお金がかかる。弱い人たちの為に医者になったのに、その弱い人たちはお金がないから、ツケになったりも多い。最悪なのは診察して貰って、薬まで貰っておきながら、ヤブ医者だって言われてお金を一切支払わない人もいる。薬が効かなかったんだから、お金は支払わないって。まあ、大概嘘なんだけど。」
「……ひどい…。」
「うん、酷いよね。だから普通の医者は儲からないんだ。診察すればする程赤字になる。そういう理由で辞める人も多かった。
でも何年か前だったかな。それじゃ駄目だって、マティアス様が言ったんだ。確かまだ…陛下が殿下の時…ええと、十七、十八歳の時だったような…。」
「……。」
「医者が減り続けるのは国にとって良くないって、そうマティアス様が提案した。
で、国が八割の補助金を出すようになったんだよ。
医者です開業しましたって国に申請して、事前に年間にかかる商業税…じゃないな…医者が払う税金を支払うんだ。…といっても医者は必要な職だからそう高い税じゃない。」
「一度に支払うんです?」
「そうだよ。この月光館の商業税も一年に一度支払ってる。
で、医者は何人診察したか、どんな薬を処方して何をどれだけ使ったか毎月申請したら国が審査をして補填される。
辞めた人の中にはとても優秀な腕を持った人たちも大勢いたからね。
全て自費じゃなくて国が補助するようになって、止む終えず辞めた人もまた医者に復帰するようになった。」
「…八割を国が負担、残り二割は患者側の負担ですか?」
「そういうこと。まあでも二割といっても実際は一割くらいかな。患者は診察代も薬代もとても安く済むようにしてある。平民たちの平均的な月給でも十分支払える金額だよ。レスト帝国が大国だから出来るんだ。この国はお金も資源もよそより多い。無駄な事に使うとお金は当然なくなるけど、でもいつ疫病が蔓延するか分からないからね。これは必要な事だよ。」
「…でも、悪用したりする人もいるんじゃ、」
「その為に院側に厳しい監査がある。医師は帳簿を付ける義務が生じた。
不正がないように毎月の帳簿をつけさせ、申請の際に審議され、疑わしきは監査が入る。
たまに抜き打ちで監査が来る事もあるそうだよ。監査は院の規模と薬や備品類の在庫を見る。そこで過剰と判断がされると厳重注意。直らなければ罰金か、酷い場合は登録抹消。以後補助はされないんだ。」
「……すごい…」
「そう。でもそれだけじゃない。マティアス様はこの帝都に、医者を育成する機関を作った。
大国だからお金がかけられる。でも他国はそうじゃない所が多い。
どこも医師不足だ。そして医師が減り続けると次第に技術や知識が失われる。そうなると、小さな病気が流行っただけで混乱する。疫病になればもっとまずい。それがもし、世界で同時に起こったら?
陛下はそれを危惧したんだ。だから、帝都にそういう機関と専用の施設を作って、学びたい者はそこで学ばせる事にした。」
「…国関係なく?」
「そう。学びたい者は国関係なく学べる。まあ、滞在中の宿泊費とかはある程度用意していなくちゃいけないけど。
言葉の壁があれば、施設の中で学ぶ。施設では通訳が何人かいるらしいよ。その場合は実際患者を診察する事はほぼない。座学になるって言ってたな…。
言葉が分かる場合は住み込みで腕のいい医者に付いて、その知識や腕、対処法を学ぶんだ。実際に経験しながらだね。こっちの方が多分、凄く勉強になりそうだよね。」
「……確かに。」
オーナーの話を聞いて身震いがした。
医療と言ってもこの世界はまだ技術的にも知識の上でも古い時代だとそう思う。
なのにマティアス様の考えはまるで、近代に近い考えではないだろうか。
それまで何もかも実費であるのが当然だった医者という職業。
経費…というか医療費の大半を国が補填し医者が申請すると医療費が返ってくる。それに、患者側が支払うのも二割。
…何というか、実際違うんだけど、何か健康保険っぽい仕組みだと思った。それに医師不足に対しての考え方…。マティアス様…凄すぎる…。
「定期的に診察してもらえば、病気が重くなる事も減るんじゃないか。
体調の変化を放置しておく事の方が、後々苦しい思いに発展する可能性が高い。
マティアス様のその考えはとても素晴らしいと思った。…サイカが陛下と同じ考えを持っていたのは驚いたけど。
…こほん!だから僕は、月光館の皆を定期的に医者に見てもらおうと考えたんだ。」
「オーナー…いつも私たちの事を考えてくれて、本当にありがとうございます…!」
「お礼なんていいんだよ。だって、皆を守るのは上である僕の義務じゃないか。
あ、そうそう。うちに来てくれるお医者様ね、とても腕がいいんだ。
さっき話してた内容に関わりがあるんだけど、彼の元で医療を学んでいる人が一人、いるんだって。その人も連れてくるって言ってたよ。」
「へえ!じゃあ、一緒に来る方は住み込みで学んでいる最中なんですね!研修生みたいな感じかな。」
「けんしゅうせい…?あ、男性だって言ってたけど…もし彼が診察するとしたら…サイカは抵抗ある?」
「いや、抵抗も何も診察ですし。それにこういう商売してますし…抵抗はないですよ。」
「だよね。でもそういうのはまた別っていう子もいるし一応聞いてみたんだ。ないなら良かった。」
つくづくいい所に売られたなと思う。恐らく、この月光館のような働きやすい娼館は他にはないだろう。
まずオーナーの私たちへの態度から違う。勿論娼婦は商品だ。大事な商品。だけどオーナーは高級娼婦も普通の娼婦も、お客様が取れない娼婦も平等だ。食事だって着るものだって客が取れないからと言って与えない事はしない。
物を与えられれば借金はその分増えてしまうけど、でもこの月光館では『辞めたい』という声は聞かない。皆楽しく仕事をしている。
そして健康診断みたいな事もしてくれる。一部の娼婦だけじゃなく、この娼館で働く全員にだ。もうオーナーには本当に頭が上がらない。
私には今のところ不調という不調はない。…まあ、体力が向上する薬とかがあればいいなーとは思うけど。きっとそんなものはないだろう。あ、疲労回復に効く薬とかあればすごく嬉しい。
三日後、お医者様に診察してもらう日になった。
私の番は一番最後。娼婦たちは三階の大広間で。高級娼婦は各自の部屋で診察を受けるらしいので部屋で待機だ。
丁度ロザンナたちが今診察を受けていて部屋には私一人。
水差しの中の水が無くなっていたので水を取りに階段を降りるとロザンナが大広間から出てきた。
「…ロザンナ?」
「……あ、サ、サイカ様…」
かなり青い顔をしているロザンナ。…もしかして、何か病気でもしていたのだろうかと心配になる。
「ど、どうしたの?どこか…悪い所でもあった…?
お医者様は何て?」
「い、いえ、…体は全然、至って健康だって、」
「…よかった…!……なら、どうして?」
「…あ、……そ、その、……一緒に、居た方が、…その、」
「?」
「その、…すごく、「ロザンナ、終わったの?なら早く掃除手伝ってー!」
言いかけた所で廊下の向こうからロザンナを呼ぶ声。
言っておいでと言えばぺこりと頭を下げて走り去って行く。
「体が何ともないなら良かったけど…。」
一体何があったのやらと水を汲んで自分の部屋へ戻った。
二時間は経っただろうか。お昼が過ぎて、私の番はまだかなと退屈凌ぎに本を呼んでいるとオーナーの声。
「えっと、お待たせサイカ。サイカの番なんだけど…部屋に入っても?」
「?ええ、大丈夫ですよ?」
「…それじゃあ、ええと、どうぞ。この部屋の子が最後です…。」
何だか伺うようなオーナーの声はどこか緊張気味に聞こえる。
あれ?今日来るお医者様はオーナーの古い知り合いだって言ってたし…それに、もう一人は研修生みたいな感じの人なんだよね?と不思議な気持ちでドアを見つめる。
「…俺が見ても…大丈夫な子ですか?」
「え、ええ。サイカは大丈夫ですので、」
「サーファス。キリムが大丈夫だと言うならきっと大丈夫です。
早く入りなさい。」
「……分かりました。…では、失礼する、…します。…入りますよ。」
「あ、はい!どうぞ!」
ゆっくり開くドア。
入ってきたのはいつぞやにぶつかった褐色のイケメン。
「あ!?」
「…ん?……え!?君は…!!どうして娼館に!?貴族の令嬢ではなかったのか!?」
「…あ、あー…、ええと、…事情がありまして、」
「…どんな事情?よければ教えてくれない?」
「え?……あ、えと、」
褐色のイケメンは私を見るとあっという間に傍まで来た。
そしてぐいぐい来る。この褐色イケメンとの出会いはディーノ様と一緒に御前試合に来た時だ。
傍にディーノ様が居たし、貴族の令嬢と思われても仕方がない。
だが事情は事情ということで…そっとしてくれないものだろうかとそう思う。
「…ごめんね困らせてしまって。…一緒にいたのは、クライス侯だったよね。」
「え!?ディーノ様を、知って…?」
「知ってるよ。有名な方だから。君は…クライス候に売られたの?
お金に困っている様な方でもなかったはず…。なのにどうして…。
それに、あの時の君はもう少しふくよかで…ああ、いや、今の姿を見て納得したよ…あの時の姿は変装だったんだね。それもそうか…だって、実際君はこんなに可愛くて美しい子だったんだから。」
「え、あの?」
「…名前は…さっきオーナーがサイカと言ってたよね。合ってる?」
「あ、は、はい。サイカと申します…」
「俺はサーファス。また会えて嬉しいよ。それに…俺の事、気持ち悪くはない…みたいだね。大丈夫?顔色も大丈夫そうだけど…気分は悪くなったりしていない?」
「あ、はい。大丈夫です。」
「良かった。…サイカ、今後とも宜しくね。」
「あ、は、はい。宜しくお願いします…?」
「はは。うん。宜しくお願いします。それでクライス候とは…どんな関係なの?恋人?…でも、それならどうして娼館に…。もし売られたのだとしたら…とても許せないかな…。」
「サーファス、そのくらいにしなさい。…ええと、…お嬢さん、大変申し訳ない。
根掘り葉堀り聞く様な事をして…。
サーファス。患者の症状は詳しく聞けと言いましたが、それ以外の事を聞こうとしてどうするんです。お嬢さんがとても美しいのは分かりますが控えなさい。」
「…すみません。…その、まさかこんな所で会うと思わなくて。浮かれてしまいました。」
「………まさか、このお嬢さんが?」
「はい。この女性が…世界でたった一人…俺の黄金ですよ。」
『……はい?』
オーナーと私の言葉が綺麗に被った瞬間だった。
マティアス様にヴァレリア様、カイル様にリュカ様と私のお客様は未だに恋人となった四人だけだけど、とても楽しい日々を過ごしていた。
先日届いたリズお姉様の手紙には、無事結婚式が終わり、既にニルスさんに嫁いでいる二人の奥さんと仲良く出来るか、元娼婦だからよく思われてないのではと少しだけ不安だったけど、凄く良くしてもらっていると書かれていた。
リズお姉様の不安をちゃんと分かっていたニルスさんは二人の奥さんに対してリズお姉様が優しく、そして勇気があって素晴らしい女性だと常々伝えていたらしい。
勿論、二人の奥さんへの愛情もちゃんと示した上でだそう。
貴族の女性ではない二人の奥様はニルスさんからお姉様の人柄、そしてあの屑な男から私を守った勇気ある行動を聞いて娼婦だからどうこうではなく、お姉様本人の人柄を知って快く迎えてくれたそうだ。
おまけにニスルさんは底無しに明るい人だから毎日四人で楽しく暮らしているという内容が書かれてあった。あと最後に、皆体調には気を付けて、月光館の皆をいつも思っているというリズお姉様の優しい人柄が溢れた手紙で皆で子供が楽しみだね~!と盛り上がった。
そんなこんなで月光館は今日も相変わらず賑やかだ。
「え?お医者様?」
「そうそう。僕の古い知り合いで、いつもうちに避妊薬を処方してくれてる。すごく信用出来るお医者様だから安心してね。サイカの事は他言無用って話してあるから!
三日後に来てくれるから、体の不調とかあったらその時は遠慮なく相談するといいよ。」
「えと、…誰か不調なんです?」
「ん?ああ、大丈夫だよ。数年前からだけど、うちでは毎年この時期になると娼婦や従業員全員をお医者様に見てもらうようにしてるんだ。」
「へえ…!」
「娼婦っていう仕事は病気にもかかりやすいしね。
…ほら、お客様と体の関係になるわけでしょ?
お客様から移る病気が多いんだ…。風邪とか特に。
…他の娼館にも推奨してるんだけど…今の所まだうちだけなんだよねぇ…。お金も当然支払わないといけないから渋ってるんだよ。」
「…健康診断的なやつかな?」
「けんこ…何だって?」
「いえ、何でも!
病を発症した時、これくらい大丈夫だって放置して悪化するなんて事もありますしね…。だけど定期的にお医者様に見てもらえるなら、早くに病気が分かったりも出来る。それに見てもらって大丈夫って言われたら安心ですしね!」
「……サイカ……驚いたな……本当、一体どんな所で……いや、そんな事はいいか。
サイカ、…僕は昔、貴族だったんだよ。
父親の代わりに仕事をしててね。…小さな村とかに行くと、毎回誰かが病気になってた。幸い疫病とかではなかったけどね。皆助けられたらいいけど、そんな余分なお金はなくって。でも、今僕は月光館のオーナー。うちの子たちの安全や健康維持は僕の仕事でもあるからね!」
「…オーナーって、やっぱり…ただ者じゃない…。」
この異世界で健康診断のようなものがあるだなんて。
オーナーってやっぱり凄い人だと思う。
「あはは!凄く褒めてもらってるみたいだけど、これは陛下の考えに共感したからなんだよ。」
「マティアス様?」
「そう。この国…というか、世界のどこもそうなんだけど。医者ってね、お金がかかる職なんだ。
ちょっと前までは薬や備品、諸々の雑費なんかは自己出費だった。
貴族のお抱えとかになるとたんまり報酬が入るし、王宮に勤めている医者は国からお金を貰ってるから別として。」
「…なるほど……じゃあ、他のお医者様は実費で町の人たちを見ていたんですか?」
「そう。だからお金がかかる。弱い人たちの為に医者になったのに、その弱い人たちはお金がないから、ツケになったりも多い。最悪なのは診察して貰って、薬まで貰っておきながら、ヤブ医者だって言われてお金を一切支払わない人もいる。薬が効かなかったんだから、お金は支払わないって。まあ、大概嘘なんだけど。」
「……ひどい…。」
「うん、酷いよね。だから普通の医者は儲からないんだ。診察すればする程赤字になる。そういう理由で辞める人も多かった。
でも何年か前だったかな。それじゃ駄目だって、マティアス様が言ったんだ。確かまだ…陛下が殿下の時…ええと、十七、十八歳の時だったような…。」
「……。」
「医者が減り続けるのは国にとって良くないって、そうマティアス様が提案した。
で、国が八割の補助金を出すようになったんだよ。
医者です開業しましたって国に申請して、事前に年間にかかる商業税…じゃないな…医者が払う税金を支払うんだ。…といっても医者は必要な職だからそう高い税じゃない。」
「一度に支払うんです?」
「そうだよ。この月光館の商業税も一年に一度支払ってる。
で、医者は何人診察したか、どんな薬を処方して何をどれだけ使ったか毎月申請したら国が審査をして補填される。
辞めた人の中にはとても優秀な腕を持った人たちも大勢いたからね。
全て自費じゃなくて国が補助するようになって、止む終えず辞めた人もまた医者に復帰するようになった。」
「…八割を国が負担、残り二割は患者側の負担ですか?」
「そういうこと。まあでも二割といっても実際は一割くらいかな。患者は診察代も薬代もとても安く済むようにしてある。平民たちの平均的な月給でも十分支払える金額だよ。レスト帝国が大国だから出来るんだ。この国はお金も資源もよそより多い。無駄な事に使うとお金は当然なくなるけど、でもいつ疫病が蔓延するか分からないからね。これは必要な事だよ。」
「…でも、悪用したりする人もいるんじゃ、」
「その為に院側に厳しい監査がある。医師は帳簿を付ける義務が生じた。
不正がないように毎月の帳簿をつけさせ、申請の際に審議され、疑わしきは監査が入る。
たまに抜き打ちで監査が来る事もあるそうだよ。監査は院の規模と薬や備品類の在庫を見る。そこで過剰と判断がされると厳重注意。直らなければ罰金か、酷い場合は登録抹消。以後補助はされないんだ。」
「……すごい…」
「そう。でもそれだけじゃない。マティアス様はこの帝都に、医者を育成する機関を作った。
大国だからお金がかけられる。でも他国はそうじゃない所が多い。
どこも医師不足だ。そして医師が減り続けると次第に技術や知識が失われる。そうなると、小さな病気が流行っただけで混乱する。疫病になればもっとまずい。それがもし、世界で同時に起こったら?
陛下はそれを危惧したんだ。だから、帝都にそういう機関と専用の施設を作って、学びたい者はそこで学ばせる事にした。」
「…国関係なく?」
「そう。学びたい者は国関係なく学べる。まあ、滞在中の宿泊費とかはある程度用意していなくちゃいけないけど。
言葉の壁があれば、施設の中で学ぶ。施設では通訳が何人かいるらしいよ。その場合は実際患者を診察する事はほぼない。座学になるって言ってたな…。
言葉が分かる場合は住み込みで腕のいい医者に付いて、その知識や腕、対処法を学ぶんだ。実際に経験しながらだね。こっちの方が多分、凄く勉強になりそうだよね。」
「……確かに。」
オーナーの話を聞いて身震いがした。
医療と言ってもこの世界はまだ技術的にも知識の上でも古い時代だとそう思う。
なのにマティアス様の考えはまるで、近代に近い考えではないだろうか。
それまで何もかも実費であるのが当然だった医者という職業。
経費…というか医療費の大半を国が補填し医者が申請すると医療費が返ってくる。それに、患者側が支払うのも二割。
…何というか、実際違うんだけど、何か健康保険っぽい仕組みだと思った。それに医師不足に対しての考え方…。マティアス様…凄すぎる…。
「定期的に診察してもらえば、病気が重くなる事も減るんじゃないか。
体調の変化を放置しておく事の方が、後々苦しい思いに発展する可能性が高い。
マティアス様のその考えはとても素晴らしいと思った。…サイカが陛下と同じ考えを持っていたのは驚いたけど。
…こほん!だから僕は、月光館の皆を定期的に医者に見てもらおうと考えたんだ。」
「オーナー…いつも私たちの事を考えてくれて、本当にありがとうございます…!」
「お礼なんていいんだよ。だって、皆を守るのは上である僕の義務じゃないか。
あ、そうそう。うちに来てくれるお医者様ね、とても腕がいいんだ。
さっき話してた内容に関わりがあるんだけど、彼の元で医療を学んでいる人が一人、いるんだって。その人も連れてくるって言ってたよ。」
「へえ!じゃあ、一緒に来る方は住み込みで学んでいる最中なんですね!研修生みたいな感じかな。」
「けんしゅうせい…?あ、男性だって言ってたけど…もし彼が診察するとしたら…サイカは抵抗ある?」
「いや、抵抗も何も診察ですし。それにこういう商売してますし…抵抗はないですよ。」
「だよね。でもそういうのはまた別っていう子もいるし一応聞いてみたんだ。ないなら良かった。」
つくづくいい所に売られたなと思う。恐らく、この月光館のような働きやすい娼館は他にはないだろう。
まずオーナーの私たちへの態度から違う。勿論娼婦は商品だ。大事な商品。だけどオーナーは高級娼婦も普通の娼婦も、お客様が取れない娼婦も平等だ。食事だって着るものだって客が取れないからと言って与えない事はしない。
物を与えられれば借金はその分増えてしまうけど、でもこの月光館では『辞めたい』という声は聞かない。皆楽しく仕事をしている。
そして健康診断みたいな事もしてくれる。一部の娼婦だけじゃなく、この娼館で働く全員にだ。もうオーナーには本当に頭が上がらない。
私には今のところ不調という不調はない。…まあ、体力が向上する薬とかがあればいいなーとは思うけど。きっとそんなものはないだろう。あ、疲労回復に効く薬とかあればすごく嬉しい。
三日後、お医者様に診察してもらう日になった。
私の番は一番最後。娼婦たちは三階の大広間で。高級娼婦は各自の部屋で診察を受けるらしいので部屋で待機だ。
丁度ロザンナたちが今診察を受けていて部屋には私一人。
水差しの中の水が無くなっていたので水を取りに階段を降りるとロザンナが大広間から出てきた。
「…ロザンナ?」
「……あ、サ、サイカ様…」
かなり青い顔をしているロザンナ。…もしかして、何か病気でもしていたのだろうかと心配になる。
「ど、どうしたの?どこか…悪い所でもあった…?
お医者様は何て?」
「い、いえ、…体は全然、至って健康だって、」
「…よかった…!……なら、どうして?」
「…あ、……そ、その、……一緒に、居た方が、…その、」
「?」
「その、…すごく、「ロザンナ、終わったの?なら早く掃除手伝ってー!」
言いかけた所で廊下の向こうからロザンナを呼ぶ声。
言っておいでと言えばぺこりと頭を下げて走り去って行く。
「体が何ともないなら良かったけど…。」
一体何があったのやらと水を汲んで自分の部屋へ戻った。
二時間は経っただろうか。お昼が過ぎて、私の番はまだかなと退屈凌ぎに本を呼んでいるとオーナーの声。
「えっと、お待たせサイカ。サイカの番なんだけど…部屋に入っても?」
「?ええ、大丈夫ですよ?」
「…それじゃあ、ええと、どうぞ。この部屋の子が最後です…。」
何だか伺うようなオーナーの声はどこか緊張気味に聞こえる。
あれ?今日来るお医者様はオーナーの古い知り合いだって言ってたし…それに、もう一人は研修生みたいな感じの人なんだよね?と不思議な気持ちでドアを見つめる。
「…俺が見ても…大丈夫な子ですか?」
「え、ええ。サイカは大丈夫ですので、」
「サーファス。キリムが大丈夫だと言うならきっと大丈夫です。
早く入りなさい。」
「……分かりました。…では、失礼する、…します。…入りますよ。」
「あ、はい!どうぞ!」
ゆっくり開くドア。
入ってきたのはいつぞやにぶつかった褐色のイケメン。
「あ!?」
「…ん?……え!?君は…!!どうして娼館に!?貴族の令嬢ではなかったのか!?」
「…あ、あー…、ええと、…事情がありまして、」
「…どんな事情?よければ教えてくれない?」
「え?……あ、えと、」
褐色のイケメンは私を見るとあっという間に傍まで来た。
そしてぐいぐい来る。この褐色イケメンとの出会いはディーノ様と一緒に御前試合に来た時だ。
傍にディーノ様が居たし、貴族の令嬢と思われても仕方がない。
だが事情は事情ということで…そっとしてくれないものだろうかとそう思う。
「…ごめんね困らせてしまって。…一緒にいたのは、クライス侯だったよね。」
「え!?ディーノ様を、知って…?」
「知ってるよ。有名な方だから。君は…クライス候に売られたの?
お金に困っている様な方でもなかったはず…。なのにどうして…。
それに、あの時の君はもう少しふくよかで…ああ、いや、今の姿を見て納得したよ…あの時の姿は変装だったんだね。それもそうか…だって、実際君はこんなに可愛くて美しい子だったんだから。」
「え、あの?」
「…名前は…さっきオーナーがサイカと言ってたよね。合ってる?」
「あ、は、はい。サイカと申します…」
「俺はサーファス。また会えて嬉しいよ。それに…俺の事、気持ち悪くはない…みたいだね。大丈夫?顔色も大丈夫そうだけど…気分は悪くなったりしていない?」
「あ、はい。大丈夫です。」
「良かった。…サイカ、今後とも宜しくね。」
「あ、は、はい。宜しくお願いします…?」
「はは。うん。宜しくお願いします。それでクライス候とは…どんな関係なの?恋人?…でも、それならどうして娼館に…。もし売られたのだとしたら…とても許せないかな…。」
「サーファス、そのくらいにしなさい。…ええと、…お嬢さん、大変申し訳ない。
根掘り葉堀り聞く様な事をして…。
サーファス。患者の症状は詳しく聞けと言いましたが、それ以外の事を聞こうとしてどうするんです。お嬢さんがとても美しいのは分かりますが控えなさい。」
「…すみません。…その、まさかこんな所で会うと思わなくて。浮かれてしまいました。」
「………まさか、このお嬢さんが?」
「はい。この女性が…世界でたった一人…俺の黄金ですよ。」
『……はい?』
オーナーと私の言葉が綺麗に被った瞬間だった。
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