ノラの女

五味千里

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二話 メッキ

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 実家は、島の隅っこの小さな町にある。町といっても殆ど村同然で、建物よりもさとうきび畑の方が場所をとっている。昔は夏になるとさとうきびをかじるのがお菓子代わりだったけれど、今となっては信じられない。
 東京に出て十年は経ったはずなのに、実家は相変わらず壊れそうで壊れない独特の雰囲気を保っていた。立て付けの悪い扉を開くと私よりも先に父の「香澄が帰ったぞぉ」の声が響く。
 母がバタバタと軽い音を立てて———その割には妙に遅く———私を迎えた。母の頭にはちらちらと白髪が顔を出していて、瞬間、途方もない哀しみがやってくる。
 
「香澄、おかえり。長旅やったろ」

 私は取り繕った笑みで「ただいま」と言った。ただ、母にはそれすらも見透かされたのか「部屋で少し休んできんさい」と背中をポンと叩いていった。後から見る背中は曲がっていない。敵わない、いつもの母だった。
 
 部屋は、私が上京したそのまんまだった。物の位置も変わらず、埃も被っていない。まるで、タイムカプセルでこの部屋ごととっておいたように。
 私は着替えもせずベッドに突っ伏した。何故か見栄を張り着ていったスーツに、自重でシワをつくっているのがわかる。顔を埋めた枕の匂いは、有無を言わさず私の力を吸い取っていった。
 なんで私は、あんなことを言われたのだろう。ろくに話してもいない、あんな女性《ひと》なんかに。正人さんも正人さんだ。何も言い返すどころか、擁護もしない。ということはつまり、あの人も、私を心の底でそういう風に思っていたということで———。
 ベッドの上でもぞもぞと身体を動かす度に、スーツのシワがひとつひとつ増えていく気がした。そしてそのシワは、私が今まで着飾ったもののメッキの剥がれた部分で、嘘で、「ノラ」の証。
 ゆっくりと閉じていく瞼の向こうには、アスファルトではなく、緑々しいさとうきび畑が広がっていた。

 自然と眠りこけて、自然と目が覚めた。外では空も山もさとうきび畑も真っ黒く染まっている。ベッドから起き上がると、足元に寝間着があった。私が持ってきたものじゃなくて、高校のころ着ていたパジャマだ。
 とりあえず私はそれに着替えて、居間より先に洗面所でメイクを落とす。アイシャドウや口紅が徐々に剥がれて、田舎顔の私が現れる。掘りが深くて、黄色に茶を混ぜたような私の顔。よく考えたら正人さん以外にすっぴんを見せるのは随分久し振りかもしれない。
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