ノラの女

五味千里

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四話 憧れ

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 ここの夜風は異様なほどに冷やっこい。さっぱりしているというか、水分量が少ない気がする。こうして縁側に腰掛けると、ビールで上がった体温が徐々に下がっていくようだ。
 飲み会の陽気な話し声をバックにタバコに火をつける。肺に流し込んだ紫煙が私の身体をもう一度温めた。蚊取り線香のような煙はふらふらと宙を舞っていて、屋根にぶつかる。そういう何でもない風景でさえ、どこか皮肉を感じる私が嫌だった。
 そうやって熟した林檎のような感情をたまらせていると、ふーちゃんが隣に座った。チークもつけていない横顔が月明かりに照らされて、溜息がでるほど綺麗だった。

「アキラ、くんは?」

「寝てる。アキラでいいよ」

 うーちゃんは朗らかにそう答えた。いまこの世界で一番うーちゃんが大人っぽくみえる。可愛らしかったショートボブも、母性の象徴のようだ。

「煙草、吸ってるんだ」

 うーちゃんが私の右手を見ながら言った。驚嘆も嫌悪もないような、温度のない声色だ。私は「うん」とだけ返事をして、目の端でアキラの場所を確かめる。ここは風下だから、多分、あそこまで煙は来ない。

「いいね、かっこいい。ユリ姉みたい」

  ユリ姉。久しぶりにその名前を聞いた。彼女を追って上京したようなものなのに、再会したのは一度きりなんだから不思議だ。

「実はね、香澄もユリ姉も、私にとっては憧れだったんよ。しゃきっとしてて、自分の軸がちゃんとあって、こがんなれたらなあって思っとったんよ」

 うーちゃんの目は、遠くの三日月を眺めている。それがなんとも虚ろな様子で、「憧れだった」の「だった」が強調されている気がした。月に雲がかかったのか、横顔は少し暗い。
 またアキラが泣いた。今度は昼よりも小声な、小言のような泣き方だった。うーちゃんはもうそろそろ帰らないと、と言って腰を上げる。夫が迎えに来てくれるらしい。優しいね、と褒めると、甲斐性なしだよと笑っていった。

 うーちゃん達が帰って、実家は一気に静まり返った。父は酔ったままソファーに横たわり、母はお茶を淹れている。こぽぽという音だけが妙に浮いていた。

「そういえば、明日、ユリとカズが帰ってきよるよ」

 母がまた突然、切り出した。大事なことをこの人はいつも間際に言ってくる。

「なにそれ? 急じゃない」

「急じゃなかよ。いつもこの時期は二人、帰ってくるの」

 私が知らないことだった。カズはともかくユリ姉が毎年帰郷するなんて想像できない。ユリ姉はもっと、サバサバしてて、地元とかに執着がないと思っていた。

「……ねぇ、あのこと、ユリ姉には言ったの?」

 私は真剣な表情で訊いた。

「あのことって?」母ははぐらかす。

「いや、わかるでしょ。結婚とか、その諸々……」

「知らん」

 母の返事は素っ気なかった。
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