ノラの女

五味千里

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七話 酔い

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 ユリ姉は結局、大事な話とやらはしなかった。理由は「海が見れたから」。ヘンテコな理由だけど、何故か納得している私がいる。
 暫くすると、私は妙に静かな心地になっていた。ここにきてからずっと不安や苛立ちばかりだったけれど、それらとの適切な距離がわかったようだった。自分の中で核のような問いができて、勿論それはいつか導きださないといけないものなのだけれど、とりあえずの処方箋にはなったようだ。
 私たちは海を好きなだけ眺めて、好きなだけとりとめのないおしゃべりをした。仕事の愚痴や最近気になっていること、思い出話。家族写真の私の歯にさとうきびの欠片が挟まっていたこと、この島で唯一の小学校が廃校になる話。最後らへんになると二人で一緒に海に叫んだ。私が「バカヤロー」って叫んだ後、ユリ姉が「イェーイ」って叫んだから、バカみたいに腹を抱えた。
 帰りの車内には二人の好きな曲を代わりばんこで流した。ユリ姉は九十年代のJ-POPをリクエストして、私は最近のアーティストばっかりだった。ユリ姉は若いねぇ、といって笑ってた。私も笑った。ここ最近ではありえなかった、自然な笑みだけがそこにはあった。

「悲しい気持ちとか、苛立ちとかって、お酒みたいなものなの」

 海岸線に沿った緩やかなカーブを行きながらユリ姉は言った。私はそうだね、と呟いた。カーブが終わり、窓側に一面の山々が顔を出す。壮大で気持ちの良い緑が広がっている。私は酔いから覚めたんだ、そう考えることにした。

 
 ユリ姉のお気に入りソングがちょうど一周した頃、スマホが鳴った。カズからの電話だった。

「ユリ姉、カズが酒屋に寄ってくれだって」

「酒屋? 昨日飲み会したんじゃないの」

「お父さんが今日もするって。昨日のは前座なんだと」

 調子いいんだから。ユリ姉はいつものようにケラケラ笑って信号を左折に曲がる。十年前までは車なんて運転してなかったのに何度も繰り返されたやりとりのような感じがした。半開きの窓から侵入する風が妙に爽やかだ。昔も今も、充実した時期もつらい時期も、ここには同じ風が流れている気がして、言いようのない不思議な心地だった。


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